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22 裏口からの突入

 セイは裏口から、従業員室へ入った。

 天井の高い店舗である。棒術は問題なく使えることを確かめた。

 狭い場所で棒は邪魔になる上、攻撃手段が限られてしまう。

 突き技は使えるが、相手の死傷率が跳ね上がる。

 その場合セイは体術主体にするか、師匠のような木刀か(じょう)を使う。

 大きな店舗で良かったと胸をなでおろす。それぞれコツが違うので得意な長棒の方が良い。


「気付かれてないか……」


 奥に2人の男がいた。2人は何かを漁っている。棚や机を壊し始めると、勢いが増した。

 かなり激しい音が響く。

 二人の顔を観察すると目つきが変だ。

 思いっきり何かを叩きつけているのに、感情が見えない。


 セイは気配を断って近づき、破壊し疲れ息を上げた所へ声を掛けた。


「ねね、お兄さんたちさ、悪いひと?」


 ぎょっとして振り向いた!

 その一瞬! セイの得物である長棒が弧を描き、男の脳天を打ち()える!


 それは衝撃を体内へ通す技法。

 棒が頭部を打つと同時に体重を乗せる(わざ)である!

 体重操作を織り交ぜた師匠の教えとセイの修練が結びついた賜物(たまもの)

 その衝撃は脳を揺らし、男はあっさり昏倒した。


 1人が倒れるよりはやく、セイは体の位置を変えている。

 もう1人が悲鳴を上げそうになる前に、棒尻を跳ね上げた!

 その攻撃は、男の顎をかち上げる!


 頭や顎の急所を強く打たれると脳が揺れ、意識が揺らぐ。

 2人はゆらりと揺れ、ほぼ同時に倒れた。


 容易な仕事である。こちらに気付いていない上に、自分で大きな音を立てているのだ。

 狙いをつける余裕すらある。


 セイは彼らがマナを練った幻覚剤で感覚が鋭くなっていると想定していた。

 しかし、破壊の妄執を刷り込まれたせいで、セイの不意打ちは効果的に決まったと考えられる。

 更に武に傾けた時間が違う。

 また、セイは気付いていないが『神の祝福』は本人がその職能に必要だと思う項目が成長しやすい。

 セイがゴミ回収に必要だと思う能力、特にゴミを持ち上げる腕力と、多くの店舗を効率よく回収するために駆ける脚力が考えられる。さらに幾度も魔導を使う都合上、魔力が発達しやすい素質を持っていた。


 つまり人殺しを嫌うセイなのに、攻撃は鋭く厳しい致命打になりうる。打撃の加減が難しいと少し悩みが入る。


「……お兄さんたち、生きてるよね? 暫くは黙っててね」


 2人に息があるのを確かめ、胸をなでおろすセイは、2人の着ているものを使って拘束する。ボロボロの上着はその時に何度か破けた。


「着る物にはこだわらなきゃね、破れ物は着てたら運が逃げるって言ってたよ?」


 その時、立てかけていた棒が滑り、花瓶に当たって落としてしまう。

 セイは自分の運が悪いことを思い出した!

 考えるより早く、体が反応する。

 落ちかけた花瓶をとっさに空中でつかみ取った。

 ほっと息を吐く。

 先ほど男たちが派手に壊していたのだが、自分の出した音が気になった。


「やれやれ、僕が壊したら弁償だよなぁ……君たちにツケときたいけどね」


 セイは机へ花瓶を置き直し、廊下へでて店内へと続く扉から中を覗う。

 しかし、彼の運の悪さは本物だった。

 拘束した男が転がり、机を揺らした。上に置いた花瓶を落としてしまったのだ。

 花瓶が割れる音が響く。それは、セイが扉を少しだけ開けて中を見ようとした時だ!


 果然……その音はより伝わり、首領の声が響く。


「見てこい!」


 無造作な声。

 小さく舌打ちし、セイは扉から少し下がって待ち構える。

 敵は思った以上に無造作に扉を開いた。

 開き始めた隙間から、体が見えてしまう。


「兄さん、そいつはダメさね」


 セイは軽く息を吐き、鳩尾みぞおちという急所へ正確に突きを打った!

