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25 試練迷宮清掃03 道中の冒険雑談

 冒険者ギルドでの話を終え、僕たちが外へ出ると馬車が用意してあった。

 アレンがぽつりと呟く。


「さすがギルドの依頼だな」

「どうしたの?」

「馬車とか自腹だよ」

「ああ、そうか」


 冒険者の依頼料は諸経費……移動や消耗品に掛かる費用を含めたものだ。基本は前金で半額貰い、それらに当てる。

 依頼者(シュー)が馬車を用意するって珍しいのだ。


 アレンは馬車を眺めている。僕もそれに倣う。車体は大人数用で頑丈な造りで装飾は少ない。それを引くのは2頭の長耳馬で赤毛と黒毛だった。長耳馬は耳が長く音には敏感。警戒心は強く、速度は出ないが持久力が高い、長距離移動に適した種だ。

 僕が見た性格だと、赤毛の子はちょっと生意気そうで、黒毛の子はのんびりさんじゃないかな?


 ふと、御者台から声が掛かる。


「もう出発か?」

 

 赤毛で頬傷の目立つおじさんだ。御者をつとめる方だろう。彼は三白眼でいかつそうな面構えである。

 王都ではよく出会う強面こわもてのおじさんだ。彼らは緊張する仕事のせいで表情がいかつくなるらしい。ゴミ回収をしているとと結構出会う。中にはわざと怖がらせようとするヒトもいる。ただ、話してみると気さくで楽しいことが多い。慣れている僕は元気よく挨拶した。


「おはようございます! セイと申します。今日はよろしくお願いします!」


 するとおじさんは唇を釣り上げる。


「俺はジャンだ。まかせとけ!」


 ジャンさんは笑顔のつもりだろうが、引きつった威圧顔にみえた。


「……!?」

「っ……!」


 慣れてないシューやミュリ姉さんが息を飲んだ。僕たちは2人を促し、馬車に乗り込む。


 さあ、出発だ!



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 試練迷宮は王都からそこそこの距離がある。その間、僕たちは互いを知るため雑談を始めた。

 シューは話すのが好きなのだろうか? 少し浮かれているような話し方だった。


「わちは将来、この国に迷宮を造りたいぞ! 色々見て回って良い場所を探すのじゃ!」

「へえ、いくつ作るの?」

「……迷宮は1つ作るのも大変なんじゃぞ?」


 じとりと睨むシューの言葉を受け、イニスが頷く。


「確かに、迷宮は多い国でも20いきませんね」

「なんか条件あるの?」

「秘密じゃ!」


 まあ、言えないか……。


「じゃがな、魔物で困る土地は多かろう? 迷宮を造って何とかする、素敵な役目じゃ!」

「この国だと、西の公爵領に欲しいでしょうね」

「そうね、討伐依頼多かったわ」

「ああ、稼がせてもらったな」

「アレンたちは魔物討伐依頼が得意なんか?」

「まあな」


 アレンが端的に答える。さらにイニスが補足してくれた。彼らは王都へ来る前、西の公爵領から入り、村や街の討伐依頼をいくつかこなしてきたらしい。


 魔物の討伐依頼は迷宮に限らず、村や街からも出る。

 魔物……マナを抱えて産まれたが消耗するマナが大きく、生きるためのマナに飢え、マナを多く持つ人を頻繁に襲う生物・物質などの総称である。

 迷宮はそんな魔物を封じる場所だ。しかし迷宮が近くに無い土地も多く、魔物の被害も現れる。アレンが言う通り、西の公爵領は迷宮が1つで、迷宮から大きく離れた村では魔物の被害が現れるのだ。

