26 セイは『浄化』を試みた
疲労感を押して僕は棒を取り、狭い庭へと出る。
一応生垣があるから外からは見られない。上着とシャツを脱いでおく。部屋着に汗がつくのは好きではないし、稽古の後に水で流せるのだ。
今日は型をなぞるだけにする。
僕は今日の戦闘を思い出した。
まずは奇襲が成功したのは良いだろう。反省すると言えば花瓶を落ちやすい位置に置いたことだ。
それから、ゾイド……。
彼は膂力も強く、仲間にも容赦しなかった。あんな戦い方は僕にはできない。だけど、あいつがあの力を溜め、仲間に頼っていたら? ……たぶん、僕はもっと苦戦したと思う。
最後に魔闘の型を使ってしまったが、後遺症は残ってないだろうか? 頭を割った手ごたえはなかったから、生きていると思う。あの打撃は本当に加減が難しいのだ。
どっちにしてもマナ経路を脅かすから、数日は動けない。彼は牢屋でどうなるだろうか?
それから、三毛猫獣人の奇襲についてだ。彼がマナを放ちつつの突進には僕の身が竦んだ。あれがマナの暴走か……。
重要なのは残心……「心を戦場に残す」具体的には「ずっと油断しない心がけ」を、僕は出来ていると思っていた。
……師匠が、毎回毎回注意する。達人を仕留める一撃は、油断で容易に食らってしまうと……本当に、しつこいくらい教えられていたのに……。
あの瞬間、動けなかったのが悔しい。
そして、アレンに助けられた。彼の剣についても……理解できていないってのが自分を許せないでいる。
おそらく、すべてを突き詰めて動き、相手に何をしたか解らない内に斬るという、師匠が言葉だけで説明した次元の業だろう。
「僕と同じくらいの歳なのにな……」
……今の僕では歯が立たない。
彼は友好的な人間だし、衝突するとは思わない。しかし、歳の近い人間にあんな技量持ちがいるのだ。同世代で前を進まれるのは不快である。
あと、彼は冒険者だ。依頼人次第ではまさかのことだって起きるかもしれない。今のうちから備えておくべきだとも思う。
僕は棒を取って構えた。
「ふっ!」
僕は教わってきた型をなぞる。やはり疲労のせいか、不恰好な型になった。それでもやっておかなきゃと体を動かす。
エリナと話して入った胸の火が、僕を動かす。アレンという存在が、僕を焦らせる。
師匠は僕に言った。
「弱いやつが強くなるために武があるんだ。武ってのは面白い。まじめに稽古した分だけ強くなれるからな!」
その言葉を信じて僕は型をなぞる。ゆるゆるした基礎型だ。
師匠は剣術が得意らしいし、一応の型は習った。だけど、剣は孤児院のだれかが触って怪我するかもしれないし、管理や手続きが面倒である。それに……エリナは剣が苦手なのだ。
だから、僕は棒を主武器に選んだ。棒術は色々な体の動きに繋がるというから、すべての業の要素があるってのがてっとりばやいのだ。
だから僕は棒術と体術を重点的に稽古している。
棒術は長物で長さは180C(*注 ≒180cm)くらいあって、使い方が独特だ。
これを手の力で振ろうとすると、遅くて弱い打撃となってしまう。だから身体の動きを使って、円運動を意識して扱うのが基本だ。円の大きさが破壊力となる。
基本の打撃は棒が大きく円を描いて、打つことを意識する。だから基本素振りを『蒼之弓月』や『紅之弓月』と名付けたんだと思う。
基本的に、棒の邪魔をしないような身体の使いで、体幹の力を乗せれば棒は唸りを上げて振り下ろされ、人や魔物の骨を打ち割ることができる。
殺傷能力を求める場合は突き業があり、体重を載せ、身体ごとぶつかる攻撃は僕の練度でも合板を貫くことが可能だ。
心得として、火蜥蜴車に積む掃除道具ブラシやホウキに混ぜて、長棒を積んでいるのは護身用でもある。
「ふぅっ!」
ゆっくりでいい。息を吐き、関節の円を意識し、棒が描く円を大きくなるよう腰を落として体も大きく使う。
その一撃が体に食い込み、骨を砕くように、当たる瞬間だけに握り込む。
型稽古は数稽古である。回数を重ねることで、考えなくても身体が動くようにする。
「型とはその状況に落とし込めば、必ず仕留められるものだ」
