21 つないだ縁が一つに集う
―――――――― 紅銀の魔月神殿 ――――――――
午後のお務めを終えた『聖女』レアは、『巫女』クロエと共に呼び出された。
呼び出したのは司教レオンである。レオンはこの神殿に3人いる司教の1人だった。
彼は自らに備わっていた強力な聖祈を施し、王都で起きた数々の事件を解決に導き、神殿内外の名声を獲得。その実績を評価した王侯貴族の働きもあって、彼は規定よりも若輩ながら特例で司教を拝命している。
この年若い司教は、高い処理能力と神殿内政治の軋轢も相まり、雑事・難事を押し付けられることが多い。神殿暮らしの短いレアは、彼が神殿業務の大部分を取りまわしているように見えていた。
今そのレオン司教の部屋へ赴く間、クロエがウキウキとした口調で話し掛けてくる。
「レア、レア! この呼び出しを貴女はどう思います?」
「さあ?」
「むぅ、貴方は従者でしょ? こういう時、機智に富んだ答えを用意するべきですわ」
「……じゃあ私たち、ここを追い出される?」
レアが表情も変えずに言い放つ。
彼女は事実しか口にすることができない。だが、『さとり』が関与しない予測や、純粋な冗談であれば問題なく口に出せた。この辺りの制約は彼女も理解できていない。おそらく自分へ力を与えた存在が、冗談好きなのだろうと思っている。
その影響かはわからないが、レアは冗談が好きだった。ただし、彼女のそれは普段と変わらず突如出るため、周りを困惑させてしまう。
クロエもそれを真剣な言葉と受け取った。
「えっ! 何故ですの!?」
レアは少し困ったように続ける。
「私、やらかした」
「何をですか!?」
「言わない」
「ちょ、気になりますわ! 教えなさいな」
「……冗談だもん」
「はあー!?」
「クロエ、かわいいね」
「なんですの!? 貴女嘘は言えないと言ってましたわ!」
「冗談のつもりなら大丈夫。ただ、真に受けると思わなかった」
「ぐぬぬ……冗談なら、もう少し解るように言いなさい!」
「努力はする」
そんなやりとりをしつつ、2人は司教の執務室へと入った。
中の調度品に華美な物は少ない。それでも失礼にならないよう最低限の品質は保っているようだ。
部屋には執務用机と応接用の席がある。執務机には書類の束が積まれていた。レオンは執務中のようである。
「お待たせいたしましたわ、司教さま」
「クロエとレア、参りました。司教様、アリア様」
レアとクロエの声を受け、背が高く銀髪の司教レオンと、くすんだ緑髪で眼鏡をかけた女性侍祭アリアが迎えた。アリア侍祭はレアとクロエの教導係であり、司教の執務を手伝っている。彼女は少々緊張しているように見えた。
レオン司教は何かの書類を眺め、不機嫌そうにこちらを見る。
「ああ、急に呼び出してすまない。そちらへ掛けなさい」
彼は2人に応接席へ座るよう促す。レアがアリアに視線を送ると彼女は目で頷いた。レアとクロエは促されたまま座る。
「レオン様、明後日の緊急奉仕に派遣できる2名です。『神の祝福』を授かっています」
「承知している」
レオンの返答はそっけない。高位の聖職者にしては、率直すぎる言葉使いである。彼はアリアと共に席へと着くと持っていた書類を見せた。
「レア、クロエ、緊急の要請があった。貴女たちのどちらか、奉仕活動として『試練迷宮』へと赴いてほしい」
神殿には奉仕活動というものがある。
神職たちが寄付を受ける見返りとして、王都で起きている問題に『聖祈』を中心とした能力・労力を提供するのだ。
たとえば神殿内に設置された治療所や祈祷所で、怪我や病の手当てやマナの障りを除去する力を用いる。これらの活動によって人々の感謝と祈りを得て、神殿の徳は満ち、信仰が深まるのだ。