 被害が大きい場合、領主が騎士を派遣する。だが、人手不足など諸事情あってよほどでなければ動かない。小さなものであれば、冒険者に依頼を回すのが普通なのだ。


「わちの夢はな、魔物で困っている国まるごと、迷宮にするのじゃ!」

「うん、よその国でやってね」

「私たちが困るわ」

「むぅ……この素晴らしさが解らんのか?」


 否定され、シューは唇を尖らせた。


「なあ、話は変わるけどさ……」


 ふと、アレンがミュリ姉さんを見る。


「ミュリは何ができるんだ?」


 ミュリ姉さんに視線が集まった。彼女が息を飲むのがわかる。

 この質問は冒険者の常識からくるのだと思う。命がけの仕事を一緒にするのだから、相手を知りたい。そう、君は何ができて何ができないのか? と尋ねたわけだ。だけどミュリ姉さんは注目されると緊張してしまう。何か答えようとして、わたわたしている。

 彼女との橋渡しは僕がするべきだと、代わりに答えた。


「アレン、ミュリ姉さんは冒険者じゃないし、答えにくいよ。何が知りたいの?」

「ん、そうか? えーと、ミュリは魔導掃除師って言ってたけど……俺、よくわからないんだ。どんな魔導か教えてほしい」

「えっ……うち、あの、掃除する、魔導だよ」


 ミュリ姉さんは馬車の端で大きい身体を小さくさせた。そして僕に視線を送ってくる。まだ緊張が続いているのだろう。


「あー、えと、ミュリ姉さんは人見知りで……打ち解けてくると色々話してくれるからさ、ちょっとまっててね」

「わかった」

「……セイちゃん、ごめんよぉ」

「いいよ。でもさ、アレンは僕の友達だから、すぐに仲良くなれるさ」


 とはいっても、彼らに関してそこまで詳しくはないんだよね。それは言わずに話を続ける。


「で、ミュリ姉さんは、汚れを落とす水の泡を放つ魔導の使い手だよ。汚れがすごく落ちて、僕の回収と相性が良い。泡に包まれたものは全て回収できるんだ」

「へぇ、死骸もか?」


 アレンが何気なく言った言葉にぎょっとする。


「……試したことは無いな」

「今日、試してみるか?」


 アレンが僕を見つめる。なんだか気になる目だ。僕は彼の目を見つめ返した。


「……」


 引いてはならない。なぜかそう思った。

 今まで僕は形の残った死骸は回収できなかった。ただ、細かくなったものだと何とかなる。迷宮で回収しなきゃならない場合、そんな手間は取れないだろう。

 ただ、勘なのだが、何かの補助があればできそうな気はする。そして、一度でも回収ができるなら、僕は自分の魔導をもっと理解できるかもしれない。

 僕は自らが持つ力を発展させたいと思う。


 そして、もう一つ。僕はアレンに言葉にできない何かを感じている。対抗心にも似ているのだが、ちょっと違うようにも思う。

 おそらくだけどアレンは僕を(はか)っている。友人としてかはわからない。ただ、彼が今僕に向ける視線はセルバンテス先生のそれと似たもので……だから逃げることはできないと感じた。


 直感だけど、彼は今まで仲間や縁者の観察を鋭く続け、生きてきたように思う。そして、自分の眼鏡にかなわない相手は、切り捨ててきたような……そんな厳しさも併せ持っているような印象があった。

 おそらく彼は今日、見事な護衛をするだろう。だったら僕も、完璧に掃除しなくてはならないと思ってしまう。そう、出来ないと思っていたこともやり遂げなきゃならない。


 そこまで考え、気が付く。

 僕はアレンの期待に応えたい。その理由はいくつかがぐるぐるとしてまと纏まらないでいる。とにかく、彼にがっかりされるのは嫌だ。

 だから、むりやり胸を張る。さらに憮然とした態度で言った。


「試してみるよ」

「ははっ」


 僕の答えを受け、彼は小さく笑う。


「まあ粘体生物(スライム)ばっかだというし、大丈夫さ」

「あのさ、僕の魔導はゴミ限定だから大量に回収できるんだ。だから、僕がゴミだと思わなきゃなんないって縛りを付けられたのだと思う。……この力を与えてくれた神さまにね」

