25 セイは孤児院へ戻り、エリナに挨拶する
アレンたちを見送った後、なぜかじりじりする気持ちがある。そんな僕にマティスさんが声をかけてきた。
「セイ、苦労かけたな」
「いえ、何とかなりましたよ」
マティスさんは師匠について聞いて来る。
「なあ、先生はどこ行ったんだ?」
「あ! そのー、えっと……」
どこに行ったんだろう?
師匠はたまに驚くような行動をとるのだが、それには必ず理由がある。
何と答えるか迷う。しかし、そんな僕の後ろから声がかかった。
「待たせたな!」
師匠である。彼は人を抱えていた。
「先生! 今までどこに!?」
「ちょいと厄介な奴がいたのさ。悪かった。説明してたら逃げられそうだったんでな」
言いながら師匠は担いだ人を下ろす。その人には魔道具を用いた厳重な拘束がされている。よく見ると腕が斬れていた。
師匠、木刀で斬ったの!?
「……こいつは?」
「おそらく首謀者だ。すまない……加減が出来ない相手だった」
「なんと!?」
「今は動けないが、衛兵の手に余るかもな。騎士団を回してもらった方が良い」
「……解りました」
マティスさんは護送には自分も付き添うと息を吐く。
「それで先生……あの……」
言いにくそうなマティスさんの言葉を遮り、師匠は僕に向かって言った。
「セイ、すまんがもうひと頑張りだ。残りの見回りを終わらせるぞ!」
「……はい!」
「ありがとうございます!」
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僕は、道中で今日の戦闘を話す。
ゾイドとの闘いに関して褒めてくれた。ただ、衝撃に気を回していれば怪我しなかった、相手を読む精度を上げるべきだと注意点も貰う。
さらに三毛猫獣人の話をする。マナの暴走らしい推察を加えると師匠は考え始めた。
「僕はゾイドで疲れてて、対応できませんでした」
僕の言葉に師匠は苦笑する。
「獣人は、もともと打撃に強いからなぁ……まあお前さんが生きてるわけだし、良しとしようや」
「はい。それから……」
僕はアレンのことも話した。なるべく見たままに主観は入れない。
「そうか、中々の奴だな」
僕はようやく本音を吐き出す。
「僕……今のままじゃ、あいつには勝てません」
「闘うつもりなのか?」
「え? ……いえ、ただ……僕は、彼と大きな差があると思いました」
「ほう?」
「先生、どうすれば良いんでしょう」
自分でも困る質問だと思う。だけど、頭の中でまとまっていないものをそのまま吐き出してしまった。
「何をだ?」
「その……えっと、あー」
しどろもどろの僕を、師匠は手で留める。
「今度の稽古で詳しく聞くよ。考えは整理しとけ」
「……はい」
「あとな、セイは気を使いすぎるのが悪いところだな」
「え?」
「マナの働き、無理して普通に見せてんじゃない。疲れた時には鎮めとけ」
「……解るんですか?」
「まあな」
何故見抜かれたんだ?
もしかして、魔闘の目付けをつかってた?
そんな気配なかったのに……。
僕の思考を読むように、師匠は言った。
「セイよ、今日の頑張りもあったし教えておく。『魔闘の目付け』はまだ上位の使い方がある」
「!?」
「コツを掴めば簡単だが、それまでは長い。工夫するんだ。出来るようになったら、ヒトに使うなってのは撤回するし、アレンって奴ともやりやすくなる」
「はい。でも王樹の葉がなぁ……」
僕の呟きで師匠は一瞬渋面を作るが、すぐに気を取り直して僕の肩をぽんぽんする。
「マナの活性を鎮めて回復に向けとけ。でないと、明日まで残るぞ」
マナを活性すると、体は動かしやすくなる。疲れた体でムリするときに有効だ。だけど、あとで大きな疲労が一気に来てしまう。僕は、師匠の前で弱い姿を見せたくない。それを見抜かれてしまったのだ。
「…………はい」
師匠に言われ、僕はマナを鎮める。そして回復へ向けた。すると動くのが億劫になってふらつきが出る。それを師匠は支えてくれた。
「すみません」
「いや、5人を任せちまったからな。こっちが謝らなきゃだ」
「でも、なんとかなりました」
「そうか、よくやったな!」
師匠の言葉で、僕は報われたように思う。
そして、僕たちは歩き出した。その後の見回りでは特に大きな問題は起きずに済んだ。そして僕たちは帰路につく。
帰りに師匠は屋台に寄り、僕を置いて行ったお詫びの品とシャミ鳥の串焼きをおごってもらった。お土産にしよう。ちょっと濃い味つけだけどみんな喜ぶかな?