「奉仕内容は迷宮清掃だ。場合によっては迷宮浄化となるだろう」
レオンはあまり気の進まない様子を見せている。しかし、迷宮清掃と聞いたレアは目を見開いた。何か胸がうずく。何らかの予感がある。
隣に座るレアに構わずクロエが尋ねた。
「迷宮清掃? どの様なお仕事ですの?」
心なしか声が弾んでいる。彼女はレオン司教と話せる状況が嬉しいようだ。憧れを隠さずにいる。しかし、当の司教は自分へ向けられた好意には鈍感であった。ただ眉間にしわを寄せて言葉を続ける。
「試練迷宮という迷宮へ赴き、清掃作業員の手伝いだ。其方たちは、澱んだ場所の浄化が主たる役目となる。ゴミや汚れは清掃師が担当で、マナの淀みは神職が担当するのだ」
「掃除と浄化ですの?」
「そうだ。迷宮管理者から緊急の申請があった。しかも……『神の祝福』の持ち主を指定している……厄介なことだ」
「現在、『神の祝福』を持ったうえで、このお役目を授かることのできるのは、貴女たち2人なんですよ」
アリアが補足した。その言葉へ被せるようにレアが言う。
「私がやる」
「え!?」
「その依頼、私じゃなきゃダメ」
レアの脳裏に閃きがある。それはずいぶんとぼやけたものだ。漠然とした不安。大切な存在に、気味の悪い影が纏わりつく姿だった。
しかし、その閃きを言葉にできない。レアは唇を噛み、クロエに聞いた。
「クロエは掃除できる?」
「ええっ!? 掃除? わたくし、やってますわ!!」
「でも慣れてない。それに『浄化』は私がいちばん得意」
「……レア、どうしたんですの?」
「掃除だってできる。だから私が行く」
「レア?」
珍しく焦っているようなレアの態度を、クロエは訝しんで見ている。レオンも少し首を傾げた。
隣のアリアは息を吐く。彼女はレアと付き合いが長い。普段は主張など控えているレアが、稀に見せる頑な態度、これは何かの導きがあったのだろう。
彼女はレオンに目配せした。それを受け、彼は頷く。
「そうか、わかった。レア、貴女に頼もう」
レオンは決断を伝え、さらに言葉を続けた。
「本当に、急な話で申し訳ないと思っている。この申請が我々の元に来たのは先ほどでな……。嫌がらせも多ければ、押し付けも多い。くだらないと思っていたが、貴女はやる気のようだ」
「あの、レオン司教……もう少し言葉を選んでくださると……」
「心が見える者に、偽りは害悪だ」
「しかし……」
「私は常にこのやり方だ。アリア侍祭、貴女も慣れるように」
レオンの言葉にアリアが眉をしかめた。だがレオンは気にせず続ける。
「レア、貴女が率先して手を上げた以上、何かあるのだろう。だが危険は伴う。正直言って、貴女たちのどちらかでも派遣するのは気が進まぬ。護衛を付けると聞いていたが、重々気を付けるのだ」
「はい」
「ただし、良い機会でもある。聖魔石を得て冒険者証を作りなさい。近日中に必要となる」
「……? はい、かしこまりました」
「レオン司教、もう少し説明を……」
「そうだな、では我が心を見るがいい」
それから、レオンはレアの眼前へ手を置いた。要職に就く者は、心を見られる事を忌避する。あまりにも無造作な行動に、少々困惑しながらレアは彼の手の甲に触れた。
幾つかの映像。自らが思い描く神殿の在り方。さらに下の者に向けた考え、育て導く心掛け。彼はレアたちの将来的なことまで見据えている。そして、おぼろ気ではあるがレアへ課す、先々の試練まで見えた。
「良いかね?」
そして、レオンは幾つかの注意事項を上げていく。それはクロエにも聞かせるべき言葉だった。彼はどうも端的な表現を好むらしい。
「迷宮は……」
