表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/63

06 セイの記憶3 ――エリナとの日々

 エリナは物腰のやわらかい女性である。だけど少しでも話をしたら印象は変わるだろう。彼女は言動の端々に、何かをやらかすような雰囲気を持っていた。

 とにかく行動が読めない。彼女独自の理論で動いているんようだけど、時々その理論的なものをぶっちぎって事を起こす。


 たとえば、私財で孤児院を建てるなんて、考えられないことだ。

 エリナは『僕を育てたい』という理由で貴族のパパと喧嘩し、全てを失うような選択をさらっと取った。

 止めようとする貴族のパパに、一歩も引かない。

 ついには貴族のパパが折れ、条件を出して人を遣わす。

 条件の一つは教育をセルバンテス先生にさせるといったものだ。僕が彼の眼鏡にかなわなければ、排除するといった条件も加えた。

 それを受け、エリナは大丈夫だと胸を張る。根拠のない信頼が、幼い僕に向けられていた。


 ……そういった人を勝手に信じてしまう部分こそが、彼女の魅力を作ったんじゃないかな?

 そしてその魅力で、『貴族のパパ』を始めとしたヒトたちを、彼女の言葉で言う『たらし込んだ』のだ。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 いつの時かはわからないが、エリナは笑って言った。


「武器はいっぱいあるけどー……1番は気持ちなの! おうちで疲れるパパたちを、ぬくぬくにしてあげなきゃだもんね」

「ふーん?」

「いい男は寂しがりよー? 自分の世界を理解してほしいし、それなのに近づかせないの! おばかさんよね!」

「そう……なんだ」

わたしはね、そういった良い男を転がすの、得意だったわ!」

「転がす……どうやって?」


 エリナはニヤーッと笑った。


「いろいろあるわ! 貴族のパパは詩をほめてくれたけど、(わたし)、詩は頑張ってないんだよねー」

「へえ?」

「頑張ったっていえば、街の出来事はしっかり押さえてたし……あと、パパたちがわたしの何がほしいかを知ってなきゃなんないし、キレイになる秘訣とかも?」

「ふぅん」

「キレイになる秘訣はね、最低限は姐さんに教わるけどさ、結局は自分で発見しなきゃダメなの。てことは、頑張らなきゃでしょ!」

「頑張ったの?」

「んふふー」


 その問いに、エリナは笑うだけだった。

 ただなんとなく、凄く頑張ったように思う。

 だけど、それをまるで感じさせない。


「それはまたこんどね! ねえ、セイ! ……お話したげるね!」

「うん!」


 エリナは読書好きだった。僕に多くの物語を彼女自身がお話として語ってくれた。


「セイ、大陸の真ん中にね、すごいおっきな木があるのよ」

「おっきな木?」

「そうよ! 広ーい壁みたいな、キラキラしてる山よりも高い木!」

「へえ? 壁? 見てみたいなぁ」

「王樹といってね! もう凄いんだから!」


 それから、エリナは嬉々として王樹と神話を語る。

 しかし、彼女の独特な解釈が混じっていた。


「でね、日の神様は絶倫でね! 毎日毎日求めるのよ! 魔月の女神様は大変だわね!」

「絶倫? 求める?」

「あー、まだ詳しく知らなくて良いわよ。でもさ、魔月の神さまも凄いの! 産むわ産むわ365の子たち! 賑やかでしょうねぇ!」

「いっぱい産んだんだね」

「そ、でもね、魔月の女神様はやり手ね!」

「へえ?」

「日の神様とも仲良しなのに、月の女神様とも仲良しでさ! なんと、5人の神様を産ませたの」

「ふーん? んー? 産ませた?」


 エリナはにやーっと笑う。


「セイにはまだ早いかな?」

「??」

「魔月の女神さまは、悪女ねぇ」

「悪女って悪い人なの?」

「どうかしら? わたしも悪女だもの」

「エリナが? なんで??」

「セイはさ、わたしをどう思う?」

「エリナ好き」

「えへへー」


 なぜか照れるエリナ。


わたしはいちお、貴族のパパのだからね……」

「?」


 エリナは小さく笑う。そして、少し寂しそうな表情を浮かべた。


「あのね、セイ。あなたはいつか、誰かを好きなるわ。それはね、普通の好きじゃないかんじの、強く求めて無茶苦茶にしちゃうような好きよ」

「え……? う、ん?」

