19 迷宮清掃への要請
本日の仕事はすべて終わった。ギルドへ戻った僕にラドックが声をかけてくる。
「セイ、すまんが良いか?」
「はいギルド長、なんでしょう?」
今はみんなが帰ってくる時間だ。朝のような態度は慎む。
「その、なんだ……」
「何かあったんですか?」
「うむ……」
促しても良いのだが、ちょっと言いにくそうだな。僕はラドックの言葉を待つ。
「セイ、本当にすまないが、明後日の休みを返上してくれないか?」
明後日から僕は2日間休みだ。
……予定はある。孤児院での約束だから出来れば断りたい。だけどモルガンの急逝もあったし、ギルド長のラドックは調整が大変だと思う。受けざるをえないな。僕はしぶしぶ聞いてみた。
「何が、あったんですか?」
「国からの依頼でな、『試練迷宮』の迷宮清掃依頼が来たんだ。1日で済むと思う。頼まれてくれないか?」
「迷宮清掃ですか? 良いですよ!」
迷宮清掃か!
態度は落ち着いてみせたが、喜びを隠せない。
この仕事は読んで字のごとく迷宮をキレイにする仕事で、当然ながら危険はある。しかし冒険者ギルドの補助もあるし、給金も破格でやりがいを感じる仕事だ。
特に今日はアレンたちとのやりとりで、冒険に心が惹かれている。胸が奮え、わくわくしてきた。
「すまんな、埋め合わせはする」
ラドックは申し訳なさそうにこちらを見ている。僕は気にしないように言う。
「ありがとうございます! でも迷宮清掃は給金良いし、僕もありがたいですよ」
「そうか、まあ迷宮の管理者と護衛の冒険者がつくはずだから、危険も少ないと思う」
「え? 迷宮の創造主ですよね?」
迷宮の創造主という存在は僕にとって興味深い相手だ。話したことだってある。ただ、その答えはよくわからないもので、独特な雰囲気を持っていた……。だが迷宮の管理者って? 僕は初めて聞いた。
「……? 今回の依頼、というか迷宮の管理は迷宮の管理者の担当だぞ」
「え? 前は迷宮の創造主が指揮をとってましたよ?」
「なんて名だ?」
「えっと、大勢が一気に入ってく迷宮清掃で、確か……セトさんだっけ?」
答えながら僕は、そばかすが印象的な緑髪のお姉さんを思い出す。
「ああ、そいつは間違いじゃない。だが、セトは前任だ。あいつは説明を端折ったか?」
「はしょった?」
「あいつ移動したんだよ。セトは迷宮の創造主になった」
「……?」
僕は疑問を表情へ出した。ラドックは軽く息を吐く。
「ふむ。その辺り、1から説明する」
「はい」
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ラドックは『迷宮清掃』という仕事の経緯を教えてくれた。まず、『迷宮清掃』とは迷宮管理業務の1つである。
『迷宮』は、土地にあるマナの溜まり場を使って創り上げた特殊地帯である。その近くを荒らす魔物が入り込み、中々出ないよう工夫されている。そのため、あちこちに罠が生まれ、魔物たちが蔓延る危険な場所だ。
ただ、生息している魔物が増えすぎると迷宮から抜け出し人を襲う。だから駆除が必要とされ、冒険者を派遣する理由の一つとなった。
冒険者を迷宮へ派遣する理由はもう一つある。迷宮は人が探索に来ることで成長するらしい。
迷宮は中央部に迷宮核が存在し、到達したヒトが触れてマナを混ぜると聖魔石を生み出す。そのときに、時々ではあるが迷宮共鳴という現象が起きる。迷宮核が震え響くようなマナの波動を放つから、共鳴となったらしい。
迷宮共鳴によって、迷宮は成長する。具体的には迷宮の通路や地形が変化するのだ。また何年かに一度、迷宮の階層が深まる。
階層が深まると魔物居住区が増え、罠と魔物は強力なものが潜むようになり、危険度が増すのだ。それに比して希少素材を得やすい場となる。
「どうやら、迷宮の創造主のお偉いさんは迷宮を育てるつもりでな。聖魔石を作った奴は、冒険者ギルドを通して報酬を出すのさ」
「……でも初攻略と2回目以降だと、報酬額が違いますよね?」
