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16 アレンとリュシエル2

「それじゃ……」


 僕はリュシエルから書類を預かり目を通す。

 報告者名、冒険者階級、案件名、内容といった大まかな項目がある。何も書いてない。


「あたしさ、読むのは出来るけど書くのがちょっと……」

「え?」

「その……苦手なのよ……」

「ああ、慣れてないんだね?」


 それも珍しくない話だ。冒険者は出身が違うし国によっては教育を受けない場所も多い。王都だって、字の読み書きができない人はいる。


「リュシエルが書かないなら、アレンが書くのかい?」

「俺も得意じゃない。てか、止められるんだ」

「こいつは字が独特でさ……「読めない!」って突き返されるのよ。任せれないわ」

「じゃあ、いつもはどうしてるの?」

「普段はもう一人の仲間が書いてくれるんだ。だけど、奴は一昨日から用があるらしくてな……」

「今日は戻るって言ってたから、ギルドに交渉したの。夕方ぐらいに出すから、書類を預からせてほしいって」

「融通聞くんだね」

「あたし、職員の子と仲良くなってるからねー」


 アレンとリュシエルがバツの悪そうな顔で答えた。仕方なく僕は話題を変える。


「なるほど……てか、君たちのパーティーは何人?」

「4人よ」

「ほんと、あいつが居ないと困るよ……自由な奴だ」

「一番自由なあんたが言う?」

「いや、そうでもないぞ?」

「どの口が言うの? あんたのせいでどれだけあたしら……」

「ちょっと、話が進まないから、じゃれないでよ」

「っと、すまん」

「むぅ……」

「まず、衛兵の手伝いは2人で受けたんだね?」

「……そうよ」

「冒険者パーティーって色々あるんだね」

「うちはあまり干渉しない集まりなのさ」


 冒険者パーティーの別行動は珍しくない。冒険者は仲間を募って仕事をするけど、個人主義な人が多い。その個性をパーティーで生かせる場合はかなり強力になる。個性がぶつかり合って、酷いことになる場合もあるらしいが、彼らはそうではないのだろう。


「でもさ、セイは字書けるのね?」

「ああ、僕は『神の祝福』持ちだからね」


 王都の住民ならこれで教育を受けたとわかる。だが、彼らは難しいかな?


「えっと……この国特有のやつか?」

「そう。仕事が決まっちゃうけど基礎教育がタダで受けれるんだ」

「へえ! じゃあ任せた!」

「もちろん。後の手伝いで返してもらうよ?」

「ああ」

「任せて」

「リュシエルは、鼻が利くんじゃない? きついかもよ?」

「いや、迷宮なんかヤバイ臭いがいっぱいだもの……ゴミくらいは大丈夫よ」

「そうか、ありがとう」


 しかし、運がいいな。書類を書くだけで2人が僕の仕事を手伝ってくれるならかなり楽になる。

 手伝いを断られても簡単な手助けはするつもりだった。僕たち王都の民は冒険者を助けるべきって心がけがある。この国の健国王アルスも冒険者だったし、この国は冒険者を優遇している。僕たちだって、余裕があれば手を貸すようにしているのだ。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

「じゃあ、どう書きたいか教えてね」


 僕たちは冒険者ギルド内の机を借り、肩掛け鞄からペンを取り出す。これは昔、メアリから貰ったお気に入りである。


「ああ」

「任せて」

「あっそうだ、冒険者証あるよね? それを読み上げてもらえれば……」

「っと、そうだな」


 アレンは無造作に冒険者証を渡してきた。


「良いのかい? 君たちの情報が載ってるぞ」

「めんどうだろ? セイに見られても困らないさ」

「そう?」

「俺は人を見る目に自信があるんだ」

「んー、じゃあたしも……アレンの目利き? 当たるからね」

「えと……うん、光栄、だね」


 僕は少々恐縮しつつ、2人の冒険者証を受け取る。

 冒険者証は身分証であり、発行には手間が掛かるものだ。治安の悪い国ではその情報を悪用することもあったらしい。


 そもそも冒険者は国を(また)いで活動する人たちである。国を渡り歩く場合、どういう人物か審査をしなければならない。彼らは仕事上、そういった手間が(わずら)わしい。

 そこで冒険者ギルドの大本、樹王府は各国に働きかけ、冒険者証という身分証明用の魔導具を発行することにした。


 これを持つ者が罪を犯した場合、通常よりも厳重な罰を受けるかわりに、多くの国の行き来がやりやすくなる。また、この冒険者証があれば『冒険者値引き』がついた施設や宿は割引で利用が可能だ。


