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13 錬金術師ラフレさんの汚れたお部屋

 錬金術師という職業がある。

 魔導師とは少し違う観点をもつ。物質や物体に留まるマナを扱う人たちだ。

 彼ら、彼女らは自然に存在するマナを含む素材を組み合わせ、さらにマナを練り込んだ魔導具や魔導薬を作る。魔道具になると魔導師や鍛冶師の方々とも協力するらしい。

 マナ操作に長けていない人でも現象を扱うため、魔道具や薬を作り出してきた人たち……それが錬金術師だ。


 これから向かうのは、錬金術師のお姉さんである。

 一度、彼女の目的を聞いたのだけど……。黄金を自力で作り上げることに加え、あらゆる真理の探究だと胸を張った。

 ただし、黄金作りはあまり考えてないと思う。


 彼女の専門は疲労回復薬や傷の治りを早める塗り薬、マナの回復を早める薬など、薬物が多い。

 それ以外にもマナを上手く使うための装置……魔導師が操る技術の1つ、『付与』を魔導なしでも使えて、しかも長い期間保てるような研究もしているようだ。


 だけど、錬金術師のラフレさんは……ちょっと、問題があるヒトだと思う。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 午後の回収先に錬金術工房がある。

 その工房を経営しているのが、ラフレ=レーシアさんという樹聖の民(エルフ)の女性だ。

 彼女は変わり者だ。工房だけは綺麗にしている。だけど作業で出たゴミを、店のゴミ集積場へ出さず、何故か自分の部屋へ溜め込む。

 僕の仕事はゴミ回収であり、色々と問答した結果、彼女の部屋でゴミ回収する取り決めになってしまった。

 マナ廃棄物はちゃんとしてるのに、困ったヒトだ。


「ラフレさん! セイです!! 回収に来ましたよ!!」


 もう昼過ぎなのに、店は閉まっている。だけど、もう慣れた。


「ラフレさん!! 今日はゴミの回収日ですよ!!」


 どんどんと、扉を叩く。

 すると、奥からガタンと何かが転がる音が響き……ガタガタと更に音がして、扉が開いた。


「あやあやー、セイくん。すまないねぇ……おーまたせ!」


 現れたラフレさんは、明るい金髪をボサボサにして、眼鏡を引っ掛けた線の細い美人で、当然耳が尖っている

 だけどこの人、すごい際どい格好で出てきた!

 てか、上に羽織ってるのもだらしなくて、色々みえてしまうぞ!?


