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18 幸せを撒く準備

 世界に呪詛(しあわせ)を撒く、そんな使命を自らに課したジェダは、冒険者ギルド近くを歩いていた。

 その隣にある魔獣厩舎に火蜥蜴車が見えた。彼は考える。



 ――火蜥蜴は『火輪の眼球』と、『炎見舌』が取れるね

   皮膚が(ただ)れる型の呪素材……ふむ


 ここは王都で冒険者ギルド付近。治安は良い。採取するとなれば、よほど気を付けねばならぬ。苦痛や憎悪を与えれば、その分だけ良い呪素材となるのだが、魔獣の悲鳴は目立ってしまい、面倒である。

 ジェダは迷う。その間に人が来てしまった。


 それは帽子をかぶった少年である。

 ジェダが見つけた2頭の火蜥蜴に少年は駆け寄った。

 この火蜥蜴車の持ち主だろうか?


 彼は2頭の火蜥蜴に声をかけている。仲が良さそうだな……。

 その光景を眺めている。と……火蜥蜴が自分の意に気づいたらしい。警戒の様相を見せた。

 敵意とも恐怖とも取れない視線。それは自分にとって心地の良い刺激でもある。


 ――あの2頭と少年、幸せ素材にするかな?


 少し考えた。しかし、現在ジェダは目立ちたくない。

 残念ではあるがやめておく。足りない素材は少し工夫すれば何とかなるだろう。

 仮に彼らを幸せにする場合、呪詛を使うことになる。ある程度以上大きな呪詛を使う場合、王樹の葉を瘴気で堕とした魔蝕の葉が必要だ。それを作るには手間と時間がかかってしまう。


 ジェダは息を吐いた。現在やるべきことがいくつもある。

 つまらない仕事、資金稼ぎのために作った薬の取引。

 とある計画に必要な、呪蝕金属の錬成。

 試練迷宮に放った呪詛の見守り。


 ふと、迷宮に赴いた時を思い出し、小さく笑う。


 ――あの迷宮、じめじめしてたなぁ……


 試練迷宮は粘体生物(スライム)という興味深い魔物が生息している。

 ジェダはさまざまな粘体生物(スライム)の生態を調べていた。彼らに関しては多様な言説があり、正解は自ら掴み取らねばならない。


 既知の情報は図鑑に載っている。


 ・好むべき地形……湿気が多い場所 → 乾くと活動が鈍り、生きてられない。 

 ・捕食方法……身体を纏う酸をもって包み溶かして喰らう → 皮膚に付いたら痒みが現れたのち皮膚が浮きだし、溶解する。

 ・休眠時期……夜行性と昼行性は種類によって違うが総じて暗がりを好む → 暗闇で通路に擬態し獲物を捕食。被害者は手足を失うこともある。

 ・どうやって交配しているか……個体差が多い。分裂で増える個体と交配で増える個体が存在する。


 しかし、彼が求めている答えは無い。


 例えばどのようなマナ属性を好むか?

 何を喰らえば大量に増えるか?

 粘液が何処から発生しているか?

 粘液を統制する核に意志はあるか?

 そして、呪詛を受けた場合どのような変異が見られるか?


 これらを確かめるため、実験している最中だ。

 増やし方は見つけた。大陸の北方という、粘体生物(スライム)がほとんどいない土地で採れた果実と、ある魔物の腐肉、さらに希少な儀式でマナを込めた金属片を混ぜて数日乾かし、瘴気を含ませたものをエサとして与えてやる。すると驚くほど増えた。問題はそれらが希少素材で用意するのは困難だ。また、増えたとしても個体の惰弱性と共食いを起こす習性があり、脅威度も低い。

 あの程度では冒険者や騎士が出向き、駆逐されてしまうだろう。


 まあ、彼にとって最も興味深い部分は瘴気による変貌である。呪詛の基となる怨嗟と苦痛を混ぜたマナ、瘴気。もっと濃い瘴気で満たしたうえで呪詛を発現すれば、どのような変化をきたすだろうか? 結果はまだ出ていない。


