17 アレンとリュシエル3
「うぅ……セイはいつもこんなの片付けてるの?」
現場を見たリュシエルが小さく零す。
「うん、まあね」
「しかし量が多いな」
「んー……でもここさ、いつもこれくらいだよ? 冒険者はよく食べるからさ」
「確かに食べるけどさ……」
『輝ける銀月亭』はいつも通りのゴミ量だった。しかし、他と比べると格段に多い。ここは冒険者の酒場である。食べる人、飲む人、騒ぐ人などが大勢いるのだ。当然消費量の幾分かが生ごみとして出される。ゴミ種としてはありふれているが、量をみたらちょっと引く。あと、足の速い食材は臭う。夏だとさらに悍ましくなる。
ただ、良い点もある。ここの排出場と井戸が近く、後処理がしやすい。
ときどき下働きのお兄さんがいて、ちょっと手伝ってくれることもあるが、今日は居なかった。
「これ、服に匂いつかない?」
「それは、まあ……」
「迷宮に比べれば大分マシだろ?」
リュシエルの言葉をアレンが窘めている。
「いや……ここ王都じゃん」
「悪いねじゃリュシエルは……んー」
「セイ、リュシの愚痴は癖みたいなもんだよ。これが出る時はやる気の証拠さ」
「……んなことアンタが勝手に言ってるだけよ!」
僕の前で言いあう二人はなんだか仲が良さそうだ。リュシエルも愛称でよぶのを許しているし、付き合いも長いのだろう。
「じゃあ……」
「大丈夫! 受けた仕事はきっちりやるわ!」
「あ、本当?」
「ええ、役割を教えてよ」
彼女が匂いを気にするのは当然だと思う。孤児院でも感じるのだが、男性に比べ女性は臭いに敏感だ。メアリはよく鼻を聞かせてくるし、エリナだって敏感で、僕が気付かない臭いを嗅ぎつけてくる。だから僕は帰る前に聖王温泉を利用するのだ。
ただ今回はアレンという力持ちがいるし、回収できるのは僕一人。リュシエルにはゴミ缶濯ぎを手伝ってもらおう。
「えっとゴミの回収は僕しかできないからさ、アレンはゴミ缶を僕に渡してよ」
「わかった」
「あたしは何したらいい?」
「リュシエルは空のゴミ缶に水を汲んでいれてくれるかな?」
「ああ、濯ぐのね?」
「いや、水入れるだけでいいよ」
「え? なんで?」
「今日は魔導で終わらすさ」
「え、魔導?」
「いつもはやんないけどさ、二人が手伝ってくれるなら、さくっと終わらせるよ」
「どんな魔導使うの?」
「水の渦を起こすやつ。基礎魔導だね」
「……あまり聞かないわね」
「そう? 僕、洗濯屋の兄さんに教わったんだ」
「へぇ……」
「ま、始めよう『回収の手』よ!」
会話しつつ、僕は『回収の手』を現す。リュシエルはぎょっとした。
「……それ、何?」
「あ、僕のゴミ回収魔導だよ。ちょっと他の人より違うらしいね」
「……ちょっと?」
「まあ、気にしなくていいよ。能力は同じだからね」
「……そう、なの?」
まじまじと回収の手を見つめるリュシエルに、アレンが言う。
「ぐろい手って言ったろ、こういうことさ」
「アレンさ……正直すぎるといつか痛い目見るよ?」
「ごめんねセイ……もう仲間が痛い目見てる……」
「……ぐぬ」
「じゃ、はじめよっか」
そしてふてくされたアレンを残し、僕たちは仕事を始めた。近くにあるゴミ缶を持ち上げ、回収の手へ中身を入れる。
それに呼応してアレンはささっと動き、周りにあったゴミ缶を持ってきて置いた。
おっと早いな、僕は急いで回収していく。
そして、リシュエルも機敏に動いた。僕が空にしたゴミ缶を持って行き少し離して置く。
「水もってくるね!」
彼女は素早く動き、添え付けの井戸から水を汲んでゴミ缶の中へ流し込んでくれる。
「てか、どれくらい入れればいい?」
「ゴミ缶一つに桶1杯で十分だよ」
「えと……だいたい30個かな? 結構大変そう」
少し、眉を上げつつも彼女は機敏に動いてゴミ缶へ水を注いで行った。水を注ぐ端からゴミ缶の並びを整えている。きっちりしてるんだな……。
「セイ、ほら一気にもってきたぞ」
