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20 セイ、メアリに心配される

 僕はギルドを出て家路に着く。


 一応、聖王温泉で汚れだけ落とすのは忘れない。ただ今日は早めに仕上げた。孤児院に戻ってから稽古に赴く。師匠に迷宮での心得を聞くのだ。結構無茶な稽古になるだろう。

 武具の手入れもしたいのだが、明日の午後が休みだからその時で良い。持って行くものを確認しなきゃな。


 まずは防具を考える。僕の防具は革製の胸当てと丈夫なズボン。頭は兜ではないが、頭全体を覆う形の革製帽子がある。同じく革製の小手と脛当、厚底の靴。迷宮探索の場合、罠がなくても何があるかわからない。靴は重要になる。これら防具は無理して買ったもので、頑丈で頼りになる。


 武器は慣れている丸棒。試練迷宮は3人が歩ける広い造りで、しかも天井が高いので問題ない。僕の胸くらいの短棒もあるんだけど、扱いが変わるから長棒を選んだ。

 ちなみに粘体生物(スライム)の酸は金属に特効があるが、木製の部分は溶けにくい。試練迷宮に木剣を持って行く人もいるほどだ。おそらくマナを瞬時に通せるからだと思う。だけど、そういう戦い方は疲労が大きく長時間は持たない。

 ちなみに武具へマナを付与させ、酸から保護する戦い方もある。だが、それは経験を積んだ魔導師の技能だ。魔闘の型を習った僕も、似たような真似が出来ないわけではない。ただそれをすると、王樹の葉とマナの消耗がケタ違いに激しくなる。そもそも僕はゴミ回収要因であり、仕事に使うマナが要るのだ。戦いは冒険者に任せるべきだろうな。


 持って行く装備に考えを戻す。他に革で出来た救急用具入れには気付け用の丸薬と怪我・火傷用の塗薬・当て布が入っている。あと短剣を2本持っていくつもりだ。解体などの細かい作業用と投擲も考え、予備に持って行く。あまりたくさん身につけると重いし邪魔になるのだ。短剣の鞘を止めるベルトは、救急用具入れも止めることができて便利である。

 たいまつはいるかな? 試練迷宮は粘体生物(スライム)の非常食である光り茸が、壁のあちこちに生えている。迷宮にしては明るい方だ。一応、魔導の『灯明』でより見やすくなるが、とっさに燃やせるものがあった方が良いかもしれない。粘体生物(スライム)は炎に弱いが、粘液を燃やすと毒ガスが出る。下手するとこっちが危うい。悩みどころだな。


 あ、そうだ。食料も用意しなきゃ。あと掃除用具もまとめて入れる大き目の背嚢がある。ミュリ姉さんの魔導で浮かせた汚れを集めるため、箒とチリトリを添えつけて。いるかわからないけど組み立て式ブラシ、あとはバケツと汚れ布かな? 必要な物が多い。

 

 考えていると、孤児院が見えてきた。僕は軽く息を吐く。


「メアリに、悪いことしたな」


 皆に休みが潰れてしまったのを説明しなくてはならない。明後日の休みは、散髪の日だった。


 髪はマナと関わりが深い場所である。

 だからある程度マナの扱いに長けたヒトが髪を切ると、マナを留めることができるのだ。メアリや魔女子さんが理容魔導の使い手に頼めば、散髪代金はとても安くなるだろう。なぜなら、切った髪は魔導の媒介になり、かつらを作るためにも有用である。そのため、切り落とした髪を引き取るかわりに散髪代金を値引きしてくれるのだ。

 もっとも体内マナが少ない人の髪や、汚れた髪は値引きしてくれない。逆にマナが充溢している髪や、見るからに美しい髪は高値で取引される。散髪代金以上となることもあるらしい。