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空はもう暗くなっている。二つの月が高くなっていた。僕は孤児院へと戻る。
僕たちの住む孤児院は『星屑の集い』と言う名前だ。
建物は二階建てで、外壁に少し汚れが目立つ。いつか掃除しようと思っているのだけど、やはり大変だし僕は中々自由にならない。
どうもこの孤児院は他と比べて異質らしい。現在、ここに住むのは僕と孤児院長のエリナを含め、5人である。普通の孤児院はもっと多くの子供を抱えるらしい。
それから、ここの子供たちは幼いルネを除き、全員が『神の祝福』を受けている。それも変だと言われる。
だけどここが出来た元々の経緯や孤児の受け入れなどは、すべてエリナの意向からだ。そのおかげで僕たちが今生きて暮らしているわけで……。
普通だと感じていることを違うと言われるのは少しもやもやしてしまう。
そんなことを考えつつ、僕は扉を開く。
「ただいま」
「おかえりー!」
出迎えてくれたのは少しくすんだ金髪の妹、メアリだった。妹と言っても血は繋がってない。
しかし、僕たちは全員が本当の兄妹として育って来た。
「兄さん遅かったね」
「ちょっと衛兵の手伝いがあってね。これおみやげ」
「ありがと! て……んー!? なにその頬、腕も? ケガしたの!?」
僕はゾイドの攻撃で頬と腕に傷を負っている。一応、リュシエルに保護布を貼ってもらったんだ。頬だからやはり目立つのだろう。
「ちょっと暴れるヒトがいたんだ」
「もう……見せて? 手当てするわ」
「応急処置してもらったよ?」
「ダメ!」
メアリは急いで僕の手を引く。
「てかメアリ、今日は学校早かったの?」
「うん」
「……王樹の葉は足りそう?」
「大丈夫だよ。買ったばかりだもん……てか、もうすぐ試験期間よ」
そう言いながらも、メアリは束にした王樹の葉を見せてくれた。
彼女は『神の祝福』の『魔導師』を得ている。魔導学校に入学してそろそろ1年が経ち、近々進級試験があるらしい。試験は結果次第で留年もあるのだ。
僕は彼女の実力は知っているし、学校燃やした魔女子さんでも進級出来ている。だから問題はないと思う。
「うー、いつつ……」
僕の保護布を剥がしメアリが僕の傷を確かめ、消毒と手当てをしてくれた。自分でやると言っても許してくれない。彼女は僕の傷に敏感である。
……昔、僕が大怪我を負ったことがあって、その時とても不安になったからだという。
「はい、これで良いわ」
「ありがとう。でさ、レジスは?」
「レジスはエリナママを描いてるわ」
「そか、エリナは元気かい?」
「……うん」
どうも良くないらしい。最近はちょっとご飯を残すし、心配だ。
「じゃあ、会って来るよ。遅くなってごめんね」
「あ、兄さん……わたしもごめん。今日戻ってからちょっとうとうとしちゃってさ、ごはん遅くなりそうなの」
「手伝わなくていいの?」
「ご飯はわたし1人で作りたい」
「そうか、じゃあその間に……僕も自分のことするよ。試験期間中は僕たちに任せてよ」
「うん……ごめんね」
そんなやりとりをしていると、紫髪の妹ルネが僕に駆け寄りニコニコと言う。
「にいちゃ、おかえりなさい。ルネ、今日はねーちゃと一緒だったの。楽しかった」
ルネは少し成長が遅い。早産だったのもあるのだろう。彼女は5つになるのに言葉が中々出てこないようだ。
だけど、感受性豊かな子である。僕の傷をみつけて撫でてくる。
「にいちゃ、痛いの? 痛い? だいじょぶ? だいじょぶ?」
涙ぐんでいる。そしてだいじょぶ? を繰り返していた。
「大丈夫だよ。かすり傷さ」
「うぅぅ……」
「ルネ。僕もエリナに挨拶してくるよ。メアリのお手伝いしててくれるかな?」
