32 【閑話】 幸せを撒く者
注)今回は悪意が主題となっています。
作中には残酷な表現も含まれているため、苦手な方はご注意ください。
*2024/0312 タイトルやルビなど微修正しています。
この世界でもとても稀なことではあるが、出生時に魔石を握って産まれてくる赤子がいる。
その魔石は魔血石と呼ばれていた。
この魔血石を握って生まれた者は体内マナが莫大で、さらに魔導適性が非常に高くなる。
なぜこのようなことが起きるかは解明されていない。
一説には、胎児が成長中に自らの血を核にし、強大なマナを圧縮して封じたのではないかと考えられている。
歴史的な魔導の使い手の逸話にも出てくるため、神々からの寵愛をうけた証だと信じられていた。
ジェダはその魔血石を握って生まれた。
両親は貴族でその逸話は当然知っている。初めは喜んでいたのだが、その石を見て皆が一様に眉をひそめた。
その石が含むマナと色合いに、禍々しさを感じたのである。
彼が握っていた魔血石は、血を連想させる鮮明な紅を基調に、新月の夜よりも深く、見るものを不安にさせる幾つかの色が混ざった漆黒が絡み合い、さらにどこか悍ましく感じるねじくれた黄金の線が入っていた。
その色彩は古い伝承では『呪王が穢した血の紅』とされているのだが、それを知るものは少ない。
ただ見たものを不安にさせてしまう魔石である。しかし、同じだけの魅力がその魔石にはあった。ある者は遠ざけようと思い、ある者は強く惹かれ求めるほどに魅了されるだろう。
彼の両親は不安の方が強く働き、占星術の導師を呼んでその石ごと占った。
結果は『凶兆』である。両親は眉を顰めた。
さらに、その占星術の導師はジェダが国を揺るがす大悪を侵すのではないかと続ける。
両親はそれを恐れた。しかし、彼は待望された第一子である。占いだけで彼を廃すことなどできない。
しかし両親はジェダを遠ざける。また、従者たちもその占い結果を深刻に受け止めて対峙した。
ジェダは生まれながらにして、愛を受けずに育つこととなる。
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ジェダが初めて人を殺したのは、4歳の時である。
その日、子供たちは河原へ行き、石投げ合戦をしていた。
この地方の河原には軽石が多く落ちている。二つの集団で分かれ、相手陣営の体へぶつけ合う遊びであった。
ジェダは貴族の子息のため、離れて見ていたのだが従者の子供たちが楽しく投げ合っている。
じつはこの石投げ遊びは集団戦の修練にもなるのだ。ただし、軽石であっても勢いの強いものが頭に当たれば怪我をする。
興奮して大喧嘩となることもあったのだが、勝つと楽しく、負けると悔しい。皆は白熱していた。
その遊びで、仲の良い従者の子が暴投してしまう。それは勢いよく飛んでジェダの額に当たってしまった。
結果、ジェダの額に傷ができ、血が流れる。
ただし、この遊びでは日常茶飯事であって、その子はケラケラと笑っていた。
ジェダは驚き、怒り、血を拭った手で軽石を強く握る。
その瞬間、ジェダの脳裏に言葉が浮かんだ。彼は躊躇うことなくそれを唱えた。
「堕ちていく月たちを食む毒虫の牙、朝日を閉ざす紫の血煙、魂を暗く染め仇人を穿て」
自らのマナが昏い色に染まるのがわかる。ジェダにとってその色はとても落ち着く色であった。血が付いた軽石が、赤黒くまだらに染まって、黄金のマナが一筋入る。
「『呪魔の鋲』」
彼は魔導……いや、呪詛を使って投げ返した!
石は異常な軌跡を描きつつ、赤黒いマナを発して飛び、仲の良かった子の眉間へと吸い込まれ、頭部を穿つ!
そして……石は頭蓋の中で、爆ぜた!!