レオンは司教となる前に冒険者の仲間として活動していた。迷宮へ赴いた過去もある。その語りは真に迫っていた。そして、迷宮がとても危うい場所のように錯覚してしまう。ただ言葉の端々に信頼している仲間たちの影が見え、レアは胸が熱くなった。微笑が浮かぶ。
視界の端で、その話を聞いてクロエは憧れを隠さず聞き入っている。その姿をみてレアはかわいいと思う。レアはレオンの体験の一部も見て、困難な様子と取り返しにつかない体験を得た。そして、請け負った任務が危ういと表に出ないが緊張はある。
だが、クロエの姿を見てそれが幾分か和らいでいた。
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―――――――― 魔導学院の一室 ――――――――
朝の焼却仕事を終えた魔女子さんこと『魔女』リリアは、上機嫌で魔導学院へと戻った。
導師のファニーはまだ来ていない。仕方なくリリアは、マナ運行を速やかに行うための訓練を始める。本当はセイとの実験で思いついたことを試したい。導師ファニ―の意見があればより大きな発見があるだろう。その準備としてのマナの動きを練習しておくのだ。
「ただいま! リリアちゃん! 大変よー!」
そこへ、彼女の導師であるファニーが少々慌てた様子で戻ってきた。
「ね! ね! リリアちゃん、これみてー!」
「はい?」
導師ファニーは1枚の依頼票を渡してくる。それは迷宮清掃の随伴魔導師、つまりは迷宮調査の依頼であった。
「悪いけどー、これに参加してくれない?」
「えと、迷宮清掃……調査?」
「何かねー、魔導学院のぉ、『神の祝福』をもった人を呼んでるのよー」
「ああ、だからあたしが?」
「そそ。てかさー、リリアちゃんも『ゴミ処理場の魔女』って異名あるからー。こういうのが良いだろっていうの! あたくし、抗議したんだけどね」
「あたし……学院の偉い人にも、その異名で呼ばれてるんですか?」
「……言わなかった?」
「冗談だと思ってました」
リリアは綺麗な赤毛の三つ編みをいじって唇を尖らせる。
「でも、明後日って急すぎませんか?」
「そうねー。あたくしもそう思うわ。けど、緊急事態ってこういうもんよ。あと調査だし、異常あるかも? これをあげるわー!」
言いながら、なにやら瓶のような魔道具を渡してくる。これに土や石を採取して、迷宮におけるマナを計測するのだろう。
「むぅ? 何処で何をどうやってどれくらい調べるんです?」
「入り口と、迷宮核は決まってるわね。でー、あとは道中で貴女が怪しいと思った場所を、リリアちゃんの適量で調べて!」
「そんな適当な……」
「貴女は『魔女』でしょー? 『魔導師』よりも、感覚的にマナの異常が感じ取れるはずよ! その辺りは、自信持ってほしいなー」
「迷宮って、さまざまなマナが混ざってる場所ですよね? あたし、何が異常がわかるかな?」
「大丈夫。そっち方面はあたくしが教えたのだから、問題ないわー」
「でも『魔を識る瞳』は、まだ開けていません」
その言葉にファニー先生はにやーっと笑う。
「そのヒントになるかもなの。だからお願いよー。危いかもだけど、護衛がつくはずだからねー」
「まあ……行ってきますよ。けど、報告とかどうするんですか?」
リリアはこれでも冒険小説にあこがれている。そっけない態度の端に、わくわくしている様が見えた。そして、報告の質問にファニー先生は紙束を取り出して見せる。
「はーい、これぜんぶよー。目を通しといてね」
「う……」
露骨に嫌そうな顔をする。リリアは書類仕事は苦手だった。
書類には迷宮内マナ分布・マナ溜まりの場所と属性のバランス・異常を感じたマナ溜まり・迷宮核のマナ属性傾向・異常を感じた場の体感温度と湿度・魔物が扱っていたマナの属性・遭遇した魔物の異常。