「ちょ、なんて格好だよ!? ラフレさん、もっとちゃんと羽織って!」

「ありゃ、ごめんごめん、わたしさー、昨日良いもの出来そうで、変なもん作っちゃって、笑いながら寝落ちしたのね……」

「これでも僕は男だからね!」

「あらー? セイくんてば、欲情した?」

「我慢してるの! でも欲情しちゃうから早く着替えてよ!」


 僕はラフレさんを店に押し込む。

 彼女は一見無防備に見えるのだが実は違う。僕は彼女の逸話を知っていた。

 かつて、幾人もの男性がラフレさんの緩そうな態度に勘違いし、情欲に任せた行動をしてしまう。

 しかしこの作業所並びに彼女の服は、邪な相手に対して要塞の働きをする。彼らは大怪我を負って逃げ出す羽目になった。


 致命傷にならないあたり、手加減もできるらしい。それでも数多あまたの人たちを物理的に撃退してきたことから、近隣でも恐れられている。

 さらに彼女の作る薬品は、時々爆発するらしい。事実はわからない。ただ、部屋の大部分を焦がしていたのをこの目で見た。

 僕も怪我しないよう、十分注意して仕事しなきゃならない。


「おまたせー! セイくん、わたし着替えたよ! ささ、入ってー」

「ラフレさん、もう本当さ、ゴミはゴミ捨て場に出してよ……。わざわざ入んなくて済むからさ!」

「やだよぉ! わたし、セイくんの髪が見たいもん。ねね、みせてー!」


 樹聖の民(エルフ)は感性がおかしいのかもしれない。

 初めて出会った時から、彼女は何故か僕の髪を気に入ってくれた。

 それは、まあ……ちょっと嬉しい。実験動物を見る目でなければね……。


 僕が帽子に手をかけたあたりで彼女は純真な目つきで言葉を重ねる。


「ね、ね、セイくんさ、解剖していい? ちょっとでいいからさ」

「ダメ!」

「けちー」

「解剖される身にもなってよ!」

「わたしさー、君の解剖で世界変えれるかもなんだよ?」

「僕の世界が終わるでしょ!?」

「むむー……そうかなー? でもでもー、人類の歴史に残るんだよ?」

「僕の歴史も尊重してよ」

「うむむー」


 身の危険を感じるとは、こう言う時に使うんだろうな……。


「はぁ……もう回収来んのやめようかな」

「ヤダヤダ! ダメダメ!! じゃ、働くときは帽子とって! それだけでいいから! ね、ね、お願いよー!」

「むー」


 仕方なく、僕は帽子を取る。


「あー、やっぱいいわ! セイくんの髪はカオトロンの尾羽色ねえ!」

「なんだい、それ?」

「わたしの里で飼育してる魔蝶の名前だよ」


 そんなもん飼育してたの? 初耳である。

 ……ちょっと興味があるんだけど、これを聞いてしまうとかなり長いこと講釈されてしまう。

 今日は仕事が押しているのだ。


「……それじゃ部屋案内してくださいな」

「あいあい! 腐海探検いくよー!」

「腐海って……自分の部屋でしょうに」


 そんなやりとりをしつつ工房を通り抜ける。

 さながら迷宮探検よろしく慎重に、彼女の歩いた場所を踏むように歩き、彼女の腐れた私室へと案内してもらう。


 初めての回収の時、その物言いには正気を疑ったが、部屋を見たら納得の汚さだ。

 あちこちに結晶のようなものや、貴重そうなガラス細工が転がっている。なぜ、ベッドに大釜置いてんだ!? どこで寝るの?

 うあ、中の輝く紫っぽい粘体物は見てて不安になるぞ!?

 週一で来てるのに、なんでこんな状態を作れるのだろう?

 これでも結構修羅場を体験してきた僕だけど、ここは毎回足が震える。


「相変わらず……だね」

「もうねー、寝る場が無くなっちゃうのさ」

「今は何を作ってるの?」

「媚薬よぉ、使う? やっすくしとくわ!」

「……なんで、そんなもの作ってるの?」

「依頼があったからに決まってんじゃん! セイくんが使うならさ、大銀貨3枚でいいわよ? そのかわりデータとってね!」

「高っ! いらない!」

「んむー、残念ね」

「てか、僕がつかうの!? データってなにさ!?」

「だってー、噴霧型って個体差大きいのよ。あ、作る時飛び散ったから、ちょろっと影響あるかも?」


 うお……それは……ちょっと!?


「僕に……影響ないよね?」

「出て欲しい?」

「冗談じゃない! 媚薬なんか僕が嗅いだらラフレさんを襲っちゃうかもでしょ!!」

「あら? セイくんたら、こんな芋姉ちゃんが良い?」

「黙った上で、部屋がキレイなら魅力的です! てか、媚薬ってそうなる薬でしょ!?」

「あによー! 男女を素直にするマナ調整と技術の結晶だもん! 誓って健全よ!!」

「どこが!?」

「いろいろと、考えなくて良くなるわ!」


 それって理性を失うってこと!?


「ああ、もう! 僕たちが吸い込んだらどんな影響あるの!?」

「ま、大丈夫! これは馬ちゃんの、しかも雌向けの特別調整版だからね! ヒトへの影響はほとんどなしよ!」

「……」


 僕、おちょくられてんのかな?


「今理性保ってるのが証拠よね! わたし、いい仕事したって自覚あるの!」

「あーもう! さっさと仕事するよ!!」


 確信した。この人とは、あまり真面目に付き合うべきじゃ無い!