「よくわからんが、迷宮共鳴は2回目以降の挑戦では起きにくいようだ。だから、やり手の冒険者は世界を巡るらしい」
「ふむ」
「さて、駆除や探索を冒険者連中に任せているんだが、1つ問題がでてくる」
「問題?」
「ああ、連中は後始末をしねえのさ」
「あー……」
そう、迷宮へ訪れる冒険者たちの報酬は、迷宮核への到達で変わってくる。それが目的であれば手短かに迷宮探索をしたいはずだ。
基本的に迷宮内探索は時間がかかる。魔物が襲ってきたら戦闘し、余裕があるなら解体して討伐部位や素材を得る。罠もあるから、解除ないし目印をつけるなどの工作をする。深い迷宮だと野営も考えなくてはならない。
何より、迷宮探索は往路と復路があるのだ。
だから、冒険者は死骸や戦闘における迷宮の汚れを放置する。魔物たちもその残骸を食べることはあるが、それだってキレイになるとは言えない。
そして、迷宮の汚れは蓄積していく。
「で昔、といっても50年から100年位の話だが、その汚れが原因で瘴気が発生するとわかった」
「へぇ?」
僕は眉を上げた。瘴気は、エリナの解呪のため、独自で調べてきたから知っている。死骸が残した怨念がマナと結びつき、生物を蝕むマナに変わってしまったもの、それが瘴気だ。瘴気は呪詛の基となり、受けた者を狂わせる。呪詛を編む外道が、それを人為的に起こすということも調べがついた。
冒険者でも瘴気と出会う機会は稀だと聞くが……。
「昔は瘴気による異常が多かったみたいでな、原因を特定するまで時間が掛かったわけだ」
「ふむ」
「瘴気のヤバさ、知ってるか?」
「はい。冒険者と話すこともあるので」
瘴気を耐性の低い者が受けると恐慌状態となって理性が薄まり、敵味方の区別なしに襲い掛かるなどの異常をきたす。最悪の場合は息が詰まり、絶命することもあるらしい。
魔物への影響は深刻で、瘴気を取り込んだ個体は素の能力と狂暴性が跳ね上がり、最悪の場合は『魔蝕生物』へと転じてしまう。
僕は魔蝕生物の被害に遭った領地をいくつか知っている。その影響は騎士団の小隊が壊滅するほどの力を持つ。昼にアレンが言っていた魔蝕生物討伐は、戦士の誉れだろう。だが、討伐までに多くの犠牲者を生み出してしまうので、予防できるならそのほうが良い。
「当時は魔蝕生物が暴れて酷いことになってたらしいぜ」
「でしょうね」
「さらに、まずいことも起きた」
「へぇ?」
ラドックは、魔蝕生物誕生よりもさらに悪い事態に触れる。
それは瘴気が迷宮を濃く汚染し、迷宮核までが瘴気や呪詛で染まってしまった状態だった。
迷宮核が汚染されると、迷宮維持に使われていたマナが大きく変わる。
棲んでいる魔物の凶暴性はケタ違いに跳ね上がり、罠の危険度も上がる。
さらに、汚染された瘴気が迷宮に留まらず、害悪をもってその土地へと染みだし、周囲の土地をも侵蝕した。
そうなると土地は枯れ、農作物は育たず河川も干上がる。湖は毒沼となり、草原は毒砂の砂漠となって、人を始めとした多くの生物が住めない土地と化す。
その土壌は魔蝕生物の繁殖区域となり、集団で現れる。そうなると一国の騎士団でも、鎮圧が難しい事態となる。
そう……『迷宮浸蝕』という名の大災害は複数の国を脅かした。
「かなり、やばかったらしい」
この『迷宮侵蝕』は統治者たちに問題視され、解決後に数カ国の代表と樹生府と迷宮の創造主の長が話し合い、調査研究を行った。その内容は僕たちにはわからない。だが、迷宮の汚れが原因であるとなった。
「で、樹生府は大きな街の冒険者ギルドに人材を派遣したんだ」
「それが、迷宮の管理者ですね」
「ああ。能力はある奴らだ」
「能力は……? まあ、セトさん変わったヒトでしたからね」
「ああ、変人だった」
樹生府が派遣した迷宮の管理者は、迷宮の創造主の卵となる人材らしい。彼らは、王都などが把握している迷宮の調査と清掃・浄化などで迷宮を管理し、迷宮創造の経験を蓄えるらしい。
ちなみに迷宮の管理者はその力が高まれば、迷宮の創造主となるため、交代する。セトさんは迷宮の創造主になる予定で、うれしくて名乗ってたのかも?
