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11 魔女子さんは炎魔導を教えたい

「ふう……」


 広域火炎魔導を放った後、魔女子さんは大きく息を吐いた。

 やはり上位魔導は消耗が激しいのか、疲労の色が見える。彼女は顔を上げた。その瞬間にはもう疲れは見えない。炎魔導を放って嬉しいのだろうか? 潤んだ瞳に上気した頬で僕に聞いた。


「ねね、セイ! 前々から気になってたんだけどさ、あたし達の魔導に興味あるよね?」

「え? たち? 魔導師が扱う魔導ってこと? そりゃ、もちろんあるよ」


 僕は『魔導ゴミ屋』で魔導職の端くれである。当然、他の魔導技術への興味は尽きない。特に使い方の良し悪しやその成り立ち、さらに生かし方を考えるのが好きだ。


 例えば彼女が得意とする炎魔導に対してである。

 魔女子さんほど火炎魔導に長けた使い手は、王都でも希少だと思う。神が入る魔導なんて、僕は他に聞いたことがない。

 ただし、強力すぎるので使いどころは考えるべきだ。広い範囲を焼くのだから、冒険者になって迷宮攻略で使えば仲間や自分を危うくする。


 一番輝く場所は戦争だ。

 敵の密集する地形で放つとか、街道を焼いて封鎖するとか、強力な切り札として指揮官の戦略を広げるだろう。

 ただ魔女子さんは人を燃やすのは嫌だと言うし、僕の勝手な想いだけど、彼女には人を(あや)めてほしくない。


 幸いなことに、現在僕たちが住むアルスツェラ王国は近隣諸国と敵対しておらず、国交も(おおむ)ね良好だ。戦争の心配はあまりない。

 そもそも歴史的にも戦争回避であった。建国王アルスの伴侶であった聖女ツェラは、戦争を避ける言動が多く、遺言にも残す。それが今の国法に入り、現国王も戦争回避に努めている。


 王都は今のまま平和であれば良い。

 魔導学校を燃やしかけた魔女が、その罰でゴミ処理場で働く程度の平和……。


 どうも考えが別方向に飛んでしまっている。

 僕は今の思考を止め、魔女子さんの質問に答える。


「魔導師の魔導って、何か専門家って感じで役立つよね? 冒険話が多いけどさ」

「まあね! てかさ、魔導師についてはどれくらい知ってるの?」

「魔導学校の卒業生だけじゃないよね?」

「ええ」

「えっと……」


 僕は知っていることを並べた。

 魔導師でなくても魔導は使えるし、職業特化の魔導だけ扱える人は多い。

 基礎魔導書もあるけど、あれを全て使える人は限られてくると聞く。


 そもそも魔導師と呼ばれる者は、魔導協会という国営組織の試験を受け、認定の証をもらう必要がある。

 その試験は……詳しく知らない。

 確か……基礎魔導全てとそれ以上の魔導、下位魔導や中位魔導を一定数以上使えることだったかな?

 その技能を得るため、誰かに師事しても良いし、魔導書を買って独自研究しても良い。だけど、系統立てて勉強できる魔導学校を卒業した後、試験を受けるのが普通である。


 ただ残念なことに、魔導の総合的な教育機関である魔導学校は極めて少ない。

 この国を例にとっても王都に1つ、4方の公爵領に……たしか東と西に1つずつの狭き門だ。しかも王都における魔導学校の生徒総数は限られ、200人に満たないらしい。


 卒業生が導師に師事する学院の所属となればかなり希少だ。


「……魔女子さんって、実は優秀なの?」

「あら、うふふー! もっと褒めて良いわよ!」

「え? 褒める……いやぁ、でもさ、炎以外も大切にした方が良いんじゃない?」

「むぅ、ファニー先生と同じことを言う……」


 やはり先生にも言われているんだ……。


「まあいいわ。あのね、あたしセイと巫女さんの話聞いてさ、魔導師協会推奨の魔導上達法について思い出したの!」

「え、本当?」

「ええ! それは魔導を教えることよ!」

「へえ?」

「ファニー先生も言ってたわ! 『あたくしが手間暇かけてリ……貴女ちゃんに教えるって、どういう意味があるとおもう~?』」


 急にモノマネをはじめた……知らない人のマネを見せられ、僕はどうすりゃ良いんだ? 魔女子さんは止まらない。


「『それはね~、あたくしのためでもあるのよ~! 貴女におしえることで~、あたくしは魔導理解が深まり~磨かれ~……なによりね、貴女にどやぁって顔ができるの!』って!」


 ……たぶん、ファニー先生もお茶目な人だろうな。


「そ、そうなんだ……」

「そこでセイ! あたし巫女さんの話で閃いた!!」

「何を?」

「君はあたしの炎に興味あるよね!」


 炎の魔導に? あるに決まっている。ていうか、無いっていったら燃やされそう。


「そりゃあれだけの炎だもの、魔導で作り出すだけでもすごいと思う」


 僕の答えに魔女子さんはにやりと笑う。


「うふふー、だからさ、覚えてみない?」


 魔女子さんの急な提案に、僕は呆気に取られた。


「え、本気!?」

「もちろんよ! セイも炎を使ってほしい!!」

「……あの物凄い奴を!?」

「え? あれをいきなり!?」


 僕は少し考える。

 魔導技術は好きだ。覚えることができるなら、どんなものでも挑戦してみたいと思う。

 しかし、あの魔導はそう簡単にはいかないってのは解る。多分、根本的な知識が足りないし、神さまと会わなければならないだろう。というか、習得するための練習場所も心当たりがない。

 そもそも、上位の魔導じゃないか?


