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28 セイは一日の終わりに話し合う

『ごちそうさまでした』


 夕食を終えて食器を片付ける。今日は僕とレジスが担当だ。


 その間に女性陣はお風呂に入る。入浴設備はエリナが特別に作らせたものだ。彼女は孤児院を作るにあたって独特のこだわりを尽くしている。

 特に書庫と客室と浴室が(そろ)った孤児院はありえない。だけど、エリナはどこ吹く風でこの孤児院を自分好みに作り上げた。


 書庫はエリナが詩を書く関係から書物を集め、自宅に入りきらなかったものをこっちに置いた。その中に『魔女子の冒険』があり、僕の愛読書になる。

 客室は貴族のパパの要望で用意しておけと言われたらしい。今は僕たちが寝室として使わせてもらっている。


 そして浴室は排水なども含めて特殊な工事が必要で初期費用が掛かる。だけど作ってしまえば費用は薪代くらいだ。高級娼婦だったエリナは自宅にも孤児院にも風呂を付けて美を磨きたかったのだろう。彼女にとっては重要な設備だと想像している。


 この浴室があるおかげで、僕たちも入浴する習慣がつき、他の子達よりも綺麗好きな子に育った。そして、身綺麗にしていたことで助かったことも多い。


「ルネは今日ぐずらないなぁ」

「うん。最近機嫌がいい」


 食器を片付けながら僕とレジスは話す。僕は今、そこそこの疲労を感じている。話してないと手が動かないかもしれない。


「ね、兄ちゃん……」

「どした?」

「んー、えと」


 口数の少ないレジスは、言いたいことがなかなか出てこない性質たちで、意志がなかなか伝わらず、ヤキモキする姿を見せることが多い。

 だから僕は(うなが)してみた。


「んー、何かあったの?」

「うん……」

「エリナのこと?」

「違う」

「メアリ?」


 首を振る。


「ルネかい?」

「いや」

「じゃ、レジスにか」

「うん」


 何だろう?

 レジスは今『日月の学び舎』に通いつつ将来弟子入りする予定の画家先生に、絵を学んでいる。

 もっとも彼は物心ついたころから絵に執着があった。その絵で僕たちが助かったこともある。彼の師と縁を作ったのは『神の祝福』発現前に描いた絵のおかげだ。

 絵の世界はよく解らないのだが、レジスは言葉遣いで誤解されやすい。トラブルが起きているのかもしれないな。


「何かあったの? 先生に何か言われた?」

「ちがう。おれ、絵具(えのぐ)が要る」

「絵具、あー……買いたいの?」

「売ってない」

「……ふむ?」


 絵具……絵を描くということは、僕にはイマイチわからない世界だが、それなりにお金が要る。

 例えばカンバスは孤児院だとかさばることもあって何枚も買えない。見習いだから売ることも難しい。レジスは紙束を練習に使っている。

 ただ、カンバスを使った課題が出ている場合、本番で欠く前に練習が必要で……だから描いては白く塗り潰して、その上から描くなんてことを頻繁(ひんぱん)にやっているようだ。


 レジスの言う絵具だけど、売っているものの値段はまちまちである。話を聞くと画家は出したい色を何とか自分で作るものらしい。

 だけど、レジスはマナを練り込む技法で絵を描くので、普通の素材では中々うまくいかない。さらに……マナを映わせる素材を錬金術師から買う場合、目が飛び出る金額になってしまう。だから基本的には自分で作ってもらっている。


 幸い彼は『神の祝福』を受けた『画家』であり、絵具に関しては直感が働くらしいんだけど……色の調合は魔導薬の実験にちょっと似ていて、知り合いの錬金術師さんと重ねてしまう。

 あと、素材は僕が探す場合が多く、ちょっと困ることもある。


 ただし、その分だけ彼の絵はものすごい。マナを込めた絵は人の心を捉え、動かすほどのものになる。絵心のない僕でも、彼が描いたものを見て胸が躍ったほどだ。


「でさ、何がいるんだい?」

「魔物の血」

「ふむ、魔物っていっても色々いるけど……どんなのが良い?」

「マナをそこそこ持ってる奴」

「……それだけじゃ何ともいえないんだけど?」

「……」


 黙り込んでしまった。考えているんだろう。

 ただ、レジスは頭の中に浮かんだことを伝えても無理だろうと思っているような印象がある。だから、僕はマナの多くて手に入りそうな魔獣をあげてみる。


「えーと、石吐き兎(ストーンラビット)とか、希少だけど月下大蜥蜴(ムーンリザード)、血じゃなくて正確には体液がえぐい感じの牙持ち芋虫(ファングキャタピラー)とか?」


