24 試練迷宮清掃02 迷宮の異常
「おぬちら知り合いか?」
シューさんが僕たちをまじまじと見つめる。
「はい、アレンとリュシエル、それからレアと魔女子さんは僕の友人です」
僕が言うとシューさんは目を輝かせた。
「おお! 気心は知れとるのか! しかし、わちに自己紹介をしてくれんか?」
彼のにこやかな様子に僕たちは軽く目を合わせ、自己紹介を始める。
まずアレンたち護衛組からだ。
戦士のアレン、偵察者のリュシエル、魔導師のイニス、狩人ニナがそれぞれ名乗る。
アレンとリュシエルは何度か話しているが、残りの2人は知らない。全員が冒険へ赴く格好である。一応武具は王都持ち運び用の封印札が付けてあった。
アレンは戦士用の黒い革鎧とちょっと高そうな長剣が目を引く。
「その剣は業物ぽいの? 粘体生物相手でも大丈夫かの?」
アレンの剣を見たシューさんが言葉に出す。それを彼の仲間が否定した。
「あー大丈夫よ」
動きやすそうな軽い革胸当てとマント姿、腰のベルトに短刀を差したリュシエルが手を振り、イニスに視線を送る。
「私が『付与』で保護しますよ。問題ありません。彼はいつも無茶な使い方するんで、我々も補助に特化しました」
視線を受けた魔導師イニスが答える。彼は頭まで覆う鼠色をした厚めのローブ姿で、杖は結構短くて飾り気のないものだった。言葉通り『付与』の魔導を使う補助役だろう。彼は表情が見えにくいのだが、口調から苦労人ぽいのが伺える。
「それでも、アレンは強い。安心」
イニスの後、こげ茶色の髪をもつ狩人のニナがたどたどしい言葉で付け加えた。どうやら大陸の北部出身で言葉に慣れてないという。彼女は白い革の胸当てと弓、さらに左手甲に細工弩を付けている。
彼女の口ぶりから屋外の索敵や地形の探知に一日の長があるらしい。ただ日焼けしにくいのか色素の薄い肌に見える。
「では、おぬちらも頼むぞ」
次に僕たち清掃組となった。
僕は先ほどシューさんに伝えている。だからアレンの仲間に向け、ゴミ回収能力と自衛程度の武力があると伝えた。
ミュリ姉さんは視線が集まるとつかえがちになる。ただ、彼女も『神の祝福』を持っていると答えた。「掃除魔法が得意なのー」と小さく言う。彼女は戦闘できないことも伝えた。意外と力もちだけど、それとこれは違う。彼女は最後に「守ってねー」と言った。
次はレアである。彼女は神殿から派遣されたらしい。彼女は奉仕活動用の聖職者の衣装で、ぴったりとした帽子をかぶり黒髪は見えない。彼女は小さな背嚢を下げている。どうやら荷物は少ないようだ。
口数少なく、聖女とは名乗らなずに『神の祝福』があると言った。そういえば、正確には『聖女』でないと言っていたっけ?
彼女の聖祈は『浄化』や『治癒』が得意だといった。
そしてレアは「私は触れた人の心が見えるわ」と無造作に言う。その言葉で、アレンたちに緊張が走った。それを見て彼女は「嫌な人は気をつけて」と続ける。表情は変わらない。だけど少し伏せがちな目が気になる。
……アレンたち、何かあるのだろうか?
最後が魔女子さんだ。いつもよりすっきりと動きやすそうなローブ姿と相変わらず、じゃらじゃらした杖も持っている。さらに結構大きな背嚢で、荷物も多そうだった。
ふと、イニスの持つ杖と魔女子さんの杖がまるで違うことに気付く。魔導師の杖って魔導を増幅するときくけど、効果はどれくらいなんだろう? 用途によって違うのだろうか?
魔女子さんに聞いても「女の子の秘密!」とか言うし、メアリに聞いても授業で習っておらず、要領を得ない。魔導師は秘密主義っぽいところもあるし、気にするだけ無駄だろうか?
