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23 セイの奮闘①『貧民窟の首領 ゾイド』

「君さ、何でこんなことしたの?」


 セイが聞いた。ピンク髪の首領は睨みつけてくる。


「こっちが聞いてんだよ! てめえは何なんだよ!?」

「僕がなに? ねぇ……想像力ある? 君の敵だしさ、素直に教えないと思うよ?」

()めてんのか」

「とんでもないさ」


 会話はセイにとってありがたい。

 彼にとっての不安材料を解消したい。

 そう。同時突入だと言っていたマティス達の応援が来ないのだ。何かの手違いだろうか?


 セイは息を吐く。マティスにはそういう所がある。

 彼()あまり運が良くないヒトで、緊急時には面倒なことになってしまうのだ。

 セイは内心で頭を抱える。


 ―― 闘ってる最中に来たら困るなぁ……


 そして、セイはなるべく会話を続けることを選んだ。


「でさ、僕の質問に答えてよ。何でこんなことしてんのさ?」


 ピンク髪の男は吐き捨てる。


「良いもんを盗りにきただけだ」


 言いながら肩に担いだ自身の身長くらいある石柱オブジェを無造作に振る。

 強烈な風圧がセイを襲った。

 筋の隆起などが読み取れず、セイは内心ひやひやしつつ、態度は軽いままを貫く。


「取りに来たんだ! ここはお店だよ? 予約してたの!?」

「はんっ」


 男が動いた!

 セイは『魔闘の目付け』を使う。

 彼の目がマナで染まった。見る者に不安感を与えてしまう、黒に何かを混ぜて輝かせたという、不気味な色である。

 そして、見えた。この男の体動にはマナの動きが合致している!

 マナが筋力を助けているようにみえた。

 攻撃までの動作がおどろくほど速い!


 それはまるで力を入れてないように思える。

 セイに戸惑いと疑問。『彼はマナで体を動かしているのか?』

 考えるより先に飛んだ!

 少し遅れた衝撃! さっきまでいた場所へ石柱が振り下ろされた!!


 ピンク髪はさらに無造作に石柱を振るう!

 その巨大な石の塊は、鋭く、速く!

 セイを巻き込むように振るわれる!


 当然、セイは反応して躱す!

 体動の観察は日課でもある。これでも観察眼は養っているのだ。

 しかし、そのせいで感覚のズレを覚えた。敵の筋緊張が計り難い。

 つまりは攻撃の起こりがほとんど読めないのだ!


 さらに得物も問題である。

 敵首領の石柱が振るわれると風圧を伴う!

 それがセイの動きを阻害した。

 セイは後の先、いわゆるカウンターを狙っている。

 それが難しいと判断!

 仕方なくセイは大きめに飛んでやり過ごす!


 叩き付けた石柱は力強く割れる!

 多くの(つぶて)が飛んできた!

 咄嗟に顔を庇うが、鋭利なそれらは腕と頬を傷つける。

 傷から血が流れてきた。

 疼痛が生まれ、セイは眉をしかめた。

 