 レジスは目を輝かせた。


「それ。牙持ち芋虫(ファングキャタピラー)が良い」

「あれかぁ……臭うし、管理が大変だよ? てか、赤くなくていいの?」

「大丈夫」

「わかった。素材屋の親方に聞いてみる」


 こういう時、僕の仕事での交友関係が役に立つだろう。

 素材屋は解体を行うため、魔物の血が出る。これは処理にとても困るゴミだ。

 処理としてはちょっと遠くの廃棄村に埋めたり、焼却場で燃やしたりとなるんだけど、血は毒を含んでいることもあって厳重な取り扱いをする場合もあって大変なのだ。


 僕も毒処理の経験はあるけど、専用の袋に詰めて『回収』し、往復で半日くらい掛かる遠い廃棄場所へ『排出』する。

 マナ毒素でなければ僕でも回収できるけど、マナ毒素の場合は回収できるヒトに頼む。


 ちなみに素材屋の親方とは懇意で、働かせてもらった経験があり、牙持ち芋虫(ファングキャタピラー)の体液は捨てるものだから、安く譲ってもらえると思う。


 あー……そうそう、一応だけど僕はゴミ漁りをしないよう心掛けている。これは自分の中でのルールだ。もしゴミの中に欲しいものがあったら、筋を通してお願いし、譲ってもらうか買い取るといった形を取る。

 同僚にはゴミ漁りをする人もいるのだけど、僕の場合はそれをやると『回収』と『排出』の魔導が上手くいかなくなりそうな予感がするのだ。

 まあ、単に好みじゃないってのが大きいんだけどね。


「兄ちゃん、ありがとう」

「いいさ、ただすぐに手に入らないかもしれないよ」

「良い。手に入るまでこっちは描かない」

 

 ……こういうところ、職人気質だよなぁ……。まあレジスのお願いのためなら頭は下げれるし、僕の頭は元々軽い。


「だけどさ、レジスは魔物の血で何を描くの?」

「先生がどっかに出すって、魔物退治の物語絵巻の長い奴」

「そんなのがあるんだ……」

「魔物の血に迫力が無い。剣のキラキラも、魔導の輝きも。おれ、マナ少ないから……その時は兄ちゃんか姉ちゃんに、その……」

「解った。マナがいる時は協力するよ。けど、レジスがマナ操作の練習すれば?」

「描く時間がたりなくなる」

「……夜は早めに寝てほしいんだけどな」

「……ごめん」


 レジスとそんなやりとりをしていると、湯上りのメアリが声をかけてきた。


「兄さん、レジスあがったよー」

「わかったー」


 僕はレジスに先に入るよう促す。


「レジス、先に入ってて。僕はメアリと話があるんだ」

「うん」



――――――――――――――――――――――――――――――

 僕が待っていると髪を洗ったらしいメアリが、タオルを頭に巻いて入ってきた。

 流石に年頃だよな。ちょっと色っぽく見える。


「どしたの兄さん? お風呂入らないの?」

「うん。あのさ、メアリちょっと教えてよ」

「なぁに?」

「いや、恩人の巫女さんの話さ」

「あー……あの日のことね」


 メアリは目を伏せ、暫く考えてから言う。

 

「あの日、兄さんがさ、血、いっぱいでて、エリナママも髭先生の治療所へ運ばれてって、わたし怖かったの……」

「うん」


 メアリの話が始まる。


 当時……妊娠していたエリナと僕は暴漢たちに襲われ、僕は刺され、エリナも呪詛を受けて足を蹴られた。


 もうダメかと思い、僕の意識が薄れていく前に、最後の足掻きをしようとした所で……師匠が助けてくれた。

 師匠は暴漢たちを無造作に殺している。めずらしく焦っていた。そして怒っていた。朦朧としていた僕にはどんなわざを使ったのかわからないし、どうなったのかも教えてくれない。おそらくは衛兵に届け出たと思うのだが……いずれ話すと言われたので信じて待っている。


