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01 始まりの記憶

 眼が覚めた。今日はいつもより遅いような気がするなぁ……。


 寝起きなのに昨日の疲労が残っている。マナ中枢におりのような違和感がこびりついているようだ。どうにもマナの動きが悪い。体にも同じだけの重だるさがある。

 昨日の戦闘が原因かもしれないな……。

 あとアレンの冴えわたる剣技を見て、焦った稽古も良くないのだろうな。


「これ、マナのあれが早くきそうだよな」


 試しにマナを動かしてみる。やはりいつもより鈍い。何かが混じって進まない水路のような、何か違うような感覚……。これの放置はまずい。僕たちのような魔導の使い手は自分を止められないほどの、強い欲求が現れてしまう。

 魔導の使い手たちが『マナのあれ』と呼ぶ反動。欲求の現れは三大欲求や攻撃衝動の高まりなど、個人差が大きい。これの解消は、僕の場合人の手を借りる必要がある。


「……休みに予定が増えちゃうな」


 僕は頭を掻きつつも、朝食を用意しようと起き上がった。

 窓の外は分厚い雲に覆われている。こんな日は、あまり良くない感情が湧きあがってくるものだ。

 ついでに嫌な記憶がいくつも浮かび上がってきてしまう。自分がダメで、役立たずで……消えてしまいたくなるような記憶や、どうにもならなかった理不尽な記憶などだ。


「……あまり見せたくないな」


 今日はレアと会うだろうか?

 昨日出会った『さとり』の聖女レアは、僕の中で強い印象となっていた。あの時の自分でも良く解らない心の動きには戸惑っている。

 なんていうか、好みの女の子を見つけたとかじゃない、本当……表現に困るな。出会ったという感覚があるのだが……それ以上が浮かばない。

 彼女は僕にとって何になるのだろうな?

 彼女にとって何ができるだろう?


 彼女を思うと、記憶が蘇ってきた。


「……あー」


 始まりの記憶。別れと出会い。

 それは僕が捨てられ、拾われた日のものである。




――――――――――――――――――――――――――――――

 凍えるような雪の降る夜。

 寒い以外ない。

 頬に突き刺すような冷気。

 僕はそのせいで目を覚ました。

 小さな僕を抱えた女性がいる。


 揺れているのだろうか?

 言葉が飛び飛びに入ってきたように思う。

 のぞき込んでくる彼女の言葉の意味は分かった。

 それは直感的なものだろう。


「あんたが……でなければ……」


 顔はわからない。

 どんな人なのだろう?

 たぶん、()()が僕の母親だ。

 何故か謝りながら僕を置く。

 捨てられたのだと、今はわかる。


 離れていく。

 小走りに遠ざかっていく。

 振り返りもしなかった。


 僕は……そうだ手をかざしたんじゃないかな?

 小さな手が、記憶に残っている。

 ちらつく雪を掴んだのか?

 違うな……()()の背に手を向けたのだ。

 行かないで! と思っている。


 僕はちょっと普通な赤子ではなかった。

 この時に、僕はいつもの夢を見る。

 それが初めての夢だ。

 この夢に以後何度も助けられ、何度も苦しめられる。


 ―― 世界を綺麗にするために、世界と共に生命を終えた者。

 ―― 毒殺された間抜けな研究者。

 ―― 幼馴染を笑わせたい、後悔を残した者。


 全部、僕自身の体験として見ていた。

 ふと……別の何かに見られているような感じがある。

 今の自分はあの三人の中で、誰かの意識が強くあった。


 おそらくだけど、研究者だろう。

 僕は周りを観察しようと首を動かした。

 だけど、身体をうまく動くことができない。

 自分の出来ることがあまりにも少ないと気が付く。

 冷気が強い。今更ながらここが厳しい世界だと感覚で解った。


 ここはどこだ?

 僕に何ができる?

 頭を働かせなきゃならない。

 体を動かさなきゃ。


 焦燥感だけがつのっていく。

 自分の手足がまともに動かない。

 新たに風が吹いてゾッとするような寒さを感じ、夢で自分が毒を飲んだ時に感じた、苦しさと同時に喪失感がじわじわと登ってくる。


 夢がもたらす最後の恐怖が同時に閃いた。

 星が落ちてくるときの身体を引き裂かれる衝撃。

 血を吐いた僕に驚き、後輩の悲鳴が聞こえた気がした。

 あの人を残して逝ったときの後悔が蘇る。


 それは明確な死の予感であった。


 僕の脳裏に幼馴染の顔が浮ぶ。

 自分の死によって、悲しませてしまったあのひと……。

 2度とあんな顔をさせないと心に決めたばかりなのに!

 僕は強く叫んだ。


「ああああああああ!!!」


 叫んだつもりである。

 それは泣き声のように響いたらしい。

 その叫びは、誰かに伝わったのだろうか?

 こんな寒い夜の中に、誰かいるのか……。


「……? …………!」


 声が聞こえた。ただ、何を言っているか解らない。だから、僕はさらに叫ぶ!!