「えっと……アレンは銀色だね、やっぱり」


 僕はアレンとリュシエルの銀色と(あかがね)色のカードを見つめる。銀色は中位冒険者の(あかがね)色は下位冒険者の証だ。ちなみに上位は金色となる。

 このカードには個人の情報が記録されており、冒険者ギルドと帰属の国と樹王府が管理しているらしい。


 冒険者証は金属製のカードで、中央に『聖魔石』というマナが結晶化した石がはめ込まれている。

 この『聖魔石』を作成するためには迷宮攻略が必要であり、冒険者はそれを入手することが最低限の資質だと規定されていた。


 まず『聖魔石』を作るには、あらゆる迷宮の最深部に存在する『迷宮核ダンジョン・コア』へ到達しなければならない。僕も見たことがあるが、迷宮内の大広間で大樹として存在していた。あの大きさで王樹の苗だという……。だけど、迷宮を管理する莫大な力を秘めた大樹だった。


 この『迷宮核ダンジョン・コア』は到達した冒険者たちへいくつかの恩恵を与えてくれる。僕たちがこれに触れるとマナの一部を用いて、傷を癒したうえで消耗したマナを回復してくれるのだ。また時々だが、成長の兆しを得ることもあるらしい。

 そして接触時、自らの血を(にじ)ませて触れると少しだけマナを吸われ、迷宮のマナと自信のマナを混ぜ込み、血を核にして小石を生む。それが『聖魔石』である。


 『聖魔石』は迷宮を攻略した証で、ギルド評価基準の1つだ。

 迷宮を踏破し、聖魔石を手に入れて戻った者は報奨金がもらえ、冒険者証の聖魔石は融合して輝きを増す。聖魔石を重ねるほど冒険者証は育つ。階級でカードの色が違う理由だろうな。


 余談だが、多くの国で難易度の低い迷宮を冒険者資格取得用迷宮として規定している。

 王都では直轄地に5つの迷宮があるが、冒険者資格取得を目指す者は、馬車で鐘2つ分……注)約4時間)程度の場所にある『試練迷宮』へ向かう。

 ……あの迷宮は粘体生物スライムの群生地帯であり、ギルドで説明を聞かずに向かえばひどい目に合うだろう。

 粘体生物スライムとは、意志をもつ魔生物である。身体は酸を含んでいて、金属製の武具を使うとすぐ駄目になってしまう。


 たまに無策で突入して、聖魔石は取ってきたけど武具を失い、途方にくれる人もいる。

 なんか、騎士の従者がまるで調べず1人で乗り込み、伝家の銀製武具を駄目にして、暫く寝込んだって笑い話もあった。そのヒトは紆余曲折あって、今では大きな武具店を経営している。

 僕の時は事前に下調べをしてから挑戦し、油とたいまつ、突き主体の棒業で対処した。しかし……粘体生物スライムって燃やすと毒ガスが出るんだね。無事だけど、驚きの体験だった。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

「じゃあ書くね」


 僕はアレンとリュシエルの冒険者証を預かり、報告書の記載を代筆する。

 ふむ、アレンは大陸の西方出身らしいな……リュシエルも国が違うが西方からきたみたいだ。


「昨日の警備、どのあたりを回ったか、わかる?」

「あー……俺、ここらの地名がわからないな」

「あたし覚えてるわよ」


 リュシエルは偵察者(スカウト)らしく、スラスラと道順を教えてくれる。


「へぇ、じゃあ……こんな感じかな?」


 僕は仕事柄、王都の地図が頭に入っている。リュシエルの記憶に沿って内容の一部に小さな地図を添えて書く。僕は仕事で道順ルートを覚えるし、引継ぎで後輩に教えることだってあるのだ。地図に強くなければならない。この程度は慣れているもんだ。


「……線だけの地図なのにわかりやすいわね」

「前に地図で叱られてさ。詳細に書くと混乱するってね」

「そんなもんかしら?」


 軽く言いながら、僕はふと首をひねる。どこまで書いて良いのだろうか?