結構項目がある。
「これ、全部書くんですか?」
「そそ。これがお仕事よー。魔導書をうまく使ってね! 後であたくしも手伝うけど、現地の感覚は貴女だけのものだからねー」
「うげ……」
「上手にできたら、あたくしの微笑みをあげちゃう!」
「いりません」
「えー!?」
「というか、迷宮燃しちゃダメですか?」
「ダメ! 絶対ダメよぉ!!」
ファニー先生はリリアの冗談を真顔で否定する。リリアは憮然として、呟いた。
「あの、冗談なんですが……」
「ダメって言わなかったら燃したでしょ?」
「そんなこと、ちょっとしか思ってません」
その呟きにファニーは眉をひそめる。
「やっぱりー」
「それも冗談ですよ!」
「本当かしら? っと、そうそう、忘れるところだったわー!」
ファニーは思いついたように手を打った。
「あのね、リリアちゃん」
「はい?」
「このお仕事、迷宮核まで行くことになるんだけど、聖魔石を貰ってきなさい」
「えと、それって冒険者が必要になるやつですよね?」
「そーよ。リリアちゃんにとって、必ず必要になるの。冒険者証がね!」
「……?」
「まあ、迷宮探索もお勉強よー、楽しんでらっしゃいな」
「心配はしてくれないんですね」
「あたくし、リリアちゃんを信じてるわー」
「そうですか、じゃあ」
「迷宮核は燃やさないでね」
「大丈夫です」
「気になったもの全部、燃やそうとしちゃダメだからね! あたくし、後で怒られたら拗ねちゃうわー!」
リリアは深く釘を刺され、唇を尖らす。こうして、『魔女』である彼女も迷宮清掃に向かうこととなった。
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―――――――― 冒険者の宿『紅の戦斧亭』 ――――――――
冒険者の宿である『紅の戦斧亭』は一階に広い食堂がある。
大人数で食事ができるし酒も飲めた。少々味付けが濃い料理ばかりだが、外れは少ない。
現在は食事時で、食堂内がにぎわっている。ある者は仕事帰りで談笑しているし、ある者は冒険の計画を練るためか、地図を開いて語っている。
まれに喧嘩が起きることもあるが、だいたいは店主のマイルズが割って入り、全員叩きだしてしまう。
その食堂ではアレンとリュシエルの2人が、料理を前に話している。
今日は一角牛の付け焼きとマッシュポテト、麦酒と黒パンが置いてあった。あとは六角トマトをベースにし、日によって違う何かの肉を煮込んだスープだ。この赤いスープは素材によって味が変わるのだが、評判は良い。ほとんどのテーブルに並んでいる。
「リュシは相変わらずゆっくり食べるんだな」
「まあね」
アレンの指摘通りリュシエルはパンをスープにつけ、柔らかくして食べている。あまり急がず味わって食べる癖があるようだ。やはり好みの味で、甘みを含んだ酸味と肉の旨味が上手くまとまって口の中に広がる。
「ねえ、イニスたちはまだ?」
リュシエルは仲間の魔導師の、痩せた青髪の男性を思い浮かべた。彼はこのパーティーにおいて雑事やサポートに回ることが多い。苦労人で扱う魔導も補助に偏っていた。だが彼のおかげでパーティーは回っている。
「ちょっと王都を回るってさ。あと、冒険者ギルドへ寄ってくるんじゃない」
「ニナは?」
アレンはもう一人の仲間、狩人出身の焦げたような茶髪の女性を思い浮かべる。ニナは大陸の北部から出てきたらしく、言葉に慣れていない。ただ狩人としての能力は高く、索敵や罠設置など魔物の動きを止める役目が多かった。
「鍛冶師探すってさ。迷宮用の手甲弩を調整したいんだって」
「あー、鍛冶師か……」