「その子はね、とってもいい女なの! セイでもきっと、手が届かないくらい」

「遠くにいるの?」

「あーかもかも? だから、出会ったら逃しちゃダメよ? 手を伸ばし続けなさい。誰よりも先に捕まえるの! 良い?」

「……うん」


 意味は解らないまま頷いた。

 そんな僕を見てエリナは話を変える。


「あー、そうそう、神様のお話はね、続きがあって……」

「うんうん」


 それから、神話を聞いた。

 だけど、その前のやり取りのほうが胸に残った。

 エリナは僕を自分で育てるつもりだったらしい。彼女が知っていることを惜しみなく話してくれた。

 彼女の詩は恥ずかしがって教えてくれなかったけど、僕が字を読めるとわかったら、とても嬉しそうに笑って本を薦めた。「男の武器にもなるわよー」と言って、貸本屋から見繕ってきた。


 今でも大好きな物語『魔女子の冒険』は流行り物だったらしい。

 それから様々な分野の本を持ってくる。『魔導の初歩教本』に『神話』、『詩集』、『哲学』、『騎士物語』、『世界冒険紀行』など……。

 僕は全て書き写した。『魔女子の冒険』は面白いし、エリナが一緒に読んでくれたから、特別好きになっている。


「これがいいわよ! 『魔女子の冒険』! ドラゴンとか出てくるし、世界の冒険、迷宮の話もあるの!」

「へえ?」

「読んであげるね!」


 そう言って僕を膝に乗せて一緒に読む。

 僕はその光景が目に浮かぶようだった。

 それくらいその物語は面白く、魅力的である。エリナの朗読が巧みだったからかもしれない。


「ね! エリナ! ドラゴンっているの!?」

「いるわよ! なかなか会えないけどね!」

「どこにいるの?」

「あら、会ってみたいの?」

「んー、僕、ドラゴンと話してみたい!」

「あら、話すの?」

「うん! だってさ、僕、戦って勝てる?」

「無理ねー」

 

 エリナは苦笑をうかべる。


「だからさ……まず話してみたいな」

「……変わってるわねぇ」

「魔女子の冒険では話してたもん!」

「あー、まーその、うん。そうねー」

「あと僕さ、世界を見てみたい!」

「良いわねぇ、もうちょいおっきくなったらねー」

「ねえ、エリナ! 一緒に行こうよ」

「んえ? あー、そうねぇ? セイがとびきりいい男になったら、行こうかしら?」

「いい男ってどうすればなれるの?」

「悪女に転がされて楽しめば、いい男よ!」

「へ? え? 転がされるの? で、楽しむ?」

「そう! すっごく辛くて、悲しいかもしれない。けど、負けないでね!!」


 今思い出しても無茶苦茶だ。だけど、当時の僕はそのまま受け取り、どんなことも頑張ろうと思った。


「えと? え? あー、うん。負けない」

「貴族のパパもねー、(わたし)みたいな悪女に騙されてさ、お金と権力いーっぱい使ったけどね、平気な顔してるの!」

「それがいい男? お金稼げば良いの?」

「それだけじゃダメよ。なんていうのかしら? 絶対負けないひとになるの!」

「負けない? うん、なる」


 エリナはにやーっと笑う。


「あとは、そうねぇ……身だしなみとか色々あるけど、そのへんは習ってるんでしょ?」

「うん」

「セイはさ、まず女の子を好きになりなさい。君はきっと、悪女にたぶらかされるから!」

「え、そうなの?」

「もちろんよ! いい男はね、かわいいだけの子は物足りないわ! あなたが惚れちゃう子は間違いなく悪い女よ!」

「……よくわかんない」

「でしょうね」


 笑うエリナに僕は眉を曲げた。だけど、ちょっとだけ理解できたと思う。僕はエリナみたいな、わけのわからない人が好きだ。


「ならさ、僕はエリナに転がされるよ!」

「あら、わたしに?」

「さっき、自分を悪女っていってたよね? エリナが転がして!」

「あははー、わたしが転がすかー、それはとっても高いわよ? 今のセイじゃ払えないかもね?」

「えー……」

「でもまー、悪女が惚れちゃう秘伝を、特別に教えちゃおうかな?」

「うん!」


 そこから、彼女の持論を展開する。

 何度も聞いた。

 もうこれでもかというくらい、何度も僕に伝える言葉だ。


「いい? 自分の仕事を本気でやって、そんで……素敵な恋をしなさい。ね!」

「んー? んんー? お仕事? 恋?」

「お仕事は男を磨くわ! 恋は、まあその時になったらわかるわ!」

 