「そういうもんかね? じゃあ、戦争やってる国のゴミ屋ってどうすんだろな? あちこち死体ばっかだぞ」


 その問いに表情が引きつる。


「そ、それは……」

「みんな、手向けや弔いはする。だけど間に合わなくて野ざらしが多いのさ……」


 アレンは何かを思い出すように語った。


「別の国でな、遺体が疫病と関係するとか言ってたんだ。セイも特殊な力があるし、王命があれば回収させられるんじゃないか?」


 言葉終わりにレアが口を挟んでくる。


「死者の弔いは、私たちの役目」


 さらに彼の仲間たちが(たしな)めた。


「アレン……その言動は行き過ぎです」

「ひくわー、ほんと。あんた前から考えなし控えろ言ってるでしょ! 気を付けなさいよ!!」

「あ? ああー、そうかもな。セイ、悪かった」

「いや、今まで考えたこともなかった。考えてみる」

「んー?」


 僕は下を向き、真剣に考える。実際ヒトの遺体を回収しなくてはならなくなったら、どうすればいいんだろう?


 僕はヒトの遺体をゴミだと思うことができない。忌避感も強くもっている。

 そもそも弔うべきだと思う。

 今のままでは確実に回収は出来ない。

 ただ、近隣諸国の争いの噂は僕の耳にも入っている。

 たしか東の公爵領で、領土間の(いさか)いが起きていた。

 数人単位だが死者も出ているらしい。

 もし、その戦が激しくなったら?

 焼却場へ運ぶため、僕たちが呼ばれるかもしれない。

 もし、王命で戦後処理として戦場跡へと赴き、回収を命じられたら?

 そもそも、僕はそんな前例があった話を、先輩のモルガンたちから聞いている。

 僕はその光景を思い浮かべてしまった。

 そして、仕事が出来なかった僕はどうなるか……。


 僕の頭の中に、セルバンテス先生の言葉が響く。


『役に立たねば其方は棄てられる。大切にしている者も全てな』


 唇を噛む。どうすればいい? 

 対策……心を凍らせる、戦闘時にやっているが……いや、セルバンテス先生は魔導を使っていた。そうだ、心を縛る方法があるはずで……。


「……セイ」


 レアが袖を引いた。思考が中断される。


「っ!?」


 彼女は首を振った。


「ああ、見えたのか、ごめん」

「弔いは私たちがするの」

「……」

「大丈夫よ」


 レア、ごめんよ。

 後始末が、僕たちの仕事なんだ。

 無関係ではないと思う。


「……」


 レアが眉をしかめる。僕を思ってくれているんだとわかる。それだけで、元気が出た。

 幾分か考えもあるさ。

 誰かに協力……を頼むにしても、どうすればいいかわからないな。

 何かで覆う系の魔導?

 心を縛る方法、薬とかもあるか?

 そうだ、錬金術師のラフレさんは怪しい薬を作ってた。相談しておこうか?


「うん、大丈夫だよ」

「いじっぱり」


 そんな僕たちのやり取りに気付かず、アレンは話題を戻した。


「悪かった。じゃあ話を戻すけどさ、ミュリの魔導って、汚れも自動で集まるのか?」

「え!? えっとー、それは、ムリだわ?」


 僕は考えを押し込め、ミュリ姉さんの補助に回る。

 

