09 セイはレアに浄化を習う
名残惜しいけど僕はレアと離れる。
少し残念そうな表情のレアは唇を尖らせていう。
「むう……じゃあセイの番。私に何が聞きたい?」
再び手を握ってくる。心を見た方が早いってことだ。
彼女に促され、僕はレアのことを考える。
そういえば僕は彼女のことをほとんど知らない。
知っているのは『聖女』で、田舎から出てきたってことくらいか?
黒髪と『さとり』の力のせいで、他の神職から距離を取られているらしい。神殿での生活は大丈夫だろうか? あーこの辺聞いても答えられないのかな?
あと……そうだ、2人目のお母さんっていってたし、実家はどんな所だろう?
この国で貴族は爵位によって伴侶を多く持てるし、平民でも農民でも税を多く収めた人は伴侶を増やせる。男性でも女性でもだ。
僕が生まれる前に起きた事件で王都の人口が大きく減り、人口を増やしたいと執った政策らしい。
ミランダさんはとてもわかりやすい例であり、彼女が愛人と言った人たちは伴侶として国に認められている。
つまりは、レアの実家は裕福だと思う。どうせなら生まれも聞きたいし、どんな家かも知りたいと思う。
それに神さまと言っていたから、神さまについてもちょっと知りたい。
あとメアリが言っていた巫女については……ダメだよなぁ……。
そうだ、『浄化』を覚えたいって昨日思ったな……前に見せてもらって、ぼんやりとだが見えたマナ運行をマネすることはできた。だけど、発動は出来ていない。
あと……レアは……。
考えをまとめ中の僕に、レアが言った。
「セイ、今日は『浄化』を教える」
「え……?」
「私の話は長くなる。けどね、話してたらお昼の時間になってしまうわ」
「あ、もうそんな時間か?」
「そう」
今日は神殿に着くのが遅れていた。彼女もお昼があるのだろう。
「マナの技術を教えるって対価がいるでしょ? 僕、そんなお金ないよ」
魔導を主としたマナ技術を伝える場合、対価を払うのが普通だ。
基本的に何らかのマナ技術を覚える際に、見て聞いて勝手に覚えるのは許されている。
見ただけを真似しても本質は掴めないし、適正がなければマナ運行も見えない。そもそも呪文は口の中で唱えるから聞こえにくい。
だから僕は誰かが魔導を使う機会に出くわせば、覚えられるかもと観察している。
『魔闘の目付け』は使えない。師匠に「有事以外での使用は許さない」と釘を刺されていた。師匠の許さないは、武技全般を失う羽目になると、殺気を込めての制止である。当然遵守しているのだ。
さて、教える場合は、よりマナ運行と口の中でつぶやく呪文を正確に伝え、マナ運行を同期しつつ呪文の復唱をするのだが……良いのだろうか?
『聖祈』の『浄化』となれば、神殿の専有技術だよね……かなり高額となるはずだ。
教えても良い!? そんなわけがない。レアの立場が悪くなりそうだ……。
「記憶をみせてくれたわ。私にとって、あれはとても価値があるわ」
「いやいや、あんなもの……てか、ばれたらレアの立場が悪くなるんじゃない?」
僕の言葉にレアは小さく首を傾げて言った。
「あのね、セイは適正がある。だから大丈夫なの」
「適性……魔導じゃないけどな?」
「『聖祈』はマナを用いた神さまへの感謝と祈り。誰もがしているけど、マナを用いて届かせることができる人って、実は少ないの」
「そうなんだ……」
「ええ、だからねセイ。あなたの祈りを神さまに届けてほしい」
「……わかった」
そして、レアは僕を見つめる。
「記憶のね、エリナさん……素敵だったわ」
素敵……か、レアから見てもそう映るのかな?
「……うん」
「セルバンテス先生、怖い人」
「……まあ、ね。でも、僕はセルバンテス先生がいたから、助かっているよ」
レアはあまり表情は変わらない。けどちょっとだけ笑ったように見える。
「あのね、大切な記憶を見るって、私には大きな喜びだけど、セイにとっては隠したいこと」
「……」
「だから私、貴方にできるだけのこと、返したい」
彼女は真摯な瞳で僕を見つめた。
僕は緊張する。この、表情は遊びではない!?