 鳩尾を突かれると息が止まる。

 衝撃が男に走り、悶絶し(うずくま)る。

 攻撃は止まらない。棒が円を描いて、その無防備な脳天へ痛打を放ち、気絶させた。


 そしてセイは中へと飛び込み、内心でじりじりしつつも言い放つ。

 それは相手を油断にさそう言葉を放つ。

 なるべく相手に親近感を持って、隙を作るための言葉。


「やあ、僕が来たよ」



――――――――――――――――――――――――――――――

「てめえ、何者だ?」


 ピンク髪がにらみ付ける。

 言葉の合間に猫獣人が隙をうかがっているのがわかる。

 2人ともセイが倒した3人よりも上級者だ。


「誰だと思う?」


 セイは軽く言いながら気配を探っている。

 相手を観察しつつ、にじり寄った。

 棒術の基本は半身はんみである。腰を落とし棒に体を添え、棒先を相手の首に付きつけた中段に構えるものだ。


 しかし、彼は今自然体のままに棒をゆらりと構え、普通に歩くような所作しょさで、間合いを削る。

 それが、相手への重圧になると解っていた。


餓鬼ガキが、早く答えろ」

「想像力あるかな? 君たちの敵だよ?」


 ピンク髪の怒声に、猫獣人が合わせる。

 彼の瞬発力は強く、もう一足で飛びつけるだけの間合いだ!


「死にゃ!」


 彼の両手には、短くも鋭い刺突専用の短剣がある!

 疾い!?

 猫獣人は猫型の猛獣同様、ずば抜けた瞬発力を持つ!

 彼は動きによって相手の虚を取り、首をえぐり、たおす戦法である。


 しかし、セイは半歩下がり手をかざした。

 彼はマナを動かし、魔導を現す!

 それは仕事で使い慣れ、一瞬で作り出せる魔導であった!


「『回収の手』よ!」

「!?」


 突如眼前に現れた不気味な両手に、猫獣人は躱せない!

 魔導の手を短剣で払おうとする!

 確かに突いた!

 手応えを感じた彼は、しかし、大きな衝撃を感じて弾き飛ばされる!


「にゅわっ!?」


 『回収の手』が持つ隠された効果の一つ!

 他者の接触があった場合、同程度の衝撃を返す。

 便利そうに見える。しかし、術者にも負担がかかるものだ。

 その負担とは、受けたダメージ分だけマナ中枢が揺らされ、マナが削れる。

 その衝撃が過剰にあり、マナを削り切った場合、セイは昏倒こんとうするだろう。

 しかし彼はマナ容量に自信があり、迷わず使うのだ。


「……ッ」


 セイは表情を変えずに息をのむ。相手に弱い部分は見せない。

 今の衝撃分の疲労感、下腹のマナ中枢が揺らぎ、マナが失われていく不快感を押し込めて、弾き飛ばした猫獣人を追いかけた!


 猫獣人が飛ぶ方向はピンク髪の首領が居る場所!

 人の身体は避けにくい。

 2人まとめて打撃を与える機会チャンスだった!


「はっ」


 だが、ピンク髪の男は冷静だった。

 仲間である猫獣人を……眼前に飛ばされてきた仲間を、彼はその太い右腕で無造作に打ち返す!!

 それは膂力のみで、人の体重を軽々と吹き飛ばす威力があった!

 猫獣人は背を強打を受けて、セイの方へ飛んでくる!


「ちっ」


 舌打ち一つ。

 セイは勢いは殺さず、体幹を捻って猫獣人を避けた。

 さらに棒を操り、首筋へ一撃を入れる!

