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15 アレンとリュシエル1

 素材屋を出てから次の回収先へ向かう。

 今日は『輝ける銀月亭』と『冒険者ギルド』のゴミ回収だ。


 『輝ける銀月亭』は大きな酒場であるが、おまけで休憩宿泊のできる店である。

 ただし、あくまで酒場が主だ。ここは良心的な値段で量の多いお酒と食事を出してくれる。お酒も珍しいものはなく、メニューも味付けは濃いが定番ばかりで変な食材もあまり用いない、冒険者御用達のお店である。


 ここでの仕事は生ゴミが主で、しかもその量が凄まじい。おそらく、冒険者が宴会することが多いからだろう。

 そういえば下働きの痩せた兄さんが、芋の皮を剥きながら愚痴ってた。「……どんだけ剥いても追いつかない」って。

 兄さんたちの頑張りが冒険者たちを支えている。あまり知られてないだろな。


 それから隣の回収先が『冒険者ギルド』である。

 ここは冒険者というさまざまな仕事(戦闘を必要とする)をする人たちへ、仕事を割り振る場所だ。

 管轄は国ではなく、樹王府を中心とした世界的な組織らしい。冒険者資格は剣や魔導を皮切りに、得意分野のるいを問わず、『冒険をこなす力』を証明できれば登録することが出来る。

 ちなみに僕も冒険者資格を持っているが、そこまで大変ではなかった。


 仕事に関して考えれば、量はそれほどでもないんだけど、ゴミ種が厄介である。

 冒険者ギルドのゴミは書類が多い。内容が分からないよう刻んであるんだけど……これが大量に出て重いし、持ちにくい。風のある日は気を付けないと飛ぶ。ちょっと困る(たぐい)の仕事だ。

 他には痛んだ魔物素材も出すことがある。依頼の関係だろうか? 理由は解らないんだけど、おそらくは何らかの依頼トラブルがあったように思う。

 他には壊れた武具も見るな……。そういうのは不燃ゴミとして別で回収に来て、ゴミ屋ギルドの解体部に回し、金属や革に分別されて再利用する。


 『輝ける銀月亭』と『冒険者ギルド』という、隣り合った二軒の関係は歴史が深い。立ち上げからの付き合いだという。

 元々はギルド内で飲食させると喧嘩などが起こりやすく、依頼の申し込みに邪魔だった。

 だから『冒険者ギルド』は役場的な機能に特化させ、『輝ける銀月亭』の方で仲間と歓談したり出会いを作ったりの場とする。創設時の店主とギルド長が友人だったらしく、この形態になった。


 つまり王都の冒険者たちは依頼をギルドで探し、その検討や仲間探しなどを隣の酒場で食事しつつ行うのだ。


 

