21 セイは現場へ突入する
日が沈んできた。そろそろ点灯夫が、街灯を点けて廻るはずだ。あの街灯はマナの灯りで鐘2つ分の時間はもつ。
今、店の周りには騒動で集まってきた野次馬が取り巻いている。
時々、中から破壊音が響く。例の暴徒はいまだ中で暴れているようだ。しかし、正面扉は魔導の鍵で封鎖されており、暴徒は逃げずにいるらしい。
「中にいるのは5人だよな?」
師匠が木刀を肩に担いで聞く。
「はい。5人組です」
「裏口から逃げないのかね?」
「それが……表の扉が閉まったことで興奮しているようで……」
僕たちの会話中、店内から破壊音が聞こえてくる。中のヒト達は壊すことが楽しいようだ。
「まだ気付いてないなら……押さえておくか?」
「先生、ここの裏口は鍵がかかってますよ」
「おや、知ってるのか?」
「ええ、仕事で来たことあるんです」
「なるほど」
この支店は僕の道順にはない。だけど臨時で回収に来たことはある。
ゴミ集積場は敷地内に設けてあった。店の裏口は表からはわかりにくい通路から入り、施錠もしてある。
「マティスさん、裏口の鍵もあるかい?」
「いえ、ありません……表口の、特殊魔導鍵だけです」
「たぶん、店内に置いてるんじゃないかな」
僕は鍵を借りに行ったことを思い出しながら呟いた。そして、師匠が問う。
「壊れてても、良いか?」
師匠、壊す気? その問いにマティスさんは頷く。
「……非常時なので、壊れてたら仕方ないです」
「よし、じゃあ俺とセイが裏から入るか」
「2人で突入するんですか?」
「同時突入が良いんじゃないか? 表はマティスさんたちが押さえてくれるんだろ?」
「はい。応援には冒険者が来るはずです。到着まで、少し待ってもらえませんか?」
冒険者への依頼『衛兵の手伝い』は、活躍次第で特別報酬が出る。もともと冒険者たちは収入の振れ幅が大きい。こういう時はなるべく仕事を回すのが慣例らしい。
相手は5人だし、僕と師匠で制圧できると思う……。だけど師匠はマティスさんの言葉に従った。
「わかった。応援を待って、同時突入しよう」
「はい」
「俺たちは裏口を押さえる。街に逃げられたら厄介だからな。突入の時は先んじて合図をくれるか?」
「わかりました」
「セイは裏口を略図にしてくれんか? 内部が解るなら、それも頼む」
「はい、えーと」
僕は言われるがままにメモ紙とペンを取り出し、簡易地図を描く。
「たしか、こんな感じですね」
正門があって、少し離れた道から入る裏口、内部はあまり詳しくない。
裏通りは火蜥蜴車がギリギリ入れる幅だったはずだ。だけど、あの中は狭くて方向転換が難しい。出れなくなっても困るので、火蜥蜴車は近くに停めて僕だけ回収に向かうことになったな。
思い出しつつ、ペンを走らせ大まかな間取りを師匠とマティスさんに伝える。
「裏口の状態で、逃げてるかどうか判断する。何かあったら一度戻って来るぞ」
「わかりました」
ふと、何か違和感が起きた。だが、それが何かわからない。
僕は軽く周りを見回す。師匠が僕の肩に手を置き、マティスさんに聞く。
「マティスさん合図はどうなる?」
「白の『明灯』を上げます。それが見えたら突入してください。赤の『明灯』は異常事態なので戻るように」
マティスさんは王樹の葉を取り出した。『明灯』は基礎魔導の灯かりを上げるものだ。マナの込め方でそれなりの発光が起きる。
「わかった」
違和感が再び起こった、師匠をみる。
しかし顔色ひとつ変えていない。僕は首を傾げつつ、師匠と一緒に裏口へと向かった。
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裏口の鍵はしっかり掛かったままだ。中の暴徒は出ていないと思う。
それを師匠がおもむろに壊した。木刀を振るっただけに見えたのだが、斬撃に音は無く、扉の鍵の部分だけが斬られる。それだけで扉は開くようになった。
「……」
扉を小さく開け、中を覗こうとするが止められる。
「セイ、覗く前に警戒だ。スケベ心の目を突く罠は多いぞ」