「おっと」


 急な辻風が抜けていく。


「っ?」


 その瞬間、眼前の少年の帽子が飛び、彼は空中でその帽子を取る。

 黒髪だ。

 ジェダはその髪色をみつけ、恐ろしいまでに惹かれた。


「嘘だろ? ……あんな綺麗な髪をした子がいるなんて!」


 自分の髪を一房いじる。自信の髪は銀髪であり、王都や近隣諸国でもよく見る色だ。黒髪……他の地域でちらりと見かけることはあった。だが、王都は希少である。


「……」


 ジェダは無造作に近づこうとした。だが、件の少年は帽子を深く直し、火蜥蜴車を発進させてしまっている。


「……残念、君を幸せにしたかったな」


 呟きつつ、彼はまるで気にしていない。なんとなくだが、彼とはまた会える予感。彼にとって、予感は確実な未来と思い込むよう努めている。それをいつか、実現させるために……。


「またね」


 息を吐き、気を取り直す。彼は目的があって王都まで来たのだ。


「今日はお仕事だ」


 ジェダは息を吐き、冒険者ギルドを一瞥した。大きな建物である。その建物に出入りしている人間たちを軽く見まわし、小さく呟く。


「はやくみんな、幸せにしてあげたい」


 彼は新たな呪詛しあわせへの計画を、頭の中で描いていた。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 ジェダは呪詛を用いた者として指名手配されている。そんな彼が捕縛の危険を(おか)して王都に来たのは素材調達のためであった。

 彼は貧民窟(スラム)へ訪れる。据えた匂いのする汚れた土地だった。貴族生まれのジェダだったのだが、最近はこのような場にも慣れている。


「さて……」


 呪詛を編むにしても魔導素材が必要で、それらを得るために金がいる。たとえ好みじゃない手法でも取らざるを得ない。

 彼は王都から離れた洞窟を隠れ家とし、魔麦角(マナ・ばっかく)を作っていた。


「おまたせ」


 先に来ていた取引先に緩い挨拶をする。フードをかぶった者で性別は掴みにくい。おそらく男性だろう。


「……衛兵はどうした?」

「眠らせたよ。ボクは幸せにしたかったけど、自重しといた。君も幸せになりたい?」

「やめろ!」


 取引相手が冷や汗を流し、強く否定する。


 過去に自分の同輩がその意味に気付かず、冷笑をうかべてやってみるよう伝えた。

 そして、不運な同輩は捻じれた肉塊に変貌する。

 その後、絶命まで苦痛で呻き、長時間苦しんだ。その酷く惨たらしい様が思い浮かぶ。肉隗が蠢くたびに苦痛を得て、うめき声を続ける。その肉塊を焼き捨てたのは自分だ。


 当のジェダは悪びれずに、にこにこと笑っていた。

 本当に、良いことをしたという笑顔である。

 彼の組織はジェダを咎めることは出来なかった。それはジェダに使い道があると言う部分だけではない。彼の力量を恐れた。


 心得のある者なら知っている。魔導とは高位の者が扱う場合、洗練されたマナ運行がそなわり、魔導の発現が察知し(にく)くなってしまう。

 人を肉隗に変えてしまうほど強大なマナを扱う魔導なら、どれだけ隠しても何らかの起こりがある。しかし……フードの男は同輩が肉隗になって初めて魔導を受けたと気付いた。ジェダのマナの動きや予備動作、さらには詠唱までも、全て未知のものである。

 つまり、ジェダがどれだけ高位の魔導を修めているのか、もしくは何か道具を持っているのか、理解できない恐怖を得て、彼は動けなくなった。


 それは幸運なのだろう。隠していた同輩が激昂して襲い掛かり、さらに3名が犠牲になった。それ以後、彼の組織はジェダを恐れ、丁重に扱う。

 そう、彼は制御の出来ない化け物だ。手を出してはいけない。


「なんだよ、つれないなぁ」

「仕事を優先してくれ」

「はーい。じゃこれね」


 言葉と同時にジェダは小さな箱を出して渡す。その中には瓶がいくつか入っていた。生成された魔麦角(マナ・ばっかく)である。

 フードの男は瓶の1つを取り出して中身を確かめた。純度も素晴らしい。この量をうまく使えば、王都に住む人間をかなりの人数、狂わせることができるだろう。

 今では貴族の中にも、広まりつつある。それらは彼の組織にとって、大きな利益を生み出そうとしていた。


「保存には気を付けてね」

「……ああ。報酬と、頼まれていたものはこれだな」


 彼は対価を支払う。さらに、小さな封印された箱を取り出し渡した。それはある国の魔導研究所が保管していたもので、彼の組織が手を回して入手した。ある魔導を扱うための鍵らしい。


