24 アレンとの再会
「セイすまないな! 待たせた」
「……いま終わったところだよ」
僕は少し不機嫌にマティスさんに言った。
「……みたいだな」
彼は申し訳なさそうな顔をしつつ、倒れたゾイドを確かめる。
「ちょっとやり過ぎたかもしれません」
「生きているなら良い。意識が戻れば事情を聞けるだろう」
倒れたゾイドに拘束用のロープを掛けつつ、傷も見ている。さすがに手馴れてるなぁ。
「セイ、さすがだ!」
「いえ、加減ができませんでした。頭を強く殴ってるから、今夜は注意してください」
「なに? お前さんがやり過ぎたってのは珍しいな」
「強かったんです。魔身者みたいだし……」
そこで、僕は彼の後にいる2人の冒険者に目をやった。
片方は金髪の男性、もう片方はピンク髪の女性である。金髪の男性を見て僕は驚いた。
「アレン?」
そう、金髪の男性は今日友人となったばかりの冒険者、アレンである。彼は戦士としては簡易的な武装をしている。使い込まれた剣を持っているが、衛兵の特例措置だ。
女性の方は初めて見る。彼女は革製の軽装だった。よく見ると腰のベルトに投擲用ナイフが飾りみたいに付けてある。訓練を受けた偵察者か? なら盗賊ギルドの関係者かもしれないな?
「おお、セイか!? 縁があるな! 君がやったのかい?」
アレンは僕を見つけ無邪気に笑う。
「ああ。まあ、なんとかね。危なかったよ」
「え? なにさアレン? この子は知り合い?」
「ちょうど今日の昼に友人になったんだ! この国最初のだよ! 彼はゴミ回収の魔導師なんだ!」
「ただのゴミ屋だよ、魔導は使うけどね……」
「そう? あたしはリュシエル。よろしくね!」
「僕はセイ。よろしく」
冒険者は職によってさまざまだけど、偵察者……特に盗賊ギルドの関係者は基本的に握手はしない。僕は軽く手を上げてリュシエルに挨拶する。
「ええ、よろしくね。アレンの仲間やってるわ」
「冒険者だよね?」
「まーね……迷宮では索敵や罠解除を担当してるわ」
「そか、君たちは迷宮探索を主にしてるの?」
「そうよ!」
冒険者の仕事は村や街からの、戦闘を含みがちな厄介事の解決や、迷宮の魔物駆除や調査である。
パーティーの傾向によって、主に受ける依頼が違って来る。
リュシエルの言うように迷宮探索を主にするパーティーでも、リスクもリターンも高くなるわけなので準備が大変なのだ。
だから彼らは準備中に日雇い仕事をする。衛兵の手伝いに彼らが来るとはな……。てか、王都に来たばかりで、お金に余裕が無いとかかな?
「そか、よろしくねリュシエ……」
そこでマナの気配を感じた!
「うおあああああぁぁぁ!」
突如! 猫獣人が起き上がり、勢いよく跳ねた!
両手に短剣が!
僕を狙っている!?
速いっ!!
僕は咄嗟に『回収の手』を作ろうとして、自分のマナが上手く動かせないと気付く。
なんだ!? 消耗が激しかったせいか?
いや! 猫獣人のマナが膨れあがっている!?
マナ行使の阻害されるかっ!?
なぜ!?
あ、マナの暴走!?
「ぐっ!」
僕はそれでも無理してマナを動かすが、だめだ! 間に合わない!
仕方なく棒で攻撃に備えた。
判断を誤ったのか!?
猫獣人の刺突型ナイフが煌めきが目に写る!
大きなマナを放ちながらの攻撃!
こいつ、マナを燃やし過ぎてる!
身体の負担は!?
いや、突進の威力がまずい! 喰らえば肉が裂け、骨が砕けるっ!
間に合うか!?
ぐっ!
合わせられない!?
「セイ!!」
その瞬間、アレンの殺気が弾けた!
銀光の煌めきが眼前で一閃される!!
僕には、アレンの姿が揺らいだように見えただけだ……!