頭が吹き飛ぶ凄惨な光景。
悲鳴が上がる。
泣き声、恐怖、動揺、さまざまな感情がないまぜの声。
阿鼻叫喚の中で……頭を失った子が、とてもゆっくり倒れる。
ジェダは急いで駆け寄った。
そして、見た。
河原に飛び散った血と脳漿と体液の広がり……。
悲鳴の鳴り響く中で、河原には柔らかな陽光が差し、河原を染めた子どもだったものが混じった川が、キラキラと輝いていた。
倒れた頭の無い子の身体が、小さく痙攣する。
ジェダはその光景を見て、心が昂っていた。
過剰なまでに感動が湧き上がり、涙が溢れて零れ落ちる。
その打ち震える心のままに、遺体を抱く。
瞬間に起きた凄まじき光景。死がもたらした美の尊さよ!!
それを作る事が出来た感動と喜びで、顔をぐしゃぐしゃにして称える。
「きみは、素晴らしいね!」
この感動は、彼の原点となった。
ジェダは、死亡した少年は幸福に包まれて逝ったのだと確信している。
そして今、自分が使った呪詛という力が、相手を幸福と至上の美へと導く最上の物だということも素晴らしい発見だった。
ジェダは福音ともいえる出来事に歓喜しつつ、涙をこぼし続ける。
幸いと言うべきだろうか?
その呟きは他の子供たちには伝わらなかった。
ジェダの涙は、自らの行いを悔いているようにも写ったのだろう。
事件の後、彼が貴族の嫡子であり、自分の力の暴走を悔いている姿が見られたこと。さらに被害者が従者の子であったため、その殺人はマナの暴走が起こした悲劇として処理された。
しかし、彼の両親は占星術のこともあり、ジェダは両親からより疎まれるようになる。
さらに弟が生まれたこともあり、彼は家で孤立した。両親はジェダを廃嫡するつもりで動いていた。
――――――――――――――――――――――――――――――
ジェダは『神の祝福』の判定を受けていない。
ちょうどその時期、貴族である彼の家……父が治める領地が滅んだからである。
原因はジェダにあった。
ジェダは初めて命を奪ったときより、幸福な人たちが増えれば良いと考えを巡らせている。
そのころから、彼はよく夢を見るようになった。
それは誰かの記憶だと思える。
ジェダはそれを素直に受け取り、自らを育てていった。
そして、その記憶を試したいと思ったのである。
彼は呪詛が幸福をもたらす力だということを知っている。
ならば呪詛は世界に撒くべきだと思っているのだ。
特に両親も従者たちも、自分に対してうすら寒い笑顔しか向けてこない。おそらく幸福ではないのだろう。
ジェダはそれが可哀そうだと思っている。ならば自分が培った力を用いて、心の底から微笑むことができるようにしなければ……。
あの時に作り上げた美の再現こそが、人々を幸せに導くだろう!
そこで、実験のため領地に存在する小さな迷宮へ目を付けた。
小規模な迷宮なうえに探索されつくし、安全だとされている。
そこを瘴気で汚染させた。
瘴気とは生物の苦痛と憎しみで堕としめたマナであり、呪詛を編むためには必須となる。
ジェダは使命感を持って実験した。父母や近しい人たちの笑顔を得るために……。
もし彼の実験が実を結べば、彼が愛していた家族も領地も呪詛で満ちるのだ。
幼いジェダは迷宮をみたいと駄々をこねる。仕方なく従者と冒険者の護衛を伴い迷宮へと入った。
迷宮で、彼はマナの澱みがある場所を見つけてしまう。それは、高位の魔導師でなければ見つけられないほどの、小さな違和感である。
おそらくは魔物が狩場にしている場所であり、怨嗟のマナが溜まりやすい場所であった。
彼は破顔した。夢の記憶にあった穢れと同じである。夢の内容をなぞり作った黒く染まった特殊な王樹の葉を用いて、マナ溜まりへ呪詛の種を打ち込む。彼は容易にそれをやってのけたのだが、通常の魔導師であれば昏倒するほど強大なマナを平然と操り、それを成した。
ジェダが撃ち込んだ呪詛の種は、マナの穢れを増幅させる。穢れは急速に膨れ上がり、その影響で魔物が攻撃的となった。さらに、マナが瘴気へと堕ちる!