「……それは自分でやるよ。ただ磨く手間がほとんど省けて、保護のマナが付くんだ。貴族さまの掃除はミュリ姉さんじゃなきゃダメっていわれてる」

「へえ? それって、かなり高度なことしてるんじゃない? 付与に近くて、結構マナ使うはずよ!」


 魔女子さんも会話に参加してきた。


「えと、うち、感覚でやってるからわかんない。ただ、お仕事で魔導いっぱい使うと疲れちゃうんよ」


 答えてから、ミュリ姉さんはアレンの視線から隠れようとする。僕は聞いてみた。


「アレンが怖いの?」 

「ちがっ、緊張するのよぉ」

「ふむ……シューは大丈夫なのに」

「ちっちゃい子はだいじょぶよ」

「わちは50を超えておる!」

「見た目子供だもん」

「ぐぬぅ……」

「カッコイイ兄さんは……その、困るわ」

「そっか、アレンは美形だから、よけいに緊張するんだね?」

「うぅ……」


 ミュリ姉さんの言葉にアレンの仲間たちはにやにやする。


「ああ、アレンは顔だけは良いもんねー」

「おい、だけとかいうなよ」

「リュシエル、アレンは中身も格好いいの?」


 僕の言葉に彼の仲間たちは首を振った。


「さっきまでの話でわかるでしょ? 中身ヤバイ。本当、ヤバイ」

「……申し訳ないが、アレンは剣しか役に立ちません」

「ニナ、アレンの良さ知ってる。でも戦いだけ」

「ぐぅ……」


 即座にアレンをおとしめる仲間たち。彼は恨めしそうに睨む。だけど仲が良いんだなって感じだ。僕も参加する。


「アレン、君は何をやらかした?」

「何って言われてもな……」

「敵を見たら、あたしが止めても斬りかかるの!」


 リュシエルが笑いながらアレンを詰める。


「それに闘いの怒鳴り声がうるさくてね! 調査依頼のときにもよ!? ほんと、邪魔だった!」

「この前、実害が出ました。あの依頼失敗は痛かった。ギルドからも忠告されましたよ。調査依頼は別行動するようにってね」


 深く息を吐き、イニスが呟く。長年の積み重ねが窺えた。


「本当、アレンの頭は戦いで占めて、異常なんです。例えば見知った顔を相手に戦うことも考え……。そうですね、セイが敵であることも想像しているでしょう」

「え、僕と戦う?」

「そりゃ、何が起こるかわからんからな」


 その答えで、僕は考える。アレンと戦うことになったら……。


「ちなみに、セイはアレンと戦うことになったら、どうします?」

「……王都を逃げ回ってから、まずはアレンの部屋をゴミで埋める」

「はあっ!? やめろ!?」

「いや、戦うんでしょ? そうなったら仕方ないよ」

「いやいや、闘えよ」

「これがゴミ屋の戦い方だよ」


 ちなみに、この戦法はギルド長ラドックの受け売りだ。『お前んちゴミで埋める』はゴミ屋ギルド伝統の脅し文句である。彼はこの言葉一つで、支払いをごねた人から取り立てたのだ。


「あ! じゃあうち、セイちゃん手伝う! アレンの武具を泡で綺麗にしたまま、放置するね。鉄は錆びるし、滑りやすくなるんよ」

「お、おい、性質(たち)が悪いな!」

「いや、戦いって相手の嫌がることをするもんだよ」

「嫌がる意味が違うだろ!」

「あ、じゃあじゃあ、あたしそのゴミ燃やしたげるわ! 部屋ごと」

「え、と、私は……んー、心を見に行く?」


 何故か魔女子さんとレアも参戦してくれるらしい。


「参りましたね、アレン。くれぐれもセイ達と事を構えないでくださいね」

「お前が勝手に言い出したんだろ!」


 そしてイニス達は小さく笑う。


「まあ、アレンを解っていただければと思いましてね」

「仲間の負担、よっぽどなんだね?」

「あのな、俺はこれでも危い時まで自重していぞ!」

「えー? でもさ、ヒトが相手でも容赦しないじゃん。依頼者ドン引きしてたし……」

「相手は賊だぞ!? あの時は暗器を持ってたんだ!」


 先日のように、冒険者の仕事には賊の討伐も含まれる。治安の悪い地域もあるし、そういう機会もあるんだろう。暗器の恐ろしさは僕も習っている。少し擁護しておくか。


「ねえ、アレンは仲間を思っての行動じゃない? 暗器は気付かないと大変だよ」

「なにいってんの! こいつは嬉々として斬ってたわ!」

「そんなことは無い!」

「常識を覚えようとしないし! 敵見つけると目が座るの! 依頼人が引くんだから!!」

「まあ、強敵を認めたアレンは、誤解されますね……」

「ニナは理解してる。戦士は狂ってからが本番。でも闘いの微笑はちょっと怖い」

「くそ、おぼえとけよ……」


 彼の仲間が息を合わせたように詰める。アレンもちょっと楽しそうだ。悪口言いあえる仲ってことかな?