「うああああああああ!!」

「………! …………!!」


 近づいてきたのは、赤いドレスをまとった女性であった。

 少し後ろに洒落しゃれた姿の男性もいる。


「―――――?」

「――――……」

「―――――!!」


 赤いドレスの女性が微笑んで僕に近寄って抱き上げた。


 僕は彼女の顔を見て、心臓が跳ね上がる。

 夢のヒトが持っていた意識が、強く現れ出た。


 そう、僕の墓前で佇む、幼馴染そっくりな女性である。

 髪の色は違う。紫色になっているのだが、間違いなく彼女だ。

 僕は彼女に手を伸ばす!

 僕は生きて、あの女性ヒトに会えた!?

 感動、嬉しさ、良く解らない感情が噴き出し、子供の力ですがりつく。


 女性……エリナは僕を見て笑う。

 とても楽しそうに、いたずらっぽく浮かべた笑顔のまま。僕に言った。

 その言葉……今なら理解できる。何度も言ってくれた言葉だ。


「あら? あなたの黒髪、とても綺麗ね!」


 これが、最初の言葉である。



――――――――――――――――――――――――――――――

「……あー」


 小さく唇を噛む。こういう時、なんて顔すればいいんだろうか?

 こんなに鮮明な記憶が残っているのは、変だと思う。


「……そうだ、朝ごはん作らなきゃ」


 ふと気が付いた。今朝は少し遅く起きたのだ。慌てて、起き上がる。そして急いで台所へ向かった。

 そのおかげで、あまり落ち込まなくて済む。


「えっと、卵はあったっけ? あ、買い置きが残り少ないか……」


 呟きつつ、食材を確認する。マナキャベツは僕とルネが食べただけで、けっこう残っている。それから、昨日僕が買ってきたシャミ鳥の串焼きが残っているな?

 んー、硬くなっている……。

 そうそう大公ジャガは結構買ってあったはずだ。それにメアリが友達から一角牛のバターを貰ってきたって言ってたっけ?


 一角牛ってすごい過去には二本ツノだったらしい。僕は素材屋の親方から聞いた知識を思い出す。

 今農家で飼われている牛は、額にある一本の赤いツノが特徴だ。だけど、凄い昔の牛は二本の黒ツノが一般的だったらしい。

 ある時代からなぜか一本ツノが生まれるようになり、名前が一角牛になった。そして、二本ツノの牛は魔物化したという。

 なんというか、そっちの方は尾っぽとツノが太く育ち、マナを含んだ攻撃用のトゲを飛ばす危ない魔物らしい。そもの凶暴性が発達して、ヒトの手に負えなくなってしまい、群れで逃げた。西の方にある迷宮にもいるんじゃなかったかな?


「なんで変わったんだろ……」


 呟いても答えはない。大人しい方の一角牛も怒ると危ないらしいけど、ミルクを出してくれるし。うまく付き合っていくべきだろうな。

 そうそう、ミルクはルネが好きで飲んでくれるから結構買っていたはずだ。僕は飲み過ぎるとお腹が下るからあまり飲めない。好きなんだけどね。


「よし!」


 僕は献立を決めた。単純にパンに調理食材を挟んだものにしよう。

 マナキャベツは煮炊きすると溜め込んだマナが逃げ、苦みが薄くなる。ちょっともったいないから、よく食べる僕とルネの分は生で刻んでサラダにした。酢と油と塩をつかって味を調える。あとの残りは炒めて塩と胡椒で味を調えた。

 大公ジャガは昨日作ったのと同じマッシュして塩と酢を足した味付けにすると黒パンに挟んでも食べやすい。

 シャミ鳥は味がしっかりついてるけど、硬いままだとエリナが残すし、そもそも屋台の串焼きは一日経つと独特の臭みが出てくる。だからミルクを温めて、ミルク煮にしようかな? 煮詰めると臭みが消えるし肉も柔らかくなる。

 ルネ用に少しミルクを分けて、パン粥でも作ろうかな?

 黒パンが硬いから、そのままだと彼女は残してしまう。昨日はメアリがシチューで柔らかくして食べさせていたのだ。


「よし、こんなもんか」


 一応の完成。黒パンにマナキャベツの炒め物と大公ジャガのポテトサラダ、シャミ鳥のミルク煮を挟んだもの。それからルネ用にパン粥だ。

 

「んー、まあうん、おいしい」


 軽く味を見る。

 実は僕、孤児院では料理があまり上手とは言えない。メアリの方がいろいろ工夫して作ってくれるし応用も効く。レジスなんかは感覚が鋭くて、簡単な料理なのにおいしいものが出てくる。

 2人とも僕の味付けも悪くは無いと言ってくれる。だけど、2人に比べると劣っていると解るのだ。

 でもでも、肉を切る場合は僕が断然上手いよ。

 これでも僕は、冒険者の魔物素材屋で働いていた経験があるのだ。結構な種類の肉や魚を切り分ることができたりする。


「ルネやエリナは食べてくれるかな?」


 そんなことを考えつつ、自分用の調理パンを二つと刻んだ生キャベツ、一本ツノ牛のミルクを並べる。


「今日の糧を得る神のご加護に感謝を捧げます。……いただきます」


 簡単にお祈りをして朝食を食べ始る。

 体感としては遅めだけど、外はいまだに暗い。これから一日の仕事が始まろうとしていた。


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