魔物がその瘴気を喰えば狂暴性が増すだろう。
最後に、持ってきた宝石袋を故意に落とす。
宝石の総額は、平民が1年は食べていけるだけの価値があった。
帰宅後、従者たちへとそれを伝える。お小遣いとして持って言った筈の袋だが、実は宝石袋だったと伝えた。
1人の従者はジュダに諦めるよう促して、こっそりと宝石袋の回収へ向う。そして最初の犠牲者となった。
ほどなくして、領主の息子が迷宮に宝石袋を落としたという噂が領地内に広まる。
つられた領民が、何人も犠牲になった。噂に惹かれて迷宮へ入り、そこで強力な魔物に襲われてしまう。
何度か続くと冒険者が乗り出してくる。しかし、すでに手遅れだった。
領民を犠牲にして作った瘴気、それは犠牲者の怨嗟と苦痛と驚愕を取り込んで変質したマナである。瘴気を吸った魔物はその力を飛躍的に増加させた。
さらにジェダが植えた呪詛の種が、強力な魔物同士を狂わせ、食い合わせ、凶悪な魔物への進化を加速させる。
結果、冒険者が派遣された頃には、魔物の1体が突然変異を起こしていた。体内に禍々しい魔石を作ったのだ。魔石は『魔蝕石』と呼ばれている。
それは体内外のマナを侵蝕し、瘴気に変えてしまう石だ。在るだけで本体や場の生物たちへ瘴気を撒きちらす。つまり魔物はより凶悪な存在となり、人は瘴気を受けて動きを制限されてしまう。
さらに石を抱えた魔物は『魔蝕生物』と呼ばれる存在へと転じた。
魔蝕生物は巨体であり、鎮圧に騎士団の派遣が必要となるほどに、強大な力と人を欺く賢しさを持ち、扱うマナも悍ましく、魔導に対しても強い耐性を持つ。
また魔蝕石の影響で、飢えと渇きが続いており、生物の血液に溶け込んだマナを貪りたがる。そのため多くのマナを含む人間を好んで襲い、苦痛と恐怖で穢れたマナを喰う。
そう……ジェダが作った魔蝕生物は派遣された冒険者たちを食い殺し、更なる餌を求めて迷宮を飛び出し、領地の民を襲撃した。
魔蝕生物はジェダを喰いたがっていたのだが、呪詛の種が従属契約に変化していたらしい。魂が縛られ、それはできない。
代わりに犠牲となったのはジェダに似ていた父母と弟、さらには多くの領民だった。
最後に王都の騎士団が派遣され、災害級の被害を出しつつも騎士団の勝利によって決着がつく。
騒動が終ったとき、ジェダの領地はその象徴を失い、領民の大多数が食い尽くされたため領地は滅びた……。
ジェダは生き残ったが、全てを失ってしまったと……何も知らない騎士たちは同情する。
だが、ジェダは自分が愛した者たちの無残な最期と、滅びゆく土地の光景をしっかり見て、歓喜し、克明に記憶しつつ……彼が愛していた者たちの喪失はあったらしく、哀惜の表情を浮かべて笑った。
「父さん、母さん、弟よ、領民たちよ……ありがとう。ボクは皆に幸福を与えることが出来て良かった! みんな! みんな!! 素晴らしい輝きだったよ!!!」
彼にとって呪詛はあくまで幸福の力である。
土地が滅びる一瞬こそが、輝かしくて美しい世界の正しい姿であった。
ジェダは、死と怨嗟と怨念が、世界を鮮やかに彩る宝玉にみえている。
そう、呪詛を受けて最期を迎えることこそが、至上の救世だと結論を得たのだ。
本来、呪詛はありとあらゆるものを踏みにじり、汚し、堕とし、憎ませて、壊す儀式を用いて、対象を不幸にする、使い手が希少な悍ましい魔の導きである。
その天凜をもったジェダは、自分の中に蠢く強大な力で、この世界を幸福で満たし導くべきだという想いを強く持ち、人生を掛けた使命としていた。
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その後しばらくの間、ジェダは王都の魔導学院に入る。