「で、あの店で僕が戦ったのは5人、ちょっとまともじゃなかくて……んー、2人はどこまで聞いてる? てか、あの後ゾイド達を連行したんじゃない?」

「まあねー。あたしの印象だと、荒くれ者が暴れてたってだけよ」

「それだけ?」

「市街護衛の仕事だもん。あまり深く首突っ込まないわ」

「ふむ……」


 魔麦角(マナ・ばっかく)の件はどうしよう?

 ギルドに伝えた方が良いようにも思えるが……衛兵の方が止める場合だってある。どうしたものだ?


「マティスさんに何て言われた? 口止めとかはない?」

「ギルドには見たまま、感じたまま報告して良いってさ」


 良いのか……衛兵と冒険者は協力関係だからかな?


「それじゃ、君たちはゾイドたち……ああ、あの首領だけど、彼らをどう見た?」

「様子が変だったよな?」

「普通じゃなかったわね? 猫獣人は特にね……。あと、あの首領は普通の力じゃなかったかも?」

「薬じゃないか? 戦場だとたまにあるらしいぞ」

「あ、やっぱり……」


 アレンの言葉にリュシエルが眉をしかめる。やはり、冒険者は鋭いな。


「……」

「なによ、何かあるの?」

「君たちが気付いてたなら、薬の影響を受けた印象とか、書けると思ってさ。んー、この件ちょっと根が深そうなのさ」


 その言葉で、リュシエルの目の色が変わった。


「なに? きな臭い話? もしかして、ヤバイ薬がでまわってるとか?」

「ん……えーと」

「どうしたのよ?」


 僕は少し考える。リュシエルが偵察者(スカウト)か、盗賊(シーフ)なのかで情報の意味が違ってくる?

 どうも盗賊寄りに見えるんだよな。冒険者としての扱いはどちらも偵察者(スカウト)となる。違いは合法組織で育ったか、非合法組織で育ったかだ。

 細かい違いはある。マッピングや地形利用が得意な偵察者(スカウト)と、スリや詐術が得意な盗賊(シーフ)だ。


 確認してみようと、僕は言う。


「リュシエルはさ、『日月と指先の恵み亭って、知ってる?』 僕のお客さんでもあるんだけど……」

「へ? ……あんた」


 リュシエルが眉を上げた。

 これは符丁である。僕が盗賊ギルドの人間に教わったもので、関係者らしき者と会ったとき、使っても良いと言われた。このような名前の店は王都にはない。そして、これは僕が盗賊ギルドで情報を買っていることを示す。ギルド所属の者は別の言符丁らしいが。


「『いったことは無いけど、臭い立つミートパイが有名らしいね』……そか」


 リュシエルが符丁で返した。やはり彼女は盗賊ギルド所属らしい。

 盗賊ギルドは裏組織で、盗品や情報を売買することを主業務とする非合法組織だ。発展している都市では大きな組織である場合が多く、その土地の気質に合わせているらしい。


 僕はエリナの解呪のために、盗賊ギルドを探し当てた。いまだ、具体的な方法は見つかってないが、それでも情報を集めるために利用している。


「でも……意外だわ」

「どこだってゴミは出るからね」


 盗賊ギルドはゴミ回収をどうしているんだろうな? 何とかしてるとは思うんだけどね。リュシエルはこちらを訝しんだ目付きで見つめた。


「でも……なんで?」

「僕も、調べものがあるのさ」

「仕事持ってる子は、関わらない方が良いわよ?」

「事情がある」

「……」


 僕は彼女を見つめ、それ以上言うつもりがないという態度で示した。


「わかった……。で?」

「……」


 僕は目で良いのか聞いた。彼女のような立場だと、仲間には話さないことが多い。盗賊ギルド所属というだけで、嫌な顔をする冒険者だっているのだ。

 リュシエルは小さく笑う。


「大丈夫よ。アレンも、他の仲間もあたしのことをわかってるわ」


 リュシエルはさらっという。ふむ……。


「そか。じゃあさ、どの程度書いて良い?」

「どの程度って?」

「……薬とかさ」


 僕は盗賊ギルドという組織が、薬物の取引にも手を出しているんじゃないかと考えている。僕が報告するなら薬物の危険性を書いて注意喚起する。だけどアレンたちの名義でそんな報告して、迷惑じゃないかと思ったのだ。

