31 【閑話】 ちょっと昔の魔女子と導師
セイに魔女子と名乗った少女、『魔女』のリリアは緊張していた。
この日彼女は入学の挨拶をすることとなっている。
彼女は魔導学校の講堂、すべての視線が集まる壇上に立っていた。
そこで自分は、人から注目を浴びるということが、とても苦手だったと気付いてしまう。
もう震えが止まらない。足がふわふわする。
自分が自分じゃなくなっているような違和感があった。
この状態をやりすごすため、リリアは自分の大好きな小説を思い出す。
物語の中で自分と同じ名前の魔女子は、失敗も成功もあるのだが、いつも胸を張っている。
彼女は、大きな困難を克服しつつ世界の謎を解明するのだ。
――― こんな緊張でオタオタしていたら、本物の魔女子に追いつけない!
リリアは中央に立つ。そして虚勢を張った。
「あ、あああ、あ、あた、あた、あたし、はリリア。そ、そそそそ、尊敬する、ま、魔女と同じ名前……」
自分ではうまくやったつもりなのに……どうも口が従ってくれない。
一斉に視線が集まる!
無機質なたくさんの目が、自分を向いていた。
見られている。どこまでも大量に、興味を持たれているのだろうか?
変な汗が背中を流れていく……自分が自分じゃないみたいだ。
――― どうしよう?
何を言えばいい?
あー、覚えてたのに
挨拶の紙は……
取り出そうとして、なにかに引っかかっておちた。
「ちょっ!?」
拾いに行くという発想すら浮かばず、ただおたおたするしかない。
――― 紙が、ああ、紙!!
どうしよ!
あれが無いと!!
紙!
こちらをみている生徒たちと、魔導師の上位称号である『導師』と呼ばれる指導者たち。なにやらざわざわしだした。言葉の出ないリリアを心配しているように感じる。
心臓が自分でも聞こえるかと思うくらいに動悸を打つ。
「紙……あ!?」
その時、閃く。
彼女は幼少時に、火神と契約しているのだ。
リリアは神と会うまでに、幼いながら常にマナの扱いを工夫してきた。
毎日毎日、炎を見て憧れを募らせ……。
暖炉で揺れる炎、知人がみせた炎の魔導、小説の中に出てきた大きな炎。
そして、昔見た脳裏に焼き付く激しい炎。
あれらを魔導で現そうと頑張ってきたのである。
彼女は王樹の葉をいくつもつぶし、毎日毎日『火のマナ』を導く。
ある日、彼女は『紅炎山』という火山へ登る機会があった。
そして火神と出会う。その存在は炎柱から現れ出でる。
神との出会いは、鮮明に覚えている。
彼女が出会った神は、不可思議だった。
神は言葉を持たない。 在るのは意志のみ。
神は姿を持たない。 容姿は多様。自らを求める者に合わせる。
神はその瞳を開かない。 見る必要がなく、全てを知覚する。
神はその場に居ない。 しかし、すべての近くに存在する。
そのとき、リリアは『火』とは、どんなものであるべきかを問いかけた。
おそらく、火神は微笑んでくれたのだと思う。
そして、輝く紙片が渡された。
さらには『契約』したという実感があり、魂に刻まれた言葉が感覚として残っている。
そう『神の紙片』……それは彼女の内に在った。
しかし、今までそれを現すことができずにいる。
今、なぜか、それが現わせると確信があった。
「『火神の詔』よ」
小さく呟く。それは、左手に現れた。輝く紙片は火神から授かった力の欠片。
大いなる神炎を扱うための鍵。
彼女がそれを手にした瞬間、火神の意志を得て、姿を想像し、見られていることがわかり、すぐ近くに在ると感じた。
その意思を受け、リリアはそれに同期する。
ようやく胸を張れそうだ。
それはさっきの虚勢ではなく、堂々とした姿である。
――― 燃やせ
全てを
焼いた跡には命が宿る
燃やせ
道を閉ざす困難を
立ちふさがる悪意を
焼き尽くせば、道は開く
燃やせ
あらゆる存在を、浄も不浄も全ては灰へ
灰の内より次代が興る
燃やせ
燃やせ
焼き尽くせ
すべては灰に帰すべきだ
――― そうだ……すべて燃やせば解決するんだ!!