「はい」
師匠は軽く首をひねる。
「気配は……5人はまだ中のようだな。よし『魔闘の目付け』使って良いぞ」
言われ、慌てて王樹の葉を取り出し、眼を活性化するようなイメージでマナを動かす。魔闘の目付けの基本的な使い方は『場のマナを観察する』ためのものだ。マナの罠を見破り、逆利用するために発達した武技である。
「変わったマナは……ありません」
「じゃあ少し開けて見てみな」
「はい」
僕たちは扉から少し離れ、小さく開いて中を観察する。
「……近くにいません」
「そうか、じゃあしばらく待つか……」
突入を待つというのは、緊張する。僕は腕章に軽く触れ、得物の長棒を確かめた。
「慣れんのか?」
「はい。何ていうか僕……臆病なんです」
「悪いことじゃない。それも資質の一つだぜ」
「武人の、ですか?」
「ああ。死んでも勝つのは武人じゃない。生き残ったら勝ちが武人さ。次点に目的の達成を置く。誇りや矜持は死んだ奴らに預けとけ」
「……はい」
「ただ、攻撃を躊躇うってなると問題だな……」
「どうすればいいでしょう?」
何度か聞いた気おくれ対策だ。良い感じのモノが選べていない。
「闘いを楽しめってのはムリだったか?」
「前、それでやり過ぎてしまいました」
「それじゃあ、少しおさえて、相手を楽しく煽ってみるか?」
「……?」
「お前さんの仕事は辛いんだろ? そういう時はどうやってる?」
「出向先で雑談したり、キラやカラに冗談言ったりですね」
「なら、敵と雑談するのさ。どうだ?」
「えー? 敵ですよ?」
「良いんだよ。そいつの悪い特徴を指摘して怒らせる。覚えてるか?」
「戦闘において、怒りは足枷。頼るべからず。腹に降ろして命を燃やせ」
「そう、闘いで怒りに飲まれるな。お前みたいな奴は特にな。怒るほど頭が冴える奴もいる。だが、すごく稀だ」
「む……考えてみます」
こうやって話していると、気持ちが軽くなる。
そして胸の奥から、闘いに向けた気合が湧き立つもんだ。できるかどうかは別として、やってみてもいいかもしれない。
ふと……師匠がどこかを見つめ、小さく言った。
「セイ、ちょっとここで張っててくれ、『明灯』があがったら俺を待つな」
「どこか行くんですか?」
「近くを見てくる」
「ん? ……何か」
言いかけて、黙る。師匠の瞳にマナが一瞬ちらっと宿って消えた。戦闘態勢となっているようだ。
「……わかりました」
さっきの違和感に関係あるんだろうか?
師匠は手をあげ、鼻歌交じりで裏道へ入っていく。
師匠の姿が闇に消えたとき、『明灯』が上がった!!
色は……白だ!
「まいったな、僕1人か……」
僕は小さく息を吐く。
しかし、すぐに意識を切り替えて、僕は裏門から突入した!
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ミランダ商会の支店を荒らしている5人は、貧民窟で育った仲である。
貧民窟は過去に罪人を隔離するために作られた地区であり、その名残は現在でも残る。ここはとても暮らしにくい場所だ。
ジメジメとして、臭いがある。そこら中で何かが壊れる音が聞こえた。殴り合いもよく起こる。
虫に刺されてあちこち痒い。多くの奴らが掻き傷を持っている。
その後に来る痛みもある。熟睡できなくて、目が虚になる奴らが多い。
貧民窟は蔑まれる者たちの集まりだ。金もなく、食うにも困る。だから奪って当然、できない者は死んでいく。法も衛兵も守ってくれることはないのだ。
それなのに街へ出るのは難しい。大きな門が邪魔をしている。そのくせ向こうからの通りは容易で、たまに新入りの犯罪者が紛れ込む。
もっともそいつらは、ぬるい気性の者が多い。住民たちに集られて、身ぐるみを剥がされる。抵抗が激しいときは最悪だ。囲まれ、殴られ、汚い骸となる。それでも生き残る奴は頭角を表すもんだ。
店で暴れている5人のまとめ役は、生まれ持ったピンク髪の大男ゾイドである。この髪と身体のアンバランスさを笑われてきた。