ニナが使う手甲弩は、文字通り手甲に弩を添えつけた武器である。短めの短矢を複数装填できる構造だった。そして、狭い迷宮でも短矢をばらまく。ニナが手を開けておきたいと購入したものだ。この手甲弩は内部構造が複雑で調整が難しい。
ニナは鍛冶としての技能もあり、今までは自分で調整していた。しかし、最近は威力不足が否めなく、本職の意見も聞きたいとこぼしている。
もともと彼女は弓を使うのだが、得意としている長弓は天井の高さと通路の構造などに問題があって、迷宮では使えない場合があった。狭い迷宮を探索する場合、手甲弩の短矢に麻痺毒などを塗ってサポートに回ることが多い。最近、その効きがイマイチなのだ。
「ニナのことだから、どこかでイニスと合流するんじゃない? 良い仕事あるかしらね?」
「しばらくは休みでも良いがな」
「そうも言ってらんないわよ。この国の迷宮全部、回りたいんでしょ?」
「ああ」
「この国は、中央の王直轄地に3つ、北の公爵領に4つ、西の公爵領に1つ、東の公爵領に2つ、南の公爵領に1つ。移動だけでも大変だし、消耗品が結構かかるわ」
「ふむ」
「投擲ナイフも結構するし、油も高い。てかさ、王都は物揃ってるけど、物価が高いわね」
「もう少し物価の安い、田舎町を拠点にするべきか?」
「どうかしらね? 情報が集まるのは王都だし……田舎だと、警戒されるわ」
王都はさすがに物資が多く、物価の分だけ適したものが見つかりやすい。それに田舎は初見の冒険者を警戒する場合がある。何らかの形で信頼があるなら話は別だが、知人もなく押しかけた場合は軋轢が生まれるのだ。「いきなりやってきた冒険者がなんとなく怖いです」といった苦情が、ギルドへ入ることもある。
「てかさアレンも相場や常識を身につけてほしいわ」
「おい、俺が何も知らないように言うなよ」
リュシエルは息を吐く。
「逆に何を知ってるの?」
「王都の北区に魔鉱の民の鍛冶師がいる。凄腕だってさ。セイが教えてくれたよ」
「へえ? 今度紹介してもらう? 知り合いと一緒だと、頼みやすいでしょ?」
アレンとリュシエルは昼に会ったセイの顔を浮かべる。人の良い人物にみえるが、アレンは初対面の時から、彼は内に抱えた炎を隠しているよう感じた。そういう人間を好ましいと思ってしまう点、彼も常人ではない。
「頼っていいかね?」
「聞くだけならタダよ。あとで何か返したげれば良いじゃん」
「そうだな……まあ、今度会った時に聞いてみるよ」
そんなやりとりをしていると、食堂に2人の冒険者が入ってきた。
それはアレンとリュシエルの仲間、魔導師イニスと狩人ニナであった。イニスは2人に声を掛ける。
「アレン、リュシエル待たせました」
「すまない。ニナ迷ってた」
言いながら席に着く。
「良いさ。だが俺たち先に食べてたぞ」
「いい匂いだな。その赤いスープ、ニナも欲しい」
「おー、美味しそうですね。私もそれにしようか。すみませーん!」
イニスが背の高い給仕のお姉さんを呼んだ。無愛想な彼女は、それでも素早くやって来る。2人はそれぞれ注文を重ねた。
「ニナ、赤いスープが良い」
「今日の日替わりよ。お姉さん、同じの2つと麦酒おねがいね!」
「はい、お待ちを」
給仕のお姉さんは足早に立ち去る。それを見送り、イニスは言った。
「さて、朗報です。早い者勝ちの依頼を受けてきました! 2人とも大丈夫ですね?」
そして彼は依頼票を置く。そこには『迷宮清掃の護衛』とある。
「へえ? 護衛任務か。出発は、明後日ね? 準備出来るじゃん」
「ここから遠いの?」
「いえ、王都から馬車で鐘1つ分( *注)約2時間 )の距離です。そこで迷宮を掃除する人を護衛するようですね」
「ほう?」