 そして、リュシエルがミュリ姉さんに言う。


「ねえミュリ、こいつには惚れない方が良いよ」

「ふぇっ!? あー、えと、そうねー」


 そこに飛ぶの? 姉さん戸惑っているよ……。


「アレンは良い戦士。でも惚れた女は不幸になる」

「だれか擁護してくれよ……」


 彼らのやり取りから関係性がみえる。良くも悪くもアレンを中心に動くんだな。

 ふと、魔女子さんが笑った。


「んふふー。いいなぁ、何か冒険って感じだわ! ね、レア!」


 レアが小さく首を傾げる。表情は変わらないが楽しげだ。


「そうね」

「あたし、冒険したかったの! 好きな本があってさ!」

「へえ?」


 魔女子さんが対面に座るレアに話しかけた。レアは一番端で僕の隣に座っている。他の人に触れないよう気遣っているのだ。今、僕の思考は見えているだろう。


「好きな本?」

「有名よ! てか、わからないの?」

「触れなきゃ見えない」

「え、でもさ、セイは当たってるわね」

「あ、いま見えた」


 すると魔女子さんはにやーっと笑う。


「じゃあ解るでしょ?」

「言えないわ」

「どういうこと?」

「見た心のこと、他のひとに言えない」


 そう、レアの力には制約があるのだ。


「言えない?」

「本人としか語れない。他の人がいるとムリ」

「それは、不便ね」

「そうでもないわ」

「でも……珍しい力! てかあたし、神殿のことよくわかんないの! レアはあそこで暮らしてるよね? どんなとこか教えて!」

「何が知りたいの?」

「えーと……」

「魔女子、さん? 見ていい?」

「良いわよ! 触れると良いんだっけ?」

「そう」

「でも変な事は言わないでね!」

「言えない。たぶん、約束、だと思う」

「思う? てか約束って誰とよ?」


 レアは何か言葉を出そうとして、しかし出てこなかった。そして唇を尖らせる。


「……だめ、言えない」

「ふむ、神殿との約束ってこと?」


 その問いに、レアは凄く答えにくそうに言った。


「…………夢」

「夢! あ、神との契約!?」


 神との契約、僕の魔導みたいなものだろうか? 僕は稀に不思議な夢を見る。あの夢を見るとき、僕は様々な発見が起きた。『回収』の魔導が使えるようになった時も、夢を見ている。ただそのことを、あまり言いたくない。同じだろうか?


 僕と隣で肩が触れていたレアは、こちらをちらっと見て頷く。なるほど、正解らしい。


「言いにくいこと、いわせてごめんね! でもそれなら余計に問題ないわ! ほらほら、じゃんじゃん見ちゃって!」


 笑った魔女子さんは元気に手を差し出す。彼女、いろんなものを燃やそうとしなければいい子なんだけどな……。


「ありがと」


 レアはちょっと嬉しそうに魔女子さんの手を取る。そして、目を丸くした。


「……ほんき?」

「え? 何が?」

「言えない。けど、ふっ、ふふふふっ」

「何がおかしいのよ?」


 急に噴きだしたレア。あれ、あんな風に笑うんだ!?

 魔女子さんも戸惑い、眉を上げる。


「言えない」

「えと、魔女子さん、何考えてたの?」

「言っちゃ駄目よ! いや、そんな笑うようなこと、考えてないもん!!」

「ふふっ。そう思ってるんだ? すごい」


 何が見えてる?

 気になる……。

 魔女子さんは何を考えてるか、わかりやすくてわかりにくいヒトだ。

 いつも身綺麗にしててかわいいのに、言動が残念な子だと思っている。

 てか、この前彼女の炎球を回収したのだけど……あんな想いを魔導に込めるのだから、筋金入りだと思う。

 そもそも名前聞いてもはぐらかすし、何を考えているんだろ?