 僕は首を捻る。その姿を見て、エリナは嬉しそうにしていた。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

 ……ある日、エリナがいつもと違う感じで、僕の瞳を見つめる。

 なんとなく雰囲気が違う。彼女は僕に聞いた。


「セイはさ……」

「うん」

「冒険……するのね?」

「え……?」

「世界を旅して、冒険する人、冒険者たちと一緒……」


 僕は目を輝かせた。


「え、冒険するの? すごいね! 僕、世界中のいろんなものを見たい!!」

「……マナを扱って戦うんだわ」

「え? ええ?」

「……うん、きっとそう」


 エリナが真剣な顔で僕を見ている。なんだか、確信を持っているような表情だ。


「あの、あのね、セイ……」

「ん?」

「たとえ魔物でも、無意味に殺してほしくない」

「……」


 彼女はどうしたのだろうか? エリナはその髪と同じ色をした紫水晶の瞳で僕を見つめてくる。僕はその不思議な炎が揺らいでいるような瞳に、吸い込まれるような気がして、何も言えない。

 僕を見ているんだけど、何か違う物を見ているような気がした


わたしに、戦士のお客もいた。すごく嫌なときがある」

「え?」

「殺しを楽しんでいる人、嫌だった。顔も見たくないと思ってしまったの」

「……?」

「そう、人も、魔物も、楽しみで命を奪う戦士は……。星が翳ってしまうわ」

「なに、星?」

「そう、星」


 意味が解らない。だけど、大切な気がして僕は彼女の視線を外さないように頑張る。

 重くて逃げ出したいような圧があるのだ。だけど、それは逃げるような気がする。逃げたら彼女は僕から興味を失うだろう。


「セイ、貴方にはその星を翳らせてほしくないわ」

「僕にもあるの?」

「……ええ」

「じゃあ、僕は……」


 何も殺さないと言おうとした。だけど、エリナの言葉が被さる。


「あのね、相手が襲ってきたり、食べるためであったり、……依頼だったりで、貴方にとって意味があるなら、命を奪わなくてはいけない」

「……」

わたしだって命を食べるもの、殺さないのは無理」

「……うん」

「それにわたしはね、手は出してないけど、何人か、生きていけなくなったヒトがいる。ちゃんと覚えてるし、罵倒されたこともあるわ。でも、仕事と割り切ってる」

「えと……」


 僕にはなぜこんなことを言うのかわからない。だけど、ずっと心に残っている。


「だからね、線を引いて。自分のために」


 僕はずっと彼女の瞳から目を離さずに見つめていた。そして、頷く。

 単に「殺さない」といった返しでは駄目な気がした。だから、考え、答える。


「……僕、誓うよ。楽しみで、殺さない。それと、なるべく、殺さない」


 それを聞いて、エリナは小さく笑ってくれた。このとき、僕はなぜだか胸の辺りに炎が灯ったように思う。そして、彼女は続ける。


「セイ……お願いよ。出来るだけ、人や動物に優しくして……そしたら、貴方の星はもっと輝く」


 僕は、エリナの言葉を胸に刻み込む。


「わかった」


 答えたらエリナは笑い、急にいつもの彼女に戻った。


「ふふ……優しさの無い男はつまんないからね!」


 この日より……僕は彼女の言葉が持つ意味を考え、ずっと胸に残ってている。



―――――――――――――――――――――――――――――― 

「……人や動物に優しくして」


 レアの言葉に僕はぎょっとなって意識が戻る。


「ああ、うん……エリナが言っていた」

「あのね、私も、2人目の母さんが言っていた」

「え?」

「うちは、家畜を世話してお金稼いでたの」

「ああ……」

「肉になってもらうから……感謝して優しくするの……」


 ……レアの言葉に響いて、さらに別の記憶の珠が浮き上がった。


「……あ」


 その言葉で思い出したのだろう。これは……セルバンテス先生との記憶だ。


「これ……見て良い?」

「ああ、良いよ」


 レアの言葉に僕は答える。


「ありがとう」


 小さく微笑み、レアはその光珠に触れる。

 そして僕は、はじめて動物を殺した時の記憶を、思い出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