師匠はそう言って、棒術・剣術・体術の基礎的な使い方を教わっている。
それ以上もあるようだが、上手にならないと進まない。
基礎であっても急所となる足の内踝や、こめかみなど、的確に打ち据えるように棒を操る。
狙いの意識を明確に意識するように、と常に言われていた。
打つ場所を明確に意識しなければ、攻撃はぬるくなる。
ただ、これも加減が難しい。意識しすぎて攻撃が読まれてしまう場合もある。
聞いた話によると『神の祝福』で『戦士』などの戦闘に適した能力を持つ人は、それらの調整をまるで意識せずにできるらしい。
だけど、知っていれば模倣できるのが武である。
才能がある人って、出来てればよしと、理の突き詰めを怠る人間が多いらしい。
だから、武才のない僕は彼らよりも考え、理を知り、効果を突き詰めるという、3倍がんばってようやく並び、追い越すことができるのだ。
「型は、考えなくても出来るようになっておけ。そうすれば、今の瞬間に最も適した動きをしてくれる」
師匠の言葉を繰り返しつつ、僕は棒を振った。
長く続けると意識がゆるむ。
その時には、気力を得るためにじりじりとした感情を思い出す。それはエリナを脅かす呪詛と、アレンに及ばなかった悔しさだ。
エリナから美しさを脅かし、僕たちを消し僕からエリナを奪った悪意を打ち払わねばならない。
アレンが平然とやってのけたことは、僕の求めている力である。早く追いつかねば……。
強い感情が僕に疲労を忘れさせた。
『仇に武が届くとは思うな。だけど、王都で武は機会を広げてくれるはずだ』
師匠に言われた言葉を信じて、僕は稽古を続ける。
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「ふぅ……」
稽古に区切りをつける。
次は魔導に関する稽古をしたいのだけど、今日はマナ消耗が激しかったんだよなぁ……。
どうしようかな?
僕は魔女子さんに話を聞き、メアリから初級の魔導教本を読ませてもらっている。
だけど魔導は人によって解釈が様々だ。初級の教本でも複数の説が載っていて解りにくかったりもする。
たとえば、理解できない力だし、あまり考えない方が大きな力だが出せるという論がある。それで強力で飛びぬけた魔導を使う人が多いらしい。
その説に対して魔導は理論をしっかり立てて考え、理解することによって、繊細かつ巨大な力が出せるという人も多いのだ。
どの説をとるかはその人次第と言った部分がある。ちなみに僕は、夢に出てくる研究者の影響もあって後者の考えの方が合う。
その考えから魔導は、人が体に蓄えたマナを導くことで現象の発現を行う力である。
詠唱で世界に隠れた神々に訴えかけ、マナの推移で自分の存在を示し、王樹の葉という契約の核を経て魔の力を現実に表現するものだ。
基本的に多くのマナを動かせば大きな現象を起こすことが出来る。
ただし、多く動かすためには、身体に蓄えられたマナがたくさんいるし、マナがたくさんあっても動かすのが下手だと大したことはできない。
身体のマナを増やす方法はある。マナを極度に消耗したり、マナ中枢に打撃をうけたりした後に、ちゃんと生き伸びて深い睡眠をとれば良い。
多くのマナを動かすためには、自分が持つマナを一気に活性化させる技術と、それを一気に動かして体内で流れを作り、巡回させる技術が必要で、これはマナを動かす機会を多く作るほど身に付く。
多くのマナ巡回を激しくすると全身の負担は大きくなるが、マナはさらに活性し、マナがマナを膨れ上がらせ、強大な魔導や聖祈となるのだ。
つまり魔導の地力……基礎能力は身体のマナ保有量と、マナを導く能力である。
あと……そうだ……どちらの説も、付け足しに心の力が重要とある。だけど……こっちはあいまいな表現が多くてよくわからない。
話を戻すが、僕はマナが大きい。小さい時からマナの消耗やマナ中枢へ打撃を受ける機会が多く、エリナが呪詛で倒れたときからマナを喰わせ、その反動で発達した。
それに現在は、他の魔導ゴミ屋の3倍近く仕事が回されている。
けっこう魔導を使っているんだけど……魔導学校の魔導師たちと比べるとどうなんだろう?