 ふと、レアがちらっとこちらを見た。何か言いたげである。


「なに?」

「むぅ……言えない」

「魔女子さん何考えてたの?」

「むむぅ」

「教えちゃだめよ!」

「言えないわ」

「セイも聞いちゃダメ!」

「レアのこんな反応とか、すごく気になる! 何考えてたの!?」

「セイちゃん、女の子の秘密は探っちゃだめよぉ」


 魔女子さんの隣、馬車の端に隠れようとしていたミュリ姉さんも、会話に参加してきた。


「いや、普通に見せてたよ? 探ってるつもりないんだけど……」

「セイはあたしのこと、知りたいの?」

「そりゃね、レアが笑うようなこと考えてたんだろ?」

「そんなわけないじゃん! あたしの崇高な考えが、あまり理解されないだけだわ!」


 ふんぞり返る魔女子さんはなんか面白い。


「あんな面白いの、ひさびさ」


 そしてレアは、魔女子さんに向き合って聞いた。


「ね、魔女子さん、私に聞いて」

「え? なにを?」

「聞きたいこと、言葉にしてほしい」

「あー、じゃあ神殿ってどう暮らしてるの?」

「朝1の鐘で起きて身を清め、お祈りする。で朝ごはんの後、午前の神様への奉仕活動とお掃除。ゴミ出しは私のお仕事。そこでセイと出会った」

「ふんふん」

「お昼から奉仕活動。私は治癒や浄化とか。街へ行く場合もある」

「あ、街で神職の人たまに見かけるのって、奉仕活動なのね」

「ええ。で身を清めてお祈りして、ごはん食べて休むの」

「なるほど! 結構きまってるわけね!」

「魔女子さんは?」

「あたしは朝思いっきり食べて、ゴミ焼却仕事。でお昼ご飯いっぱい食べたあと、学院に戻ってファニー先生の授業と実技。魔導に関する問題があればファニー先生が行けっていうの。解決したら夕飯をこれでもかと食べてお風呂入って寝ちゃうわ!」


 食べてばっかりだ……。魔導は結構体力使うっていうが、彼女はまるで太って見えない。


「セイは? あたしのこと、なんかない?」

「え? なんか!?」

「そう、なんかない?」


 急に振られ、なんかってなんだ? 僕は考えながら答える。 


「えと……じゃあ僕が知ってる魔女子さんのこと、教えるよ。ゴミを燃やす仕事をしてて、『魔女子の冒険』って本が好きなんだよね」

「そう! あたし、あれを読んで魔導に憧れて、今も勉強頑張ってるの! いっぱい燃やすためにね!」

「燃やす……。でも、あの本は私も読んで、好きだわ。魔女子さんの奇行を楽しむ小説」


 意外にもレアが目を輝かせて答える。ああ、レアはそういう読み方するんだ。


「奇行じゃないわ! 冒険だもん!」

「迷惑な所が良い」

「ときどき、変な方向へ行くよな」

「む、セイはどっちの味方よ!?」

「感想は人それぞれじゃない?」

「ぐぬぅ……」


 魔女子さんが眉を顰めるが、すぐにニコニコ顔となって語りだす。


「でもね、あたしは後半の展開が好きだわ!」


 『魔女子の冒険』は最近終わったらしい。彼女が言う後半は3年ほど前からの展開だった。

 実は僕、その辺りを読んでない。あの頃はエリナが呪詛を受け、孤児院も大変で、本なんて高い物を買う余裕はなかった。当然読む時間もない。今も、ちょっと手が出せないのだ。


「へー? 魔女子ちゃん、どんな展開なのぉ?」


 ミュリ姉さんが興味深そうに聞くと、魔女子さんは楽しそうに笑った。


「あら、ミュリは読んでないのね? えっと、「魔女子さん」に相棒ができるの! その展開がね、うふふー」


 彼女は解説してくれる。その相棒は大陸東部の出身剣士で、はじめは対立する立場だったらしい。互いにぶつかり合って、少しずつ認めあい……相棒となる展開のようだ。重要な部分はボカしているのが、より興味を引く。

 そんなことになってたのか……。


 ふとレアがこちらを見る。


「レアも読んでたんだ」

「うん。セイ、その辺りのことは?」


 え、心みてないのかな?


