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02 ミランダ商会の女傑

 ゴミ屋ギルドに出勤すると今日もラドックと顔を合わせた。さすがはギルド長である。誰よりも早くきてるんだな……これでも僕は尊敬している。

 ラドックはギルド管理の仕事があり、どうしても遅くなるのだ。帰宅は遅く、朝は僕らと同じくらいか……。

 ()()奥さんに怒られないか心配になってしまう。実は彼のつるつる頭は奥さんの怒りが原因だ。17回約束を破ったときに、魔導師を呼んで生えないようにしたらしい。

 次はどうなるか? 職員たちが賭けていたのを僕は知っている。

 まあ心配しても仕方ないか……。僕は元気よく挨拶した。


「おはようございます! ラドックは今日も早いね」


 今の時間は砕けた態度でも大丈夫である。ラドックもそっちの方が良いと言ってくれたので遠慮はしない。


「おお、セイか? おはようさん! 今日も元気か?」

「まあね! あ、でも僕、昨日は衛兵……マティスさんの手伝いしたからさ、ちょっとイマイチ……かも?」

「なに、またかよ!? あぶねぇマネするな!」

「仕方ないよ、先生に捕まったんだもん」

「あー……あの雰囲気あるヒトか?」

「そそ。ねえ、今日は何か変わったことある? モルガンのことは何かわかった?」


 実際、昨日の相手(ゾイド)は強かったし、アレンがいなきゃ危なかった。もちろんそれは言わない。


「モルガンの方は調べてる最中だ。しばらく掛かるだろう……。ただ、どうも貴族街が騒がしい」

「そか……」


 そういえば昨日の闘いで、魔麦角(マナ・ばっかく)という変な薬が出回っているってことだ。その関係かな?


「変な薬が出回ってるの関係ある?」

「ん? ……何かあったか?」


 僕は昨日のことをかいつまんで説明する。


「……なるほど、貧民窟(スラム)の奴が相手で、しかも薬だったのか?」

「うん」

「お前はその件に関わるな。深入りすると家族を無くすぞ」


 ラドックは眼光鋭く僕を見つめて言った。思わず僕は気圧される。


「……ああ、解ったよ」


 僕の答えを聞き、ラドックは軽く息を吐いた。


「で、被害はミランダ商会だったって?」

「そうだね、支店がやられてた。片付けが大変そうだったよ」

「……うちの仕事になるかな?」


 ゴミ屋ギルドの仕事には街を巡る道順ルート仕事の他に、家の引っ越しや解体などで出る大量のゴミを回収する個別仕事がある。

 ギルド的には個別仕事の方が大きな儲けになるらしいんだけど、この辺りは僕に回ってこない。僕の担当件数が多いってのもあるんだが、依頼料が『回収魔導担当の人が処理場を何回往復するか』となっていて、回収能力の低い人を派遣して儲ける。急ぐ場合は複数人派遣させ、利益を上乗せする方式だ。

 ゴミ屋はしっかり稼ぐんだなぁ……。

 僕は息を吐き、さらに会話を続ける。

 