リリアは自分の内部に、強大なマナの胎動を感じた。
ふわふわした意識の中で、マナ中枢が莫大なマナの奔流を意識する。
さらに頭の中に響く意志に従って、強力なマナを運行させた!
「……ぅ!」
だが……神の意志の代行するには、彼女の器は未熟過ぎた。
自分でも思ってもいないような、マナの奔流は制御できない!?
意識が一瞬薄くなる。それを気力で持ち直した。
手に現した紙片が激しく瞬き、脳裏に映像が現れる。
それを言葉に出していく。自分では止められない。
「大いなる、焔……炎柱、炎塊、燃やせ……膨れ、立ち昇ぼる……契約、下賜を……灰に……」
リリアのマナが大きく膨れ上がった!
講堂に集まった者たちが騒ぎ出す!!
熱を含むマナが、彼女を中心に鳴動している!
この魔導は、講堂を焼き尽くすだけでは済まない!?
そんな混乱を気にもせず、リリアは右手をかざした。
そこに高貴ともいえるような、白炎が現れた。
その炎の種類を理解してしまった導師たちの何名かが蒼白になる。
「やめなさい!」
「リリアさん!?」
言葉と熱で、リリアは意識を取り戻す。
「え? ああ!? ちょ! 止められない!? みんな逃げて!!」
「あああああ!! 今止めたら余計に危ない!!」
魔導にはいくつも禁忌がある。
その初歩が『魔導の行使を無理やり止める』だ。
導いたマナは方向性を持っている。解放を躊躇する行為は、魔導の行使者を中心に、マナの暴走が起きてしまう!!
リリアはとっさに、人の居ない虚空へ手を向けた!
だが、解き放つのをためらっている!
彼女は炎に執着しているが、人や無害な生物は傷つけたくないのだ!!
「あららー、魔導書を得る前に、神と契約しちゃったのねー?」
その言葉は、導師の席でうつらうつらしていたピンク髪の小柄な女性だった。彼女はのんびりとした態度のまま、息を吐く。
しかし、彼女の右手には紫と金の金属製にみえる魔導書があった。
開いた魔導書に王樹の葉を3枚のせ、流れるように魔導を行使する。
「お嬢さん、大丈夫だからやっちゃいなさーい」
その言葉とほぼ同時に、リリアは魔導を発現させた!
「『神炎よ姿を現せ』」
リリアの手から現出した大いなる炎が!
強烈な勢いで弾けようと膨らんでいく!!
このまま講堂を焼き尽くしてしまう! 多くのものがそう思った。
しかし、ピンク髪の導師がとても静かなマナ行使で、魔導を発現させている。
「『神砂の防壁よ破壊を包め』」
その瞬間! 導師の周りに輝く砂と、水の球体が現れ、捻じれるように絡まって飛ぶ!
一瞬後に、捻じれた砂と水は巨大な壁となる!!
そして、水を含んだ黄砂の壁は、神炎が広がるよりも速くに動き、炎を包み込む!!