 ちなみに孤児院ではセルバンテス先生の教育に、髪の整え方も仕込まれている。だから僕たちは自分で切ってその髪を売りに行く。ただ僕の黒髪は普通の魔導関連の店では避けられてしまう。だから混ざらないようにして、錬金術師のラフレさんに持って行き、そこそこの値段で引き取ってもらっている。彼女の奇妙な笑顔を我慢すれば、良いお客さんだ。


 孤児院での散髪役は僕とメアリである。僕とエリナを切ってくれるのはメアリで、レジスとメアリの髪を切るのは僕の役目だ。

 ルネは僕とメアリが交代で、明後日はメアリが切る。


 僕は女性の髪形はピンとこない。

 だからメアリを切るときは、どんなふうにしてほしいのか、しっかり教えてもらいながら切る。ついでに学校の話とかをきいたり、困ったことなどないかを聞いたりで、時間がかかってしまう。メアリは結構おしゃべり好きで、話が盛り上がってしまうんだよな。おかげで魔導学校で仲のいい人とちょっと困った人、後先生の特徴に詳しくなった。

 ルネを僕が切る場合、仕上がりをメアリとエリナに見てもらう。女性2人はどちらも注文が多くて困る。それに彼女は興味がわくたび頭を動かし、危ないので注意が必要だ。

 レジスも僕が切る。彼はくせっ毛で伸びるのが早い。彼は自分の髪型には興味がない。だから、短くしてくれれば良いとだけ頼まれる。

 もう少しお洒落でも良いのにと思うのだけど、レジスの興味は絵に関してばかりだ。


 メアリは散髪が上手だ。彼女はレジスほどではないにしても、美的感覚が優れているように思う。流行りにも敏感かもしれない。エリナとルネをとても似合う髪型にしてくれる。

 ただ僕の髪を切る時に遊ぶ癖があり、困ってしまう。前につい寝てしまったことがあった。そして、仕上がりが貴族みたいになる。あまり気にせず出勤し、ゴミ屋ギルドでラドックに笑われ、たまらず戻してもらった。

 以後釘をさしているんだけど、メアリは不満顔をする。僕の髪だっていうのに……。


 レジスも髪を整えることはできる。だけど彼の調髪は独特で、皆が避けがちだ。美的感覚が鋭すぎるのだろう。すごい技術を用い、奇抜な髪形にしてしまうのだ。初めて僕の髪を切ったとき、なぜか髪が光って見える感じにされ、あとでメアリに直してもらった。それ以後、僕の髪もメアリに切ってもらっている。


 散髪は孤児院のちょっとした催しなのだ。わいわい言いながら切った後、髪を売ったお金でちょっと奮発したご飯を買ってみんなで食べる。特にメアリが鼻歌混じりで楽しみにしている贅沢の日だ。

 ……それが潰れるのは心苦しい。だけど報酬が魅力的すぎるし、『神の祝福』を持つ者の義務でもある。何とか頭を下げて理解してもらわなきゃならない。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