 僕の傷は深く、頭と胸から出血があり、布でぐるぐる巻きにされた。師匠も僕の方は駄目かと思ったらしい。

 そして、近くでエリナの呻きが聞こえた。破水がはじまったらしい。僕はうわごとの様に訴えた。


「ししょ、エリナを、赤ちゃんを……」


 師匠は頷き、僕をメアリに任せエリナを抱えてこの街の治療所へ走った。

 そこからは僕も覚えていない。

 僕の傷は急所を外せていたのだが、刃に毒が塗ってあった。血だらけで動けない。体が冷えていく。そんな僕を見て、メアリは叫んだらしい。


「助けて!」


 その声は通りかかった2人の巫女に届いた。彼女たちは紅銀の魔月神殿の巫女で、奉仕に来ていたと言う。

 1人は背が高く眼鏡をかけた上等な衣だった。もう1人は見習いのような格好だった。一応、2人とも正装で頭まで覆う正式衣装で、顔も良く見えなかったらしい。


 メアリは小さい巫女さんの手を取って訴え、小さい巫女さんは頷いて駆け寄る。背の高い巫女さんはやれやれと息を吐くとついてきた。

 僕の状態を見て、眉をしかめた小さい巫女さんは、輝きに包まれるほどの強力な聖祈を唱えたらしい。


「これは応急処置!」


 そして孤児院へ運び、もう一度強力な聖祈を使った。



――――――――――――――――――――――――――――――

「そっか……運がよかったのか」

「……そうね。それに奉仕だからお代はいらないってさ。あと、そのことをさ、神殿や、兄さんにも秘密にしてって、だから……」


 だからお礼も言えないし、巫女さんを探せなかったと言う。


「なんで、僕にも秘密なの?」

「わかんない」

「そうか……」

「神殿にも秘密だって」


 神殿に秘密というのは多分、そのことが知られれば、僕たちが莫大な寄付を求められるからだろう。


「でもさ、その巫女さんにお礼言いたいの」

「わかった。明日レアに会えたら、聞いてみる」


 彼女は言葉には出さなくても、心を読んで教えてくれるかもしれない。


「レア?」

「その巫女さんの名前」

「そう……じゃあ兄さん、お願いね」

「うん、それじゃあ、お風呂入ってくるよ」


 立ち上がった所へメアリは呼び止めた。


「あー、兄さん」

「んー?」

「疲れてるでしょ? すごく」

「……うん、まあ」

「今日は休んでよ。魔導教本の勉強は今度でいいわ」

「良いのかい?」

「大丈夫よ。これまでも、兄さん手伝ってくれたじゃない」

「んー? 僕は教本読んで質問してるだけだよ?」

「それね、すっごく頭に入るの」

「そうなんだ?」


 ふと、メアリがこちらを見つめた。


「ねえ……兄さんはさ、わたしが学校出たらどうする?」

「どうって? メアリが決めなよ。なんか希望とかある?」

「うん」

「え、何したいの?」

「……内緒」

「え?」

「えへへ……あのね、将来の話をしようにもさ、魔導書を貰ってからみたいなのよ」

「そういうもんなの?」

「試験終わって合格したら、適性みてから魔導書選びするんだってさ」

「そうか……」


 魔導書は、魔女子さんが出してたやつだよな? ふと、思い出したことを聞いてみる。


「魔導書を貰うの、いつくらいになりそう?」

「試験の後だから1週間後くらい?」

「え、採点とかは?」

「魔導師の子ってけっこう少ないのよ? その日のうちにできるわよ」


 そんなもんなの? 僕が更に尋ねようとしたところでメアリは立ち上がった。


「兄さん、もう今日は休んでよ」

「……わかった」


 軽く手を振り、僕はレジスとお風呂に入る。2度目の入浴は普段しない。

 でも今日は衛兵の手伝いがあっていつもより汚れている。だから、もう1度入ろうと思う。レジスと一緒にね。


 こうして、今日という日が終るのだった。


《おまけ》

石吐き兎(ストーンラビット)

小さな石を大量に吐いて攻撃し、得物を狩る兎。その石はマナで産みだすものらしい。


月下大蜥蜴(ムーンリザード)

夜間に行動する大蜥蜴、魔月が満月のときは活動的となるが基本的には臆病で、あまり会えない。素材が希少で主に装飾品として用いられる。


牙持ち芋虫(ファングキャタピラー)

マナを喰って牙を伸ばす芋虫。その牙でマナを多く持つ希少な魔結晶の木に噛みつき、マナを喰って枯らしてしまう害獣。双月が満月の日に羽化するらしい。


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