そして、水砂の壁は意志を持つように蠢き、リリアの炎に合わせて形を変え、炎の力をうばって行き……リリアが放った神炎は、すべて神砂に取り込まれ、消えた。
リリアの魔導の暴走は、被害なく終わったのだ。
その結末を見て、騒然としていた皆は胸をなでおろし息を吐く中で、ピンク髪の導師はいつのまにやらリリアの前に立っている。そしてデコピンを放った。
「あいた!?」
「貴女ねぇ……凄い素質かもだけどぉ、講堂を燃やそうとしたのはダメダメよ。罰がいるわねー」
「え……ああっ!? ごめんなさい!!」
言葉をだしたリリアに急激な脱力感が現れる。マナの消耗が激し過ぎたらしい。
「あやぁ? んー……神の力に飲まれたってわけぇ? ……でもね、それが通じるのって、学校でも一部の導師だけよねー?」
「……あ、れ……ぅ」
……言葉の途中でリリアは倒れた。気を失っている。
しかし、ピンク髪の導師は構わず話を続けている。
「あたくしはファニーというの。貴女の面倒、見ることにするわー。これからよろしくねー」
声を掛けながらも、リリアの頭をポンポンしていた。
これが、魔女リリアと導師ファニーとの出会いである。
――――――――――――――――――――――――――――――
入学式のマナ暴走は、ファニーの対応で被害はなかった。
それから暫くの時を経ているある日の午後。
講堂放火未遂の罰として『ゴミ処理場の魔女』となったリリアは導師ファニーの弟子となり、授業は個別指導となっている。
しかし、ファニーは朝が弱かった。
指導時間を朝にすると彼女はほぼ来ない。そんな理由から、リリアは午前中をゴミ処理場で焼やすことに専念し、午後からファニーの授業を受ける。
学校で習う部分は出来て当然と言った形で進むため、とても大変だった。
その日、ピンク髪の小柄の導師ファニーは、薄手のしわしわローブを羽織り、大きくて柔らかそうな玉型クッションに寝っ転がったまま、ねむたそうに書類をながめていた。
彼女は弟子に過酷な指導を科すことで有名である。指導が行きすぎ多くの弟子を挫折させたと噂があった。現在の弟子がリリア1人というのも、信憑性をもたせている。
ファニーがリリアを育てると宣言したことで、魔導学校に務める心ある教員や導師たちは、リリアに同情的な視線を向けていた。
そういった機微を、当のファニーはまるで気にしない。
彼女は今、リリアについて集めた情報から、今後の指導を考えていた。
リリアは現在『ゴミ処理場の魔女』と陰口を叩かれている。
それは魔導師学校の生徒や教員のもので、幾人かの導師も含む。
その理由はいくつかあるが、大きなものは自尊心を逆なでされたからだろう。
魔導師は大成すれば爵位を授かることもあり、高慢な者が多かった。
しかし、リリアほど大きな魔導を扱える人間は、教員には不可能であり、導師でも数えるほどしかいない。
リリアを陰で笑う人間は、神火を現す魔導を見て、実力不足を突き付けられたと感じたようだ。
「神との契約って……頭のおかしい人しかできないのに……残念な人たちねー」
自分のことを棚に上げ、呟きをこぼす。
ファニーが見てきたリリアは、自分の噂などにまるで興味を示さず、どこ吹く風である。
というか、ゴミ焼却の仕事をとても楽しんでいる節がある。
「んんー……どうするかなー?」
呟くファニーの元へ、リリアが慌てた様子で駆け込んできた!
「ファニー先生! 教えてください!!」
勢い込んで言うリリアに、ファニーは眉をしかめる。彼女は、玉型クッションから少し身を乗り出す、ちょっとだらしない姿勢を直したようだ。
彼女は眺めていた資料をクッション内へと隠し、リリアをじろっとみる。
「あいかわらず、突然ねー?」
そんな師の不機嫌そうな態度を、リリアは気にせず続けた。
「あたし、どうすれば良いんですか!?」
「あのねリリアちゃん……主語が無いわー。何に困ってるのー?」
リリアは何度かこの「教えてください!」をやっている。
ファニーは記憶を探って息を吐く。
リリアが「教えてください!」で印象的だったのは、雨の日の焼却についてである。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ファニー先生! 教えてください!!」