「それでね、今日の回収先にミランダ商会があるんだ。ミランダさんに会えたら聞いてみようか?」

「おお、頼む! 案件取れたらでかいな!」

「ただ被害にあってるからさ、あまりしつこくは言わないよ?」

「そうだな……」


 ラドックは少し考え、ニヤッと笑った。


「うん、セイの申し出を受けるなら、代金1割引きで良いと伝えとくれ」

「え、良いのかい?」

「元が大きいし、ミランダ商会とはいい関係を築きたい」

「そか、わかった」


 軽く話をして、僕は魔獣厩舎へ向かおうとするが、ラドックは呼び止める。


「そうだセイ、近いうちに新人がモノになりそうだ」

「へえ、辞めなかったの?」

「まあな! お前さんの負担、ちょっと減るかもしれん。前に返上してもらった分の休み、まとめて出せそうだぞ」

「おお、期待して良いの?」

「まあ先の話だ。今日は頼むぜ」

「楽しみにしてる! じゃあ行ってきます!」

「おう!」


 手を上げて、僕は魔獣厩舎へと急ぐ。

 魔獣厩舎はちょっと離れているが、走ればすぐだ。

 僕の足音で2頭(ふたり)が顔を上げた。


「キラ、カラおはよう!」

「グア!」

「グルル!」


 相変わらず2頭(ふたり)は僕が行くと喜んでくれた。


「今日の機嫌はどう?」

「グア?」

「グルゥ」


 カラの方が頭を押し付けてくる。けっこう力が強く、気を抜くと僕もよろけてしまうのだけど、彼女たちの愛情表現らしい。カラは頭をこすりつけてすぐ離れて、すまし顔を見せた。

 キラはいつもわかりやすいけど、カラはちょっと難しい性格だ。突拍子もないことをしでかす。

 僕は火蜥蜴車を軽くチェックし、二人を手早くつなぐと今日の仕事はじめと号令をかけた。


「よーし、じゃあ行こうか!」

「グア!!」

「グルルルゥ!」



――――――――――――――――――――――――――――――

 朝の回収先にミランダ商会の本店がある。

 創始者の名前を冠するミランダ商会は、本店は中央区にあり、日用雑貨や食材はもちろん、魔道具や魔薬(ポーション)なども置いている。

 王都には他に3軒の店舗があり、他領や他国に支店を持つ大きな商会だ。


 もともとミランダさんがご主人と2人で経営していたのだが、そのご主人を亡くして前の商会は借金で消える。突然の別れと挫折でミランダさんは自暴自棄になった。

 荒んでいた時期の彼女は煙草と博打と愛人に手を出し、すべてを上手くこなした上に、その経験で得た人脈で商会を立ち上げる。

 さらには博打で得た資金で投資しつつ、王樹や近隣の大きな仕入れ先を作るなど、独自の販売戦略が全て当たり、あっというまに大きくなった。今では王都で指折りの女傑と言われている。

 異性関係もすさまじく、彼女は日替りで愛人を囲い、6人の子を産んでいる。たしか……上の子は僕と同じくらいかな?


 このミランダ商会、朝早い時間に寄るのだけど、ゴミの量が多い。神殿も増えたし、大物が続くのは少し考え物だと思う。道順ルートを変えるべきかな?

 というか、昨日の支店での乱闘騒ぎもある。忙しいだろうか?

 考えているうちに大きな店舗前に着いた。当然ながら裏口に行くのだけど、鍵が掛かっていて、うちへ合鍵を預けている。

 僕は蜥蜴車を所定の位置に停め、ゴミ集積所へ向かった。


「おはようございます!」

「……あー、セイかい? おはよ」


 運が良いことにミランダさんがいる。彼女は気怠けだるそうにキセルを咥えて手を振ってくれた。

 彼女も早起きである。経営者としてはとても珍しいことに、ゴミ出し当番に自分を含めていた。

 そのためだろうか? ミランダ商会のゴミ出しは凄く綺麗だ。

 その綺麗さとは、ゴミ缶が種類毎に何が入っているか銘記され、しかもそれらが取りやすいように整然と並べられている。量はやっぱり多いのだけど、多くの集積所を見てきた僕も、目を丸くしたほどの散らかっていない。ひどい所になると足の踏み場がない店もあるのに、大店舗でこれは凄いと感心する。