「? 僕は読んでないよ」

「読んでみないの?」

「ん-、今はちょっと無理かなぁ?」


 本は、一冊買うだけで5日分の食費が飛ぶ。それが結構な冊数あり、1冊読むと次が読みたくなるし、流石に我慢しなくてはならない。


「でねでね! そのやりとりが面白いのよ! 詳しくは読んで欲しいから言わないけど、んふふーな感じよ!」


 僕たちのやり取りを聞かず、魔女子さんは大声でミュリ姉さんに話を続けていた。話したいんだろうけど、ネタばらしにはすごく配慮している。気になるところで解らないのが上手いな。


「んふふーな感じ……? うちわかんないわぁ」

「んーむむむぅ……えーっと、実際読んで欲しいわ!」

「えー……」

「むぅ……」


 なぜかレアが僕と魔女子さんを見くらべた。なんだか含むような表情だった。



――――――――――――――――――――――――――――――

 暫く雑談していると丘が見えてくる。僕は思わず呟いた。


「あそこ、『大いなる傷痕』だよ」


 『大いなる傷痕』……それは世界に広がる神話由来の傷痕。地の底まで続く世界の亀裂だ。

 神話冒頭にある世界崩壊の痕跡とされ、大陸の中央である王樹から周囲大陸を分断し、さらに大陸の各地にも表れる亀裂だ。これのせいで大陸間の行き来は困難となっている。

 この『大いなる傷跡』、底がどうなっているかわかっていない。過去には何人かの命知らずがこの亀裂の果てを探索しようと試みた。だが、全員が地の底へ飲み込まれ、帰ることは無かった。

 僕が指した王都近郊のそれは、小規模だが底の無い崖である。広さ的には小さな城が2件入る程度。これをヒトが落ちないように柵で囲んでいた。


 この『大いなる傷痕』、実は僕たちの仕事と関係が深い。

 僕たちゴミ屋は『マナ廃棄物』という、汚染されたマナを含む危険ゴミを、あの場所に廃棄する決まりがあるのだ。これは、何百年も前に世界を巡った、なぜか名前の伝わってない賢者が、多数の国に施した知恵である。そして、現在も多くの国で順守されていた。


 あの亀裂は長い年月、汚染されたマナを受け入れてきた。そのせいなのか、近づけばうすら寒くなるような雰囲気が漂う場となっている。


「あそこがそうなのね?」

「うん。僕ら魔導ゴミ屋はさ、ここへ『マナ廃棄物』を捨てに来るんだ」

「へえ……? やばそうなもん捨てるんだな?」

「まあ、昔から決まってるからね」

「全部埋まったらヤバイな」

「そこまで量はないから、大丈夫じゃないかな?」

「……そんなもんかね?」


 僕たちの会話の端に、レアが声を上げた。


「シューだいじょうぶ?」


 そちらを見ると、彼は真っ青な顔をしている。


「わ、わち、きもちわるい……」

「ああ、馬車酔い!?」

「うぐぅ……」


 僕たちは慌てて御者のジャンおじさんに声をかける。


「すみません! ちょっと馬車で酔った人がいます!! 止まってもらえませんか?」

「おお!? わかった!」


 皆がそれぞれ行動を取った。リュシエルが彼を抱き上げ、具合を見、レアは何やらマナを動かしている。


「シューは王樹から旅してたのに、酔うんだな」

「そ、それは、わち……『虫』をつかったんじゃ……」


 『虫』? そんな移動手段があるの?

 聞いてみようかと一瞬だけ気になるが、体調不良のシューに問うべきでない。そしてこの疑問は、緊急時のドタバタで僕の頭から抜け落ちてしまった。


 急ぎ、シューを休ませるため動く。ミュリ姉さん含め、全員が速やかに動く姿は流石だなと思った。


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