―――――――――――――――――――――――――――――― 

 『輝ける銀月亭』はお昼から暫く後の今くらいが暇になる。人通りも少なくて通りやすい。

 僕は『輝ける銀月亭』の魔獣厩舎にキラとカラを休ませ、鍵を借りに行く。


「こんにちは! 回収に来ました! 鍵をお願いしまーす」


 ここは酒場ということもあり、僕は入り口から声をかけた。


「あら? セイちゃん、こんにちは! ごくろうさま。ちょっとまってねー」


 僕の声に給仕をしている明るくて柔らかそうなお姉さんが、ニコニコしながら奥へ入って鍵を持ってきてくれた。


「はーい、これー!」

「ありがとうございます!」

「よろしくねー!」


 そんなやりとりをして、僕は回収に向かおうとする。その時、声がかかった。


「お、セイじゃないか?」


 振り向くと、アレンがリュシエルと一緒に居る。

 2人とも武器は持っていないが、動きやすく汚れてもよさそうな服装だ。冒険者ギルドへ来たのだと思う。

 ……ギルドには本当に色々な人が来る。僕はここで怒鳴り合いもたまに見るのだ。とばっちりで汚れることもあるらしく、慣れた冒険者は上等な服は避けるらしい。


「お二人さん、昨日以来だね! 仕事?」

「えと、昨日の子だよね? セイだっけ」


 アレンの後ろにいたリュシエルが、僕をまじまじと見つめる


「うん。きみは、リュシエルだっけ?」

「そそ、改めてよろしくね!」

「2人とも、昨日は助かったよ」

「なにいってんの、一人で解決しちゃってさ」

「いやいや、アレンがかばってくれなきゃ危なかったよ」


 僕の言葉にアレンは小さく首を振る。


「気にすんな。てか、俺が戦闘担当だったのに……情けない」

「扉が開かなかったんだっけ?」

「そうだ。マティスさんに壊していいか聞いて止められてた」

「で、あたしがカギ開けたってのにさ! 大きな棚が倒れてて、どけるのに時間かかってたの! ごめんね!」

「気にしてないよ」


 僕とアレン、それからリュシエルは昨夜のことを軽く語り、聞いてきた。


「あー、そうそう。セイ! ちょうどよかった! ちょっと時間良い?」

「え? どのくらい? 僕仕事中なんだけど……」

「ギルドに報告を上げるの! 簡単でいいから教えてくれない?」

「え?」


 冒険者ギルドの仕事には報告の義務がある。だけど、そのあたりって結構ゆるかった気がする。

 元々冒険者ギルドは数か国の人が訪れる事情があり、字が書けない人もいるし会話が難しい人だっている。状況に合わせ、ギルドの職員が代筆するはずだ。

 そして彼女は書類を持っている。そりゃ書類を出したら喜ばれるが、口頭で済ませるのが普通なのに……まじめだな。


「書類作るの? 報告って、簡単に伝えれば良いでしょ」

「え……? あ、まあ……日雇いなら、それでいいんだけどね」

「?」

「冒険者は階級があるのは知ってる?」

「ああ、僕も一応冒険者資格は持ってるよ。『下位の3』から始まって……ってかんじだったよね」

「そう! あたしたち、『上位』を目指してるの!」


 冒険者は階級があり『上位』・『中位』・『下位』にそれぞれ3段階の序列が加わる。

 『下位の3』→『下位の2』と、数字が小さいほど序列は高い。この階級が高いほどギルドで優遇される。

 階級が高いと依頼は上質で難しいものとなり、他国への通行も容易だ。他にギルド専属の鍛冶師も優先して利用でき、武具の修繕や逸品の斡旋などで装備も充実する。さらに、魔導学院や神殿への出入りも融通が利く。


 この階級を上げるためにはギルドへの貢献が必須で、『貢献度』と呼ばれる点数を稼がなければならない。

 内訳はギルド内でも秘匿され、大まかに依頼達成数や魔物討伐数、迷宮探索数すべてが貢献度となる。それ以外に信頼できる人格や、ギルド報告の内容も見るらしい。この『貢献度』は問題を起こしたら下がるし、報告が適当だと加点が小さい。

 たとえ戦闘力が高くても、乱暴者や迷惑者、それから怠け者は階級が上がらないのだ。


 そしてこの階級は1つ上げるのも大変で、冒険者に専従して2~3年は掛かる。当然だけど上位の審査はより難しくなってくるわけで、例えば『上位の1』なんてヒトは王都でも5人くらいだ。

 この評価は冒険者が世界の役に立った証明で、コネや突出した戦闘力だけでは通用しないと聞く。逆に大事件を解決したり、災いを止めたりした場合、階級が上がるのだ。


 ちなみに僕の階級は『下位の3』で一番下っ端である。仕事のために取ったから当然だ。魔導廃棄物などの特殊廃棄場は王都から出て、暫く行った場所にある。王都の門を通り抜けるための手続きはいくつかあるが、冒険者資格が一番便利だ。


「上へ行くためにはさ、報告も重要なのよ」

「だから報告書ね……」

「そ、書類の方が助かるみたい。今回は持ち帰り。あたし……」


 リュシエルは軽く眉をしかめて答える。ただ最後は聞き取りにくかった。なんだろ、書類苦手なのかな?