「いつも綺麗にしてくれて、ありがとうございます!」


 思わず礼が口から出た。

 これは僕個人の意見だが、ミランダさんがゴミ出しにも気を使える人だから、商会は発展したのだと思っている。

 というか、僕も知人が買い物を迷ったとき「あそこはゴミ出しにも気を遣っているから、いい商品かも?」なんて薦めてしまうのだ。

 もしかしたら、ごく微細ではあるけど、売り上げに貢献しているかもしれない。


「セイ……相変わらず元気だね。あーそうそう、昨日はありがとう」


 いつもは身綺麗なミランダさんだが、今朝は薄着でちょっと目のやり場に困る恰好だった。さらに独特の艶っぽい雰囲気で、こちらを変な気持ちにさせる。

 僕は彼女に小さく頭を下げ、相手を見すぎないようにした。


「大変でしたね」

「そそ、後始末が面倒なの。でもセイが捕まえてくれたって聞いてるよ?」

「そりゃ衛兵の手伝いだし……それに先生もいたよ」

「へえ? いい男? 会ってみたいわね」

「言って無かった?」

「無いわ。ちょっと遊んでみたい……」


 僕はちょっと想像して、すぐ打ち消す。師匠と知人がそういうのって、あんまり想像したくないや。


「あの……それで大変な所、申し訳ないですが、あっちの店舗の片付け、頼んでます?」

「……いや、昨日のことだからね。もう少ししたら出向くわ、それ見てからよ」

「うちのギルド長が、片付けを任せてくれるなら値引きするって言ってました」

「ほう? どれくらい」

「1割です」

「そう? お得だね……」


 ミランダさんはキセルを顎にやって小さく考える。そして言った。


「じゃあお願いするわ。あとで人をやるから、よろしくね」

「ありがとうございます! 僕から聞いたって言ってくださいね。てか壊れて大変なのに、こういう話すみません」

「ふふ……セイのそう言う所かわいいね。今夜遊ばない?」


 ミランダさんは少し低めの色っぽい声で、いつものように冗談を飛ばす。


「いや、やめときますよ」

「あら? つれないねぇ……」


 あまり残念じゃなさそうだ。『僕お子さんと歳近いよ?』そんな言葉は飲み込む。


「所でさセイよ、あんたは景気良いのかい?」


 ミランダさんが聞いてきた。やっぱいちいち艶っぽいんだよな。


「変わりないですよ」

「孤児院の連中はどう?」

「みんな元気ですね」

「そうかい? じゃあ、お前さん……何か欲しいものあるかい?」

「……?」

「昨日の礼だよ。困っているならあげてもいいけど……困ってないなら買ってきな。安くするわ」


 ミランダさんは商売人だが情も深く、それが高じて人が集まり、財産を築いたと聞く。欲があるのかないのかわかりにくいが、本当に困っている人には嫌味にならない範囲で助けてくれる。


『めぐんでもらうってのは、金以外のものを差し出すもんさ。交換なら良いけどさ、一方的に貰いたがるのはやめときな』


 彼女の言葉だ。なんとなく、印象に残っている。


「ありがとうございます。僕はいいです。それより、ゴミ屋ギルドの使いで王樹の葉を買いにくるとき、値引きしてもくれた方がありがたいかな?」

「良いよ。じゃあ、セイが買いにくるなら1割引だ。ただし、枚数の上限は決めるよ?」


 それでもかなり大きな金額となるだろう。内心、驚きながら礼を言った。


「ありがとうございます」


 ミランダさんはタバコを取り出しキセルにつめる。無造作に『灯火』を使って軽く燻らす。


 ……キセルはタバコをつめて火をつけ、煙を吸ってなんか落ち着くらしい器具だが、彼女のそれは特注品である。なんと素材が『王樹の枝』なのだ!

 王樹の枝は、お金では買えないと聞く。入手のためには王樹まで赴き、そこで何らかの手続きを踏み、しかも抽選に当たらなくてはならない。


 王樹の枝の効果として、王樹の葉や花弁が無くても魔導や聖祈が使えるようになるし、回数制限や消費期限は無いに等しい。魔導師たちはそれを渇望していると聞く。

 つまりミランダさんは王樹で選ばれた人なのだ! ……だが、彼女はその貴重な素材をキセルに加工する。そして言った言葉が「お高くとまった魔導師連中がさぁ、真っ青になるのが笑えるね」であった。


「ふぅ……」


 吐き出した煙はマナを含んでいる。それは輪の形を取った。それから少しけだるげに笑う。


「朝も早よからタバコが美味いぜ。セイも吸うかい?」

「僕、煙草は苦手」

「おやおや、ぼうやだね? 人生の半分くらい損してるんだよ?」


 本当、ミランダさんの煙草好きは堂に入っているよなぁ。でも煙にマナを混ぜるの、なんか意味があるのだろうか?