アレンはゴミ缶2つを軽々と持ち上げ、僕のそばに置いてくれた。
「おおー。やっぱアレンは力があるね。でもこぼさないでね」
「ははっ、大丈夫だ」
「あと衝撃与えるとへこむから気を付けて」
「ダメなのか? 俺たちの宿の奴、ほとんどへこんでるぞ」
「あれは喧嘩のせいでしょ? ……僕の仕事で壊すわけにいかないよ」
「ん、気を付ける」
「頼むよ」
しかし、アレンが一気に持ってくると焦る。ペースを上げよう。
僕はアレンに負けぬよう、回収を急ぐ。
そして……この連携がうまく働き、あっという間にすべてのゴミ回収が終わった。
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「おし、回収終了! アレン、リュシエル……ってはやっ!?」
リュシエルは僕が顔を上げたときには、もう水を注いでくれている。その素早い身ごなしに少々驚く。
「さすがだね!」
「ふふん、てかそのゴミ缶貸して。これ入れたら最後よ!」
「ありがと!」
「でさ? どんな魔導できれいにするの?」
「ん、ちょっと下がっててね」
声をかけ、2人を下がらせる。
そして僕は王樹の葉を取り出し、水のマナを主に動かし魔導を編む。
対象はこのゴミ缶が置かれた場所だ。
水たちにその場で動きまわり、渦となる地場を作るようなマナの働きを意識する。
川の急流がぶつかって、その際に起きる渦の映像を思い浮かべてマナを動かす。
さらに『付与』を意識した。
「『水渦付場』!」
発動と同時に、マナの光陣が場に描かれる!
すると、その場にあったゴミ缶の水が、素早く回転が始まった!
「へぇ? 水が回転するの?」
「これで結構汚れが落ちるんだよ」
「って、全部に魔導を施したの!? 消耗激しくない!?」
「そういう場所を作ったんだ。思ったより軽いよ。てか、洗濯屋の兄さんは一日中やってるもの」
実は兄さんに教わったのは水に渦を作る魔導であり、場に付与する技術は僕の応用である。前に魔女子さんのお手伝いで、処理場一体に『乾燥』を付与した。その使い方が結構面白く、しかもマナ消費は意外と少ない。だから使ってみた。もしかしたら、僕に合っているかもしれない。
「洗濯屋……ねぇ?」
「あれ、利用しないの? 冒険者の装備も奇麗にするって言ってたけどな」
「いやぁ、ちょっと高いのよ」
「あんなん使えるのは、上位の奴らじゃないか?」
「でも……魔導って、もっと疲れると思ってたわ」
「んー、ちょっとは疲れるけど、戦闘の使い方とは違うんじゃないかな?」
「そんなもんかね?」
「一応、向き不向きもあるかもね」
「イニス……うちの魔導師にも聞いてみたいわ」
僕みたいな職と、冒険者の魔導は違うに決まっている。彼らは魔導を戦闘に使うことが多いのだ。僕のような仕事は、魔導を使う頻度が多い。ゴミの回収先なんか300件くらいある。しかし、途中休憩をいれてもマナは持つし、余裕すら残るもんだ。
逆に、戦闘時で用いる魔導は消耗が大きい。『魔闘の目付け』は使っている間中ずっと消耗が続くし、『魔闘の型』は使った後の疲労と消耗が格段に激しくなる。
おそらくだが、『魔闘の型』は使えても5回が限界だ。それに王樹の葉がすごい勢いで消えてしまうから、金銭的にも使いにくい。
ここまで考え、僕はアレンの仲間に興味が湧いた。
「そっか、アレンの仲間は魔導師だっけ?」
「ああ、イニスは魔導を使うぞ」
「どんな人?」
「えと……」
「んー、今度会った時に紹介するよ」
「あいつ気難しい奴でさ、勝手に教えたらダメっていうのよ」
気難しいか、冒険者は個人主義で自分の技能は秘密にするひともいるんだっけ? その辺りの通例を僕は理解していない。個人によるとは思う。だけど嫌がることは避けるべきだ。
「そっか、それじゃ会える日を楽しみにしておく」
「すまん。イニスは細かいことに気の付く奴でな。俺は魔導に関しては良く解らんから、あいつの嫌がることまで話してな……」