しかし、嘲笑に耐えるほど気長ではない。そいつらは後悔する間もなく、剛力で捻り潰してきた。
それはとても簡単である。撫でただけでも吹っ飛んでいく脆い奴らばかり。
いつの間にか手下が増えた。今連れてきた4人は、長い付き合いではない。ただ、何となく連れてきた。1人、猫獣人がいる。彼は何を考えているのかわからない。こいつは大抵寝ていることが多い。
だが、ときおり人の指をくわえて遊ぶのを見つけ、良い趣味だと思ったものだ。
そして今日、彼に話しかけてくる奴がいた。
貧民窟の外から来て、生き残った男である。
そいつが差し出した薬をひとりの手下に飲ませた。
恐ろしく興奮した奴は、雄叫びを上げて狂う。口の端から涎を垂らし、恍惚とした表情を浮かべた。
「良いか?」
「最高だぜ!」
「そうか、よこせ」
薬は恐ろしく効いた。痒みや痛みが消え、頭はスッキリしたのちに、高揚感がある。痛みや痒みは吹っ飛び、何でも出来るよ、何にでもなれるような気持ち……そう、万能感に溢れた。
なるほど、悪くない。
「俺が持ってるのはこれで全部だ。だが、もっとある店を知ってるぜ! 金も手に入る。とにかく壊して奪えばいい。壊してしまえ!」
そいつの言葉に頷いた。もっとあるなら、盗りに行こう。4人が彼に賛同した。今日は何故だか、門番がいない。
彼はそうか……と思っただけだった。
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ピンク髪の首領ゾイドは今、不満である。
つまらないことになったと思う。扉は魔導的に閉められた。この扉は壊せない。自慢の力で殴っても、ヒビ一つ入らなかった。出られない。
例の薬はみつからない。銅貨と銀貨を手掴みで奪っているが、気に食わない。仕方なく、壊すことでうさを晴らす。
壊すのは楽しみである。綺麗に並んだ物が気に食わない。壊してやるとせいせいする。
「……くいもんはあるか?」
しかし、携帯食料しか置いてなかった。そいつらはかなり不味い。
「品揃えの悪い店だ」
唾を吐いた。転がっている魔道具が、実は驚くほどの値段がすると、彼らは思わない。ぐるりを見回して、女でもいればと思った。だが、残念ながら逃がしている。客も、店員もだ。店じまいの途中だからか? それともこの辺りの奴らが機敏だからか?
実は薬のせいで、店の破壊に意識を向けられたとは気づけない。彼らが一心不乱に店を壊している間に、店の人たちは退避したのだ。
「なあゾイド……あいつ達、戻ってこねえぞ……」
閉じ込められた後、暫く暴れていたゾイドに仲間2人が奥の部屋へ薬を探しに行くと伝えた。
ゾイドは狭そうな部屋へ行くのは億劫であり、店の中央で座って休む。
2人が入った奥の部屋で破壊音が響く。また何か壊しているのか?
高い所にいる猫獣人があくびをした。彼は自分勝手な奴だ。棚の上で寝転がっている。
ふと、奥の破壊音が止まった。猫獣人の耳が動く。軽く鼻を動かす。
「なんかぁ……倒れたみたい? んー?」
ピンク髪の首領ゾイドは空気の違いを感じた。
これは喧嘩の空気。
ざわざわと胸が躍る。
この感じがある時は、厄介な相手であることが多い。
猫獣人も、気付いているようだ。
「おい、見てこい」
「おう!」
走って行った手下は、その変化に気づいていない。
警戒することなく扉を開け……びくんと身体を震わせ、倒れる。
倒れた男の脳天に、風を巻いて打ち下ろされる長棒の打撃!
奴は悲鳴を上げて気絶した。
棚の上で機嫌良く寝転んでいた猫獣人が飛び降りる。
彼は目を細め、嬉しそうに笑った。
得物の刺突用ナイフを両手に持っている。
彼の視線の先は小さく開いた扉だった。
それはゆっくりと開き、その身長よりも長い棒を自然に携えた帽子の少年が入って来る。
彼は自分たちをみつけ、友人にでも向けるような口調で言った。
「やあ、僕が来たよ」
セイである。
彼の放った言葉は軽く、友好的に見えた。
しかし、その目には怪しいマナの光を称えている。
その眼差しはこちらを観察しているように思えた。