「あい」
僕は汚れた上着を脱ぎ、汗を拭うと部屋着に着替える。
そして階段を上る。
一番奥の部屋のドアをノックした。
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「はーい?」
「ただいま、セイです」
「セイってだれ?」
小さく眉をしかめ、僕はドアを開ける。
中には揺り椅子に座ったエリナと、その姿を描くレジスがいる。
「おかえり、兄ちゃん」
「ただいま、レジス」
「どなた?」
エリナが僕をみて首を傾げる。この言葉はいつも僕を刺す。
「……僕はセイ。えと、エリナがここまで育ててくれたんだよ」
エリナは少し首をかしげて、答える。
「……そんなわけないでしょ? って、あらあら? その黒い髪は綺麗ね」
「ありがとう」
「でさ、セイ……くんは、何しに来たの?」
「……僕、帰って来たから、挨拶に来たんだ」
エリナは思案顔をしてみせる。彼女は紫の美しい髪と整った容姿と、訓練された所作は相変わらずだ。
エリナは元々高級娼婦だったのだが、後に貴族の愛妾となる。
そして僕を拾い、家で育てたいと駄々をこねたが拒絶された。なら孤児院を私財で作る! と迫ってくれた。
それがこの異質な孤児院『星屑の集い』の始まりだ。
僕たちの恩人である彼女の胸には、黒金の枝2本が捻じれ、絡みあったようなデザインのネックレスがある。
そのネックレスの一部が彼女の胸へと食い込む。そう、エリナが受けた呪詛だ。
ネックレスのデザインが表すように、彼女は2つの呪詛を受けている。それは『魔喰いの肉腫で彩る』と『賢者の英知に忘却を』といった呪詛名らしい。
僕は呪詛を解呪するために調べたのだが、今わかっているのは呪詛の効果だけだ。
『魔喰いの肉腫で彩る』はエリナから美貌と人との触れあいを奪う。
この呪詛はその身体に、他者のマナを喰らう赤黒の醜い肉腫が現れるものだ。
一定時間で現れる肉腫は手の先から徐々に体幹や顔などへ出来ていく。他者が触れるとそのマナを喰らい、肉腫は治まる。マナが喰われる量は肉腫の大きさによって異なるが、喰われる時に強い痛みを伴う。
つまり美貌を売り、人と触れ合う仕事のエリナは、どちらも奪われた。
『賢者の英知に忘却を』はエリナから記憶を奪う。
彼女を愛妾にした貴族は、彼女の詠んだ詩歌に惹かれ溢れる知性を愛していた。
だから、知性を奪いたかったのだと思う。今、エリナは貴族と出会う前の娘の状態である。
そして、僕たちのことも忘れてしまった。しかもこの呪詛がある限り、新たなことを覚えることができない。今日の記憶も明日には忘れてしまう。
つまり、この呪詛は僕たちから、僕たちの知ってるエリナを、エリナから僕たちを奪った。
彼女が呪詛を受けたのは5年前で、あの日複数の暴漢に襲われて怪我を負い、呪詛を受ける。僕もその場に居たというのに、守れなかったのだ。
「あのさ、妾さ、ここがどこかよくわからないの。えーと、レジス? ……くんにきいても、えーと、教えてくれないのね」
「まあ、レジスは絵に向かうと周り見えなくなるからね。エリナ、手を見せて」
「あ、なにこれ!? これじゃお仕事できないわ……」
僕はその肉腫に触れる。鋭い痛みが走り唇を噛む。そして、今日はかなり消耗したマナを喰われる違和感が現れた。だけど、それと同時にこの肉腫は小さくなっていく。
「あら、なになに? セ、イくん? 治癒してくれるの?」
「うん……慣れたもんさ。僕、エリナには綺麗でいてほしい」
これに気付いたのは、呪詛が発動したころだ。顔にまでも肉腫が現れ、絶望していたエリナに僕は触れた。
そのとき、激しい痛みが走った。それから急激にマナを喰われる喪失感。
だけど僕は弱く、泣くことができない男だった。かわりにこれを罪と思い、耐えた。
