20 魔導雑貨店の襲撃事件
僕と師匠の2人は東区の大通り沿いを中心に見回る。
この辺りは治安が悪い。衛兵が相手でも気分次第で殴りかかってくる人もいるのだ。血の気が多く乱暴な人たちが多い。
この辺りには大きな店が幾つかある。なのに貧民窟が近くにあって、犯罪がおこりやすい地域である。
さて、見回りをする僕の得物は木製の長棒である。僕は棒術を使う。剣術はさほど好きじゃないし、棒術は師匠が伝える武技の基礎の動きが入っているのだ。ある程度加減も効くし、僕の身長を補える。
師匠の得物は木刀だ。これは大陸の東で発祥した『刀』という剣っぽい得物を模ったもので、自分で削り出したらしい。彼はそれを肩に担ぎ歩いている。
王都での武装は貴族のみに許されるものだ。平民の帯剣は許可されていない。
冒険者たちも王都内では武装を解く。鎧は着ても良いのだけど、剣は抜けないよう袋にしまうか、抜刀できなくなる魔導錠を、見えるように着ける必要がある。
まあ、衛兵の武装は許可されている。マティスさんにもらった腕章をつけていれば武装しても問題ない。
師匠と僕がこの得物をえらんだのは、不殺のこだわりがあるからだ。
「このあたり、少し怪しいですね」
「ああ」
僕たちは大通りを少し外れ、裏通りの舗装されてない道を歩いていた。
少し通りを離れると一気に暗くなる。街灯はこの辺りには設置されておらず、土の道で小石が足に当たる。
前にこの辺りで放火があったから、一応見に行く。たしか、犯人は捕まっていないんじゃないかな? あ、魔女子さんは無関係だよ?
「セイ、夜の闘いで恐ろしいのは教えたか?」
「え? えと、『闇夜のツブテ外れなし』でしたか? ……前から気になってたんですが、つぶてってなんですか?」
「教えてなかったったか?」
「たしか、雑談で『闇夜のツブテ外れナシ、おぼえとけー』って終わったと思います」
師匠は首をひねって「そうか」と呟く。
「石だよ。石投げ。投擲術の口伝だ」
「へえ? 石ですか?」
僕は少し眉を顰める。
「ああ。夜に礫を打たれたら、かわすのが厳しいのさ」
「本当に?」
「じゃあ、かわしてみな」
言うが早いか、師匠は足元の砂利を無造作に掬い取った。
「ちょっ、そんないっぱい!?」
「かわしてみろ」
顔めがけて投げつけてくる!?
いや、僕が防御態勢を取るまで待っていた!?
だけど、虚を突かれたっ!
だいぶ手加減されていた小粒の砂利群が!
僕の眼前に広がってる!?
『すべては咄嗟に避けれない!?』
僕にできたのは目を守ることだ!
バシバシと当たる砂粒は、加減されていたからさほど痛くはない。だが不快である。
師匠は僕の動作に合わせて動いた。眼前に木刀の切っ先が付きつけられている。
「本番はもっと痛めつける速度で打つ。どうだ?」
「……いきなりですか?」
「おいおい……あたりまえだろ? 闇夜のつぶては急に来る。ヤバいのになると毒を混ぜて投げるし、鉄やガラスの破片なんかも混じる」
「うわぁ……」
「威力も、本来は叩き付けるように打つのさ」
それは、顔や手が血だらけになるな……。
「……避けれませんね」
「まあ少しマシな奴は避けられると思ってるから、避け先に攻撃を置くのさ、今みたいにな」
「石、1個じゃないんですね……」
「そういうのもある。だが当たればなんでも良いようにするのが兵法だ。目をつぶすのが目的だしな」
「むぅ」
「まあ手のひらにいっぱい乗せて、力ずくでぶつけるのは素人でも出来るし効果も高い」
「むう……」
「で……これが闇夜に来る。避けれるか?」
「……難しいです」
そう、夜に毒の砂利が目に入れば失目もあるし、うずくまって行動も出来なくなる。
その間に好きなように料理されてしまうということだろう。
「だから、『闇夜のツブテ外れナシ』って格言にして注意するのさ」
「なるほど」
「大きめの石を握り込んでいたら打撃を与えるふうに打つ。毒を使うなら顔、鼻と目を狙う。使い方は工夫次第だ。覚えときな」
「はい」
いや、そんなん使う機会はあるかな?
