03 セイ、ゴミ屋ギルドで頼まれる
王都における魔導ゴミ屋の仕事は単純である。
臭いに強い火蜥蜴に荷台を引かせる火蜥蜴車で、街の店舗を中心としたゴミ集積場を廻り、出されたゴミを『回収』したのち、ゴミ処理場まで運んで『排出』するといったものである。
『魔導ゴミ屋』は、この『回収』と『排出』を魔導で行う。
僕たちが住む王都は人口が多く、衛生管理もしっかりした土地で、ゴミ屋もギルド(≒商組合)が出来るほど働き手がいる。
それなりの年数働いているが、いろいろと思う所はある。だけど、僕は孤児院の皆と生きるため、あとは僕の目的のため、日々がんばって稼がなければならない。
僕は一番乗りだとおもいつつ、『ゴミ屋ギルド』に入り……少し驚きながらあいさつした。
「おはよう、ラドック」
少し早めに着いたというのに、ギルド長のラドックは待ち構えていた。まだ薄暗いというのにつるつる頭が眩しく思える。彼の表情は険しい。おそらく、何か厄介事だろうな。
「セイか! おはよう。早いじゃねえか!!」
「うん、目が覚めちゃったのさ」
「そうか? 調子悪いのか?」
「いやぁ、夢見が悪かったのさ」
「どんな夢だよ?」
正直なところ、あの夢に関してあまり言いたく無い。僕は答えを濁した。
「んー、そのー、言いにくい夢だからさ、んー……」
「言わんでもいいぞ。悪夢はマナの不調っていうな。もしかしてマナのアレか? マリエールに頼むか?」
言いながら、ラドックは笑う。
マナのあれは隠語である。
僕たち魔導を頻繁に使う人たちは、マナの疲労といったものがあり、その出方はちょっと質が違う。
マナの疲労はどうやら心身を病むらしく、厄介な異常が出る。それをマナのアレとか、マナ疲れといった言葉で表す。
そして、マナのアレは三代欲求の1つがとても高まってしまうものだ。
僕の魔導師の友人は『食欲』に出るし、ラドックは『睡眠』にでるらしい。そして僕は、もう1つのアレだ。
孤児院に暮らす僕としては、暴走したら大変なことになる。それなのにこの仕事、というか僕は女性にもてない。
だからラドックに相談し、娼館街に住む治癒師のマリエールを教えてもらったという経緯がある。
僕は少し憮然としつつ答える。
「まだ大丈夫だよ。というか、ラドックは誰かに用があるの?」
そんな僕を見て、ラドックはへらへらと笑う。
「お前さん、若いんだから我慢しすぎるなよ?」
「お金の問題もあるだろ?」
「そう、か」
暗に給料を上げろという想いを込めたのだが、ラドックは聞き流した。
「セイ、今日はお前さんに頼みがあるんだ」
「なにさ?」
急に真顔になるラドックに、僕も態度を改めた。
「済まないが今日から東の神殿を回収してくれんか?」
東の神殿、王都には三つの神殿がある。日と二つの月が産んだ神さまを奉るものだ。
「東の神殿って、『紅銀の魔月教会』の神殿だろ? あんなでかい所を?」
「ああ。すまんが、お前でなきゃならんのだ」
「なんでだよ?」
「担当はモルガンだが、覚えているか?」
モルガンは青髪に少し白髪交じりの気の良いおやじだ。
ちなみに彼も『神の祝福』持ちである。『神の祝福』持ちの『魔導ゴミ屋』は希少で、このギルドには僕とラドック、更にモルガン含めて6人しかいない貴重な存在だ。
最近、腰が痛いとか、いってたよな。
彼は僕に仕事のイロハを教えてくれた。ちょっと悪いことも、ね。僕は斜視で笑うおっさん面を思い浮かべつつ聞いた。
「最近見かけなかったけど、どうしたの?」
「あいつ、死んじまったんだ」
僕は目を見開いた。
「っ!? どういうこと!?」
「俺もわからんのだ。何かの事件に巻き込まれたんだと思う」
ラドックの目が鋭く光る。その目の光に、なにか強い感情が見えた。僕はその光に、畏怖を覚える。
「昨日の夜、急でな……奴の担当分を急遽、振り分けなきゃならんのだ。で、そして神殿は『神の祝福』を持ってないと入れてくれない」
「ああ、そうか……」
僕たちのすぐ近くには死がある。
今までに何度か知人や友人、それに家族の不幸を見てきた。だけど、慣れることはないし、何も思わないわけではない。
しかし、亡くなった人の仕事が減るわけでなく、誰かがやらなきゃならないのだ。
「急で悪いな」
ラドックは地図を指さし言った。僕はそれを見て、道順的にちょっと遠いとげんなりする。
「それは、どうしようもないよ」
「すまんな」
「モルガンのことはさ、落ち着いてから聞かせてよ」
「ああ」
僕たちの仕事はゴミを回収したのち、ゴミ処理場で排出するというのが一連の流れだ。
僕が所属するゴミ屋ギルドは、王都においては大きな組織である。
中央区の4分の1と北区全域、それから東区の4分の1と西区の半分。
少し離れるが、南区の一部地域まで担当している。
僕の担当で魔月神殿に近い回収先はあるのだ。だけど、面倒な道順変更になってしまう。
「ねえラドック、神殿のゴミってどれくらいの量なの?」
「かなり大きいと思う。モルガンは量を嘆いてた」
「そっか……」
「あそこは住み込みの寮と治療所も抱えてるのさ。ゴミ量は半端じゃない」
「……時間大丈夫かな?」
神殿は国営施設である。
神職の者は貴族が出家した人も多いんだろう。だから、僕の『神の祝福』持ちという肩書きが必要なのだ。
僕たちには一人一人に違ったノルマがある。そして『神の祝福』持ちは給金がちょっと良い分、過酷な働かされ方になってしまうのだ。
僕の回収量は他の『魔導ゴミ屋』に比べてかなり大きいらしく、今日は王都の北区と中央区の大店舗のゴミ収集が割り当てられている。
移動と回収時間を考えると結構ぎりぎりになってしまいそうだ。
「どうだ、行けそうか?」
「んー、ゴミ量しだいかなぁ? もしかしたら少し工夫がいるかも?」
「一度試して、戻ってから教えてくれ」
「うん、そうだね」
一応、王都の地理は頭に入っている。今の道順なら、神殿に向かうなら、お昼前が良いかなぁ?
