04 魔導ゴミ屋のセイ、朝一のお仕事
そろそろ日の出、第1刻の鐘がなる。皆が起きてくる時刻だろう。
この時間の道にはほとんど誰もいない。せいぜいがミルク運びの馬車くらいだ。人通りが増える時間は馬車も増える。
市民の集積所回収はこの時間に回らない。早過ぎるとゴミがでてないからね。
だけど店舗を含む道順の場合は別だ。基本的に店舗は各自でゴミ置き場を設けている。前の日からゴミは出ていて、早朝からの回収も可能なのだ。
というか、僕はノルマが他の3倍くらいあるし、今朝さらに増えた。早く出ないと間に合わない。
今日の一番初めの回収先は酒場『アドリーの店』である。
アドリーは通称で本名はアドリアンという。しかし通称で呼ばれることが多く、店もそれに習ったらしい。
昔は傭兵もやる冒険者だったらしいが10年前に大怪我をしてしまい、一命をとりとめたが戦えなくなった。だから引退して酒場を開く。
アドリーさんは丸顔でまん丸髭の優しそうなおじさんなのに、ヒトは見かけに寄らない。
だけど、昔冒険者だったからだろうか? 彼は若くて有望そうな荒っぽい感じのヒトを見かけると、優しく笑っておごる姿を何度か見た。そのとき何とも言えず寂しそうな目が印象に残っている。
何で知ってるかって? 僕がゴミ屋として働く少し前、孤児院が大変なことになり、暫くここで働かせてもらったからだ。
ここでの仕事は孤児院の妹メアリと一緒だったが、小さい僕らがお酒やツマミを配るのを面白がってくれる人が多く、お酒のネタにしてくれた。
ときどき、メアリにへんな事をしそうになる人もいる。だけど問題は起きない。アドリーさんが目敏くフォークを投げ、刺さる場所は紙一重。ただものじゃないって思ったものだ。
そんな思い出をたどりつつ、ようやく着いた。僕は意識を切り替える。
「さあ、仕事だ」
「グア!」
「グウ!」
勝手知ったる何とやらで、裏通り前でキラとカラに止まってもらい、裏口へと走る。
そこには背の低い僕の胸くらいまである、ブリキ製ゴミ缶が6本置いてあった。
普通のゴミ屋であれば荷台に空のゴミ缶を山と積み、交換して、荷台いっぱいになったら処理場へ持って行く。普通のゴミ屋は頻繁に処理場へ向かう事となるだろう。
しかし、僕は魔導が使える。
僕は、合わせた両手をお腹あたりで構えて集中し、下腹にあるマナ中枢からマナを動かす。『神の祝福』持ちの僕は、この魔導に限って『王樹の葉』が要らない。
僕は両手をかざし、発現となる言葉を口にする。
「『回収の手』!」
その瞬間、両手のあいだに小さな揺らめきが起きて空間がゆがむ。
そこからゴミ缶の口よりも倍の大きさがある、表現に困る黒っぽい孔の空いた藍色の両手が現れる。両手を組んだ状態で、だ。
これが、ゴミ回収で働く『回収』の魔導。僕の持つ『神の祝福』の恩恵である。
ゴミを回収する魔導の手を呼びだした僕は、ゴミがいっぱいに詰まったゴミ缶を自力で持ち上げた。汚れ避けの革手袋はしてるけど、なるたけキレイな所を掴む。
それから『回収の手』まで近づくと、藍色の合わさった両手は開き、受け止める体制を取った。
「自分でゴミ回収してくれたら楽なのにな」
軽く愚痴りつつ、僕は『回収の手』の上でゴミ缶をひっくり返し、ゴミをぶちまける。
するとゴミたちを受け止めた両手は、すぐに二つ合わさり、握り込まれて潰され、空いた孔に吸引されて行った。
その作業をつづけ、全てのゴミ缶は空となる。
「あー、奥にこびりついてるなぁ」
僕はゴミ缶の中を確かめ、少しだけ残っているものを見つけて眉を上げる。
このゴミは酒場のものだ。結構油を多く使うようで、ベトベトしているのだろう。あまり嬉しくない臭いも残っている。
僕の心情としてこいつらを残すのはイヤなので、すぐ近くの井戸を借りて中を濯ぎ、汚水までも『回収』した。
ちなみにアドリ―さんは井戸と油落とし粉は使っても良いと言ってくれている。
だからゴミ缶の内部を濯ぐくらいのおまけが出来るのだ。
この作業はあくまでおまけだ。他のゴミ屋と差があり過ぎてもよくないので、こういったのは気心の知れた相手だけにしている。
一連の作業を終えると、僕は回収口に手をかざし、マナの働きを意識して開いた手を握りしめる。それだけで『回収の手』は消えた。
「よっし、おわり」
そして、僕は待たせているキラとカラの馬車へと走る。
「グア!」
「グルア!」
二人とも機嫌よく迎えてくれた。
「さあ、次いくかな!」
僕たちは次の回収先へ向けて出発する。
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次の回収先までに、魔導ゴミ屋の力を考えてみようかな。
魔導ゴミ屋の主たる魔導、名前に差異はあるが『回収』と『排出』の二つである。
『回収』はマナによる魔導的領域を作り、ゴミだけを回収する能力である。
『排出』は魔導的領域へ回収したゴミを、一気に排出する能力である。
どちらも一癖ある。特にこの回収が、「ゴミしか出来ない」ってのがもどかしい。何で神さまはこんな力にしたんだろ?