魔導適性が高すぎた彼は、滅んだ領地の生き残りとして保護され、魔導学校の寮に入った。その卓越した魔導の適性により異常な速さで院まで進み、ある導師に師事する。
呪詛の使い手は引き合うのかもしれない。その導師は呪詛の対策を長年務めている。
しかしそれは表の顔で、真の姿は過去に王都へ災厄をもたらしつつ、隠蔽にも成功した邪悪な魔導師であった。
ジェダはその導師から魔導の手引きを受け、彼の力は洗練される。さらに感覚で扱っていた呪詛の術理も知った。
彼は綿に垂らした水をあっという間に吸収するがごとく、師の知識を吸い上げて、さらに邪悪な才質は共鳴して磨かれていく……。
ある時ジェダは魔道具の作成を身につけた。それは呪具となり、さらなる可能性を彼に抱かせる。
都合の良いことに、ジェダはある貴族の婦人から依頼を受けた。
ジェダは依頼者と対面している。
彼女の表情は冷たく硬いものだった。
しかし、内面には魂を震わせるほどの、激しい怒りがある。
言葉は震えて刻まれる。
対象はある女性についてだった。
王都は人口増加に取り組んでいる。とにかく人手が要った。貴族はもちろん、平民でも富裕層は配偶者を複数もつことや、妾を囲うことも許されている。
そのしわ寄せか、依頼主は夫の情婦に怨嗟を向けた。彼女は相手を毒婦と呼ぶ。
毒婦は詩才が豊かであった。
夫も詩を愛する傾向がある。特に毒婦が作った詩は、彼の感性に響いたらしい。ときおり毒婦が作ったらしい詩を諳んじ、ため息を吐くほどに賞賛している。
毒婦の美貌も伝わってきた。
もともとは高級娼婦だったらしい。その美貌は二つの月に照らされた、星屑を集めて纏ったようなものだと、夫を始め複数の男性たちが恍惚な表情を見せていた。
毒婦は人に安らぎを与えると言った。
彼女の調査で、その毒婦は常に明るく人が寄り付き、人に優しく、多くの人が彼女の前で気を張らなくても良いような、安らぎの空気を作ると言う。多くの人が近くにいて、彼女に癒されていた。
許すことができないのは、毒婦を得た夫が見違えるほどに変わったという賞賛である。
夫は毒婦を得てから他者への当たりが柔らかくなり、気付きと気遣いが洗練されたらしい。
会う貴族のほとんどが、その変化と素晴らしさを耳に入れる。
始めは聞き流していた。その程度、彼女の心に刺さる小さな棘である。しかし、その数がとても多い!
何度も何度も彼が変わったと耳に入る。それは小さな傷であっても、同じ場所を何度も抉られるのと同じである。その傷は熱を持ち、常に痛みが加えられ、激痛となってしまう。
だって……自分との婚姻で、夫はまるで変わらなかったじゃないか!!
自分だって!
感動の薄い夫を何とか愛そうと、さまざまな努力を続けていた!
身を飾ればよいのかと、巧緻な宝石と化粧品を調べ、流行りを取り入れ美貌を磨いている!!
それに夫は、王都の行政管理の役目があり、非常に忙しい身だ。
彼の仕事を煩わせぬよう、他の貴族との付き合いはなるべく自分が引き受けて、評判を維持するように努めてきたのに!!
いつか、夫には自分を見てほしかった。
自分に癒されてほしかった。
自分だけを見つめる時間を作ってほしかった。
愛してほしかった……。
それでも、まわりの人たちから、貴族とはそういう存在だと諭されて……一時期は受け入れる。
しかし! 決定的だったのは、毒婦に赤子が出来て、自分のことのように喜ぶ夫の笑顔だ!!
自分がお腹を痛めて産んだ子には、一瞥しか与えなかったじゃないか!!
なぜ、あんな毒婦との子は喜ぶ!
もし、仮に、夫がその子への相続までも考えているなら、悍ましいことこの上ない!!