すると、その肉腫が小さくなっていくことに気がつく。
以後、僕は彼女の助けになれると思いマナを喰わせる日課になった。あとからメアリも手伝ってくれるようになり、レジスも参加してくれて、今、この肉腫は彼女の手だけに現れるものとなっている。
「何か痛そうよ? セイくんだっけ? やめといたら」
「エリナは忘れてるけどさ、僕は貴女に恩があるんだ」
そう。僕は、いや僕たちは彼女に生かしてもらって今がある。
どんな形で返すべきか悩んでいる程に、みんなエリナが大好きなのだ。
彼女はことあるごとに、独特の価値観で僕たちを導いてくれた。
……ある日、エリナは僕を見つめて言った。
『セイ、男前になりなさいな』
『男前? どうすればいいの?』
『まずは、強くて逞しくて、あとは仕事をがんばるの』
―――だから僕は武技を習い、仕事を頑張っている。
『セイ、優しさのない男はつまんないの。つまんない男は男前じゃないわ! 優しい男になってね』
『やさしいってどんなひと?』
『弱い子を見捨てないで、ちゃんとお話を聞いたげるの!』
『わかった』
―――だから僕は……エリナはもちろん、孤児院のみんなを、手の届く範囲は守ろうと誓っている。そしてできるだけ、多くのヒトと会話できるように頑張っているつもりだ。
『あと、男前は悪女に転がされて楽しむものよ!』
『転がされるって?』
『良いように振り回されるのよ』
『悪女ってなに?』
『とーっても悪い女ね』
『悪い……女のひと?』
『女の子はみーんな、悪女の素質を持ってるわ! だから、ちゃんとふりまわされてあげなさい』
『エリナも?』
『もちろん! 妾みたいなのは特別厄介よー?』
『ふーんー……じゃ僕、エリナに転がされるね』
『あはは、そっかー……』
―――エリナ……転がされたいからさ、厄介な悪女に戻って……。
違う。戻ってじゃない。
僕は呪詛を打ち消し、解呪し、エリナを取り戻す。
これは僕の使命だ。
僕の心に火が入る。
ふと、エリナが怪訝な表情で見ている。初対面の人を見る時の目で、だ。
「ねね、えーと、セイくん? 妾帰らなきゃなの。おうちまで案内してくれない?」
「……エリナのお家はどこ?」
「『交わる二つの三日月停』ってお店よ? 寮に戻らなきゃなの。知らない?」
そのお店はもうないと聞いている。だから、僕は言った。
「エリナ、そこはもう閉まってたよ」
「うそよー! 昨日まで働いてたのに! あの辺りで一番の店よ! 妾、素敵なパパを捕まえるの!」
そういった話は弟や妹のいる前ではしたくない。僕は話を打ち切ろうと、レジスに聞いた。
「レジスはもう少し描くのかい?」
「うん。ご飯遅くなるらしい。メアリ姉ちゃん寝ちゃってた。兄ちゃんどうする?」
メアリ、疲れてるのかな? 手伝いたいけど、彼女は僕たちが手伝うのを嫌うのだ。
「僕、少し稽古してくる」
「え? 疲れてない?」
「でも、やらなきゃなんだ」
「兄ちゃん……」
「エリナ、今日は夜だしさ、そのお店の場所が解んないんだ……」
「えー? 夜からが稼ぎ時じゃん」
「僕、ちょっと用があって……ご飯の時にまた、お話ししよう」
「いーわよ、セイくん。思うんだけどさ、君は男前になりそうだよねー」
「……なら、エリナのおかげだよ」
「え? 妾、何かしたかしら?」
エリナは本気でわからないと言った顔を見せる。
「僕たちは、エリナがいたから生きてるんだ」
「ほんと?」
「……じゃあ、レジス」
「ん?」
「エリナをたのむよ」
「うん」
「えーと、セイ、くん? レジスくん、妾を連れてってくれないの?」
「エリナ、手と足が良くないだろ? 治ってからだよ」
「むぅ……姐さんにおこられるのよぅ」
こうして僕は、エリナをレジスに任せ下へと降りて行った。