14 セイは素材屋で画材をもらう
ラフレさんの回収を終えると、次の仕事は冒険者街の回収となる。
初めに向かった場所は素材屋だった。
素材屋とは冒険者たちが獲物などの解体を頼む店である。
冒険者は基本的に依頼を受けて魔物を狩る。その依頼が『駆除』であれば証明となる部位を取ってくるだけで良い。しかし『素材採取』が依頼となれば、特定の部位を求められ、解体が難しいことが多々ある。
その場合、冒険者はさまざまな方法で魔物を無力化、もしくは死骸にして、運搬や解体を業者に任せるのだ。
そして、解体を請け負うのが素材屋である。
冒険者も解体しないわけではない。だけど、解体には時間がかかる。毒がある魔物も少なくないし、体内にガスをため込み、解体中に爆発する魔物だっている。戦闘後の余力がないことも多く、解体できない場合なども多かったようだ。
解体に関しては昔色々あったらしい。今では冒険者ギルドが素材屋と提携し、斡旋してくれる。
さて……実は僕、魔導ゴミ屋となる前にお金が必要となり、ここで働いていた。
親方のトマおじさんは仕事に対する姿勢を評価してくれる人で、僕は目を掛けてもらっている。
今日はレジスからのお願いもある。牙持ち芋虫の体液を譲ってもらえるか、聞いてみたい。
この魔物はマナを含んだ牙を持ち、特殊な方法で抜けば高値で売れる。だけど、それ以外は使うことなく捨ててしまう。もし残っていたら、お願いして引き取らせてもらおう。
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「こんにちは!」
僕は入り口から大声で声をかける。
「おお、セイか! こんちは!」
大柄ですごい筋肉のトマ親方が、ガラガラ声で挨拶を返してくれた。手に短く分厚い鉈を持ったままだ。解体中だったかな?
「親方、ゴミの回収に来ました!」
「そうか! 今日は多いぞ」
「げ、じゃあ重いのいっぱいですね」
「うむ。どうやら最近、魔物が増えているらしい」
「……迷宮から出てきたのかな?」
「さあな……まあ、お前さんも外へ行く場合は気を付けろよ」
「はい、ありがとう!」
「じゃあ裏へ……」
「あ、親方! 最近、牙持ち芋虫とか解体してません?」
「んー? ……あの牙は素人じゃうまく抜けんから、結構入るな。さっきもやったぞ。大物だ!」
親方は手で大きさを表す。それは手に持った鉈と同じくらいの大きさだった。かなり大きい。
彼ら牙持ち芋虫は、その大きさで木や迷宮の上部に陣取り、牙へマナを集めて獲物を探る。何かが通りかかった時に一斉に落ち、マナの籠った牙で齧る。
その攻撃は身体に大穴が空く威力で、亡くなる冒険者も珍しくない。彼らは沢山の人を襲ってマナを蓄え、双月が重なる夜に羽化するという。
その光景を見た人はいるんだろうか? 文献に残ってないし興味は尽きないんだけど……人にとって害虫で、駆除対象である。出会ったらやっつけなきゃだ。
素材としてマナを含んだ牙は磨いて叩いて武器にする。牙以外は早めに処分したほうが良い。とにかく、体液が臭うのだ。
親方の言葉に僕は喜ぶ。
「おお! 運がいいな。悪いんだけどさ、体液を分けてもらえないかな? 僕の弟が絵に使いたいと言うんだ」
「そりゃいいが……臭うぞ? そんなんで絵を描けるか?」
「画材の処理方法は弟が心得てるってさ。あと、密封瓶も持ってきたんだ」
言いながら僕は栓がきつく閉まる、密閉用の瓶を見せた。
「……それじゃだめだな。蝋を分けてやるから、固めてもってけ」
「ああ、ありがとう! ってか蝋ごと買わせてよ」
「いや、これくらいはおまけしてやる! もってきな」
僕も蝋燭をキラとカラのごはんとして、カバンに入れている。だが密閉に使うのは考えてなかったな……。でも……そうだ、一定以上マナを含んだ魔物の体液は、密閉瓶からも臭いが染み出すのだ。
「良いの? 悪いなぁ……」
「なら今度手伝ってくれよ! 日当に色を付けるぞ!」
「あー、はい。ちょっとすぐには約束ができないけど……うん。近いうちに手伝うよ。人手不足なの?」
「まあな! 今の時期、面倒な仕事が多いのさ」
「また刺付き猪のトゲ抜き?」
刺付き猪は背中いっぱいに針のようなトゲがついた猪である。ある時期に凶暴化し、群れでトゲを尖らせ突進してくるのだ。その光景は冒険者にとって不運と悪夢だという。
しかしそのトゲは中が空洞ってこともあり、毒を注入する型の鏃になったり、吹き矢の材料になったりする。数を纏めれば結構いい値段だ。
当然だけど、トゲ抜きの手間はかなり掛かってしまう。駆け出しの冒険者もその作業をやるようだが、とにかく面倒で辛い。だから素材屋が受け持つ。
ちなみに凶暴化した場合のお肉は臭みが強くて美味しくない。だけど、薬にはなるらしいので錬金術師に買い取ってもらえる。取る所の多い魔物だ。
「そうだよ。今うちで根気があって手先が器用な奴は、母ちゃんくらいでな! 器用なお前さんにもお願いしたい」
「うぇ、あれ一日やると目が回るんだけど……。あれ? というか、娘さんは?」
「反抗期だ」