「かなり苦労した」


 封印された箱の中には『神の紙片』と呼ばれる魔導知識の結晶体が入っている。これは神々が世界に振りまいた特異な力だった。

 神々が気まぐれで授けた例もある。だが、本来は求め探したのち、試練を乗り越えた上で手に入れるものだ。

 当然であるが、この厳重な封印は解除できていない。しかし、これを得るために、彼の組織は非常に相当な対価を支払っている。


「おおー! さすがだね!」

「これを手に入れるのは苦労したぞ。ここまで、得難いものだと思わなかった」

「すまないね、ボクが動くとかなり面倒なんだ」


 軽く息を吐いた。


「しかし、こいつは封印されているぞ? 使えない物を得ようとする理由がわからん」

「それはお互い様じゃないかな? ボク、あの薬の価値がわからない。興味ないからね」

「……人を操ることができる」

「人は幸せにするものだよ!」


 ジェダはにこりと笑う。あまりにも爽やかな笑顔が、逆に悍ましさを感じる。気押(けお)されフードの男は首を振った。


「もう良い。では、また頼むぞ」

「良いよー。で、次に欲しいのはさ……」


 言葉にする。フードの男は顔をゆがませる。手に入れるのに、とても骨が折れそうだ。しかし、このジェダという者はどこでそのような物の情報を手に入れてくるんだろうか?


「じゃ、またねー」

「……ああ」


 こうして、二人は別れた。お互いが、お互いの必要としているものを得る。それは王都にとって大きな混乱を招く取引だった。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 ジェダは現在の住処へと戻った。

 帰りがけ、暗殺者か賞金稼ぎかの2名に襲われ、どちらも幸せにしている。貧民窟(スラム)には悍ましい肉隗が2つ、苦しみを訴えているだろう。それらは些細な出来事であるが、彼も力を使ってしまった。彼の力は強力な反面、手間の掛かる方法を取らねば回復が遅い。


「んー……ちょっと、頑張りすぎかな」


 声は闇に溶けていく。ここは王都から馬車で半日かかる距離の洞窟だった。彼は呪詛を用いてこの場を支配し、人の認識を阻害する工夫をしている。

 少し離れた場所に、実験室と作業用の部屋があり、それなりに暮らすことが出来ていた。現段階で『神の紙片』の封印解除ができるだろうか?


「えーと……」


 ジェダは『神の紙片』が入った箱を調べる。どうやらこの封印を解くのは苦労しそうだ。たとえ彼の力が万全でも、成功は5()だろう。


「うん、難しい」


 彼が操る呪詛は多くの瘴気を練り、怨嗟で磨いた呪力が必要である。一朝一夕で用意できる物ではなかった。


「実験もあるし……」


 つぶやき、彼は優先順位を決めていく。


「少し考えなければね」


 『神の紙片』を得れば、目的まで一歩前進できる。だが、これを強引に得るための賭博をするつもりはない。負けたら彼の破滅では済まないだろう。

 素材がいる。毒・怨嗟・苦痛で磨いた昏く堕とした魂のマナが……。


「……」


 彼は暫く歩き回る。ジェダの考えるときの癖だった。

 しかし、いいアイデアは浮かばない。彼は息を吐きいた。


「あっちの錬成に集中しようか」


 今実験中の試練迷宮がうまくいけば、王都を幸せにできるだろう。だが、試練迷宮は時間が必要である。

 ならば、自分のやるべきことを先にやろう。


「……面倒だけどねー」


 彼は苦笑を浮かべた。そして、行動に移る。

 眼前には大釜(コルドロン)がある。ここで必要素材を煮詰め、呪詛を編む。


 彼は自分の撒くべき呪詛(しあわせ)が、世界を救い(つや)やかな彩りを添えると信じていた。


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