真っ向から受け止めねばと思った。
表情をあらため、僕はそれを言葉にする。
「ありがとう、素直に嬉しい。レア、僕に『浄化』を教えてください」
「ええ、教える」
レアも真剣な表情で頷いた。
そして、彼女は言う。
「セイ、手を貸して……」
同時にレアは僕の手を取り、自身の腹部……マナ中枢のある辺りに誘導した。
「あ、え?」
これは魔導や聖祈などマナの扱いを伝達する方法として、一般的なものである。だけど、異性間では勘違いされるなどあり、あまりやらない。
急な接触に僕は戸惑う。しかし、レアは冷静に言った。
「私のマナの動きを感じて。あと、目付け? 使って大丈夫。マナの動きを見逃さないで」
「っ……!? はい!」
彼女の言葉で僕は冷静になる。
これは技術の伝達だ。
真剣に取り組まなくてはならない。こんな機会は二度と無いだろう。
僕は空いた手で王樹の葉を取り出して『魔闘の目付け』を使い、自分のマナをレアのそれに合わせようと努める。
マナを活性化させると、レアと僕のマナ中枢が呼応する。
「汚れよ、邪よ、悪意よ、穢れよ、その本質たちよ。神の慈悲を受け紅い月の涙となれ」
詠唱と同時に、レアのマナはその性質が変わっていく!?
マナ中枢で今まで感じていたマナとはまるで、いや、レアのマナというのは変わりない。だけど、なんというか希薄に……いや、微妙に違う?
言葉にできないけれど、余計なものが減っていくような、魔導とは真逆の感覚。
魔導はマナを活性化し、強い魔導を行使するには濃く練り込み、編むような意識で扱うものだ。
だけど、聖祈は逆なのか!?
同時に、レアの存在も薄くなっていくような感覚がある。
これ……どうするんだ? 方法がわからない。
いや、考えても仕方ない。今は思考が邪魔である。感覚を研ぎ澄ませ。マナの導きは感覚こそが大きな鍵となる。それを僕は経験から知っているのだ。
「汝に捧ぐは我が祈り。汝の力は理の狭間。力を、輝きを! 邪を打ち払うべくその手を振るえ」
マナ運行が始まる。僕はそのマナの動きを注視する。
実はこの『魔闘の目付け』は、使う時間分だけ王樹の葉を激しく消耗するのだ。だから、僕は肩掛け鞄から予備を何枚か取り出しておく。
新たな技能を得るためには惜しむべきでない。
『浄化』は僕に必要で、レアが自分の立場を悪くしてまで伝えようとしてくれている。
会得しなきゃ! すぐには駄目だとしても何か掴まなくては!!
彼女のマナ運行は、マナ中枢から腰の周りを3周、取り巻くように動かしている。
それから元のマナ中枢へ戻り、体の正中を3回通した。マナは希薄に見えるが、存在感はある。
魔闘の目付けでも、見えにくい?
思ったときに、レアの身体全体を取り巻くマナが金銀混じった粒のようになっている。これが『浄化』に至る力か?
そして手のひらに集まる!
レアはその手を天に捧げ、金と銀のマナの粒を撒き、自分のいる場所に向けて神の力を、光を解き放った。
僕たちを取り巻くように漂う幾千の金粒・銀粒。
それらを纏う彼女の表情は変わらない。
だけど、小さく微笑んでいる様に見えた。
そして、レアは導きの言葉を唱える。
「『浄化』」
周りに漂っていた金と銀の粒が、それぞれ輝きを放って周囲に飛び散る!