僕の思考をよそに魔女子さんは飾りの多い杖を揺らし、炎をいっぱい使うことと、自分を「魔女子さんと呼んで!」と言った。その理由は「趣味だから!」らしい。
ここでも名前は秘密か……。あの本を読んだ僕ならともかく、依頼人や冒険者相手にそんなんで大丈夫か? ……と思ったが、アレンたちは依頼人や共闘相手に事情があり、名乗らない経験もあったらしい。軽く流していた。シューさんもレアも、ついでにミュリ姉さんもそれに倣う。みんな寛容だな。
彼女は燃やすことが得意だけど、魔導学院から派遣された迷宮の調査を担当するといった。
一通りの自己紹介が済む。そして、依頼主のシューさんが台を持ってきて置き、そのうえに立った。
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「わちが迷宮の管理者のシューじゃ! よろしく頼むぞ」
彼は簡単な自己紹介の後、この仕事について説明を始める。
「今回の仕事は異常なのじゃ! 3日ほど前、わちの魔導具が警告をだちた。試練迷宮がめっちゃ汚れとるな!!」
「ほう?」
「見たほうが早いの? ……これじゃ!」
シューさんは背嚢から魔道具を取り出す。それは何か目盛が付いた瓶が3つ並んだものだ。目盛には赤と黄の線が引いてある。
さらに装置の下部には輝く石がはまっている。不思議なマナ……というか、何となく超越したような感じの太陽の白、真月の青、魔月の赤の三色が混ざり合った、輝く石だ。
その装置を指し、シューさんは言った。
「こいつは迷宮の管理者のわちにしか扱えぬ『迷宮観測装置』じゃ! 迷宮核のマナと同期し、迷宮の状態がいくらかわかる」
「へえ? どういう仕組みですか?」
さすがは魔導師、イニスが興味を示す。僕もその辺りに興味がある。少し前へでて聞く姿勢をとった。
「迷宮に使われているマナと同期する石を使い、わちらの技で見やすくちておる!」
「同期……マナを? あ! マナ共振の応用!? でも、すごく難しいはず……」
魔女子さんの言葉に、シューさんが首を振る。
「確かに難しいぞ! だが可能じゃ!」
その言葉にイニスが首を傾げて聞いた。
「マナ共振? マナの波動に関するものでしょうか? ただマナの波動は多様で、測定もうまくいってないのでは?」
マナ共振と波動? 共振は前に魔女子さんの炎球を回収した現象だろうか?
そして魔女子さんの受け売りだが、マナには波動というものがあるらしい。それはヒトやモノに宿る個性みたいなものだ。ただ扱いが難しく、研究も進んでないと言っていたな。
「そうね。あたしは先生の受け売りだけど……実用的ではないって……」
「一般には難しかろう。だが可能なのじゃ! その辺りはわちらの感覚がモノを言う部分じゃ!」
そこから専門的なやり取りを続ける。
ちょっと聞いた感じだとイニスは知識と理論から導き出すような言い方であり、魔女子さんは実体験を基に的を射るような言動だった。二人とも楽しそうでちょっとうらやましい。
ただ、どうも話が専門的過ぎて意味が解らない。だから僕は結論をまとめた。
「つまり、この装置で迷宮核の汚れや異常がわかるんですね?」
「うむ! その通りじゃ!!」
シューさんは興が乗ったのか、早口で解説する。
まず迷宮の創造主が迷宮創造をする際、迷宮核創造時の副産物として『日月の輝石』が産まれる。その石は迷宮核のマナと同期しているのだ。この『日月の輝石』の情報を、わかりやすくする装置が『迷宮観測装置』らしい。
イニスと僕がその装置をのぞき込む。瓶の1つが黒く染まっていた。それは目盛の上方、黄色い線を通り越した位置まできている。赤までは到達していない。
「これが、汚れですか?」
「うむ! 黄色は注意で、掃除が要る段階なのじゃ!」
「どれくらいでここまで来るんですか?」
「本来なら2~3年放置ちてもここまでならん。わちは毎日見ておった! なのに3日前、急に黄色まで来た! こんなことありえぬ!」
「……急に?」
それは明らかに異常だ……。嫌な予感がよぎる。師匠の「僕が絡むと厄介になる」という言葉が蘇り、振り払う。
「えと、つまり何か起こっていると?」
「うむ! 現地に行かねわからん類の異常じゃ!」
「……」
「だが、ギルドでは掃除の依頼ちかだせんかった!」
シューさんは悔しそうに下を向く。
「はじめ、わちは大規模清掃と調査を申請ちた。なのに、迷宮清掃はわちが来る前に終えた! 何度もできぬといわれたのじゃ!」
ああ、つまり掃除したばかりなのに、すぐ汚れたって報告したわけか?
新任のシューさんの言葉は、信用されなかったかもしれない。
「ギルド長は『わちの間違いではないか?』と言った!! わちを疑う目で見とったのじゃ!!」
シューさんは唇を曲げ憤りを隠さない。
どうやら彼は自尊心が高いんだろうな。
「わちは、確かに幼子とみえるかもちれん。だが、迷宮管理において間違いはない!」
「……」
「だからわちは自分で使える予算をほとんど使い、おぬちらを呼んだのじゃ! 掃除に調査、場合によっては浄化を頼むためな」
つまり、僕たちは先方調査隊ってことになるのかな?