「アレンってばさ、温厚なイニスをキレさせんだよ。『知らない奴が魔導を語るな!』って」
「そか、怒られたんだね……」
「ああ……だから、俺は奴の魔導は言わないと決めた」
「ほんと、アレンは感覚で話すからねー」
眉を顰めるアレンにリュシエルが楽しそうに肩を叩く。
「じゃあ人柄の方を教えてよ」
「んー、イニスは俺たちのまとめ役をしている」
「違うわよ。アレンが突き進もうとするのを、イニスとあたしが止めたり行かせたりしてる」
「苦労してんだね」
「なんだよ、俺が悪いみたいじゃないか」
「戦場の常識で行動するなって言ってんじゃん……」
「……」
「まあまあ、身に着いたものはなかなか取れないよ。てか、3人パーティーなの?」
「いや、ニナが居る」
「もう! ええと……狩人出身のニナはちょっと遠くからきててね、言葉に慣れてないんだけど、いい子よ?」
「……ニナは鍛冶も出来て、職人気質だから、素かもしれん」
ふてくされたように言うアレン……。
ただ、君はいつも何かしそうな雰囲気があるんだよ。ちょっと話してても、気が抜けない。
どこか師匠に似た雰囲気を感じるな……。
ふと、ゴミ缶の水が跳ねた。
「……っと、もうそろそろ水回収しなきゃ」
「おお、手伝うよ」
「ありがと」
「なに? 水なんか木の方へ流せばいいじゃん」
「いや、ゴミが残ってるんだよ? それ全部回収して、ゴミ缶を乾かすのさ」
「ふーん、そか、じゃあ空のはあたしが並べてくわね」
それから僕は渦の魔導を打ち切り、ゴミ缶の汚水を回収していく。アレンがゴミ缶を渡してくれて、リュシエルが空のゴミ缶をひっくり返して並べてくれる。
やはり三人だと早いし、彼らの動きは洗練されているな、全てのゴミ缶が綺麗に並んだ。
「おおー、すごく早く済んだよ! ありがとう二人とも!!」
「こちらこそ! 書類全部書いてくれて助かったよ!」
「そだよ、気付かなかった部分まで、ありがとね!」
「セイ、また仲間たちと会ってくれよ。たぶんイニスもニナも気に入るさ」
「うん、楽しみにしとく! もし近場の仕事とか、王都のこととか、力になれそうなときは声かけて」
「いいわ、その時はよろしくね」
「迷宮での立ち回りも見てみたいな!」
「だね!」
「えと、お手柔らかにね!」
そしてここでの回収は済み、僕たちは互いに手を振る。
「それじゃ、僕は次の回収に行くから、またね!」
「またな!」
「じゃね!」
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「グァ!!」
「グルゥ!」
鍵を返した僕を魔獣厩舎のキラとカラが僕を迎えてくれた。
「っと、お待たせ! 結構早かったでしょ」
「グゥッ! フゥ!!」
「グァグア!」
おや? 2頭とも、機嫌が悪そうだ。
「悪かったって、機嫌直してよ2人とも……」
「グゥルルル……」
「グァ……」
こういう時は耳元を撫でると意外と話を聞いてくれる。僕は2人の首筋を撫でながら、話しかけた。
「どうしたの? なにかあった?」
「グァッ! フウッ!」
「グゥルル……」
どうも、イライラ、いや警戒しているのか? 何かあったのか?
それでも彼女たちは言うことを聞いてくれる。僕は火蜥蜴車を発進させた。
ふと出口付近、人影に目が行く。
ローブ姿……魔導師かな?
距離もあるし、僕は気にせずキラとカラに声を掛けた。
「行こう」
そのとき、突風が吹いた。
強い風。僕の帽子を跳ね上げる!?
焦り、空中でそれを掴んでさっと頭へ戻す。
かぶり直して、周りを見回す。
「……?」
視線。
振り向こうと思ったが、キラとカラが一気に走り出した。
僕の髪、みられたかな?
……なんとなくだけど、嫌な感覚があった。
「……」
見回して、しかし、キラとカラがなぜか速度を上げる。仕方ないか、僕は気にしないことにしてさっさと次へ向かった。