「むぅ……馬鹿力だなぁ……その力で働いたら良いんじゃない?」

「てめえ、よく避けたな?」


 平静なセイをみて、ピンク髪の男はセイに興味の視線を向ける。

 彼はその見た目から、自身をノロマと見た馬鹿どもを数多くほふってきた。


「その力、どうやって身に着けたの? 頑張ったんじゃない?」

「殴り合って生き残れば、自然に身につく」

「うぇ、やだねぇ……もっと楽しいことしようよ。それ以外には楽しいコトなかった?」

「はっ、知るか」


 セイは幼少期の栄養状態が悪かったこともあり、小柄である。

 今日出会ったレアや魔女子さんに比べれば少し高いくらいとなるが、目の前のピンク髪と比べれば一目瞭然だ。


 しかしセイは自分の力に自信がある。

 毎日の仕事で10~30(カロ)(kg)のゴミ缶を300件弱の件数分、持ち上げる仕事が彼を自然に鍛えた。さらに、自身の目的のために武力を求め意識的に鍛えている。


 だが、この男の膂力(りょりょく)は常識外れだ。

 筋力は断面積に比例する。

 体格の違いは生み出す破壊力が違ってくるものだが、それでもこの男は桁が違っていた。


「ていうか君さ、壊すの好きなの?」

「壊すと楽しいだろ?」

「んー、楽しいかな?」

「……わからんか?」

「まあ、ある部分では同意できるけどさ、壊した後って空しくなんない?」

「何が言いたい?」

「壊して終わりじゃつまらなくない? 何ももらえないでしょ」

「貰うだと?」

「いや、お金貰た方が良いでしょ? 解体業とか向いてそうじゃん? ギルドに紹介しようか?」

「俺を雇う場所なんかねぇよ」

「そうでもないと思うけどなぁ? てか、探してないんじゃない?」

「はっ、いらねえんだよ!」


 会話しつつ、セイは相手を測っている。

 力にどの程度の差があるか、魔麦角(マナ・ばっかく)の影響、思考力など……。


「欲しければ盗れば良い。むかついたら殴れば良い。何が問題あるか?」

「んー、やり過ぎたら、返って来るよ……知らなかった?」

「知らんな」

「そか、じゃ僕が君を痛めつけ役したげるよ」

「出来ねえよ!」


 セイは棒を中段構えに取り、牽制けんせいを試みる。

 それは突き(わざ)を主体にしたものだ。

 棒術の突き技は体重を乗せて破壊力の大きい『順突き』と、棒を繰り込む使い方で、破壊力は小さいが急所などへ奇襲を掛けやすい『繰り突き』がある。


「はっ!」


 セイは気合いと共に持ち前の素早さで手の甲、肘、膝など、激痛を与える急所を狙い、順突き、繰り突きを混ぜ込み、連突きを放つ!

 攻撃は手の甲、大腿部を捉えた!

 さらに突きと打撃を織り交ぜ、頭部、内踝などを打つ!

 しかし、それらは石を打ったような手応えだった。


「ちょろちょろしやがって!」


 ピンク髪には応えない。

 打撃がまるで効いてないのだろうか? 痛みすら与えていないように思える。

 ならばと、セイは足元に散らばる雑貨を使う事も考え、使えるものがほぼないと感じる。

 魔導雑貨の棚、魔導ランプも、発煙筒も、ピンク髪たちの楽しみで壊されていた。


「しかし、綺麗に壊したなぁ……? まるで見えないけど、几帳面なの?」

「馬鹿にしやがって!」


 彼が鼻で笑った瞬間!

 セイは足元の石柱の破片群を棒ではじき、奴の顔めがけてぶつけた!

 先ほど、師匠に習ったつぶての応用。

 急に襲う群のつぶては避けられない!

 少しでも目に入れば畳みかけることが出来る!


 だが、ピンク髪は予想外の反射速度で顔を(かば)った!


「っ!」


 セイも予想していた。

 庇う動作に合わせ、セイは顔へ向けた突きを散発的に放つ!


「っ! チビが!」


 だが、視界を狙った突き業には機敏に反応した。

 酷く硬い手の甲を突いたダメージは少ない。


 ――硬ったいな! しかも喧嘩慣れしてる……視界を奪うの、難しいか?


 セイは内心では息を吐く。


「痛くないのか……君ってにぶい?」

「てめえが軽いんだよ!」


 ピンク髪は怒りを放ち石柱を振り回す!

 セイは大きく飛び下がる、しかし、石柱が伸びる!

 棒を合わせて受け、みしりと音を立てつつ、弾き飛ばされた。


 これはセイの受け身である。

 力に逆らわない飛び方で、後ろに障害物は無い。

 そのまま勢いを利用し、後転して立ち上がった。


 攻撃を受けながらも魔闘の目付けは使っている。

 ピンク髪の体内でマナが大きく動くのが見えていた。

 予測できる攻撃のはずだが、体の動きの不自然さに中々慣れないでいる。

 セイは聞いてみた。

 

