27 セイは家族と夕飯を
「兄さん、ご飯だよー」
座り込んで月を見ていた僕に、メアリの声が聞こえた。僕は立ち上がると中へと入る。扉のすぐそばにメアリがきていた。
彼女は驚きの表情を見せる。
「ちょ、兄さん!? 何で上、着てないの? 服着てよ」
「あーごめん、汗かいたんだ」
「も、もう……兄さんてば……」
何故か頬を赤らめた。
どうしたんだろ? タオルは中にあるんだよ。手を伸ばそうとしたが、メアリがこちらを見ずに渡してくれた。
「はい、これ」
「ありがとう」
それで体を拭い、上着を着る。
「今日のごはんは何?」
「座ってからね」
「わかった」
食事に関しては朝食を僕が用意する代わりに、夕食はメアリとレジスが交代で作ってくれるのだ。はっきり言って僕が作るより2人が作ったごはんのほうが美味しい。
「お待たせー」
「兄ちゃん遅いよ」
「にいちゃ、お腹すいたー」
「ごめんよ、皆」
「えーと、セイくん? メアちゃんたち待たしちゃダメじゃよ」
「あーエリナ……ごめんね。悪かったよ」
「兄さん、次からは呼ばれなくても戻ってね」
「うん、ちょっと興が乗ったんだ。気をつける」
それぞれの言葉を受け、僕は席に着く。
「みんなお待たせ、それじゃっと」
僕が音頭をとり、全員が目を閉じてお祈り捧げる。
「日と、二つの月と、王樹の恵みをいただく今日のこのひと時を感謝します。神さまに感謝を」
『神さまに感謝を』
神さまへのお祈りを捧げ、皆が目を開ける。僕はメアリに聞いた。
「メアリ、今日は何かな?」
「今日ね、大公じゃがいが叩き売りしてたの! だからいっぱい買ってきて煮て潰してバターと三日月にんじんを和えてサラダにしたわ!」
「あー、美味しいよね」
「あと昨日のシチューが残ってたからさ、ミルクと水で足したけど、もうこれでおしまいね。食べちゃいましょ」
大公じゃがは安いのに何でも使えるな……と甘味の強い三日月にんじんで見栄えも良く、甘みもありそうだ。あと木製の深皿にいっぱい、魔キャベツの炒めものが置いてあった。
「これ、魔キャベツかい?」
「野菜売りのゼンおじさんがおまけしてくれたの! だから刻んで、塩で炒めただけよ。兄さん今日はマナの疲労があるんでしょ?」
「うん。ありがとう」
ゼンおじさんは緑の爆発髪おじさんで、野菜売りをしているのだ。この前、僕とレジスで大掃除の手伝いをしたばかりだよな……。その礼ってことかな? ありがたいね。
魔キャベツは生でもいけるし、煮ても焼いても良いキャベツだ。だけどマナが多く含まれているせいか、少し黒ずんでいて見栄えが悪く、しかもちょっと苦みがあるせいで人気が薄いと聞く。
だけどマナを消耗してる人が食べると甘く感じるし、回復も早くなる。今日も僕は美味しくいただけるだろう。
「オレ、画材屋の手伝いの後、釣りしてきた。おっきな魚が釣れたよ」
「本当だこれなに?」
「良くわかんない。けど……アマなんとか? って言ってた。癖があるけど食べれるってさ」
「わたしも魚の名前よくわかんない。でもさ、塩振って蒸し焼きにしてみたんだけど……」
メアリは基本、料理は何でもできるが、魚が苦手であまり料理したくないらしい。逆にレジスは魚料理が上手だけど、肉の処理はちょっと苦手みたいだ。僕は一応、肉の処理は得意だったりする。
「ねえちゃ、ルネ、こえほしい!」
ルネが紙で包んだお土産を指した。
「シャミ鳥の串焼きね。兄さんありがと」
シャミ鳥は「シャミー」って鳴くからそう呼ばれている。簡単に捕獲できるらしい。屋台で濃い味付けで売っていた。さっき師匠におごってもらったものである。
「うん。師匠からちょっとおごってもらってさ、人数分あるよ!」
今日の食卓はちょっと豪華だね。
黒パンとクリームシチュー、大公じゃがと月にんじんのサラダ、川魚の包み焼き、それからシャミ鳥の串焼きである。あと、魔キャベツの炒めもの。
「美味しそうねぇ」
エリナも表情を和らげている。そして、僕たちは言った。