「やっぱ階級あげたいんだ?」


 僕の一言にアレンとリュシエルは顔を見合わせる。


「当然よ! 一つ違うだけで国の移動が楽なの! 欲しい情報も、依頼料も、大きく違うわ!」

「ギルドに認められるってことは、目的への近道なんだ」

「そか、そうだよなぁ……」


 僕の……2人ともやる気に満ちているな。


「てか、今どれくらいなの?」

「『中位の3』なの。こいつのおかげでね」


 リュシエルはアレンの肩をたたく。

 ちょっと驚いてアレンを見た。僕は階級にはそれほど興味はない。なのに、何故か胸にじりじりするものを感じてしまう。そして、聞いた。


「アレンが? 僕と同じくらいなのに?」

「たまたまだ。魔蝕生物の討伐に巻き込まれて、俺以外が全滅した。皆で弱らせたのに……俺が討伐したことになったんだ。特進というやつらしい」

「へえ!?」


 魔蝕生物……迷宮での駆除や管理が足らなかった結果生まれる魔物。非常に凶悪だと聞いている。

 その体には魔石が浮き出て、力も脅威度も格段に上がるらしい。通常は騎士団が闘う。聞いた話では、国が亡ぶ原因にもなった奴もいて、災害と同じだけ恐れられていた。


 ……僕が独自で調べた情報では、呪詛を受けた魔物がなりうる。倒された後にも迷惑を掛けるような、危うい呪詛の結晶。悍ましい存在だ。

 この魔蝕生物を倒した後に残る魔蝕石は、魔導の媒体や装飾品として高額で取引されるらしいが、自分が生きてこそのお宝だとは思う。


「どのあたりで戦ったの?」

「この国じゃないぞ。えーと、北の大公領が近いかな?」


 農業大公さまの領地近くか……。

 あの辺りはどうも過酷な地域らしい。

 なのに農作物を王都へも輸送してくれるんだから(たくま)しい土地だ。


「強かった?」

「生き延びたのは運だよ。その後しばらく動けなかった。半月休んだんだぜ」

「……強かったんだな」

「あれは存在の次元が違ってた」


 アレンは少し青ざめた感じがある。彼は強い。それも底が見えないほどだ。正面から闘ったら、僕は(かな)わないだろう。そのアレンが言う相手か……どんな奴だろう?


「……何がヤバかったの?」

「とにかく皮膚が硬かったな。斬撃も打撃もほとんど効かない」

「ふむ」

「魔導にも高い耐性を持つし、何よりも賢い。奴は自分に効果的な打撃を与える相手を知っててな……。魔導師を優先して襲ったのさ」

「よく勝てたね」

「……だから、運だよ」


 たしか魔蝕生物は魔物よりもマナを欲している。常に飢餓状態となっていて、マナを持つ生物……特に人を喰おうとするのだ。さらに元の性質を超強化するらしい。

 あと本能だか勘だかで、敵を見抜く狡猾さも持っている。師匠の教えだが、『魔蝕生物は出会ったら終わり。噂だけでも警戒しておけ』だ。

 アレンが倒した奴……どんな魔物だったんだろう?


「ちなみに、元の魔物はなに?」

「……あれは、毒大蚯蚓ポイズン・ワームだろうな」

毒大蚯蚓ポイズン・ワーム……元々厄介なやつ!?」


 毒大蚯蚓ポイズン・ワームは毒をもった大きなミミズである。その大きさは馬車と同じくらいだ。本来の大蚯蚓ワームは土を食べて、土地を肥やす益虫ミミズが巨大化したものである。土のマナが多い土中に住み、臆病であまり人を襲わないと聞く。

 しかし、大蚯蚓ワームが穢れた土や汚染したマナを食べすぎると、体内に毒や酸を持つようになり、それが酷くなると狂気を得て、穢れの少ないマナを求め、人を襲う。

 僕の呼んだ図鑑では、土のマナが多く壁が柔らかい型の迷宮に住むはずだ。


 魔蝕生物になれば雑多なマナを求めて迷宮を飛び出し、街を脅かすだろう。土地や建物、人や家畜などを食い尽くし、しかも毒や酸で土地にまで被害を与えながら、侵襲してくる姿は想像だけでもぞっとする。

 特にその毒性が強化されてしまえば、近づくことも難しいのではないか?