「情報だと、粘体生物ばかり出てくる迷宮です。迷宮の管理者ってヒトもついて来ますよ」
「迷宮の管理者?」
「ギルド所属の迷宮を管理する人物らしいです。迷宮の創造主の一派でしょうね」
「へえ?」
「魔物避けと罠察知ができるようです」
「地図作りもしてくれるかな?」
迷宮はマナの影響を受ける。そのため日時の経過で迷宮内構造が変わってしまう。そのため、マッピング能力は必須となるのだ。
「リュシエルとニナも出来ますよ」
「うん。ニナ、地形読める。罠も大丈夫だ」
「罠はどうかしら? てか、試練迷宮って、小規模迷宮だよね?」
「ああ、深さも広さも大したことない。初心者を試す迷宮らしい」
「しかし、粘体生物か……」
アレンは眉を上げる。粘体生物は体が酸性の粘体物質に核がとりつき、意志をもって活動している魔物であり、その粘液が肌に着くと火傷してただれてしまう。さらに酸の体は金属性の武具を腐蝕するのだ。
「武器どうするかな?」
彼は昔、粘体生物のせいで気に入っていた剣を駄目にしたことがある。
「私がいるじゃないですか」
「んー、『付与』はこっちも疲れるんだよな……まあ頼るか」
「頼ってください。というかこの依頼は特殊でね。冒険者ギルド直々の依頼でギルド評価が高いようです。ここでもアレンの実績が役に立ちました! 運が良かったですね」
「イニスの運だと怪しいな」
「……それを言わないでくださいよ」
「大丈夫。ニナは不運なイニスを見捨てない」
「ありがとう」
「んー、てかさぁ、あたしは粘体生物でナイフ2本ダメにしたから嫌い。たいまつと油で燃やす? あ、毒ガスでるかぁ」
「ニナの友達、粘体生物のせいで火傷残ってる。塗り薬、多めに持ってくか? 短矢も減ってる」
ニナが少しげんなりしながら言う。彼女は弓と手甲弩を迷宮の背の高さに合わせて使い分けている。しかし、イニスがにやりと笑って何かを取り出した。
「ニナ、ご安心を。私、刺付き猪のトゲを使った毒物注入型の短矢をみつけたので買ってきました。薬の知識があればより有用です! もっとも、薬は値が張りますがね」
「へえ! 粘体生物向けの中和剤、仕込んでみる?」
「ありがたいぞ。ニナは毒も得意だ! 虎の子の『瓶』もニナ作ったぞ」
「いいじゃん。いくらだった? 積み立てから出すわ」
そんなやりとりの中、アレンが呟く。
「しかし、迷宮って掃除するんだな。意味あるのか?」
即座にイニスが答えた。
「災害予防のためですよ。だから迷宮の管理者が依頼主です。おそらく、今回の仕事は普通より楽だと思いますがね」
「……」
「……ん、ううん」
女性陣が小さく下を向く。イニスが楽だという仕事は、だいたいひどい目に遭ってきている。
「てかさイニス、迷宮全部巡るの? 掃除しながら? 時間かかるんじゃない?」
依頼票をながめつつリュシエルは聞いた。
「いや、要所の掃除らしいです。迷宮核までは行くようですが……」
「聖魔石作れるな」
「おー、良いわね」
それからめいめいが、勝手なことを言いだす。
収拾がつかなくなってきたところへ、給仕のお姉さんが料理を運んで来た。麦酒が全員に行き渡る。
「おーし、とりあえずは次の仕事成功を祈って乾杯しましょ」
「おう!」
「ええ」
「わかった」
『乾杯!』
アレンたちは麦酒をあおる。
「しかしこの依頼、セイがいるかもな!」
「意外と会えるかもね!」
アレンたちのやりとりに、イニスが首を傾げた。
「セイ? えっと、アレンの友人でしたか?」
「ああ、あいつは魔導ゴミ屋でな。目端が利くし、魔導がきもい」
「それ、本人の前で言うんじゃないわよ?」
そして、冒険者たちは次の仕事に対しての意見をぶつけ始めた。