これ、危ない仕事だ……。
僕は眉を上げる。だけど受けた時点で国の仕事になっているから、もう断れない。『神の祝福』を持つ者の義務だ。僕は内心で息を吐く。
そんな内心などわからないシューさんは、僕たちを見つめた。
「かなり奮発ちて、神の祝福持ちとやらをじゃ! おぬち達なら、一人で10人分の仕事ができるのじゃろ!?」
買いかぶりすぎだよ……言いかけ、茶化しては悪いと言葉を止める。
「そちて、今回はわちも本気で取り組む! 迷宮管理の力をいっぱい使うぞ! 普段は使わぬ力もな!」
「あのー」
そこで魔導師イニスが手を上げた。
「汚れが大量でどうにもならない時はどうします?」
「……試練迷宮は階層1つで、広くもない小規模迷宮じゃ。できるかぎり奇麗にちてもらうぞ!」
「私たちは一日の仕事と聞いているんですが?」
「うむ。どうちようもないほどの汚れなら、日没に撤退で別策をとる。だから魔導師と聖職者も呼んだのじゃ! 掃除も含め、専門家3組と現場の報告があれば、ギルドも動く!!」
「つまり……僕たちが証人となるんですね」
「うむ!」
「そっか、あたしたちも責任重大ね!」
「私、頑張る。見たことを司教様に伝えるわ」
イニスと魔女子さん、レアの言葉にシューさんは思い出したように言う。
「そうじゃ、一番の目標は迷宮奥の迷宮核到達となるぞ! 道中を奇麗にしつつで良い。じゃが急いで向かうのじゃ!」
「その理由は?」
「迷宮核はわちが触れることで迷宮の現状をより鮮明に把握できる。異常の原因もわかるはずじゃ!」
「へえ、シューさんが触ると違うんですか?」
「うむ! わちの真価をみせてやるぞ!」
ニヤッと笑うシューさんは、年相応の子供って感じがした。彼は強く両手を握りしめて言う。
「だから、今回の依頼はみんな、わちの指示に従ってもらうぞ!」
胸を張って言う姿が、背伸びしている子供のようで可愛い。ミュリ姉さんがなんかうきうきしている。彼女は子供を見るとかいがいしく世話をしたがるのだ。
しかし、アレンの仲間である魔導師イニスが水を差す。
「解りました。指示に異論がある場合は意見しますよ」
さらに、アレンが歯に衣着せず言った。
「あと緊急時の判断は俺たちに任せ、なるべく口を出さないでほしい」
それだけでシューさんは嫌そうな顔をした。
「なに、わちの力を信じぬか?」
「確か敵と罠の探知だったな? 今までの話からすると、それでも危険がないとは言えない」
「おぬち!?」
アレンの言葉にシューさんは怒りを隠さない。技能に自信を持っているからか、気負っているのか、何か言葉を探している。精神的には見た目通りかもしれないな……。
彼が何か言う前に、僕は口を挟む。
「あー、シューさん。ご安心ください。基本的には従いますよ。ただ、僕はアレンと友人で、彼ら冒険者の気持ちもわかりますよ」
「ど、どういうことじゃ?」
「迷宮探索は命がけです。冒険者はそこで怪我したり亡くなったりする。自分の命を賭けるのは自分の判断でやりたいんです」
僕の発言で注目が集まる。ミュリ姉さんではないけど、緊張してしまうな。
「それに護衛ってのは緊急時の仕事です。そんな時に活躍するのは、多くの経験から判断ができる彼らだと思いますよ」
「ふむぅ……」
「シューさん。僕はアレンの闘いしか見てないですが、彼の戦闘力は高い。それに危険に対する嗅覚が大きく違う。だから、危ない時は彼らの判断に任せたほうが良い」
「そういうもんかの? わち、結構強い力を使うぞ?」
たぶん自信があるんだろう、シューさんは唇をむにむにさせる。
「はい。そもそもいざって時が無ければ良いんです」
「むぅ……」
「うちのギルド長の言葉ですが『役割分担をしっかりしなきゃ、良い仕事はできない』ですよ。シューさん。掃除のときは僕らに、危ないときは彼らを頼ってください」
「むむむ……」
シューさんは暫く考え、そして顔を上げた。
「そうじゃな!」
彼は小さく息を吐き、頷く。それをみて僕はアレンに声を掛ける。
「通常の指示には、従うんだよね? アレン、えと、イニスさん」
「ああ、問題ない」
「申し訳ないです。アレンは言い方を考えないので」
「それで断ってくるなら、もともとだろ?」
「馬鹿、あんたそれでどんだけ面倒してるの!」
イニスとリュシエルがアレンを責めた。たぶん、彼らはアレンの言動で苦労しているのかな? 少々同情していると、彼らは僕を見る。
「そうだ、セイ君……他の皆さんもお願いがあります。仕事中は呼び捨て、敬語なしで行きたいのですがどうでしょうか?」
冒険者は危険な仕事である。いちいち言葉を選べないのは常識で敬称は大体省く。率先して僕は頷いた。
「ああ良いよ。よろしく、イニス、アレン、リュシエル、ニナ!」
「ああ、よろしくな! セイ!」
アレンが笑う。するとシューさんも目を輝かせる。
「……呼び捨て、わちもそれで頼むぞ! 冒険じゃからの! 他の者もそれで良いか?」
その姿は、冒険に憧れる子供のように見えた。……実は彼って年相応に冒険もしたいのかな?
「あたしもいいわ! 魔女子さんさんだと変だしね!」
魔女子さんの言葉を皆が白い目でみて、シューさん……いや、シューの提案に文句はないと、各々が頷いた。
そして、シューは胸を張って宣言する。
「それでは依頼『試練迷宮の清掃・調査』開始じゃ!」
それにこたえるように、僕たちは声を上げた。
『おう!』
『はい!』
さあ仕事の始まりだ。