「ねえ君さ、魔身者(タウラス)かい?」

「なんだそりゃ?」

「知らなきゃ良いさ」


 魔身者(タウラス)か……さっき話題に上がったなと、セイは心の中で舌打ちする。明らかに偶然なのだが、師匠は知ってたんじゃないか? と疑ってしまう。

 セイはその情報を詳しく思いだす。


 魔身者(タウラス)はマナを魔導や聖祈として発現する力を持たずに生まれてきた者たち。

 そのマナを身体の体格や筋力の発達に用いた者だ。

 集中していれば痛覚の遮断もできるようだ。

 ふつうは筋の動きを伴う力の発現をマナでやるから、攻撃が予測できない。

 師匠の言には王都でもある程度存在するらしい。


 奴は巨人とまではいかないが、強大な体格と膂力を持った男だ。

 通常の、冒険者の戦士たちとも勝手が違うな……と、セイは警戒を強めた。


「……」


 セイは考える。魔身者(タウラス)は強大な力を誇る半面、持久力に乏しい者が多い。

 膂力とマナ消耗が連動しているため、特別なマナ操作の訓練を修めなければ、すぐにマナが尽きてしまうのだ。

 この男に訓練の形跡は見えない。全力で戦える時間は短いように思える。

 牽制を繰り返し、バテるのを待てば勝ちやすくなるかもしれない。


 しかし、セイはその策を取れるか疑問があった。

 理由は勘と自分の性質が大きい。

 この男は貧民窟スラムという命がより軽い場所で、小規模ながら首領として君臨してきた。

 セイが単純に思いついた対策を取った敵は少なからずいたと思われる。


 そして、ピンク髪の男は、そのたぐいの敵を屠ってきた何かがあるように思えた。

 さらにセイは単純な思いつきで行動してうまくいった経験が殆どない。

 大体は酷いことになるか、後悔するハメになる。

 ならば、一番に思いついたスタミナ切れを狙う戦法は、ハズレだと判断した。


「そっか……」


 彼は息を吐く。

 いくつか策を考えて、それが不可能であると判断する。

 そして遅まきながらスイッチを切り変えざるをえないと悟った。

 身体がマナで鎧われているような相手である。

 しかも、自分を殺しても構わない威力で石柱を振るった。

 だから、仕留める気で……殺してしまう覚悟で、この男を攻め立てる以外、自分の攻撃は通じない。

 殺意を持っての攻撃は、痛み以上のものを相手へ与えると、師に教わっている。


「ふふ」


 セイは小さく微笑んだ。


「何がおかしい? オレの髪か?」


 その言葉に眉を上げ、セイは帽子を取った。


「僕は黒髪だよ? 君より嫌なことを言われてきたさ」

「なんだその髪? 珍しいな」


 男も眉を上げたが、その髪をけなすことはしなかった。セイは少し人懐っこい表情で言う。


「あー、そうだな。僕はセイ。君、名前は?」

「……ゾイド」

「ゾイド、死なないでほしい」

「ああ!?」


 眼前のセイが消えた!?

 振り向こうとした後頭部へ衝撃が来る!

 打ち込まれた棒先が当たった瞬間震えた!

 それが意識を切り替えた効果。

 棒先へ体重を乗せ、頭骨を叩き割ろうと試みた打撃である!

 続いて腰部、腎臓を狙った突きの衝撃!


「ぐっ、ああ!?」


 何故か、効く。

 先程の威力とは段違いの衝撃!

 打った打撃が浸透するかのような類のものだ!

 ゾイドは初めて味わう感覚に戸惑う。

 それは痛みというより、ぞっとするような感覚。

 何かが、生命力が削られるような打撃だ!


「チョロチョロと!」


 振り回そうとする前に、セイは側面へ回って肘と膝の関節部分へ連続突き、小柄で素早さを使う。

 相手の急所へ的確に相手を壊して行くための突き技を用いる。

 意識を切り替える前は、痛みで戦意を失わせる戦い方だった。

 今は急所を打ち、殺しても仕方のない戦い方に変えている。


 体重を浸透させる頭部への打撃は、しっかり狙わなければやり過ぎてしまう。

 だから躊躇(ちゅうちょ)していた。

 しかし意識を切り替えたセイは今、壊れてしまって構わないと割り切っている。

 今、彼は後頭部への打撃を狙った。

 それは運動中枢を麻痺させ、呼吸を止める殺し技でもある。


「舐めるな!」


 ゾイドは石柱を振り回し、振り上げ、力一杯振り下ろす! 

 石柱が砕け、石が飛び散る!

 その衝撃が攻撃であった。

 近くにいる羽虫を撃ち落とす、強力な攻撃!

 シンプルで厄介な攻撃だった。


 しかし、セイは先んじて攻撃を中断して、飛び下がっている。今度は飛んでくる礫も躱しきった。

 『魔闘の目付』は切らない。マナの消耗が続いても、これは彼の生命線である。

 そのおかげでゾイドのマナの流れが読めた。

 マナ中枢から膨れ上がったマナのすぐ後に攻撃を放ち、暫くマナの動きが穏やかになる。


 呼吸と同じようなマナの動きが攻撃の挙動になるのだ。

 ゾイドはそういったマナを見通す敵に出会ったことが無いのだろう。

 セイは弾けた飛んでくる礫の弾幕を掻い潜り、自分への傷は最小限に抑えてゾイドの懐へ入っていた!


