26 試練迷宮清掃04 いざ迷宮へ
迷宮への道中はシューの馬車酔いで休憩を多めにとったが、時間的には予定通り進んだ。そして僕たちは迷宮村へと着く。
迷宮村とは迷宮の近くに出来た支援村である。ここは迷宮探索に必要な店や施設が集まり、村となっているのだ。
店の品ぞろえは簡易的な武器と冒険必需品、他の食料品などである。施設は乗り合い馬車の停留所や迷宮の監視塔などに加え、冒険者たちの厩舎、宿場、鍛冶、解体場などだ。
大迷宮のある土地だと村の規模は大きくなり、護衛や迷宮案内人の斡旋所、冒険者ギルドの支所、他に酒場なんかもあるようだ。つまりこの村は冒険を補助してくれる人たちの集まりで、迷宮へ挑む僕たちを助けてくれる。
僕の記憶だと露店が多かったはずだ。露天のおじさん・おばさんは眼光鋭い人が多いように感じる。引退した冒険者なのだろう。
露天に並ぶ物は軽食もあるが、基本的には保存食や薬草で、他にも油や火打石などの消耗品も売っている。全体的に高めだと思う。味も大味で塩っ辛いものが多い。そうそう、ちょっとした果物が異様に高かったりするんだよ。買う人いるんだろうか?
ちなみに王樹の葉は露店には無い。あれは売るための許可がいる。足りない場合は魔道具店を探すべきだ。
「っと、あたし先に降りるわね!」
馬車が村の門を抜けた辺りでリシュエルが飛び降りる。
彼女は「ヤボ用!」と手を振って村へ駆けていく。止める間もない。アレンたちもそれが普通らしい態度だ。おそらく彼女は情報を集めてくるのだろう。
残った僕たちは村を眺めながら進む。
試練迷宮は本日、清掃が終るまで封鎖される。戸惑っている冒険者見習いが何名かいた。準備が心もとない感じのヒトや、新品でキラキラの金属鎧を着込んでいるヒトもいるように見える。
一応、ギルドで申請するときに粘体生物の恐ろしさを教えてくれるんだが……と思っていたら、露天のごっついおじさんが声をかけ何やら忠告を始めた。
金属鎧のヒトはちょっとびっくりした感じで聞いている。これを忠告と取るか、おせっかいと取るかで、今後が変わるのだろう。
僕もあの頃を思い出し、気を引き締めなくちゃと思い立ち、迷宮の脅威を思い返した。
試練迷宮の脅威は粘体生物である。彼らは大人の両手を合わせたくらいの大きさで、酸の粘液で取り付き、獲物を溶かす攻撃が主だ。しかし、彼らの酸はそこまで威力はない。肌についてもすぐに洗い流せば軽い火傷で済む。
ただし命が危うい場合もある。たとえば天井に潜んだ奴が、落ちてきて飛び散り、運悪く顔面……特に目を焼かれた場合がそれだ。
迷宮内で突然視覚を失うと、激しく動揺する。そしてむやみやたらと暴れ、走り回りより状態を悪くし、致命的な状態へと陥いってしまうのだ。
一応はつば付き帽子など頭装備で防げるんだけど、稀に起きるらしい。
それから、注意するべき行動もある。粘体生物は壁や通路に擬態して獲物を待つ習性があり、擬態状態の彼らは酸の強さが増すのだ。
酸の粘液に触れたり踏んだりした場合、手足は傷つく。布製の手袋や薄い靴だともうどうしようもない。特に踏んだ場合、足首から下に激しい痛みを伴い、歩けなくなってしまう。その場合、這ってでも脱出するべきだ。だけど経験不足だと混乱の極致となり、判断がつかず、最悪の事態へ陥るだろう。
多くの先輩が『迷宮は逃げないから怪我したら撤退するべきだ』と教えてくれる。生きていれば再起可能だから、痛い目を見ておく方が良いのだろう。実際、本職でない僕でも聖魔石を作れたし、そこまで難しくないと思う。
僕が考えに耽っていると、馬車が厩舎に到着する。皆は荷物を持って降りた。
「ありがとうございました! 帰りもお願いします!」
馬車を降りるとき、御者のジャンおじさんにお礼を言う。
「おう! 全員、無事帰ってくるんだぞ。俺は礼儀正しい奴は応援している。怪我すんなよ」
「ありがとうございます! もしゴミで困ったらご相談くださいね」
「ははっ、そりゃ助かるな!」
軽いやりとりの後、僕たちはそれぞれ荷物を確認する。ここからは歩きなのだ。
「さあ、準備は出来ておるな? しかし、リュシエルは……」
辺りを見まわすシュー。ちょうどそこへリュシエルが、露店で売ってた異様な値段の果実をかじりながら戻ってきた。……好物なのかな?