「ただいま!」


 僕が孤児院に戻ると、メアリが迎えてくれた。


「あーおかえり兄さん、今日は早いわね?」


 ふわっと笑うメアリは、広間の方で勉強している。今日はレジスがご飯担当だから、余裕があるんだと思う。


「うん。あのさメアリ、ちょっと……良いかな?」

「ん-、兄さんなぁに? なんかあった」


 彼女は書きかけのノートを置いて、こちらに来る。機嫌は良さそうだ。


「あのさ、ごめん。急なんだけど、明後日の休みに迷宮清掃の仕事が入っちゃたんだ」

「ええっ、迷宮!? なんで!」

「僕も今日、急に言われたんだよ。『神の祝福』を持つ者の指定でさ。髪切る約束だったけど、ごめん先に延ばしてくれないかな?」

「それは、良いけど……。でも迷宮って危ないでしょ? なんで兄さんが!」


 眉をしかめ、メアリが詰め寄ってきた。


「メアリ、僕は王都を綺麗にするのが仕事だろ?」

「うん」

「それには迷宮も含まれてるのさ。大変なことが起こるのを、前もって予防する大切な仕事らしい」


 僕は、さらに迷宮が汚れると危ないってことを説明する。しかし、メアリは納得いかない様子だ。


「……迷宮は街よりすごく危ないでしょ?」


 どうやら、メアリは迷宮を怖い場所だと思っているらしい。警備の仕事も一歩間違えば危ういのだ。僕は何でもないように言う。


「そうでもないよ。僕たちのために、魔物避けの力をもつ迷宮の管理者(ダンジョンキーパー)と、護衛の冒険者がいるんだ。たまに受ける警備の仕事より安全だよ」

「本当?」

「うん。それに僕は鍛えてるからね」

「わたし、兄さんが危ない目にあうの、ヤダ!」

「だ、大丈夫だよ。僕、今日は師匠の所で迷宮の心得を教わって来るから!」

「兄さん、前に迷宮掃除でひどい目にあったって、言ってたじゃない」


 確かにこぼしたことがある。だけどそれは、大人数で参加した迷宮清掃で、言うこと聞かないヒトがいて、イライラしたって話だ。愚痴はあまり言わないほうが良かったかな?


「あの時とは違うよ」

「兄さんじゃなきゃダメなの?」

「『神の祝福』持ちが指定されたのさ。うちのギルドで行けるヒト、僕くらいしかいないんだ。それに、もう受けてしまった」

「……」

「ごめん」


 メアリは恨めしそうに呟いた。


「わたし、新しいハサミ買ったんだよ……」

「散髪、明々後日(しあさって)にしよう」

「兄さんも休まなきゃ」

「散髪くらいできると思うよ?」

「わたし、お昼から学校に行かなきゃダメなの」


 メアリは僕のことを上目遣いで見てくる。この目には弱い。


「……ごめんよ、今度埋め合わせするからさ」

「うー」

「レジスに切ってもらったら? ちゃんと言えば、その通りに切ってくれるよ」

「ダメよ。わたしの髪は兄さんに切ってほしいの」


 ……だめかぁ。


「あー、そ、その……申し訳ない」

「むぅ」

「あのさ、何か、その、埋め合わせする、何が良いかな?」

「……」


 メアリは答えず黙りこくる。参ったな、どうすれば良い? と思ったら、彼女は顔を上げた。 


「兄さん、無事に帰ってきて! すごく気を付けて! わたし、嫌な予感がするの!!」

「!?」


 メアリの言葉に、即答できなかった。迷宮で命を落とす冒険者は少なくない。たとえ試練迷宮でも、亡くなる人は稀にいる。そして、メアリの嫌な予感は当たるのだ。


「気を付けるよ」

「わたしは兄さんが無事ならそれでいい! 他の人はど……」

「メアリ」


 僕は言葉を止めさせ首を振る。言いかけた言葉は「他人はどうなってもいい」だろう。それを口にさせてはいけない。僕はセルバンテス先生に、他者を(ないがし)ろにする発言は慎むよう教わった。メアリは言葉を飲み込む。代わりに、彼女は僕の裾を掴む。