「ねえラドック、ここは僕の担当になるんだろ?」
「ああ、しかも毎日の仕事となる。お前さんの回収容量は大丈夫か?」
問われて、僕は自分の中で計算して答えた。
「それは何とかなると思う。昼前に回収して、入り切らなきゃ『排出』して戻れば……うん。大丈夫」
「すまんが、お前さんはそこだけで良いよ。他は近い奴らに振り分ける。今日からなんとか回収してくれるか?」
「他は良いの?」
「あいつの担当地域はお前さんの道順から遠いんだ。移動で時間が足りなくなるだろ」
言葉を切り、つるりと頭を撫でてから続けた。
「セイ、最近は人手不足でお前さんにゃ多く任せ過ぎているんだ。きつかったら言ってくれ」
「きつさには慣れたよ。それより給金上げてくれない?」
僕の言葉を聞き流し、ラドックは続ける。
「人手不足はもう少しで当てが付く。なるべく近いうちに休暇出せるような段取りにするさ」
「……ありがとう」
答えつつ、僕は別のことを考えている。モルガンはなんで亡くなったのかな?
「頼んだぜ。給金以外の相談があれば言ってくれ」
「ちぇ。まあ実際にゴミ量見てからだよ。僕、モルガンには世話になってたしさ、頑張ってみる」
「……すまんな」
ラドックは少し優し気な目を僕に向けている。
「ねえ、モルガンの葬儀はいつだい?」
「しばらく掛かるだろう。騎士団が調べているからな」
その言葉で、僕は眉をしかめた。
「衛兵じゃなくて?」
「騎士だ」
ラドックは短く言う。そこで、合点がいった。衛兵は平民の犯罪取締り機関で、騎士団は軍事組織でもあるが、貴族の犯罪取締り機関としても動く。
「貴族、絡みなの?」
「ああ」
そして、僕は表情を見られないように自分の黒髪を撫ぜつけるふりをして、帽子を深くかぶり直し、目線を下げた。
「そうか……。じゃあ、行って来るよ」
「悪いな。あと、お前さんも気をつけてな!」
「うん! ラドックもね!」
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僕はギルドが所有している魔獣厩舎へ向かう。
この仕事は魔獣の火蜥蜴に荷車を引かせる。臭いに強いって聞くけど、本当なのかはわからない。
馬より少し小さいからか、馬力もちょっと劣るかな? ただ、暗い時間は彼ら彼女らが吐く息が、灯にもなってくれるんだよね。だけど湿度には弱いし、冬には防寒具を着せてやらなければならないのだ。
「おはよ! キラ、カラ、今日の機嫌はどうだい?」
「グルル!」
「グェ!」
どうやら今日は機嫌がよいようで、喉をならして返事をする。
キラは甘えん坊で鼻を僕にすり寄せてきた。
カラはおすましさんで、ちょっと遠くから僕を見つめ、キラが離れた時に、撫ぜろといった感じで鼻を差し出す。
僕は彼女たちの要望にお応えし、厩舎から出す。
「おし、じゃあ今日もよろしくね」
「グァ!」
「グゥ……」
火蜥蜴車の用意をしながら、回収ルートを修正する。
ルート用のメモは鉄製のリングに止めたメモ束だ。
元は一枚の紙だったけど、ちょっとわかりにくくてごちゃごちゃしている。だから僕は、大通り毎に紙をわけて束にする工夫し、早くたくさん回れるようになっていた。多く回ると給金に色がつくのも嬉しい。ただ、基礎給金が不満があり、なんどかつついている。だけどラドックは頑なだった。
僕が担当する朝の道順は訪問件数は少ないがゴミ量が多い。
・北区の大通り沿いの商店街を27件→
・北区から東の小道にある、大規模酒場8件→
・そこからさらに東にある鍛冶工房地区の24件→
・そこから南へでて、中央区よりの住宅の収集場が30戸分6件→
・そこからさらに南へ出て、中央区よりの大通りの商店が13件→
これに、紅銀の魔月神殿が入ることになるのか? やっぱり排出前になるか。
キラとカラも休憩してもらわないといけないし、回収したゴミを排出しなくてはならない。『神の祝福』を持っているとしても、それはあくまで特性でしかない。
地理的には神殿から少し行った所にゴミ処理場があるので、ちょうどいいだろう。
そこで休憩かなぁ?
「よし、行くか! たのんだよ、キラ、カラ!」
「グァグァ!」
「グァル!」
どうもキラとカラは僕と相性が良いらしい。僕の言葉に二頭は機嫌よく走り出した。