ああ、でもやってくる敵もいるのだ。覚えておこう。
「こいつはな、俺の知り合いが戦争中にやられて、生き残ったが失明してな……現役引退しちまったよ」
「先生……実は昔、すごかったんですか?」
「さてな?」
師匠は何故か小さく笑い、急に話題を変えた。
「なあセイ、そういえば巫女ちゃんがすごい力って言ってたな?」
「え? あ、はい。あの娘、ゴミ缶をぶん投げたんです」
「魔身者か?」
「……たぶん、違うと思います。聖祈を使ってました」
「ふむ……『筋力強化』あたりか? いや、それは……ゴミ出しにはもったいないな……。んー?」
「もったいない?」
「『筋力強化』って、中位の聖祈だぞ? 王樹の花弁が結構減る」
「……!?」
げ……そういうふうに分析するか?
たしかに聖祈には王樹の花弁がいる……。でも、レアが聖女ってのは秘密にしたい。
「いや、でも自分を田舎者っていってたんで、慣れてるかもしれません」
「んー? お前さんはさ、聖祈を使う場面、見たんだろ? ほいほい使うもんじゃないし、何に使ったんだ?」
あまり下手なこと言いたくないな。
「……えーと、言えないです?」
「はあ?」
「約束したんです……すみません」
「ふむ……そうか」
そして、僕は無理やり話題を変える。
「だけど先生、魔身者のヒトって、多いんですか?」
魔身者は、びっくり髭のマイルズさんもそうだが、マナと身体能力が結びついたマナ特異者のことだ。骨格筋が発達しやすく、牛のような怪力と、肉体の強靭さをもつ。
体内のマナ中枢と筋力が直結しているせいで、魔導や聖祈が扱いにくくなる。
「この辺りには多いらしいな」
「え、この辺りに?」
「どうもマナ特異者は環境が生むらしいのさ」
「……先生は会ったことがあるんですか?」
「ああ。魔脚者とか、魔泳者なんてのもな。性格も少しかわってるぞ」
「へえ?」
魔脚者は猫の足を持っているかの如く、瞬発力に優れた人で、その素早さは桁違いだと聞く。たぶん目に映らない速さじゃないかな? 目で追えない速度の場合、勘でとらえるか魔導を使うことになるだろうか? でも詠唱中に潰されそうだよなぁ……。
魔泳者は水中で呼吸が出来てるかと思う程、水に適性がある人だ。海に潜っておどろくほどの得物を取ってきた。海の魔物を狩るってヒトにはこれが多いらしい。
どちらも得意分野に特化しているが、やはり魔導や聖祈の適性は低く、初期魔導も使えないのは大変だろうな。
「まあ……ゴミ缶投げるくらいなら、僕もできるんですけどね……」
「そりゃ、お前さんは鍛えてるからな」
僕の言葉に師匠は笑った。
「持ち上げのコツは掴んだか?」
「はい。ゴミ缶は結構重いんですが、自分が密着して、低い所で固定して、立ち上がるように持ち上げると軽くなります」
「体術の応用だな」
そう。体術には腕力だけに頼らない力の使い方を練る。その応用は、仕事に生きているのだ。
「先生の言葉どおりでした」
「そうか」
「それで、先生、さっきの続きですよ。僕、魔鉱の民や樹聖の民は会ったことがあるんですが、彼らとは違うんですか?」
「もちろん違う。種族とマナ特異者は別だ。俺は魔鉱の民の魔脚者と会ったこともあるぞ」
「へぇ……」
そんなやりとりをしていると、少し先の方から喧騒が聞こえてきた。
師匠はニヤリと笑う。
「おし! セイ、お前さんのおかげだな!」
「違います!」
駆け出す師匠に続く。僕たちは騒ぎの中心へと急行した。
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大きな商店で破壊音がおこる。
あれは大規模魔導雑貨店、ミランダ商会の東区支店だ。携帯食料から生活魔道具まで、かなりの品揃えである。冒険者に向けた商品が多い。
「ミランダ商会の店を貧民窟の奴らが占拠したんだ! 応援を頼む! 先生やセイはどのあたりだ!?」
声を張り詰めたマティスさんが、別の衛兵に説明している。伝令役かな?