「……」

「えっと」


 僕は頬を掻いた。


「メアリ、心配してくれてありがとう。重々気を付けるよ」

「うん」


 しばらく、沈黙が続く。メアリはいまだに僕を見つめている。空気がちょっと重たい。僕はなるべく軽く言う。


「えっとさ、明後日はたぶん夜遅くなるよ。冒険者との慣例があるんだ。遅くても心配しないでね」

「ええー、ちょっと奮発しようと思ったのに」

「冒険者と仕事するとさ、打ち上げが付き物なんだよ」

「大変ね」

「まあね」

「ほんと、無理ばっかり……」

「ははは、無理もする甲斐があるんだよ」

「……わたし、がんばる」


 小さく笑う。気がほどけたように感じた。僕は思い出したように鞄を探る。


「そうだ、今日はおみやげがあるんだよ」

「なに?」

「これ、貰いものだけど……」


 僕は先ほど渡しそびれたおみやげ、ミランダさんからの頂き物である、お菓子を渡す。


「へぇ? って、これ!?」


 そのお菓子はちょっと……いや、かなり高級なものだ。僕たちもめったに食べられない。


「どうしたの!?」

「貰ったんだ。ミランダさんから、お礼だって」

「え、何したの?」

「昨日話したけど、見回りのときに壊された店の主がミランダさんだ。今日、仕事で会ったのさ」

「へぇ!?」

「僕の分も食べて良いよ」

「だめ。兄さんも食べなきゃ」


 メアリはちょっと機嫌を直してくれたのか、そのお菓子を持って行く。出入り口で振り返り、僕をじとりと睨む。


「兄さん、ちゃんと埋め合わせしてよ」

「あ、はい」

「レジスー! ルネー! お菓子があるよー! 兄さんからのおみやげだって!」


 メアリは台所へ駆けていった。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 メアリを見送った後、気配がする。それは二階から降りてくる足音だ。エリナかな?

 僕がそちらを見ると、思った通りの女性が現れる。

 夕日が差し込む広間で、赤い光に照らされて、独特の雰囲気をもったエリナがこちらを見て首を傾げた。


「あら、どなただったかしら?」


 柔らかな言葉が、胸につき刺さる。


「セイです、エリナ。僕は貴女にとてもお世話になっているんだ」

「……そうなの? ごめんなさい、覚えてないわ」

「いいよ、仕方ない」

「でも、セイくんは奇麗な髪ね」

「ありがとう」

「触ってもいい?」


 この辺り、エリナは頓着がない。やりたいことはしっかりやるのだ。


「ああ、いいよ」


 僕が答えると、ふわりと髪に手が添えられた。くすぐったく感じる。


「なにか、あった?」

「まあね」

「そう? きみはうちの下働きだったかな?」


 エリナは今、娼館で働いていた時の状態だと思う。僕は答えずに、肉腫が浮かんだ手へマナを注ぎたいと思った。


「いや、違うよエリナ。手を治させて」

「治癒師のひと?」

「んー、似たようなものかもね。見せてよ」

「あい」


 自然な微笑みが、艶っぽい。

 だけど目の前に出された手は、赤黒の醜い肉腫が出来ていた。僕はそれに触れ、マナを注ぐ。同時に鋭い痛みが走る。そして、マナが喰われていく。マナの消耗は、今の僕ならそこまでの負担ではない。ただ、刺すような痛みが厄介だ。唇を噛みしめる。


「セイくん? 無理しなくていいわ」

「大丈夫」


 そして、マナをある程度注ぐと肉腫は消える。僕の額には脂汗が浮かんでいた。


「ごめんなさい、セイくん」

「問題ないよ」

 

 答えに、エリナは僕の頭を撫でてくれる。


「キミは、いい男になるね」

「……」


 この呪詛をエリナが受けたのは、僕が守れなかったからだ。これは罪滅ぼしである。僕はエリナを見ることが出来ず、撫でられるままにしていた。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 エリナの呪詛を抑え、息を吐くと僕は立ち上がる。メアリのおかげで危機感が強まり、エリナのおかげで気合が入った。

 明後日の迷宮清掃における心得と、粘体生物スライム対策をしておくべきだ。

 僕は皆に声を掛けた。


「皆、僕はちょっと師匠のところへ行ってくるよ」

「あい、いってらっしゃい」


 エリナが手を振る。


「あー兄ちゃんおかえり、お菓子ありがと! また迷宮のこと教えてね」

「にいちゃ、いってらっしゃい」


 ルネを抱えてレジスが出てきた。二人とも元気だな。


「ごはん、先に食べといてね」

「いってらっしゃい、兄さん。頑張ってね」


 メアリも機嫌が直っていた。

 皆の声を受け、僕はやる気が高まる。


「それじゃ、いってきます」


 さあ師匠の無茶ぶり稽古、行ってくるか!


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