 少しだけ疑問に思う。だけど彼女は悪戯好きな女性だ。昔、3人目のご主人を彼女独自の悪戯に巻き込んで、ひどい目に合わせた話も聞いたことがある。

 まあ独自の価値観を持った人だというのは間違いないな……。


「ねぇミランダさん、ゴミはもうないかな? 回収して良い?」

「あー、良いよ。全部やっちゃって」


 了解を得て、僕は『回収の手』を使う。


「いつ見ても、変な魔導だねぇ」


 僕が呼び出した藍色の手をまじまじと見つめている。


「そう?」

「何で手なんだい?」

「何でって、感覚だよ。変?」

「まあ、ギルドの中でもおかしいって言われない? 普通は穴だわ」

「ふーん? でも他の人も、穴にそれぞれ違いがあって……んー」


 ちょっといい淀み、僕は声を落として言った。


「夢、の影響かな?」

「……なら仕方ないわね。夢はマナに最も関わりがあるってさ」


 会話しつつも僕はゴミ回収を始める。ミランダさんは何が面白いのか、僕の仕事を眺めていた。


「しっかし、なかなか力あるねぇ」

「仕事柄ねー」

「最近さぁ、力強くてかわいい若い子が良いんじゃないかと思ってるのよ」

「へぇ?」


 彼女の表情は見ない。僕はなるべく流すように答える。もちろん回収しながらだ。


「セイは好み。ねぇ、遊ぼうよ」

「今日の相方にいったげなよ」

「あー、あいつダメよ。金持って逃げたわ。いま追っかけてるの」

「げ、命知らずだなぁ」

「愛した男の命はとらないわ」


 ミランダさんはにやーっと笑った。


「……その方が怖く聞こえる」


 冗談めかしてるけど、これ冗談じゃ無さそう。笑っているようにみえるけど、素直な怒りが含まれている。


「だからね、今夜は一人寝になっちゃうの」

「たまには良いじゃん」

「セイ、あんた代わりにどう?」


 間違いなく冗談だ。

 彼女が男を口説くとき、代わりにどう? なんて言葉は使わない。自分で言っていたのだから、間違いない。


「僕、代わりっての嫌だな」

「本当……つれないねぇ」


 微笑をうかべていたミランダさんはケラケラ笑う。

 そしてタバコを吸った。吐き出した煙は、三日月のような形だった。その三日月の煙が僕に纏わり付く。なぜかその色は灰に薄いピンク色のマナが混じっている。この煙、まとわりつかれてなぜかドキドキしてきた。


「ミランダさん、悪戯も過ぎると勘違いするよ」

「あら? 男と女は勘違いが始まりよ?」


 もう僕は気にしないことにし、速やかに作業を続け、全部を回収できた。


「おし、終わり! じゃあミランダさん、僕は行くよ」

「あい、ありがとう。あ、ちょっと待っててよ?」


 そういって奥へ入り、何か包みをもって出てくる。


「これ食べな」


 言葉と同時に、その包みを渡してくれた。

 それは少し離れた所にあるお菓子屋さんの包みである。値段が高くめったに買うことができない物だ。

 ちなみに、メアリは甘いものがすごく好きである。今から喜ぶ顔が思い浮かぶな。


「おー!? ありがとう! 遠慮なくもらっちゃうよ?」

「うん、じゃあまたね」


 ミランダさんはゆらゆらと手を振ってくれる。僕は感謝しつつ手を振って応え、ミランダ商会を離れた。


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