「『回収の手』よ」


 僕は部屋で回収の手を出して、ゴミと思しき物の回収作業を始める。


「あー、それいるからだめぇ!」

「……そうかい」

「ダメダメ! セイくん、それダメ!」

「……わかったよ」

「いや! そんな強引に!!」

「…………」


 外野がうるさい。

 しかし以前、いるものといらないものを聞いて回収した時、ゴミ1つにしっかり悩むので、なかなか進まないのだ。

 だから、手につくもの、綺麗じゃ無いものを優先して回収していく。

 本当、マナ廃棄物をちゃんと分けてあるのが信じられない。


「ギャー! それは! あっぶない!」

「……」

「いや! 非道! 鬼! なんで!? 人非人!」

「……」

「いやぁ!! それは、それだけは許して!!」

「ラフレさん、実は楽しんでるでしょ?」

「ばれた?」

「ラフレさんさ、ゴミ屋怒ったら怖いんだよ? ラフレさんの工房全部、生ゴミで埋めようか?」

「やめて!! ごめん!! 本当に反省した!! 慈悲を、慈悲を下さい! あと、データも欲しい」

「……」


 一瞬、本気で『排出』してやろうかとも思ったが、我慢して僕は汚部屋のゴミ回収を行った。

 何度かすがりつかれたが、それらはなるべく取りやすい位置へ置き、ゴミを回収するのだから、手間が掛かる。


 だけど、ラドックから「ラフレさんの要望はできるだけ尊重してくれ」と頼まれているのだ。もしかしたらすごい人なのかもしれない。

 ただ……時々ラフレさんが「研究!」とか言いながら回収の手に飛びついて弾き飛ばされ、なんか面白いことなるのが、本当、もう……怒っていいのか笑っていいのかわからなくて……尊敬できないのだ。


「あーもう! 奇麗にしたきゃ手伝ってよ!!」

「手伝ってるのよぉ!」

「邪魔にしかなってない!!」



――――――――――――――――――――――――――――――

「うう……浄されちゃった……わたしのお部屋……」


 ……もう……いいや。


「じゃあ、ラフレさん、また来週……」

「ありがとね! セイくん! ちゃんと汚しとくから、また来週来てね!」

「……なるべく汚さないで欲しいな」

「むり」


 即答したぞ、このひと!?


「なんで!?」

「仕事場は奇麗にしなきゃじゃん」

「それにしてもだよ!? てか、なんで一番綺麗なところがゴミ置き場になってるのさ!」

「えー、なんかさー、足が向かないのー。変よね?」

「あーもうもう……いいや」

「セイくん、ごめんねー」

「良いよ。僕は次があるから」

「あー、まってまって、セイくん、これあげる!」


 ラフレさんはそう言って、赤い液体がちょっとだけ入ったビンを渡してくれる。


「何これ?」

「火蜥蜴ちゃんの疲労回復薬よ! ただ、ちょーっとえっちな気分にもなるから、使う時は気をつけてね」


 ラフレさんは仕事に対してだけ、評価が高い。まあ腕が悪けりゃ、こんな傍若無人で生きることはできないだろう。


「誰がえっちになるの?」

「火蜥蜴ちゃんよ?」

「キラとカラに得体の知れないものは飲ませれないな」

「んー、でもでも、さっきお話ししたけど、疲れ気味よー? 効果はあるから使ったげて!」

「……話せるの?」

「カタコトならねー」

「2ふたりは、なんて言ってた?」

「『しごと、めっちゃ多い』みたいね? あと『セイくんじゃなきゃ辞めてる』ってさ」

「そか……」


 それは、ちょっと無理させてるかな?

 気を付けなきゃな……。


「つかってね! オヤツの火に一滴燃やすだけなら、えっちは少しでお元気よ! 用量は守ってね!」

「ん……わかった。ありがとうございます。試してみますね」

「あいあい、じゃーまたね!」


 こうして、僕はラフレさんの錬金工房の仕事を終え、次に向かった。


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