 とっさの攻撃で威力は弱い。

 だが、空中で打撃を受けると身体が硬直し、身軽な猫獣人でも受身が取れなくなってしまう。


 哀れな猫獣人は受け身を取れず、棚へ頭から突っ込んだ。

 彼は動く気配がない。

 おそらくは意識を飛ばせている。

 セイは注意しつつも、対峙するピンク髪の男を注視した。


「兄さん酷い人だね? 猫兄さん生きてるかな?」


 軽く言ってはいるのだが、セイは内心でやり過ぎたかもしれないと冷や汗を流している。

 ただし、表情には出さない。小さく笑みを浮かべたまま、ピンク髪の男を睨む。

 セイとピンク髪の首領は、1対1の形となる。


「やりやがったな!」

「やったのは君だよ? 僕は合わせただけさね」


 互いに強敵の予感を得た。


 ピンク髪の男は構えらしい構えは取らず、近くに置いてあった飾りの石柱を担ぐ。

 セイは左半身ひだりはんみ……左側面を敵に向け、その身体に棒を添わせる棒術の基本型で、中段構えに取る。

 棒先をピンク髪の首領へ向けていた。


「てめえはなんだよ?」

「もう少し捻ったら? 同じことしか言ってないよ」

「けっ!」


 セイが見上げるほどの大男である。


 ――厄介そうだ……。


 内心で嘆息しつつも、彼はそれを出さずに言った。


「僕ね、悪い兄さんたちを、捕まえに来たのさ。大人しく捕まってくれない?」

「は、笑えん冗談ジョークだ」

「そりゃ、残念。もうちょっと練習しなきゃいけないね。帰ったら頑張るよ」

「帰れると思ってんのか?」

「当然さ。僕には帰る家があるんだもん。さっさと終わらたいね」

「本当、つまらん冗談(ジョーク)だな」

冗談(ジョーク)じゃないからねー」


 言葉でやりあいながら、互いに間合いを測る。息があった時に激突が起きるだろう。セイもピンク髪の男も、気を溜めて相手を睨みつけていた。



――――――――――――――――――――――――――――――

 裏口をセイに任せた師匠は、光の届かない道へ入る。

 彼は肩に木刀を乗せて何気なく言った。


「出てきなよ。逃げられねぇぜ」


 答えるものはいないのだが、師匠は平然と語りかける。


「……斬られてから、後悔するタチかい?」


 殺気を表さない。

 しかし、不可思議な圧迫感がこの場に満ちている。

 もし心得のない者が中に入れば、おそらく息苦しくなってしまうだろう。


「出てくるまでの猶予は三つだぜ」


 気楽に言いながら、師匠はマナを動かす。


「一つ」


 マナの奔流ほんりゅうが彼から沸き立つ。

 重圧がさらに強くなった!


「二つ」


 師匠は動かない。

 見るものがみれば恐怖を与え、怯えさせるほどの強大なマナ。

 しかし、そのマナを認識できる者を1人に集約させている。その工夫は(わざ)の繊細な要訣(ようけつ)が詰まっている。

 そう、彼が呼びかけている相手のみが、その強大なマナの圧迫を受けていた。


 さらに、彼の木刀が紫色に染まっていく。

 紫色の電撃を帯びているようにも見える、それはマナを変質させたものであった。

 その実態は、あらゆる属性のマナが複雑に絡み合った『魔闘のわざ』だ。


「……」


 師匠が呼びかけていた相手が、ゆらりと現れる。


「正気か?」

「んー、何が?」

「辺り一帯、消し飛ばす気か!?」

「そうはならなかっただろ?」

「貴様、狂ってるのか!?」


 激昂する男に、紫雷の剣閃がはしる!

 間合いから大きく離れていたはずなのに!


「っ!?」


 自分の腕が斬れ落ちたことに目を見張る男は、次の瞬間!

 体内のマナ経路を、マナ中枢までも! 紫の電撃が焼いた!?

 自分のマナの防御をあっさりと切り崩した威力に驚愕し……。

 そして声も出せず倒れ、彼の意識は遠のいて行く……。


 最後に浮かんだのは、斬られた腕からまるで血が出ていないことに対する、疑問だった。


「あー言い忘れてたよ。悪かった。これで三つだ」


 悪びれもせずに言った師匠は、いまだ同じ位置にいる。しかし、木刀を染めていたマナは消え、普通の物に戻っている。


「まあ、死にはせんよ。今日の俺は衛兵の手伝いさ」


 男が倒れるのをしっかり確認し、軽く息を吐く。


「あーそうそう……いまのさ、魔闘のわざ『紫電』ってんだ。痛く無いだろ? 目覚めたらあんたらの企み、吐いてもらうぜ」


 こうして師匠は、今回の暗躍者であろう男を捕らえたのだ。


 彼は貧民窟(スラム)の5人を薬で釣って操り、セイが違和感しか察知できなかった相手……。

 隠業いんぎょうの技法を修めていた男を……生かして捕らえた。


「ありゃ!?」


 師匠の袂から『王樹の葉』が三枚、弾けて灰になる。


「あー……くそ、赤字だ」


 呟きつつ、師匠は木刀の切っ先で男の服に自爆の仕掛けがないかを確認し、拘束用の魔道具を取り出した。


「こいつが素直に吐きゃ良いんだがなぁ……」


 呟きは闇に消えていく。

 月の光が届かない場所での暗闘は、幕を閉じた。


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