 僕が戦うことになったらどうしよう?

 賢さは本能頼りだと思うし……誘導できるのであれば土に潜れない場所に誘導して……。

 んー、蚯蚓は土を食べる生物って生体だから、深く潜れないような場所へ追い込み、石や金属をマナで固めて餓死するのを待つとか?


 いや、酸で溶かされたら難しいな……むむぅ。


「どうやってやっつけたの?」

「それは……」


 僕が興味深そうに聞いたのだが、アレンは言葉を濁す。そしてリュシエルが入った。


「まってセイ……。その話は長くなるわ」

「ああ、そか、ごめん」


 倒し方は言っちゃダメかも?

 僕は察して話を中断する。


「わるいな。俺も楽しい記憶じゃない」

「うん、こっちも聞きすぎちゃったね。報告書だね」


 僕はリュシエルに向き直った。


「ありがと……。でさ、昨日の奴ら全部を倒したのってキミでしょ?」

「中の5人はそうだよ」

「ふむ……様子はどうだった?」

「えーと様子……彼らは何かを探してたようだった……というかさ、具体的に何が知りたいの?」

「どんな奴が何人いてとか……もし、知ってることがあれば詳しく」


 ふむ……別に教えるのは問題ない。

 ただ、魔麦角や師匠が倒してきた相手のことまで説明するのはどうだろう?

 というか、中の様子は僕が書いた方が早いと思うが……。

 だけど、僕は彼らの仲間ではない。そこまでやってしまえば、迷惑にならないだろうか?


「えっと……」


 あ、そうだ!

 僕の仕事を彼らに手伝ってもらえば早く済むんじゃないか?

 今朝から全体的にゴミが多かったが、昼食を抜いて仕事してきた甲斐もあって、遅れを取り戻してはいる。

 そして、今日の大物はここだけだ。人手があれば、早く済む。


「言葉での説明だとな……。てか、僕の見た部分は書いてあげようか?」

「おお! 助かる」

「え、まあ助かるけど……」


 リュシエルはいい顔をしない。


「なんだ、不満か?」

「頼ったら悪いわよ」


 そう、冒険者って貸し借りには敏感なのだ。こっちが恩を売っておいて、後で安く働かせるってのはよくある。だから、僕は提案した。


「んー、貸しだと思うならさ、後でちょっと僕の仕事を手伝ってくれない? それでチャラにしよう」


 今から回収する『輝ける銀月亭』はゴミ缶が30本くらいあるのに、なんというかゴミ置き場が広くて、置き方が適当である。

 1人だとゴミ缶を集めて回収するか、回収の手を出したままゴミ缶を求めて走り回らなければならない。その分だけ手間がかかってしまうのだ。

 だからゴミ缶を手元へ運んでもらうだけでも十分助かる。

 アレンは力がありそうだ。リュシエルは感覚が鋭そうだから、臭いが嫌かもしれない。けど、空のゴミ缶に水を入れてくれるだけでも助かる。


「おう! 手伝うぜ。ゴミ回収だよな?」

「ちょっとアレン、安請け合いすんなし、どんなことするのよ?」

「ゴミ缶を集めるのと空のゴミ缶へ水を入れて(すす)ぐだけで良いよ。実はここの仕事が大変なんだ。ゴミ缶が結構バラついて出てる。1人だと面倒なのさ」

「良いぞ! 書類仕事より楽だ」

「……まあ、それくらいならいいわ」

「ありがと!」

「じゃ、これおねがい!」


 リュシエルが渡してきた書類を、僕は内心で喜びながら受け取った。


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