「ややこしい話だろ」
「面白い話ですね!」
「お前さん、そういうの好きだもんな」
「はい」
「ってことで、清掃のゴミ回収役として、お前さんに行ってほしい」
ラドックが僕を見た。
『迷宮清掃』は、『魔蝕生物発生』や『迷宮浸食』といった大災害の予防活動である。もし汚染が深刻な場合、神殿から神官や巫女、国からは騎士団を派遣し、不浄を多くの命ごと消しさる『迷宮浄化』になってしまう。
そう思えば、僕の責任は重くなる。しっかり汚れを回収しなくてはな。
「はい! 頑張ります!」
僕は胸を張って承った。
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ふと僕は、首をひねる。
「あれ? でもギルド長、『試練迷宮』って最近、掃除したと思うんですが?」
「ああ、そうだ」
確か2カ月ほど前だ。掃除用の魔導が使える人と、ゴミを回収する人の数名が派遣される。そっちは参加してない。
チョビ髭シリルと大柄のアルノー兄さんが参加したはずだ。たしか迷宮の創造主が魔物避けの魔導を使ってたと大声で話してたな……。
「『迷宮清掃』って、年に一回くらいですよね? 早すぎませんか?」
「うむ。緊急依頼だからな。今回は小規模なもので、お前さんと清掃魔導の使い手を1人ずつ派遣する」
「何かあったんですかね?」
「わからん。だが『神の祝福』持ちを指定してきた」
「へぇ、だから僕に?」
僕は小さく眉を上げた。
「セイ、お前さんは冒険者証も持ってるだろ? 護衛もつくし適任だとは思う。だが……」
ラドックが自分の頭を撫でつける。不安なのかもしれない。僕は胸を張って言った。
「大丈夫ですよ! 僕が行きます!」
やる気を見せた僕に、ラドックは小さく笑う。
「ふふっ、やる気だな! 頼んだ。これが冒険者ギルドからの依頼票だ」
「ありがとうございます」
僕は依頼票に目を通す。
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依頼票
目的 :試練迷宮の清掃管理
集合場所 :冒険者ギルド(中央区)
日程 :終日
危険度 :低~中
必要技能 :魔導清掃師・魔導廃棄物回収師 各1名
報酬 :大銀貨 27枚
概要 :
迷宮の清掃が業務である。試練迷宮に汚染の兆しが見えた。
王都の冒険者ギルドに所属する迷宮の管理者と協力し、彼の迷宮管理(迷宮内清掃)を手伝ってほしい。
詳細は迷宮の管理者が同行し説明する。
出発は冒険者ギルドより馬車を用意するので、第2の鐘が鳴るまでに、清掃道具と身を守る装備を整え冒険者ギルドへ赴くこと。
冒険者の護衛もあり、魔物や罠に関して心配しなくて良いだろう。ただし、迷宮では何が起こるかわからない。冒険者たちの指示に従い、油断なきよう願う。
王樹の葉など消耗品で発生する経費は別途冒険者ギルドが負担する。
なお、今回の依頼は迷宮の管理業務のため、魔導師と神職が同行する。
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魔導師と神職ってどんなヒトだろう?
迷宮清掃のとき、魔導師と神職はついてくるものだ。魔導師は『迷宮調査』をする。何を調べるかは、僕らには解らない。神職は迷宮で亡くなったヒトや魔物の弔いをする。死後の想いを少しでも和らげるため、祈る必要があるのだろう。
というか、やはり報酬が良いよな。しかも王樹の葉の負担って、他の依頼だとそうそう無い。てか、僕の毎月の給金は大銀貨30枚くらいである。一日の仕事でこれだけもらえるのか?