『じゃ、いただきまーす!』
――――――――――――――――――――――――――――――
「兄さん、今日はかわったことあった?」
メアリの言葉に、僕は少し考えてから答える。
「実は紅銀の魔月神殿に行くことになってさ、レア……巫女さんに会ったよ」
「魔月神殿……の巫女さん?」
「いやぁ、なんか、変わった子でさ、雑用押し付けられてたの」
「へー? 要領悪いの?」
聖女がゴミ捨てっておかしいとおもったのだけどね。僕は誤魔化す。
「そのへんはわかんないけど、珍しいことに黒髪でさ……僕の髪見ても平気だし、変わった子だったよ」
「変わってるって? どう変わってるの?」
力になりたい存在なんてのは言いにくい。
だから、印象の方を伝える。
「何か、色々見抜く感じ?」
「んー? 見抜くの?」
「そそ、絶対に隠し事はできないかんじのヒトだね」
「へえ?」
「だけどさ、神職の儀式でよくある勿体ぶった話し方はしないね。話しやすい子だった」
「ふーん?」
「セイくんは、お兄さんしてるのねぇ」
エリナがニコニコと褒めてくれる。
「うん。まあ……僕一番上だもん」
「兄さん、エリナママに鼻の下伸ばしてる」
「あらー? 妾ゆうわくしちゃった? えーと、メアちゃんは妬いちゃダメよぅ」
「妬いてない!」
「エリナ、メアリは年頃だからさ、あんまからかわないでよ」
そんなやりとりをしていたが、ふと、メアリが聞いた。
「てかさ、兄さんこれから魔月神殿が担当なの?」
「え? うん。そうなるね」
「じゃさ、巫女さんを探してほしいの。たぶん、兄さんくらいの年頃だと思う。お礼言いたくてさ……」
「んー? どんな子?」
「えと、顔は、表情変化しにくい子。その、わたしもさ、あの時おろおろしてて、しっかりと覚えてないんだけど、眼鏡の上司っぽい女性と2人組でね。ぼそぼそしゃべる感じ」
「髪は?」
「正装なのかな? 頭まできちっとかぶってて見えなかった」
そうか……その特徴だとレアに似てると思ってしまうな。会った時に聞いてみるか。
「でもさ、その巫女さんと何かあったの?」
「兄さんの怪我を治してくれたのよ。魔月神殿の巫女さんが、奉仕活動に来てたの」
「え……? ああ、そうだった……」
一瞬、自分が受けた傷を思い出して手をやった。
昔、エリナが呪詛を受けたときにやられたものである。
暴漢に襲われた時、僕は刺されて倒れた。3日後に目を覚ました時、メアリが取り付いてて、何で生きてたのか聞いてもわんわん泣いててわからなかった。
後で巫女さんのおかげだとは聞いているけど、それどころじゃない状態が続いた。
「あの時怖かった。兄さん意識無かったし、冷たくなって……もう、ね」
あの時……一番大変だったのはエリナだ。
呪詛と怪我とルネの……本当に、生きているのが不思議だと思う。まあ僕も意識を失っていたけれど、運よく身体に問題はない。
ただ、エリナが倒れたことで、孤児院が存亡の危機を迎えた……。
僕たちはさまざまなツテを頼り、師匠や近所の方々に協力してもらって、今でこそ何とかこの孤児院が存続している。
メアリも僕も、その大変な時期でそちらまで頭が回らず、助けてくれた2人を忘れていたらしい。恩人だというのに、名前も聞けなかったのは……失敗したな。
「解った……。あそこに僕の命の恩人がいるんだね?」
「うん。何か凄い『聖祈』で兄さん助かったの。エリナママは、その……」
本人の目の前であり、メアリは口をつぐむ。
「妾がなぁに?」
串焼きを上品に頬張り、怪訝な顔をしているエリナに、僕たちは目配せしあう。
「後で、詳しく教えてよ。かなり遅くなったけど……お礼しなきゃだ」
「うん」
僕たちは頷く。
そこに沈黙の天使が通り過ぎたようで、皆が暫く無言でご飯を食べる。
それを破ったのは、ルネだった。
「にぃちゃ、れーにいちゃ! こえ!」
「あー、ありがとルネ」
ルネがレジスに何か渡したな……なんだろ?