清浄な輝きは場を清めていく。
僕の服やレアの服が清められていく。
暫くその光景に見とれてしまう。
……やっぱり、レアは聖女だな。
「セイ」
レアから言葉が掛かる。
「あ、うん。ありがとう、試してみる」
僕は今見たままを真似しようとして、止められた。
「待ってセイ。これから仕事でしょ?」
「え、うん」
「消耗してしまうわ」
「あ、そ、そうか……」
「家で試して。明日それを見る」
しかし、僕は首を振る。
「レア、あのさ……技術はすぐにやらなきゃ覚えられない」
「えー、せっかち」
「1回だけだよ。試させて、レアの前で」
「……むぅ。うん」
僕は自分の知らないマナ技術を直に感じ、心が震えていた。
伝えてくれたレアに感謝している。
何でも良いから返したい……教えてくれたレアに報いたいのだ。
教師への恩返しは覚える以外ないだろう。
午後の仕事は、大丈夫。少しくらい無理しても『回収』は出来る。
「王樹の花弁がないから、マナの運行だけでも……」
その言葉で、レアは何かに気が付いたように首を傾げた。
「ん? セイ、もしかしたらだけど、私に触れたら発動、する? かも?」
「そんなこともできるの!?」
「えと……たぶん、出来そう」
レアはめずらしく、あいまいな物言いだ。
だけど、この感じには覚えがある。
この閃きは、『神の祝福』によるものだ。
僕もすごく稀にそれが起こる。
出来るだろうという予感。それは能力の発展のときに起きる。
「……そうか、良いかい?」
「うん」
僕は、レアのマナ運行に習ってマナを動かす。
「汚れよ、邪よ、悪意よ、穢れよ、その本質たちよ。神の慈悲を受け紅い月の涙となれ」
詠唱は覚えていた。ただ、感謝、神さまがぼんやりしていて思い浮かべられない。マナの質だってレアのそれとは大分違う。それからマナ運行も少し、勢いが強いか?
「汝に捧ぐは我が祈り。汝の力は理の狭間。力を、輝きを! 邪を打ち払うべくその手を振るえ」
あ、これ、マナの消耗が激しいな……。
でも! 今、この瞬間にできるだけはしたい。
無理やりに、マナを両手に集めるマナは、できているか?
いや、このマナは、違う。レアのような金銀の粒ではない。
濁った赤みがかった金と、青っぽい何かが混じった銀のマナ粒が現れた。
それらが手に纏まらない。
更にこれは清浄な輝きじゃないな。
だけど、これ、維持しようとするだけでマナがかなり取られる。
マナを薄める? 変質させようとすると、消耗が大きい。
これは……。
「セイ、ここまで」
レアの言葉でマナ運行を中断する。
「……う、失敗」
「聖祈に用いるマナの扱いに慣れてない。当然よ」
「……そう、か」
「出来るときは、自分でわかるわ。仕事終わったら試して」
「ああ、試すよ」
「あと記憶、またみせて。そのたびに教える。大丈夫よ」
レアはちょっとだけ悪戯っぽい言い方をした。
「うん……お願いするよ」
僕は頷いた。そしてレアは手を合わせて言った。
「そうだセイ、マナを分けてあげる」
「え?」
言葉と同時にレアは僕の手を握る。
一瞬でわからないようなマナ運行をした。小さく詠唱したみたいだが、かなり短い。よく聞こえなかった。
「『聖補』」
おお? 彼女のマナが流れ込んでくる。
そのマナは温かくてなんだか心地良い。そのマナが僕の消耗を補ってくれている……この感覚、初めてだ。
「おお、ありがとう! なんか元気になったよ」
「良いの。セイ、また明日ね」
「ここまでしてもらって、悪いなぁ」
浄化を教えてもらうだけでも心苦しいんだがな……。
「良いのよ。私、セイの記憶を見れてすごく嬉しい! いっぱい失敗して!」
「うーん」
レアが冗談めかして言う。僕はつられて苦笑した。
そして、今日はお別れである。
「じゃあまた明日ね」
「うん、また明日!」
そして、互いに手を振りレアは神殿へ戻り、僕は次の仕事へ向かう。
午前のゴミを落とすため、ゴミ処理場へ急がなきゃな。
本年最後の更新ができました。
来年も本作をよろしくお願いいたします!