『回収』における制約は多い。
ゴミかそうでないかの判断は、僕たち魔導ゴミ屋の心が大きい。
たとえば、僕の場合は目に見える生物は回収できないし弾いてしまう。
しかし、生ゴミの中にいるちっちゃい生物は大丈夫だ。
わかりにくいかな?
僕が『気付かないもの』や、『ゴミだと認識している物』なら回収可能。
そうでなければダメ。
それから僕は、死骸の回収が上手く行かず工夫が必要だった。
ちょっと前に少々問題ありなヒトからの依頼で、形のわかる魔物の死骸を回収したことがある。
その場合、『回収』できなくて弾いてしまった。
仕方ないと僕が預かり、ふと思いついて解体したところ、『回収』ができた。正直基準が良く解らない。
ちなみに別の魔導ゴミ屋は、形の残った死骸もあっさり回収していたんだよね。
本当、魔導ってなんなのだろう?
これでも試みはいっぱいしているのだ。
見なきゃ大丈夫なのかと思って目を瞑って『回収』を試したことがある。だが、その場合は召喚した手が握り込んだままとなり、回収不可となるってしまった。
自分の力ながら融通が利かないなぁ。
ちなみに回収されたゴミがどうなっているのかだが、手で握りつぶされたあと、魔導的領域の内部でも圧力が掛けられ、細かく圧縮されているようだ。
これは、『排出』時にバラバラになって出てくるから間違いないだろう。
僕はこの力の便利な使い方を考えているのだ。何かに利用できないかな? ゴミしか回収できないのが悩ましい所だ。
「グア?」
キラが小さく鳴いて僕の様子を伺う。
「ああ、ごめん。ちょっと考えごとしてたのさ」
「グルルゥ」
カラまでが心配してくれる。
「大丈夫だよ、ふたりとも、さ、次がみえてきたよ!」
二頭に声をかけ、僕は次の『回収』先へ急ぐことにした。
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「…………朝焼けだ」
空が茜色にそまっている。綺麗な空だ。1の鐘が鳴り、王都のみんなが動き始める。
それでもガラガラの道を火蜥蜴車が走っていた。
幾つかの回収をおえて、次の回収先へと向かうのだが、それなりに距離がある。
その間は僕の考える時間とであり、それは妄想に近い。操獣は大丈夫だ。キラとカラはとても賢い。僕の手綱に従うし、危ない時は警告してくれる。そして、この時間には他の馬車はほぼない。気楽なものだ。
考え事については、いつも適当なのだけど、たとえば孤児院のことや仕事についてである。
孤児院はこれから物入りなんだよね。
今の収入で大丈夫かな? ちょっと心配である。
特に妹のメアリが『神の祝福』の発現後に行く特殊学校『日月の学び舎』をも卒業し、専修となる魔導学校へ入学した。
そう彼女も『神の祝福』を持ち、『魔導師』を得たのだ。『神の祝福』は国が管理する。そして仕事など制限がかかるかわりに、学費は免除となるのだ。
だけど魔導の教材はこちらにも負担がかかってしまう。特に魔導書を買う時期がもうすぐらしい。それは個人の魔導適正によるため、目が飛び出るような価格の場合があると聞いた。
支払う手段も算段もあるのだが、先立つものは多い方が良いとおもう。
「副業、またするかな? いや、本業をおろそかにできないか」
呟きつつ、本業について考える……。
僕が魔月神殿に抜擢された理由について考えてみようかな。
貴族街・教会・騎士団施設などの公共施設や、貴族がらみのゴミ回収は、職歴が長く功績の大きい者、もしくは僕たち国に管理されている『神の祝福』持ちが担当する。
これにはすごく昔に理由となる事件があった。
昔、侯爵だったかの偉い貴族の家へゴミ処理業者を騙った者が侵入し、暗殺を試みたらしい。
そのせいで王都にある全ての『ゴミ屋ギルド』は大いに叱責を受け、何人か首が飛んだ(物理的に)。
以後そのあたりを見直し、担当者の選別が厳しくなったという。
うちのギルドというか、『魔導ゴミ屋』の『神の祝福』持ちは全体的にも希少っぽいんだよね。
僕はたしかに『神の祝福』持ちだけど駆け出しを卒業した程度の人間だ。
いずれは貴族街の担当をするかもしれないけど、もっと時間がかかるだろう。つまり、今日の道順に入れられた魔月神殿は、ほんとうに突発的な物なのだ。
「グア!」
おっと、考えてたらもうすぐ着くか。
「ありがと、キラ」
「グァウ!」
小さく声を掛けつつも、おまけでもう少しだけ考える。
意外と知られていないけれど、無いと困るのが僕たちゴミ屋は、馬鹿にされることもある。
「ゴミ屋」は僕たちが自分で付けた通称だ。だけど、たまにイラっとする感じでそう呼び、絡んできたり邪魔したりするヒトがいる。
そういう場合、僕らはギルド長ラドックの言葉を借りる。
彼がそのいかつい顔を生かした脅し言葉。
「……お前んち、ゴミで埋めるぞ?」
これを言われ、ぎょっとしなかったヒトを見たことが無い。たまに、僕も使わせてもらう。
「グア?」
「わかってるよカラ。そろそろだね」
次の回収先はすぐそこである。僕は考えを打ち切り、手綱を握り直すのだった。