依頼票に眼を通しつつ、疑問を口に出す。
「ギルド長、ゴミ回収は僕で、清掃担当は誰になるんです?」
「ミュリだ」
「え、大丈夫ですか?」
ミュリ姉さん、ぼさぼさの髪をした『神の祝福』持ちの魔導清掃師。色々大きい女性だ。
水のマナを扱うのが得意な彼女の『清掃魔導』は、本当にびっくりするほど綺麗になる。レアが見せてくれた『浄化』とは違う魔導で、泡に包まれた汚れが浮きだし、それを箒やチリトリで集めて回収する作業が面白い。
なにより、あの泡に包まれたものを、僕たちは全てゴミと認識できる。とても相性が良いのだ。
ミュリ姉さんは仕事をきっちりする反面、それ以外は大雑把なヒトである。表情が見えにくいから何考えてるかわかんない、人見知りで無口なお姉さんだ。僕も慣れるまではなかなか話してくれなかったなぁ。今では冗談を言えるくらいにはなっている。
彼女は、清掃に関わる魔導以外ほとんど使えない。体内マナも少ないらしく、仕事の後は結構へばっていた。
というか、彼女は少し前まで腰を痛めて休んでいたはず……。痛みを抱えて迷宮入りは危ない。
「問題ないぞ。今日も元気に働いていたさ」
「でも、迷宮清掃ですよ?」
「あいつは清掃部で一番体力があるし、意外と機敏なんだよ」
「へぇ?」
「心配なら、守ってやりなよ」
「はい。頑張ります」
少し気合を込めた僕の言葉に、ラドックがニヤリと笑う。
「あいつもいい年だし、もしよければお前さんが貰ってやれよ」
「え!? いや、僕はそういうのダメですよ」
「なんだ? 気になるのがいるのかい?」
「えっと……」
「俺はな、お前さんも所帯持った方がいいと思ってな」
僕には「エリナの解呪」という、やるべきことがある。そのために後ろ暗いことだって辞さないつもりだ。だから誰かを巻き込めない。奥さんなんてもってのほかだ。孤児院の皆が、いやメアリとレジスだけでも一人前になってくれれば、もっと動けると思っている。
「僕には、孤児院のみんながいます。彼らがもうちょっと大きくならないと、ダメです」
「ミュリは大家族の出だよ。そういうのは得意だぞ?」
「いえ。僕はまだ1人がいいです」
「なんだ、つまらんな」
「てか、迷宮に行くんですよ? 運が悪かったら……」
「おいおい、ちゃんと護衛がつくから問題ないぞ」
「油断はできません」
「お前さんは目端も利くし闘えるんだろ? 無事に帰ってくれにゃ困る。孤児院の連中は当然だし、俺もだ!」
ラドックが少し熱を込めて言った。僕も真剣に頷く。
「はい、ちゃんと帰ってきます」
「まあ、怪我したときは俺に任せろ。お前だけじゃなく、孤児院もだ」
「……はい」
ちょっとこういうのは照れ臭い。だから、前に思い付いたことを呟いた。
「でも……冒険者のパーティーが魔導ゴミ屋を連れて、まめに回収してればと思いますよ」
「ゴミ回収するための仲間か? 他に何か出来にゃ無理じゃないか?」
「……冗談です」
内心、本気で考えていたのは内緒である。ラドックは軽く眉を上げた。
「あまり笑えん」
「すみません」
「ああ、そうだ。明日は準備がいるだろ? 午前だけで帰って良いぞ」
「え、大丈夫ですか?」
「ああ。午後の道順を渡して、ちゃんと休んでくれ」
「はい」
「それから、その……なんだ……休み潰して、悪かったな」
「いえ、王都の要請ですよね? 『神の祝福』持ち指名の」
「ああ」
「ギルド長のせいじゃありませんよ」
「いや、休みの補填も考えているんだ。少し先になるが……」
「ちゃんとお金になってるから良いですよ」
「それでなくても……」
「気にしないでください」
僕はお金が要る。だから、稼げるときには働かなきゃだ。その言葉に、ラドックは自分の頭を撫でつけると、僕を見つめた言った。
「ではセイ、頼んだぞ」
「はい!」
元気よく答える。ラドックは少し複雑な表情をしていた。