彼の動きが読めない。
ただ……僕の眼前で猫獣人が斬られ、血が飛び……転がり……動かない。しかも荒れていたマナが嘘のように消える。
転がったナイフが音を立てた。
アレン、君は何をしたんだ!?
「あ……」
眼前に転がる猫獣人の身体、広がっていく血の痕と独特の匂い。
「……」
「セイ、無事か!?」
「あ、ああ……」
呆然とする僕に、マティスさんが横から怒鳴った。
「ちょ、アレン、おまっ! 殺したのか!?」
「はぁ?」
「マティスさん! 彼は僕を助けようとしたんだ!!」
そう。僕は助けてもらったのだ。アレンが責められるいわれはない。割って入ろうとする。だけど、倒れた猫獣人に駆け寄ったリュシエルが大声で言った。
「まって! 大丈夫だよ! まだ息ある!」
「一応、加減したよ。咄嗟だったけど……問題ないはずさ」
彼は小さく笑う。
その言葉を聞いて、冷や汗が吹き上がる。
礼を言おうとしても、今一瞬のやりとりを見た衝撃で、なかなか言葉が思い浮かばない。
それでも、僕は言葉をひねり出す。
「アレン……その、ありがとう」
「んー?」
アレンは僕を見た。
なんとも言えない敗北感が湧き上がってくる。
あれくらい、僕が対処できなければならなかったのだ……。
アレンの動き、それが何をしたのか解らない。焦って、観察できなかった。
「どういたしまして! セイは疲れてたし、俺も働かなきゃと思ってたんだ!」
明るい言葉が、自分の未熟さを実感してしまう。
彼に、そんなつもりはないのに……。
僕は惨めな気持ちで彼から視線を外し、猫獣人とリュシエルを見る。
よくみると、猫獣人は三毛猫獣人だった。今更そんな事に気が付く。
アレンは変わらない様子でリュシエルに声をかける。
「リュシ、頼んだ!」
「あーもうもう! うるさい! 集中するから話しかけんな!」
アレンの言葉に眉をしかめつつ、リュシエルは手際良く傷を見ているようだ。その後ろでマティスさんがアレンに注意する。
「アレン、なるべく殺すなといっただろ?」
「ああ、だから生かしてるって」
「あの攻撃がか!? 鋭すぎるだ!」
「大丈夫さ。リュシ……リュシエルが何とかする」
「おまえな……」
王都には法がある。たとえ犯罪者相手でも、殺人は責められてしまう。もちろん、相手が凶悪な場合には仕方がないが、衛兵はまず捕縛を考える。
マティスさんの言葉は、僕を責めているようにも感じられてしまうな……。
僕はゾイドを仕留めてしまうつもりで攻撃した。ゾイドの暴力が自分の死に至ると判断したからだけど……。もし、仕留めてしまったら……今更ながら、ぞっとする。
だけど、なんでアレンはあんなに責められるんだろう?
あれは僕を助けるための行動のはず……。アレンを庇おうと僕は言葉を探すのだが、彼はやれやれと言った感じで続けた。
「しかし……王都は犯罪者に温いんだな?」
「アレン! 何度も言うが、ここはお前の居た国とは違う!」
「わかってるって!」
「さっきのような言動は慎めといってるんだ!!」
……? なんだろう、マティスさんは説教しているように見える。
「何が問題になるんだ?」
「『手足を落とせば良い』とかだよ!!」
「斬ったらそうなるだろ?」
「いや、だから! 衛兵の仕事は殺すことじゃない! 手足が落ちたら死んだも同然だ! 再起不能になる。そういったのが多いと問題になるんだよ!」
「んー、首以外落としても生きてるだろ?」
「そうだが、そうじゃない!!」
「じゃあ聖祈でも使えばどうだ?」
「……『治癒』にどれだけの寄付がいると思ってる!」
「あー、そうか。神殿に行くと、けっこうかかるっけ?」
「切断の『治癒』は、大銀貨15枚以上出さねばならん……それでも治るかわからんだろうが!」
……僕の月の給金が大銀貨30枚くらいだから、かなり大きいよな。
「げー……もったいない。そか、んな金誰が出すんだって話だな」
「それだけじゃない! お前さんたち冒険者の名声にも傷がつくんだ!!」
「えー、そうなのかい?」
「いいか、お前さんはまだ慣れてないからしかたないが、この国の常識にもなじんでくれ」
「解ったって! さっきから言ってるだろ?」
「解ってたらあんな言動しないって話をしてるんだ!!」
マティスさんがさらに怒鳴る。アレンは困ったようにこちらをみて、言葉を紡ぐ。
「……ああー、うん、でも、そうだ! 死体になればセイが回収出来るだろ?」
「え!?」
アレンは、ぞっとすることを、平気で言った。
「良い考えだろ! 死体が無ければ問題にならない。だろ? なあ、セイ?」
「っ!? え、ええっ!?」
呆れ顔のマティスさんを後目に、とても無邪気な様子でのぞき込むアレン。僕はどんな表情で見ていただろうか?