その日、世界がねずみ色に映るほどの雨模様で、夜中から降りつづけていた。
ファニーはお気に入りの玉型クッションが湿気ていて、ご機嫌ななめである。
「えー、リリアちゃん、またー?」
「はい! 教えてください!」
「んむー、何が知りたいのー?」
「今朝! 雨が降ってて燃やせなかったんです!!」
「雨ー? えと? 雨ー?」
ファニーは自分を恐れず素直に訴えるリリアを、悪くない資質の持ち主だとみている。
何が解らないかを伝えてくれるのは、教える側としてありがたい。さらに彼女は、興味ある事には異常に取り組む娘だ。
ファニーはだらしない恰好と態度のくせに、表情だけ理知的に作って聞いてみる。
「つまり、全く燃えなかったの?」
「違います! けど全部燃やせなかったんです! 3分の1も残っちゃいました!!」
「あららー……でも、まあそれでもぉ、一応大丈夫だったわよねー?」
ゴミの焼却処理は午前と午後に行う。まるで燃やせないというのは良くないが、すべて灰にする必要はない。特に雨の日は燃やしきれなくても問題ないはずだ。
「でもでも! あたしはしっかり強火で燃やしたい!! ゴミはすべて! 灰にしたい!!」
「なるほどー、じゃおちつきなさいな」
「ううー……」
リリアは半泣きである。ファニーはだらしない姿勢でずりずり這い寄って、ぽんぽんと頭をなでつける。
「とりあえずはー……魔導師の基本的な考え方を思い出してみましょ? なんだったかしらー?」
「……分析で現状を把握し、統合によって理論を組み、行動……実験によって現実とのすり合わせを繰り返し、検討をして出来る方法を探っていきます」
「そうねー。じゃあ貴女は今日、何を試したのぉ?」
「火力を上げればいいと思って! 普段よりもマナを多めに使って放ったんです!! 2回!! でも! 駄目だったんです! それが、あたしの限界でした!!」
リリアが毎朝使う魔導は、かなり強大なマナを扱う。連発は体にも障る場合もある。ファニーは眉を上げた。
「無茶したわねー」
「燃えない方がダメです! なのに! 水を含んでるゴミが多くて!! 雨は蒸発するけど! 火はすぐ消えちゃうんです!」
「あー……なるほどー」
「あたし、駄目なんです!! 燃やせないのはあたしじゃない!! 生きてる価値が無いんです!!」
「そこまで思いつめないでー?」
外を見やる。雨はやむ気配がない。おそらく明日も雨だろう。
良い教材が出来たなと、ファニーは思った。
ゴミ処理場は過去の地形を利用しているのと、煙が籠らないようになっているのか、解放的な造りであり、雨水はかなり侵入して来る。
さらにはゴミ回収時にも雨が混じってしまう。当然ながら水分を含んだゴミが多く、瞬間火力を増しただけでは解決できない。
もしファニーが焼却担当となるなら、土のマナを用いた初級の防御魔導『防壁』を応用して、雨水の侵入をしばらく防ぎ、水のマナで物の水分量を操る応用魔導『乾燥』を使うなどの工夫をしたうえで、『焼却』の魔導を用いるだろう。
ただし『防壁』と『乾燥』を維持しつつ焼却用の魔導を編むことになる。それは、今のリリアでは困難だ。
マナの消耗もあるが、魔導の並列行使という導師級のマナ操作技術は今の彼女にはない。1人では難しいだろうと思った。
そこで、首をかしげる。
「……あれ? てかさー、リリアちゃん……おともだちとはお話しないの?」
「え、友達ですか?」
「あのね、焼却担当にはさ、他にも魔導師が来るでしょ? だいたい何人?」
「あたし1人ですよ」
「ええっ!? ひとりぃ!?」
「そうです」
「焼却担当って、うちの学生なら3人、雨だったら5人組で行くご奉仕活動になるでしょー?」
「えっと、理由があります。あたし結構、燃やすの楽しいんですけど……」
そう、魔導学校には国の公共事業に魔導を提供する機会が存在していた。
その一つがゴミ焼却である。ただし、人気があまりないことも手伝い、週に1度の奉仕活動で、それ以外の日は市井の魔導師が担当していた。
リリアは罰として、年に決められた回数をこなす義務がある。