 その攻撃はゾイドの下腹へ!

 マナ中枢に対しての突進突きを喰らわせた!

 弾丸のような、激しく鋭く体重を乗せた必倒の順突きである!


「ぐおっ!?」


 ゾイドの体が揺れた。しかし、セイは致命打でないと判断して離れる。

 魔身者(タウラス)は攻撃する一瞬だけ、身体にまとったマナが減り、(よろ)っている部分が柔らかくなる。

 タイミングがズレたようだ。しかし、マナ中枢への打撃は通り、硬化までの時間が遅くなった。


 勝機が浮かぶ。だがそれを脳裏から追いやり、セイは攻撃を止めない。

 首へ向けた渾身の突き、当たりどころが悪ければ、いや、貫いてしまえばゾイドを殺してしまう。

 しかし、止めない!

 全身のバネを生かし、それだけの威力を込めた突きが、回転を持たせ貫くための殺しわざが、硬化が解けるタイミングで首に迫る!


 その時中央扉が開いた!


 ゾイドはギョッとして、顔を向ける。

 運良くその分だけセイの突きがずれた!


「ぐあ!?」


 血が飛び散る、セイの突きは薄皮を裂くにとどまった。

 だが、セイの集中は高まっている。攻撃の手は止まらない。

 体をぶつけるようにして、相手の体、膝、肩を踏み台にし、大きく飛んだ。


「ゾイド!」


 空中で振りかぶった棒が円を描き、風を切り裂く!

 棒先がセイのマナを受け、暗く不可解な紅を帯びた棒に変わり、それは大きく弓月のような弧を描いて振るわれる!


「気をしっかり持て!!」


 ゾイドにはセイの黒い輝きの瞳が、棒にまとわせた紅のマナが、悍ましい光に見えた。

 そして、彼が知らなかった恐怖が、足元からまとわりつくような感覚!

 セイの攻撃が振り下ろされた!!

 彼はゾイドの脳天を打ち砕きに行く!


「がああああ!?」


 だが、ゾイドは恐怖を振り払う!

 勝負を賭ける! 彼は上空のセイを殴り飛ばそうと、拳を突き出した!!

 互いの攻撃が交差し、ゾイドの拳は……セイの打撃を少しブレさせた、しかし届かない。

 セイの攻撃は止まらなかった!


 (マナ)を纏った打撃は、ゾイドの頭部を打ち据え、脳を揺らす強力な衝撃となる!!

 遅れて、体内のマナ経路が侵され、焼かれるような衝撃が全身に走る!

 それらはゾイドの意識を断ち切った!


 ゾイドは、拳を上げたまま揺れ、倒れた。


「う……はぁ、はぁ……」


 着地したセイは、倒れたゾイドに棒先を向け、荒い呼吸となっていた。

 なんとか息を整えつつ、セイは続ける。


「あーそうか、言わなきゃだ」


 倒れたゾイドから距離をとり、セイは棒先を向けて警戒を解かない。

 武技における残心。


「君を倒したのはさ、魔闘の型・基礎業きそわざ紅之弓月(あかのゆみづき)』っていうんだ」


 集中は溶けていない。倒れ伏した相手が狸寝入りじゃないか、興味を引く言葉で探り……気付いた。


「あっ!?」


 そう今、自分が放った打撃は命を奪いかねないものである。遅れて心が戻ってきた。しかし、残心は解かない。

 離れた位置でゾイドを観察する。上向きで倒れたゾイドの胸は……上下している。意識はないが、息はあるようだ。


「……いきてるね?」


 ほっとしたら疲労が来る。自分の呼吸が乱れてきた。嫌な汗が噴き出す。

 魔闘の型を使ったセイは、肩で息を始めた。

 『魔闘の目付け』を切る。

 呼吸を調えなきゃと、大きく息を吐ききり、大きく吸う。

 ふと、彼の手に忍ばせていた王樹の葉が二枚、弾けて消えた。


 一枚は朝に使ってしまおうとしたものだから良いのだが、もう一枚は新品である。

 彼は予定外の出費に少しげんなりした。


「セイ! 待たせた!!」


 マティスの声に、セイは視線を動かない。

 今倒したゾイドが起き上がってこないか見つめている。

 セイは内心で「遅いよ……」とぼやきつつ、ようやく闘いが終わったことを実感した。


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