彼は今、「死んでしまえば人はゴミである」と、言ったのだ。
「…………アレン、僕は、ヒトの死体は、回収できない」
「え?」
「ヒトの死体は、ゴミじゃない」
「へぇ? そうなのかい?」
意外そうなのは何故だ?
何が違う?
たしかに、僕はゾイドを殺してしまうつもりで攻撃して倒した。
でもそれは僕が彼を圧倒し、加減できるだけの強さが足りなかったからで、生きていてよかったと思っている。なんで、アレンはこんなことが言える? 当然の様に……。
自問自答を繰り返すが答えが出ない。
「あー……」
「ねえ、セイ! マティスさん! 血止めとか持って無い!? あたしのじゃ足りないわ! こいつ、血が止まらないんだ!」
その声で頭が冷えた。
いまは三毛猫獣人が先だ!
「リュシエル、ここは冒険者向けの魔導雑貨だ。探してくるよ!」
「お、おいおい、あまり俺の前でそういうのは……まあ、見なかったことにするか」
マティスさんが小さく零した。アレンはリュシエルに声をかける。
「おっと、悪いなリュシ! 手伝おうか?」
「要らない! てか、言動気をつけろって言ってるでしょ! どん引かれてんじゃん!!」
リュシエルは三毛猫獣人の服を切り開き、傷に布を当てて止血を試みている。
動きは的確にみえるな。こっちには僕の出る幕がない。急がなきゃ……。
僕は今、血止め薬を持っていない。だけどこの店にはあるはずだ。孤児院への帰路に利用することもある。
壊れてて探しにくかったが、包帯、消毒、血止めの油薬の棚は、もう少し離れたところにあった!
傷の治りを早める魔法薬は、それこそ『治癒』の金額に近いもので、販売に資格と許可証がいる。たしか、ここでは買えなかったはずだ。
「リュシエル、これ使って!」
「ありがと! お、結構良品じゃん」
「ミランダ商会は品揃えがいいのさ」
「へぇ、店主が色んな意味でやり手ってのは知ってたけどな!」
物資を渡し、後はリュシエルに任す。
「君は……優しいんだな」
アレンは憮然としている。
「変かな?」
「……まぁ」
僕が物資を探してた裏で、マティスさんの説教は続いていた。
じつはマティスさんって面倒見がいいんだろうな。だけど、恐らくアレンは聞いてない。理解できないんじゃないかな? マティスさんは王都の常識を伝えているんだけどな……。
三毛猫獣人はリュシエルに任せ、解放されたアレンに僕は話しかける。
「ちぇ……」
憮然とした表情を見せる。
不意に僕の中で、孤児院長エリナの言葉が思い出された。
『セイ、ひとにやさしくしてね』
「どうすればいい?」
『相手とお話するの』
「なんのため?」
『相手を知らなきゃ、やさしくできないでしょ?』
頭を振って……僕は、アレンを見た。
何か、言わなきゃいけない気がする……。でも、何といえばいい!?