ミランダ商会は新進気鋭の商会なのだが、大きな店舗に多種多様の商品を大量に揃え、しかも安くするといった、画期的な方法で大きくなった商会である。
ただし、あまりにも急成長しすぎたのだろう。後ろ盾が無いまま、王都で5指に入る大商人となってしまった。
すると……出る杭は打たれてしまうらしく、嫌がらせや妨害が頻発するらしい。
今回の件……貧民窟の住民による占拠だけど、彼らを使った嫌がらせかもしれないなぁ……。
……僕はそんなことをぼんやり考えた。しかし、これは想像だけにしておく。この地域では、暴徒が目に付いた店で暴れていることの方が多い。
「よう、うるさいから足が向いたぞ!」
「マティスさん! 何があったんですか?」
「おお先生! セイも! よくきてくれた!」
マティスさんが破顔して歓迎してくれた。すぐに真面目な顔になる。
「暴徒です! 急に入ってきた5人組が、店内で暴れてます」
「人質はいるか?」
「あそこは住人も店員も機敏な奴が多い! 逃げてます!」
中で何かが割れる音がしている。そう、この辺りの治安は良くない。だから、住んでる人も店員も結構機敏に動くのだ。
「扉閉まってるじゃないか」
「店内で暴れたら閉まる構造みたいです。今、鍵を借りに人をやってます!」
「どんな奴らだ?」
「えっと、目に映るものを壊すようで……我々の言葉に反応が薄く、正気に見えません。恐らく何かの薬かと……」
「幻覚でも見てるんですか?」
僕の問いにマティスさんは頷いた。
「まさか、魔麦角か?」
師匠の舌打ちと共に零れた呟き……なぜか耳に残る。僕はその薬を聞いたことがない。
「え? 先生、それって何なんですか?」
「あー……いや。こいつは、俺が昔経験した事件の、元凶の薬さ……状況が似ててな」
師匠は少しばつが悪そうに説明してくれた。
その話をまとめると魔麦角とは、マナを用いて作る幻覚剤だ。
汚染させたマナを麦に付与し、それを発酵させて作るらしい。
これを飲んだ者は、感覚が研ぎ澄まされて痛みは消え、快感や多幸感を感じやすくなる。その代わりに、精神的に不安定となって破壊衝動がでてしまう。
また、これを作る際に魔導的な暗示効果を付与できるらしく、師匠はこの性質が厄介だと言った。
つまりこれは魔導でヒトを思い通りに動かすための魔導薬である。
「こいつには、さらに問題があるのさ」
「へえ?」
師匠が、少し目を細めて続けた。
その問題とは、マナの暴走だという。魔導的な素質を持つヒトがこれを飲んだ状態で、マナ運行を試みた場合、一定の確率でマナの暴走を引き起こしてしまう。
その際には本人は無事で済まず、さらに周囲へ被害を出すこともあるそうだ。
過去にこの薬が出回り、多くの廃人と死傷者を出し、現在の王都では製造が禁止されている。
「つまり魔麦角を飲まされ、もっと欲しけりゃあの商店にあると、暗示をかけたってことですか?」
「さあな? しかし、セイ。こいつは結局、俺の経験からの想像だ。思い込みで動くのは、俺たちの戦い方じゃないな?」
「え!? あー……はい。予測し、事実を見て、受け入れて……事実に沿って動く、ですね」
「ああ」
僕たちのやりとりに、マティスさんが口を挟む。
「しかし先生……その予測、奴らの行動とあってるかもしれません。あいつらは、中で壊しつつ、何かを探してるようなんです」
「そうか……」
師匠は軽く首をひねって聞いた。
「セイよ、例えば魔麦角でおかしくなった奴の対処はどうするべきだと思う?」
「え!? 薬でおかしくなってるなら……加減せずに動けなくします」
「どのように?」