ジェダは彼女が感情と共に見せた澱んだマナに興味を持つ。思いが瘴気へ変わる新たな方法を見つけたのだ。
その澱んだマナは幸福への扉だと思い、彼は破顔し協力を申し出た。
ジェダの呪詛に必要なものは、心を動かす物語である。
話の終わりに婦人が求めたもの、それは複雑な感情を混ぜ合わせた、異臭を放つ泥のような呪いの言葉だった。
『あの人を誑かした毒婦から、あの人たちが褒める知性と美貌を奪い取り! 長く苦しめたうえで殺したい!!』
それは、ジェダの目から鱗が落ちるほどの、言葉である。
彼にはそういった発想はなかった。彼にとって呪詛は、悍ましいマナの奔流で相手を絡め捕り、そのうえで捩じり潰す。いわば瞬間に発生する至高の美だと思っている。
だが彼女が求めている物は、相手を長々と責め続け、貶め続けることで、最上へと至る呪詛のようだ……。
そう、滅びこそが呪詛の完成だと思っていたジェダであったが、彼女の言葉に新鮮な閃きを得る。
彼は破顔して引き受けた。
「いいね! ボクもまだまだだったよ!! そんな発想初めてだ! それ、とても幸せそうだね!!」
そして、彼は提案する。
夫が称えた詩の才能、いわゆる知性を削り、記憶を縛る呪詛。
並びに、彼女の美貌を徐々に曇らせていく呪詛。
人との触れ合いを好むのであれば、触れればマナを喰い痛みが走るような呪詛。
毒婦が大切にしてきたもの全てを、台無しにしてしまう呪詛。
幾つかの呪詛を複合させたものだった。
しかし、彼の強大な力をそのまま用いれば、簡単に絶命してしまうかもしれない。
長々と苦しみながら本人と周りに痛みを抱え、最期を迎える遅効性の魔毒を編むという、今まで考えもしなかった呪詛の形。
彼はとても楽しそうに取り組んだ。
しかし、この開発は困難だったらしい。巧緻にして繊細なマナの扱いは、ジェダにとっても試練となる。しかし彼はあきらめない。自分は呪詛を撒く者であり、そのためには寝る間を惜しんで工夫を続け、編み上げた。
そして……1つのネックレスが完成する。
核となる澱んだ紅い宝玉を包み込んだ漆黒と黄金の枝を捻じり、絡みあわせたデザインのものだ。
これを身につけると紅い宝玉が心臓に食い込み、マナ中枢を侵し、記憶を縛ったのち、徐々に美貌を奪いつつ、徐々に弱っていく工夫。巧緻な魔導の粋がここにある。
それは彼にとって思い入れ深い呪詛となった。
ただし、ジェダはその呪詛が発現する場面を見ることはなかった。彼の師が呪詛の研究に着手していたことを暴かれ、捕らわれてしまったのである。
運が良かったのか、導師数名と騎士団が来る前に、機敏なジェダは国から出奔していた。
――――――――――――――――――――――――――――――
いまジェダは、数年ぶりに王都へ戻ってきている。
彼はある迷宮の前に立ち、魔導書を現した。
それは銀の枝が捻じれあい、中央にくぼみのある表紙の魔導書だった。
「『禁呪よあるべき姿を取り戻せ』」
呪文と同時に、首に下げた自分が生まれたときに握っていた魔血石を、魔導書のくぼみにはめ込む。
すると魔導書は、禍々しい魔血石を中心に、黄金色の枝と漆黒色の枝が複雑に絡み合い、悍ましいマナを称えた禁呪書へと変わる。
逃亡の中で、彼は1つの偉大なる儀式を知った。
その儀式のためには、多くの犠牲が必要である。
さらに多くの素材が必要である。
精緻な魔方陣を描ける協力者もいる。
なにより、彼の手にある禁呪書の完成がいる。
そして儀式には、聖女と魔女の命を捧げることが必須であった。
彼はその儀式の準備のため、王都へ戻ってきたのである。
「この迷宮はどうかな?」
ジェダは『試練迷宮』と書かれた、王都の冒険者たちが冒険者資格を得るための迷宮を使い、実験を考えている。
それは悍ましいものになるだろう。
「いい子が育ってほしいな!」
ジェダは、とても楽しそうに笑っていた。
【おまけ】
ジェダの恩師は、初めは呪詛に深い怒りを持ち、根絶の研究をしていました。
しかし、ある事件をきっかけに呪詛の研究にのめり込んでいきます。
ちなみに彼を告発し、捕縛に動いた魔導師たちの中にファニー先生も含まれていました。
彼女は呪詛に特別な感情を抱いているのでしょう。