様子を眺めていたらレジスがこちらに向く。
「あー、でさ。兄ちゃんほかには? 仕事どうだった?」
「え? えと、魔女子さんが相変わらず、すごい魔導を使ってた」
「あー、処理場の?」
「うん。なんかさ、火柱を三つ立てて捻じれさせて焼き尽くす魔導を撃つんだよ。広い範囲を焼き尽くすの。毎回ちょびっと違う工夫が入ってるの、凄いと思う」
「すっごいんだろうなぁ! 姉ちゃんも出来るようになる?」
「え、ちょ、解んない!」
「メアリは先に試験だよね?」
「あ、うん。でも教本を読んでるかの試験になりそう。前に兄さんが付き合ってくれてよかった」
僕はこれでも魔導に興味があり、魔導教本を借りて読み込んだ。面白いってこともあって結構読み込んでいるかもしれない。
「あとで勉強手伝おうか?」
「うん。お願い」
「メアリは優秀だからな……」
「なにいってるの。兄さんは『日月の学び舎』飛び級したじゃん」
「試験受ければ良いだけだし、あの時は必死だったもん」
「でも、問題出すの上手いと思う。わたし、こんな解釈あるの!? って思った」
「うーん……僕、引っかけ問題が苦手でさ、結構いっぱい問題やったのさ。でもそれ、ひとの嫌がることが上手いってことだよ?」
「もう……。だけどわたしより読み込んでるきがするわ……」
ぶちぶち言いつつ、メアリは今日のアマなんとかって魚があまり好きじゃないのかな?
ゆっくり食べている。ちょっと癖があるんだよね。彼女は臭いに敏感かもしれない。僕は気にならないくらいだけどね。たぶんこれ、蒸し焼きよりスープにした方が良かったかも? レジスなんかは魚の骨を綺麗に外して食べている。
あと魔キャベツの減りがよくないかな?
これってマナの消耗がないと苦いんだよね。僕と、なぜかルネだけがパクパク食べている。子供の時はマナが消耗しやすいのかね?
ちなみにいま、この魔キャベツがとても甘く感じている。味付けが少し邪魔かもしれない。人によって味わいが変わるから、味付けに困る食材だよね。
というか今日の僕は、さすがに疲れを実感してるよ。
「エリナママ、シチューはいらないの?」
ふと、レジスがエリナに聞いた。
「んー? 美味しいけどねー、体の線を保たなきゃなのよー、素敵なパパ捕まえるにはさ、食事もちびっと我慢ねー」
今のエリナは高級娼婦時代の意識のようだ。でも、彼女はちょっと痩せてきていて、心配になってしまう。
「エリナママ、食べたら美味しいよ?」
レジスのポツンと出した言葉に、エリナは暫く目を瞬かせ、シチューを口に運ぶ。
「そおねー、たまには良いかな」
「ママ、美味しい?」
ルネの問いかけに、エリナは笑う。
「うん! すっごく美味しいわ。えーと……ルネ? ちゃんも食べなさいな」
「うん! ルネ、まなキャベおいしーの」
僕はメアリと一緒に、皆の食べる姿を眺めていた。