「あれは、さすがに無理でしょ?」


 魔女子さんは、少し含みのある笑顔を見せる。


「ふふ、そうね。あたしは教えたいけど、ダメよ。王都で使うにしても場所に制限があるし、先生と学院の許可が要る。下手に教えたらあたしの首が飛ぶわ」

「……だよね」

「でもね、下位魔導の『炎球』なら教えても大丈夫なの!」

「本当!? 僕魔導師じゃないのに!?」

「もちろんよ! セイならこれで人は焼かないでしょ!」

「当たり前だよ」

「ならさ、覚えて! あたしがもっと高みに行くため! そしてセイ()炎の信者よ!」


 ……僕は炎を狂信しないぞ。そもそも王都は燃やしたくない。しかし、『炎球』を教えてくれるってのは本気みたいだ。僕は首をかしげて聞いた。


「ありがたいけど、大丈夫なの?」

「?」

「『炎球』って魔導学校の技術でしょ?」

「まあね!」

「魔導の習得には、対価を求めるって聞いてるよ。魔導書とか高いしさ……」


 僕は魔導書を販売するお店の回収もあり、相場だって知っている。どれも目が飛び出るほど高い。下位の魔導書でも、僕の給金数カ月分が吹っ飛ぶ値段である。


「うふふー……セイは素質があるから問題ないわ」

「……素質?」

「ええ! あたしのマナ運行、見えてたでしょ?」

「……ああ、まあ、ね」

「さっき言ってた魔導師の慣例よ! ね! ね! 教えるからさ、覚えてよ!」

「本当にいいの? てか……僕がマナ運行見えてたの、解ってたんだ」

「えっとね……」


 魔女子さんは、さっき少し触れた魔導師の慣例をより詳しく説明してくれた。

 自分と相性の良い魔導は、術者のマナ運行が見える。

 そして術者の方も、見られているといった感覚を得るようだ。その感覚は、なんとも言えない喜びを伴うらしい。


「そんなこと、あったんだ……」

「はじめて会ったときからね! ま、マナ運行が見えるってことは、わかりあえるってことよ! 素敵ね!」


 僕は『回収の手』でそういった感覚を受けたことはない。だから彼女の感覚を理解できないでいる。それでも新たな技術を得ることは、僕にとって喜びである。逃すわけにいかない。

 僕は頷いてから、彼女を真剣に見つめた。


「じゃあ、お言葉に甘えても良いんだね?」

「もちろん! 炎の同志は多い方が良いわ!」

「いつのまにか、同志になってる……」

「むぅ……じゃあセイ、『炎球』を覚えたいの? 覚えたくないの?」

「覚えたい!」

 

 僕は即答した。


「おし! じゃあ教えたげる!」

「ありがとう。僕、何かお返しするよ……出来る範囲で。何が良い?」

「ふふー、じゃあセイの魔導、あたしに詳しく教えてよ! それと、後で何か頼むかも?」

「そんなんで良いの?」

「当たり前よ!」

「僕の魔導、便利だけどさ、んー、もうちょっとなぁ……ってなるときもあるよ」

「そういうのが欲しいわ! てか、部屋を綺麗にできるだけでもありがたいのよ」

「んー、ゴミを一時的に確保できるだけだからね?」

「へぇ? どういう感じ? 教えて教えて!」

「えっと、僕の魔導『回収の手』はさ、僕がゴミだと思うものを……」


 そして、僕は自分の魔導に関して把握していることを伝えた。



――――――――――――――――――――――――――――――

「なるほどねー、セイの魔導書があれば良いのにな……」

「んーそういうのはな……ギルドにはあるけど、持ち出し禁止なんだ。だけどさ、魔導学校にはあるんじゃない?」


 ゴミ屋ギルドにはゴミ回収用の魔導書がある。それ以外にも清掃魔導の手引書も置いてあった。それらは厳しく管理されていて、別業種の者が読むにはお金がいる。当然持ち出しはできない。

 僕は清掃魔導にも興味はあるんだけど、部門が違うからやはり支払いが発生するのだ。買うより安いといっても少々値が張る。さらに覚えることができない場合もあり、今はちょっと手が出せない。


「いや、あたしはあの手が欲しいんだって!」

「……手に固執するね?」

「まあね」

「炎で手を作るってできるの?」

「あたしの勘だけどさ、頑張ったら大丈夫よ。見てなさいな! ……ってことでセイ、これよ」


 魔女子さんは、左手に赤い皮表紙の魔導書を現した。急に現れるって、これも魔導だろうか? 彼女はその魔導書を開いて指でさす。


「セイ、ここに手を当てて読むのよ!」

「……うん」

「ん……」


 僕はそのページに手を当て、のぞき込んだ。

 その瞬間に、僕のマナとその魔導書のマナが何か響くような感じがある。


 これ、魔女子さんのマナ?