だが、彼女は色々なものを燃やせるのが楽しいらしい。そして、ゴミ処理場ほど多様なものが燃やせる場所はないのだ。しかも、毎朝工夫が試せるので、魔導の腕も上がる。
つまりリリアは毎日を嬉々として燃やしに向かっていた。
ちなみにゴミ処理場の職員は、彼女を好意的に見ている。学校で下手を打った魔導師見習いが、ノルマをこなそうと毎日頑張っているのだ。
かなり温かい挨拶をくれるらしい。
「でー、最近では職員のすっごい白眉おじさんが『頑張ってるね!』って言ってくれるんです!」
「リリアちゃーん? 話をずらしちゃだめー。何で貴女1人なの?」
「うぅ……。えと、あたしは学校の子たちから避けられてます。……初日に、あたしが燃やしたらドン引きされて……」
「えぇ?」
よくよく話を聞いてみると、リリアの態度と火炎魔導の性能が原因らしい。
神との契約者はそもそも希少である。それは魔導学院の導師でも数名しかいない。そしてその威力は桁違いであった。
「綺麗に燃えてるのに……みんな変な顔して……」
リリアは初日、その強力な焼却魔導でゴミの8割を焼き尽したという。
そのずば抜けた実力で、その場にいた生徒たちの自信を喪失させた。
その噂はすぐ広まり、生徒たちは彼女の同行を断るようになる。
「そかぁ……」
ファニーは少し唇を噛む。
「でも、職員さんは喜んでくれました」
喜んだのはゴミ処理場の職員たちだった。
リリアはなぜか毎日来てくれるし、燃やす時以外の人当りは良い。さらに彼女1人で問題ないということは、市井の魔導師にイヤイヤ来てもらわなくて済む。
さらに、ゴミ処理場の経費が浮くのだ。
「そりゃリリアちゃんが1人で済ましちゃうからよー?」
現在ゴミ処理場では、午前の焼却をリリア1人に任せて問題ないとされている。ファニーは喜ばれるに決まっていると息を吐いた。まあ、ゴミ処理場の予算は今は良い。
ファニーはリリアの悩みについて考える。
ただし、それは簡単な話だ。ファニーのやり方は1人だと困難だが、誰かの力を借りれば済む。それをどう伝えるべきだろう?
「むむー……」
ごそごそと、気持ちぬめぬめしているクッションの上で寝返りを打つ。これは彼女が考える時の癖であった。
できれば結論を伝えずに自分で発見してほしい。
だが、もしかしたら、リリアは1人でやり遂げたいのかもしれない。結果を出せるようならそれでも良い。
しかし……自分のこだわりで失敗した場合は……ペナルティを与えなければならないだろう。
特にリリアは炎に強い執着とこだわりがある。
しかし、自分のこだわりを優先し、目的を果たせない者は魔導師として正しくない。
ファニーの考える上質の魔導師は、こだわりがあっても良いのだが、自らの理論と行動を大切にしつつもしっかり結果を出す者だった。
こだわりが足を引っ張ってはならない。
「んむー……」
何度かの転がりで……ファニーが着ている薄手のローブがめくれ、下着が見えそうになる。
リリアは戸惑った。指摘しようか迷うのだが、前にそれをして考えを中断させてしまい、とても恐ろしい目で睨まれたことがある。
ここには自分しかいないし、気付かないふりを決めた。
「えーとぉ……うーん、そぉねー……じゃあー、別のアプローチはしてみたかしらー」
「えと……別、ですか?」
「貴女は炎にこだわるわよねー? それ以外は使わなかったのかしら?」
「え、と……火力を上げるために水のマナで木のマナを育てて、それを喰わせて炎を増幅しましたけど……」
「いやー、それは火力をあげる工夫ね?」
「はぁ……」
「燃される方に目を向けてみたー?」
「……燃やされる方?」
リリアは暫く考える。
「そっか! 生木の時と同じですね!」
「あらー、思い出した?」
それはかなり前にやった「教えてください!」だった。
その時は、なぜか生木の丸太が山ほど捨てられていたらしい。そこで『乾燥』を広い範囲に掛ける方法を習得させた。もっとも、翌日には燃やされていたらしく、実践できなかったらしい。
「でもあそこ、雨が入ってきて、『乾燥』が無駄になっちゃう……」
「そうねぇ……すぐ濡れちゃうわねー?」
「……はい」
「じゃあどうしましょ?」
「え?」