「痛みでは止まらない場合があるので、行動不能にする……。まあ、足の骨を折ります」
「いいだろう。しかし、マナが暴走する場合があるぞ? どんな状態だと思う?」
「マナの暴走は、大きな力を出そうとして、運が悪いとマナが溢れます。王樹の葉無しでも……」
「だな。で? どうなる」
「最悪の場合、マナの破裂が起こり、近くにいる人も含めて大怪我が……亡くなるかも?」
「セイ、お前さんはどう対処する?」
「……『魔闘の目付け』をつかっていいでしょうか? そいつで注意して、予兆を止めます」
『魔闘の目付け』は、人や物のマナの動きや属性の働きなどを見るため、師匠から教わった秘伝の業だ。
魔女子さんがむずかしいと言っていた、『魔を識る瞳よ開け』と言う魔導に近いものかもしれない。
素養が無いと使えないらしいが、僕はたまたま素養があった。
秘伝というだけあり、習得したのは最近である。
師匠には他の人に気取られないよう、気をつけて使えと言われた。
少しマナを消耗するし王樹の葉がいるのだが、とても便利だ。
例えば、ある魔導師……孤児院の妹メアリから覚えたての魔導を見せてもらったことがある。
『魔の雷を帯びる』という小さな雷を手に帯びさせるものだ。
これを僕はマナ運行を見盗り、真似して王樹の葉を通したら、発動に至る。そう、他者の魔導を真似できる業だ。
だけど、師匠はそれを聞いて怒った。
『今の段階では無暗に使うなと言っただろ! 今後、敵対した者以外に使うな! たとえ、孤児院の子でもだ!!』と。
そう。注意は受けていた。
この業は、使っている間、目が異質な光を帯びるらしい。その瞳は強力な人型の魔物と同じもので、関係を疑われた場合は拘束されてしまうらしい。王都ではそういうことはないのだが、別の国では拘束されてしまう。
妹ならと思ったのが甘かったようだ。以後僕は、敵対者以外には使わないと決めている。
「使っていいぞ。命の危機に、業を使わんでどうする」
「……はい」
「で、それから……」
真摯な瞳でこちらに詰め寄る。
「もし注意しても、咎められなかった時はどうする?」
「マナ中枢へ攻撃、それこそマナを含んだ攻撃をぶつけて、マナの運行を出来なくします。でも……」
師匠は小さく頷いた。
「悪くすると相手を殺してしまうかもしれないな」
「……はい」
「だが最悪の場合はやれ。躊躇うな。後悔は生きてなきゃ出来ん」
その響きは、有無を言わせないような真剣なものだ。僕は唇を噛んで答える。
「はい。暴走が見えたら仕留めます。師匠、だけど……そうならないようにします」
僕は人を殺したく無い。
師匠もそれは同じように思える。
王都はまだ平和だが、国境付近では戦が起きていると聞くし、戦地では産まれてすぐ逝ってしまう不幸な赤ちゃんだって多い。
出来ることなら、僕と縁がある人たちには寿命以外で死んでほしく無いと思う。
もちろん、敵対している相手に容赦はしない。
殺してしまう覚悟も、今のうちにしておこう。
だけど、それでも……出来うる限りそれを避けられるよう立ち回りたい。
ヒトは死んでしまったら生き返らないのだ。それに……。
『人に優しくしてね』
エリナの言葉が脳裏に思い浮かぶ。彼女はそれを僕たちに伝えてきた。だからこそ、守りたい。
「難しい……な」
「まあ、やってみな」
「はい、やってみます」
僕の呟きに師匠が笑った。
今の問答が無ければ、僕は明確に意識しなかっただろうな。
「先生、ありがとうございます」
「んー? そういうのはいらんよ」
感謝を言葉にすると師匠は照れてしまうらしい。彼は自分の頭に手をやりごまかした。