 そんな僕の言葉に、リュシエルは小さく息を吐いていった。


「……あのね、セイ。あそこの店主は金に汚いけど、薬嫌いで有名なのよ」

「へえ?」

「だからね、セイの思ったように書いて問題ないわ」

「僕も薬嫌いだけど、良いのかい?」

「良いわよ」


 この答えで、僕の方針が決まった。冒険者ギルドにも薬の危険性を伝えるべきだ


「じゃあ書いてくね」


 まず、ミランダ商会内の戦闘で対峙した人数と、捕縛した状態を書く。

 ついでに商会内部の壊れ具合や取り扱っている商品は、僕の知っている物を書いた。


 薬物の使用の恐れありといった部分をしっかり記す。幻覚作用とマナの暴走があったと入れておけば、ギルドも危険視するだろう。さすがに薬の名前は憶測段階だから記さない。

 最後に担当の衛兵長のマティスさんから、承諾を得たと書いておけば良いだろう。

 あとは上の人に判断させればいい。たしか、王都のギルド長はやり手だと聞いている。


「ふむ……あとは」


 呟きつつ、さらに警護順と起きた大体の時間、それから闘いも記していく。一応、虚偽の報告とならない程度にアレンたちの活躍を書いておいた。

 というか、ギルドの報告書がどこまで求められているのかね?


「これでいいかな?」


 書き終わった報告書をリュシエルに渡す。その報告書を2人は確かめ目を丸くした。


「てか、あいつらの特徴!? 首領は魔身者タウルスらしい? なるほど……。え、マナの暴走……薬……? あれ? ミランダ商会にも触れてる!? 随分詳細ね……」

「僕はこういうの慣れてるからね」

「イニスもここまで書かないかも……」


 イニスってのは仲間だろうな。当然だけど僕は書類に慣れている。それに冒険者は書類なんて二の次だよ。比べちゃかわいそうだ。


「これで良いかな? 2人が困るなら書き直すけど……」

「これがいいさ!」


 アレンはニヤッと笑った。リュシエルも悪戯を思いついた様な笑顔を見せる。


「そうね! てか、イニスに見せて焦らせたいわね」


 褒められると僕も嬉しくなってしまう。しかし報告は慣れているし、大したことではない。ふと、アレンが僕に笑いかけた。


「なあ、セイも俺の仲間にならないか?」

「は? え? いや、無理だよ」

「アレン、仕事持ってる子を勧誘しちゃだめだわ」

「だって、俺の友達だぞ」

「おいおい、君はそんな理屈で勧誘するのか?」

「いや、強そうだし……うちのパーティー前衛俺だけだろ?」

「あー、そか! セイは5対1でも闘えてたわね! てか冒険者資格もあるんでしょ? 良いかも?」

「な! セイは向いてると思うんだ、一緒に行こうぜ!」

 

 アレンの言葉は思った以上に心が騒ぐ。だけど、エリナを始めメアリやレジス、ルネの顔が浮かび、首を振った。


「光栄だけど、ダメだよ。僕は家も仕事もあるんだよ」

「そうか……残念だな」


 唇を噛み、アレンは言う。本当に残念そうに見えるのが少しうれしい。


「でもさ、王都にいるときに何かあったら声かけてよ。時間が合えば手伝うよ。僕、お金が要るんだ」

「んー、わかった! 後の2人とも会わせたいもんな!」


 そこで、僕は言った。


「ありがとう。先の話はおいといてさ、2人ともこれから僕の仕事を手伝ってくれるよね?」


 アレンとリュシエルは顔を見合わせる。


「もちろんだ」

「まかせといて!」


 2人はさわやかに笑った。


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