まあ、魔女子さんのように、広い範囲を焼いてしまう火炎魔導は圧巻だ。連発はできないと言っているが、あれが魔導師の普通であれば自信が無くなるなぁ……。
そこまで考えて、レアの顔が浮かんだ。彼女との出会いは鮮明で、強く記憶に残っている。力になりたいと思ったのは間違いない。
「……『浄化』」
ただ、思い浮かべたのは『浄化』に関してである。
あれを自分でも使えるようになればどうだろう?
「ちょっとやってみるか」
僕は彼女のマナの動きが見えていた。
当然だけど『魔闘の目付け』は使っていない。これでも師匠の言いつけは守っているのだ。
だけど……稀にではあるが、他の人が魔導を使う時、そのマナの運行が見えてしまうことがある。さらにはそのマナ運行と詠唱を模倣すると、使えてしまうのだ。
そう、レアの『浄化』のマナ運行と詠唱を僕は覚えている。
「できるかな?」
言葉と同時に僕は下腹からマナを動かした。その経路は下肢内側を通って正中を通り、頭部を経て、腕の外側を通って掌へ集める。
「汚れよ、邪よ、悪意よ、穢れよ、その本質たちよ。神の慈悲を受け紅い月の涙を受けよ」
詠唱は続く。
「汝に捧ぐは我が祈り。汝の力は理の狭間。力を、輝きを! 邪を退けるその掌を与えたまえ」
僕のマナが手のひらに集まってくる。王樹の葉を取り出して、発現を試みた!
「『浄化』」
しかし……ダメ。
手にマナが集まった感覚はある。だけど……それでおしまい。
王樹の葉も反応しない。
ただ、マナが動かした以上に消耗される感覚と、疲労が僕を襲う。
「ぐぅ……これは、なんだ!? いつもと違う!?」
聖祈と魔導が違うからか?
『王樹の花弁』が必要かな?
似たようなものって認識を改めなきゃな……。
疲労が倦怠感を生む。
慣れないマナの行使によるものだろう。急に動悸が激しくなり、肩で息をする。
こんな消耗は久しぶりだな……僕は座り込んだ。
「明日会えたら、レアに聞いてみるかな?」
『浄化』は僕が望んでいた力である。
あれが自分で使えるならば、汚れや臭いをキレイに落とした状態で家へ戻れるのだ。
今まで神殿との縁が薄く、聖祈をこの目で見る機会が少ないってのもあるが、あれだけ劇的な汚れ落ちは素晴らしい。本来の使い方ではないかもしれないのだが、技術の使い方は本人に寄るのだ。
あれさえ出来るようになれば、エリナや兄妹たちの前へより綺麗な姿を見せることが出来るだろう。
僕は仕事の関係上、自分についた汚れや臭いに対して鈍くなっていると思っている。その分だけ、自分に取りついた、臭いや汚れが他のヒトに嫌だとおもわれているような、脅迫感あるのだ。
これが自分の『浄化』で何とかできるなら、素敵なことだと思う。
「休憩……いや、これで終わりにしようか?」
呟く。想定以上の疲労がある……僕はそのまま座ってて2つの月を見上げた。
真月は満月で、魔月は半月だった。それぞれが白い輝きを撒いている。周りに瞬く星たちが明るい夜空を作っていた。
「あーあ、月たちは綺麗だな」
僕はその美しさに息を吐きだし、しばらく見ていた。