 浮かんだ疑問はすぐに消えた。

 読み進めるだけで、脳裏にたくさんの言葉が映像みたいに流れ込んでくる。

 昔読んだ基礎魔導書とはまるで違う!?

 これは……魔女子さんの気づきや経験が含まれているような……。


 何通りかのマナの動かし方が形となって思い浮かぶ。

 それこそ炎が陽炎と共に立ち上るような映像から球形に代わるまで……。

 特に火のマナを意識して動かす必要がありそうだ。

 ただ、何かが引っ掛かって解らない部分もある。僕に足りないものがあるか?

 しかし、魔導は発動できそうだ。

 そして呪文が思い浮かぶ。


 僕はこの一連の体験は……魔女子さんが努力してきた証の数々に思えた。


「……う」

「どう?」

「……魔女子さん、すごく工夫してきたんだね」

「んぇっ!? まぁ…………うん」


 魔女子さんは小さく頬を染めた。


「えーと……セイ、出来そう?」

「大丈夫だと思う」

「おし、それじゃあ、どんなものか見ておいた方が良いから、実際に見せたげる!」


 魔導は実際の発現を見て、マナの動かし方を習得し、呪文を唱えることで理解を深め、実際に行使となる。僕は彼女を見つめて言う。


「……ありがとう」

「ふふっ。セイ、姿勢を正してみてなさいな」

「……わかった。でも、ここで良いの?」

「ここは焼却場よ! 大丈夫だからみて!」


 言うが早いか、魔女子さんは詠唱を始める。


「立ち昇る焔の種、火神が落としたあくたよ、我が意を得て、顕現せよ!」


 魔女子さんのマナが動く。下腹のマナ中枢から赤いマナが、体を巡り構えた手に行き当たる!


「『炎球』!」


 魔女子さんの手に炎の球が現れた! やはり彼女は、下位魔導なら王樹の葉は必要じゃないんだ。

 炎球は少し浮いた状態でその場にとどまり、炎が作る陽炎を伴う熱を放つ。


「こんな感じ! 触れたら火傷するの。気を付けてね!」

「うん」

「セイ、あたしのマナ運行は見えた?」

「もちろん。魔女子さんのマナ運行はわかりやすいね」


 それから、僕はマナ中枢からめぐる経路に関して、彼女だけに伝わるような言葉にする。


「マナ中枢から、左の側面から脇の下を巡り、炎のマナを回収するような経路を……なるほど」

「ちょ、えと、口に出すのはやめて……」


 魔女子さんは炎球を維持しつつ、止めてきた。ああ、秘密なんだね。


「ああ、悪かったよ」

「でね、セイ?」


 僕の答えに魔女子さんはにやーっと笑う。


「ここからが実験! この『火球』、セイの魔導の手で回収できない?」

「ええっ!?」


 何だ、その、発想は!?

 どういうこと!?

 えと、僕に『炎球』を教えたいんじゃないの!?

 混乱を隠さず、僕は言う。


「何がしたいの!?」

「あのね、今思いついちゃった! あたしねいっつも思ってたの! ……この炎球に限らず、あらゆる炎に対して、ずっと、ずっと抱いていた想いがある!」

「う、うん……」

「炎って、燃えたら消えちゃうのよ!!」

「……そうだね」

「でねでね! あたしは、消えちゃう炎を無くなる瞬間まで、抱きしめてあげたいの!!」

「はあ!? そ、それは、うーん? ……えと、え!?」

「でもさ、炎ってあたしとか、ほかのひとが抱きしめたら火傷(やけど)しちゃうでしょ?」

「まあ、炎だからね……」

「だから、セイの回収の手で抱きしめて欲しいの!! てか! さっき言ってたお返しの奴、今使う! ね! ね! お願い! これ、抱きしめて!!」

「あー…………」


 なんだろ、これ、なんなんだ!?

 えと、魔女子さんの頭って燃やすことで汚染されてるの?

 だからこんな発想になった!?

 あの、えと、炎を、抱きしめる!?

 火傷しないで、抱きしめたい!?

 そのー、僕の『回収の手』が、そんな便利なもんにみえるの?

 てか、いや、そうじゃない。

 魔女子さん……貴女はそれで大丈夫ですか?


 ……ちょっと失礼なことを色々考えたのち、一度あたまを真っ白にした。

 そして、よく考える……。

 考え……さらに考えて…………。

 どうでもよくなった。

 そして、結局は「どうなるのか試してみたい」という興味だけが残る。


 まず僕の『回収の手』は物理攻撃とかは弾くけど、魔導攻撃に対してどうなるかわからない。これはちょうど良い実験じゃないかな?

 さらに炎魔導を抱きしめるって挑戦が、何か起きそうだというよくわからないわくわくもある。

 僕は頷いた。


「わかった。良いよ、やってみよう」


 魔女子さんはにやーっと笑う。


「やった! お願いね!!」


 ……本当に、彼女はいつも楽しそうだな。


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