「職員さんに屋根つくれって言うー?」
「そんなの間に合わない……」
「そー? じゃ魔導はぁ?」
「……『防壁』? でも、雨はふせげる?」
「リリアちゃん……どちらも試してないわよねー?」
「はい……燃やそうとばっかり思ってました」
ファニー先生は体が柔らかいのだろう。
だらしなさをさらに悪化させるよう転がってから、リリアに問う。
「でもそれはー、リリアちゃん1人じゃ無理でしょ?」
「……はい」
「てかさぁ、リリアちゃんは他の子とはお話しないのー?」
「……」
「もともとね、雨の日とかは、そういう工夫しなさいーって、燃やす担当の子たちに手引き書あげてるはずよー?」
「あたし、貰ってません……」
ファニーは眉を上げた。
「……いらないっていったの、どなたかしらー?」
「うぅ……あたしです」
特異能力や突き抜けた特殊性をもった人間は集団にはなじめない。だが、リリアの素には親しみやすい少女の部分もある。
「学校の子でもさやったことあるヒトいるしー、詳しく聞いてみなさいな」
「……あたし1人じゃ無理ですか?」
「んむー、『防壁』と『乾燥』を維持しつつ『焼却』をつかえる?」
リリアはしばらく考えた。そして、悔しそうに言う。
「ぅ……無理、です」
「ねー、今のリリアちゃんには難しいと思うわねー」
「むぅ……」
ファニーは薄く笑った。
「仲間に頼るのって、悪くないのよー?」
「はぁ……」
あいまいな答えに、リリアは少し落ち込んだような表情を浮かべる。
「誰かに頼るのも勉強よ。がんばってみなさいなー」
「うぅ……はい」
「たぶん明日も雨ねー? もし、燃せなかったらー、困っちゃうかもよー?」
「わかり、ました」
悔しそうに答え、リリアはずっと肩を落としていた。
―― 翌日 ――
昨日からの雨は今日も続いている。
ファニーは憂うつになってしまうような空を眺めていた。
「ファニー先生燃やせました! それはもう完璧に!!」
「あらー、それはよかったわねー。誰か手伝ってくれたのー?」
「セイに手伝ってもらいました!」
「え!?」
セイ……その名は聞いている。
リリアと仲の良い魔導廃棄物処理業者の少年らしい。リリアはセイのことを魔導ゴミ屋の変わった子と紹介している。きれいな黒髪だといっていたリリアは、王都育ちではないのだ。
「えと、他の……魔導師の子じゃなくて? 魔導でゴミ屋さんやってるって子ぉ? その子に手伝ってもらったのぉ?」
「はい! あたし、学校に友達いません! だから、仲良しのセイに頼ったんです!」
「えぇ……」
魔導ゴミ屋の彼が何を手伝ったのだろうか?
ファニーは魔導での解決を考えていたのだ。彼らが使うゴミ回収魔導は、習得が比較的容易である。だが、マナ操作が特殊だった。
あの魔導を習熟すると、魔導師の扱う魔導は習得困難になるだろう。
「そのセイくんがー? 何してくれたの?」
「『防壁』で雨を防いで、しかも! ゴミの大部分に『乾燥』を撒いてくれたんです!」
「ええっ!?」
「セイってばどっちも覚えてたんです! 『乾燥』なんかお手の物で!」
「お手の物って……? 一応、魔導師の初級魔導になるのよー? どこで覚えたの!?」
「妹さんが魔導師学校らしくて! 魔導教本を読んで覚えたみたいです」
「……」
「あたしがちょっと効果拡大のコツみせたら、セイはすぐに使えるようになりました!」
「ふぇっ!?」
ファニーは驚きを隠さなかった。対象の拡大は魔導師特有のセンスが要る。教えてすぐ出来るものではない。
そもそも魔導教本はあくまで教本である。魔導に必要なマナ操作法を会得できない。
仮に妹が使っているのを見ていたとしても、マナ運行が見える……つまり適性が無ければ使えるようにはならないはずだ。
「えとー、その子ゴミ回収魔導使えるのよね? 穴の開くやつ……」
「あ、ちょっと違います! セイの魔導は変わってて……穴の開いた手が出てきて、そこからゴミを落としてました」
「え? え? ……なぁにその魔導? え、手??」
魔導に長じたファニーでも、そんな魔導は知らない。疑問符を頭に並べる。
「えと、夢で見たらしいです! で、セイは『神の祝福』もってるからか、ものすごい量のゴミを落とすんです!!」