「おまたせ……」
彼女は神妙な表情をしている。
「あのさ……探索中の子が2人、戻ってきてない5日くらい前だって。亡くなったんじゃないかしら……」
リュシエルは噂を集めてきたらしい。しかし、穏やかじゃない内容だ。
「え、5日も!? 試練迷宮で5日だと、もう……難しいと思う」
「リュシエル、どんな人ですか?」
「ん、赤毛の女の子と金髪の男の子みたい。どっちも16~7かな? 女の子は足に自信がありそうだってさ。男の子はちゃんとした装備で見込み在りそうな子らしいわ。それくらいね」
随分と詳しいな……さすが本職である。
「……そう、か」
「うぅ……そんなこと、あるのぉ?」
「いや、この迷宮では珍しいよ」
「そ、それでも大丈夫じゃぞ! わちがいるからの!」
僕たちの不安を打ち消すように言ったシューは胸を張る。ちょっと頼りないと思ってしまったが、口には出さないでおこう。
――――――――――――――――――――――――――――――
不測の事態があったとしても、僕たちが仕事を終えなきゃ迷宮は閉ざされたままである。今の僕たちに足りないものはない。速やかに迷宮村を後にして試練迷宮へと進む。
短い距離ではあるが森を歩くことになる。だけどシューの足に合わせると遅くなってしまう。ならば僕が、彼を肩に乗せて行くことにした。
「シュー、ちょっといい?」
「なんじゃ?」
「僕の肩に乗ってかない?」
「わちを運んでくれるんか?」
「うん、アレンたち護衛は武器を持を手放せないし、掃除までは大丈夫さ。これでも僕、力持ちだし慣れてるんだよ」
ルネやメアリ、それからレジスをおぶったり肩車したりの経験を思い出しつつ言う。
「おぶってくれてもいいぞ?」
「んー。背嚢に乗る? 掃除用具とか入ってて……ごつごつしてるんだけど……」
「むむぅ……」
「肩が怖いなら頭にしがみついてよ」
「こ、怖いわけではないぞ!?」
「僕、そんな背が高くないし、大丈夫だと思うけど?」
「うむ……遅れるわけにいかんの。すまぬが世話になるぞ」
「うん、任せて」
僕は主戦力ではないし、こういう役目には慣れている。武器も棒(師匠には内緒だが、ときどき掃除道具になる。箒の柄などを取り付け、高い所に便利だ)なので、誤って彼を傷つける危険は少ない。ナイフは腰のベルトに鞘ごと取り付けている。肩に乗れば問題ないだろう。
「一応僕も戦えるからさ。道中何かあってもシューは守るよ」
「そ、そうか……って、向かう道中で襲われるんか!?」
魔物は迷宮のマナに惹かれ迷宮に捕われる。その近辺に魔物は現れないはずだ。ただ、稀に迷宮へ向かう道中でケガするって話も聞いたことがある。というか、解りにくいけど道の端に小さな足跡を見つけた。そういった類の物だろうか?
「どうだろう? アレン、迷宮近辺に魔物は出るもんなの? 前に来たときは大丈夫だったけど……」
「ん? いや、迷宮付近に魔物は出ないぞ。ただ獣は知らない。イニス、この辺はどうなんだ?」
「さて? 危険は無かったと思いますが……。ニナ、気配はあるかい?」
問われたニナは僕も見つけた地面のへこみを観察している。
「……足跡ある。しかし、昨日。青角鹿……だろう」
「そうか」
「臆病なやつ。向こうから襲ってこない」
「ありがとう。大丈夫みたいだね」
イニスは僕たち、特にシューを安心させるように言う。
「なら安心じゃな! それじゃセイ、たのんだぞ!」
「はーい」
こうして僕たちは問題なく森を進み、迷宮の入り口にたどり着いた。
――――――――――――――――――――――――――――――
分厚い扉付きの、人が2~3人通れるくらいの洞穴。これが試練迷宮の入り口である。脇に小さな石碑が立っていて、『試練迷宮』と彫られていた。
扉には封印がされており、挑戦者が触れて魔鍵の言葉を言うことで開くようになっている。
基本的には魔物が外へ出ない造りだが、迷宮へヒトが迷い込むのも防いでいるらしい。
扉は時間経過で閉じるため鍵の言葉は帰りも必要である。こいつを知るためにも、冒険者ギルドへ申し出て登録料を支払う必要があるのだ。
高位の迷宮になると、ギルドに実力を認められた冒険者しか挑戦できなくなるが、それはこの魔鍵の言葉による管理のせいである。そうやって無謀な挑戦者を減らす仕組みらしい。
また、土地に寄っては複雑な魔鍵の言葉もあるらしく、メモに記したものを持って行くのだが……攻略途中でメモを失い、次の冒険者が来るまでの7日間を迷宮で過ごしたと言う、上位冒険者の笑い話を聞いたことがある。
その話を突き詰めるとあまり笑えないのだが、彼らは笑い飛ばしていた。
ちなみに高位の迷宮は魔物が知性を持ち、攻略が難しい反面、一種の秩序を持った行動を取る。そのせいか汚染は起きにくいらしい。ただ、魔物駆除や管理調査は必要で、人員が足りない場合は他領のギルドや国の騎士団へ要請することになる。それは土地を治める領主にとっては不名誉となるため、迷宮近くの領主さまは冒険者を優遇する施策を執るらしい。
「では、扉を開くぞ!」
試練迷宮前にある封印の扉にシューが手を当てた。扉にマナの輝きが灯る。
「『新芽を育む試練の扉よ開け』」
そして、試練迷宮の扉は開いた。
「さあ、みんな行くのじゃ!」
シューの号令を受け、僕たちは扉を通り抜けた。