とりあえずは……。
「あー……アレン、申し訳ない。僕を助けてくれたのに……」
「んー? いいよそんなの」
彼はどうも不機嫌そうだ。助けられたんだから感謝しているのは間違いない。僕はすぐに否定した。
「そんな、で済ませるなよ! 命の恩人だろ!」
「友人を助けるのはあたりまえだろ?」
「むぅ……」
彼独特の倫理観は調子が狂うな。だから、僕は自分が思ったことをそのまま伝えようと思った。
「アレン……えーと、僕さ……後の言葉で驚いたよ」
「ふぅん」
僕は想像力を働かせて、聞いてみる。
「もしかしてだけど……君は、戦争の激しい地域にいたのかい?」
「……」
師匠から聞いたことがある。
戦地を経験した人間は感覚が狂うらしい。
彼にとっての常識と、僕たちの常識には大きなズレがある。
それを埋めなければ、友人にはなれないと思う。
僕は彼を知らな過ぎる。
「かなり激しかったんじゃないか?」
彼は小さく息を吐いてから、答える。
「……思い出したくないくらいには、ね」
「えと、アレン。王都はさ、人殺しはだめなんだ。僕もゾイド……こいつらのボスを殺しかけたけど……」
「そうかい……」
「なあ、ふてくされるなよ。ここに住んでた僕たちと、来たばかりの君とで常識が違うのさ」
「かな?」
「なあ、今度で良いからさ……君が今まで何があったかをさ、教えてよ」
「えー?」
「友人なんだろ?」
アレンはこちらを見つめてくる。しばし無言で見つめ合った。
「ああ」
そして、笑った。
「すまないな。俺、リュシにも言われるけど、感覚がおかしいらしい」
「いや、国が違えば僕たちだって……」
「ちょっとあんたら! しゃべってんなら手伝いなよ! あたしにばっか尻拭いさせてんじゃないわ」
「お、おう!」
「何すればいい?」
僕たちは目を合わせ、慌ててリュシエルの手伝いに参加する。彼女の指示を受けて、雑用に徹した。彼女の手早い処置のおかげもあり、三毛猫獣人は一命を取り留める。
彼女は汗をぬぐった。頬に血が付いていたので僕は店の品である比較的清潔そうな布を渡す。マティスさんはやっぱり目を瞑っていてくれた。
「ほとんどさせてごめん!」
「良いわ。てかアレン! アンタの言動のせいでせっかくの縁が逃げるでしょ!!」
「むー、緊急時に何もできなくなるよりいいだろ!」
「論点ずらすな! 発言に気をつけろって話よ! フォロ―する身になってよ!」
「すまんな」
なんだろ、仲良さそうだな。
「悪かったわね、セイ。あれっ!? ……てか君、頬と、腕とか切れてんじゃん」
「あ、ああ……石柱の破片が当たったんだ」
「痛そうね。もう! 見せてよ、ついでに手当てしたげるから」
「あー、そうだね。お願いしようかな」
「セイ、リュシの手当ては痛いぞ」
「痛くすんのはあんただけよ!」
リュシエルはアレンに噛みついてから、僕の傷を応急処置してくれた。
なんというか、所帯じみてるよなぁ……。
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その後、アレンとリュシエルは戻ってきたマティスさんの部下と一緒に、犯人護送を担当する。僕とマティスさんは師匠が戻って来るのを待つことにする。
「セイ、また宿でな!」
「ああ、またな! アレン、リュシエルも今日は助かったよ」
「ほんとだね、普段なら助け料もらうとこだけど、こいつの友人ってことでまけてやるさ」
「えっ? まあ、お手やらわかに……てかリュシエルも他の国からきたの?」
「さー、どうかしらね」
自分の素性を濁すと、リュシエルはアレンを見上げてから言った。
「ただこいつさ、昔ヤバイ土地で育ってさ……あたしらも引くことがあるんだ」
「大丈夫。ヘンな人には慣れてるよ」
「……あんたも、変な奴だね」
「そうかい?」
「でもさ、王都に友人が出来て嬉しいわ!」
「あ、ああ」
アレンがゾイド達を運んで護送用の馬車に乗せた。彼は膂力も強いらしい。自分より頭一つは大きいゾイドを涼しい顔で担ぎ上げる。
「リュシ、行こうぜ」
「あいよ!」
そして馬車が発発車した。僕は手を上げて見送る。
こうして僕は出会って間もない友人たちと別れた。