このときファニーは、セイという少年の名前を記憶した。ただ、リリアの語りだけでは判断できないだろう。
「ふむー……一度、お話してみたいかなー?」
その言葉で、リリアは喜色を顔に浮かべる。
「おお! じゃあファニー先生も燃やしにきますか?」
「ええー? 朝でしょー? ……やめとくわー」
結局その日は「よくできました」で終りとなった。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ファニー先生! 教えてください!!」
回想を打ち切り、ファニーはリリアを見る。
「でー、何を教えてほしいのー?」
「あたし、呪詛を燃やしたいです!」
呪詛と聞いたファニーは、真顔になった。
「……呪詛?」
「前に話したセイが、呪詛について聞いてきたんです!」
「…………ほぉ?」
「セイ、なんか思い詰めてるみたいなの……」
「それは……使いたいの?」
「んなわけないです! 解呪法をさがしてるみたい!!」
「……なぜ、確信を持てるの?」
「セイは呪詛を憎んでいました! 間違いないです!!」
暫く、ファニーはリリアを見つめる。
「リリアちゃん?」
「はい?」
「呪詛について習ったこと、言ってごらんなさい」
なぜか圧力のある視線だった。
リリアは心なしか息が詰まるような感覚の中で答える。
「……呪詛は知るべきでない。呪詛は語るべきでない。呪詛は扱うべきでない。呪詛は憎むべきでない。呪詛は敵対してはならない」
「それは、なぜかしらー?」
それは教わっていない。
「……なぜですか?」
「あなたの実力では、そこまでしか教えることができないわ」
「えと、それじゃ……」
「それが何故か、考えてみたことある?」
「…………想像、なら。呪詛は……関わったら、不幸になるから?」
「間違いではないわねー」
のんびりとした口調に戻る。だが態度には拒絶の色が見えた。
「でもあたし、セイを助けてあげたいんです」
「……」
ファニーは暫くリリアを見つめる。
その視線は彼女を試しているようにも思えた。
魔導を使っているわけでもないのに重圧が大きい。避けたいと一瞬思い浮かぶ。
しかし、リリアはその視線を受け止め、見つめ返す。
逃げるべきでないとなぜか感じた。
「ふぅ……」
導師は小さく息を吐く。
そして、魔導書を現し王樹の葉を1枚乗せて、小さく呪文を唱えると、魔導を発動した。
「『魔を識る瞳よ開け』」
その瞬間ファニーの瞳に蒼と紅のマナの輝きが現れた。
「これはマナの動きを追う『瞳』を作る魔導よ。リリアちゃん、貴女がこれを使えるようになったら、呪詛との対決法を教えます」
「本当ですか!?」
「良い? 貴女の言った通り、呪詛が世界に不幸を撒くのは間違いない」
「……」
「あたくしの教えは、呪詛を使いたい人間には、致命的なものとなる」
「はい」
「だから、生半可な気持ちなら習得しないほうが良い」
「……」
「それでも、知りたい?」
その問いかけに、リリアは笑う。
「あたし、友人を不幸にするものは一番燃やしたいわ! それが呪詛だって関係ない!!」
その答えに、ファニーは小さく笑った。
「そう? でもこの魔導は難しいわよ? 覚えれるかしらねー?」
「覚えます!!」
リリアは胸を張る。
ファニーは小さく笑う。その姿は、彼女が大切にしている物語の表紙。胸を張る魔女子にそっくりだった。
そしてこの瞬間から、導師ファニーは魔女リリアへの本格的な試練を科すと決める。
「ちゃんと、覚えてねー」
やる気のリリアを見て、ファニーはとても楽しそうに微笑んでいた。
【おまけ】
魔導学校について:
魔導学校では導師の弟子にならなかった場合、3年間の就学期間後に魔導書を与えられ、卒業となります。
卒業後は冒険者となる者や、貴族に仕える者、市井で魔導相談所を開く者など、活躍の場は多様となるでしょう。
また、能力次第では魔導学修院(名前が変わる可能性があります)という上級組織へ入る場合があります。
それには幾つかの条件があり、導師の弟子となるのは必須事項。
魔導は極秘としなければならない技法が多く、人材に篩を掛けています。