「そうですか……」
「セイよ、近い日で考えといてくれ」
「わかりました。ん、時に親方、最近は何の解体が多いんです?」
「当然刺付き猪が多いな。刺抜き以外俺が受け持つ。ほかだと……粘体生物の核の魔結石を採ってるぞ」
「げ、また面倒な奴」
粘体生物の核は粘体生物が活動するために存在する、運動中枢である。酸性の粘液で蠢く粘体生物の生体活動を司っている場所だ。こいつを傷つけずに倒すのは難しい。酸性の粘液で這いずっているから、打撃は効果が薄いし、斬撃だと核ごと壊れてしまう。
粘体生物の核の大きさは粘体生物の型によって違うが、王都近くで採れる核は赤ちゃんの拳くらいだ。
この粘体生物の核からちょびっと取れる魔結石は魔導薬の材料で、幻覚作用のあるものや、強壮作用のあるものまで、有用に使えるらしい。
ただ……それを取り出すのはとにかく手間である。粘体生物の核はかなり硬い殻で、そのまま割ると魔結石ごとダメになってしまう。しかし熱に弱く、温めておくと割りやすい。
だから取り出すためには酸の粘液をきれいに洗い落し、『乾燥』の魔導を掛けるか一日の陰干しで水分を飛ばし、粘体生物の核を10個単位で鉄鍋に入れて、暫く炒める。
その後、熱いまま皮手袋で掴んで鉄の釘と金槌を使ってやさしく殻を割り、小指の爪ほどの魔結石を取り出す。
……熱くて地道で面倒な作業だ。
「今から手伝ってくれてもいいんだぞ!」
「今日僕はゴミ屋の仕事できてるから、ごめんなさい!」
「ふん、仕方ない。まあゴミ取ってくれるだけでも助かる」
「やっぱ、多いんだ……」
「まあな!」
「じゃ、回収しちゃいますね!」
「そうだ、瓶を預けてくれ。回収してる間に詰めといてやる」
「ありがとう! 親方!」
「ふふっ、お前さんが手伝いに来てくれることを当てにしてるんだ。早く来てくれよ」
「わかった! 任せて!」
「面倒な仕事押し付けてやるからな!」
「……加減はしてほしいな」
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トマ親方と話した後、裏口のゴミ集積場に回る。
解体した後のゴミは慣れてない人がみると、かなりグロテスクだと思う。『回収』できるようになったのは、素材屋で働いた経験のおかげである。
もともと、僕は『神の祝福』で将来はきまっていたが、早い段階で形の残った死骸が回収できないと気付き、不安だった。
しかし、この素材屋で下っ端がやらされる仕事は死骸の処理である。解体が済み、依頼主も引き取らないものを集めてゴミ缶に詰め、集積場へ運ぶ作業を暫く続けた。そのおかげで、これはゴミだと思い込む。
そして、魔物の死骸もバラバラなら回収できるようになった。
違いが何なのか、毎回疑問に思う。だけど答えは見えない。おそらく、僕の心の持ち方だろうな。魔導の不思議なところだ。
……もしかしたら、今、僕が無理だと思っていることも、やってみたらできるのかもしれない。
そんな思い出はしまい込み、僕は『回収の手』を現した。
今日はどこもゴミが多いが、素材屋もその例に漏れない。
「……なにがあったんだろ? 今日はゴミ缶12本!?」
普段はゴミ缶6~8本くらいである。ここのゴミ缶は骨や革の切れ端がぎっちりで、めちゃくちゃ重い。骨や牙が素材になる魔物も多いのだが、素材にならない骨や革は何倍も出てくる。
「魔物、増えてる……か」
呟きながら、僕は力を込めてゴミ缶を持ち上げ、回収していく。血が混じり、さらに腐り始めた臭いはひどく不快に感じるが、ちゃんと処理されているのがわかる。
たしか、月に一度供養として神職を呼び、『浄化』を施してもらっていたな……。
トマ親方って見た目はごつくて寡黙で、性格も細かいことは気にしない性質だけど、後始末まできっちりする。僕は尊敬しているのだ。
……だけど娘さんが反抗期って、何があったんだろな?
考えつつも身体は動く。重くて臭うゴミ達を、僕は回収していった。
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「親方! 終わりました!!」
「お、ありがとな! そしてこれ、持ってけ!」
親方はにやりと笑って蝋で封じてくれた瓶をくれる。牙持ち芋虫の体液は粘っこい黄緑のものだ。レジスはこれで何を描くんだろ?
「ありがとうございます! 近いうちに埋め合わせします!」
「おう! 楽しみにしてるぞ!」
そして、お互いに手を振ると、僕は素材屋を後にする。
火蜥蜴車に戻ると、キラとカラが僕の持ってきた瓶に興味を示していた。あれ、火蜥蜴って牙持ち芋虫食べるんだっけ?
「ねね、君たちこれおいしそうに思うの?」
「グァ!」
「ググァ!!」
2頭ともが肯定っぽい鳴き声を出している。
「わるいけど、これはレジス……僕の弟がいるんだ。おやつは後であげるからさ、これは我慢してね」
「グルルゥ……」
「グゥ……」
2頭はわかったような、そうでないような返事を返す。
「まあ、次いくよ! さ、近いけど頑張ってよ」
「グア!」
「グルァ!」
こうして、僕は素材屋を後にした。