02 孤児院育ちのセイ、魔導で朝の支度をする
「むぅ……」
また、例の夢をみてしまった。僕がこの世に生まれた時から見る夢だ。
「相変わらず……なんだよ?」
一番に見たのは僕が赤ちゃんの時だった。その時は僕の助けになったと考えている。僕は生まれて早い段階で捨てられた。母らしきひとが去る時にあの夢を見て、強く叫んだおかげで僕は拾われ、孤児院で育てられ、今に至る。
あの夢で命を拾ったとも考えられるが、人生のおしまいを体験する苦しさと、最後に大切な人を泣かせてしまった後悔が残り、重苦しい気分での目覚めだ。
「朝のやる気、最低だよ」
僕はあの涙を止めなくてはならない使命感もしっかり残っている。
相手が誰かわからないし、別の世界と解ってはいるのだ。だけど、胸にじりじりしたものがある。
見た後は暫くもやもやと、考察で頭を回した。
あの謎の巨大生物は?
夢の世界ではなにがあったのか?
僕に毒を盛った者はだれなのか?
あの女性はどうなったのだろうか?
泣いている女性は?
その涙を止める方々は?
「現実みたいだからなあ」
そう。夢の話と切って捨てたくはあるが、それにしては鮮明すぎる。考えても仕方がないことは考えない方が良いと、解っているんだけど……あまりにも実態間が強すぎるのだ。
「今日、何か起こるかな?」
この夢を見た日は、結構な確率で事件が起きる。
生まれたばかりの時。
生き残るために覚えることが多かった時。
孤児院で兄たちが亡くなった時。
新たな出会いの時。
僕のさまざまな節目に、決まって見る夢。だから印象強く残ってしまうのだ。
夢の後味の悪さが、今日という日をなんとなく身構えてしまう。
「あー、目が冴えちゃった」
ああ、そうだ。実質的な被害もあるか?
「だいぶ、早いな」
そう、この夢を見た時はいつもより早く目が覚めてしまうのだ。外はいまだに暗く少し肌寒い。空には二つの月が輝いている。体感的に解るのは、結構な早起きってことだ。
「仕方ない……」
僕は起き上がり、枕元の魔石ランプを手に取る。中の魔石へ自分のマナを注ぐと足元を照らすくらいの光になる。この孤児院が出来た時からの魔導ランプは買う時は少しだけ値が張るらしいが、売っても大した額にはならない。火事の心配は要らないのが良いと聞く。
その光を頼りに僕は起き上がり、『セイ』と少し不恰好な刺繍の入った上着を羽織ると部屋から出た。
「朝ごはん、作るか」
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第1刻の鐘が鳴る時刻には太陽が顔を出し、皆が起きてくる。
しかし、僕の仕事はその時刻が仕事開始だ。
まだ暗い今の時間はかなり余裕があるけど、どうしたものかな? 出発を早めて昼をゆっくりしても良いが、余裕がある時にはのんびりしたいと思う。
考えつつも台所の竈へ、薪をいくつか入れて柴を散らして火を起こそうとして気が付く。
そうだ、期限が近いんだっけ?
今日は贅沢に『魔導』を使おう。僕は携帯している『王樹の葉』を取り出した。古くなって茶褐色が混じってはいるが基本的には透明の葉である。この茶褐色のぶんだけ期限が近い事を表している。
こいつを手に持ち、僕は下腹のマナ中枢を意識してマナを導く。火のマナ経路を中心に動かした。すると、葉は薄赤の輝きを放つ。そして、僕は発動の言葉を発する。
「『灯火』」
現出した爪ほどの小さな炎が薪に散らした柴に燃え移り、その炎は広がってゆく。そして薪にも移った。炎は徐々に大きくなる。
小さな火を起こす『灯火』、生活に密着した基礎魔導は重宝するよなぁ。
魔導、多くの人が体に持つマナの動きを操作し、事象を起こす技術である。しかし、その発現するためには核が必要となり、魔導の場合は『王樹の葉』が必要だ。
今使った『王樹の葉』は平民でも買えるが結構値が張る。これ1枚で小銀貨8枚と少し。小銀貨8枚は5人家族3〜4日分の食費くらいだ。
仕事で使うため、ギルドを通して安く卸してもらってはいるが、値段を考えると気安く使えない。だけど早めに使い切らなきゃもったいない。
王樹の葉には「回数制限」と「消費期限」があるからだ。回数制限」は使う魔導とマナの大きさによって違うが、『灯火』程度の小さい魔導であれば100回くらい。大きな魔導になるほど、その消耗は激しい。「消費期限」は約3カ月、この葉であれば、あと10日程度といったところかな?
今月は『王樹の葉』を使う機会が少なく、消えてしまうくらいなら使ってしまおうと思ったのだ。
僕は使用した『王樹の葉』を携帯用の小箱へとしまう。そして、その箱に貼ってあるメモ紙へ、使用回数を1つ足してからしまった。
「さあ、作っちゃおうか」
僕は火の入った竈で朝食作りを始める。朝は凝った料理は作らない。昨夜の残りを温めることからはじめよう。
食材は、残っている安売りしてた大公ジャガイモと、あとは北方麦があったか?
大公ジャガは王国の北方を収める公爵さまが、夢のお告げで栽培するよう指示した芋だ。するとこれがもうたくさん出来てしまい、市場にあふれ芋の値崩れが起きてしまった。そのせいで大公ジャガイモという異名がつき、安くて美味しくて栄養価も高い。僕たち庶民の味方である。北方麦もその公爵さまが作らせた。大公ジャガほどではないけれど、安くてたくさん手に入る麦である。
大公ジャガはしっかり煮て、潰して塩と胡椒で味付けするとみんな、結構食べてくれる。あとは麦粥と昨夜の残りのシチューで良いかな?
あとはそうそう、卵を貰ったっけ?
今朝はゆで卵を用意しておこう。僕は水瓶から水を移した鍋へ、拳くらいある緑色の卵を5つ放り込む。これはリジ鳥の卵だったかな?
この鳥は西にあるリジ諸島という土地からの渡り鳥ってくらいしか知らない。けどイヤってほど卵を産むから、これまた安く手に入る。
だけど、最近はこの卵がちょっと高いんだよね。近隣の国では諍いもあるというし、この王都はどうだろう? 考え事をしつつも手は動く。朝の用意が出来た。ささっと盛り付け、火の始末をしてから1人で朝ご飯を並べる。
「今日の糧をいただくことを、太陽と二つの月の神々に感謝を。いただきます」
お祈りの後にいただく。
自分の料理の場合、味は予想が出来る。シチューは妹と弟が作ったものだから、結構しっかりした味で美味しい。だけど麦粥は少し味が薄いかなぁ?
ただ、孤児院には小さい子もいるし、これくらいがちょうどいいと思う。
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「ごちそうさま」
一息つく。僕の名前はセイ。ちょっと特殊な少人数の孤児院に住んでいる。『神の祝福』の『魔導ゴミ屋』という能力をもつ。
僕の住む王都では、8歳になる祭典でほぼ全員の子供たちが神殿へ集まり、神々からの詔を受ける。
その中から1000人に1人の確率で『神の祝福』と呼ばれる、祝福を得るのだ。
『神の祝福』を受け取った僕は、良く解らないことをそのままにしたくない性格である。だから『神の祝福』や『魔導ゴミ屋』についても調べた。
『神の祝福』とはつまり、人が潜在的に持っている資質を明確にする力であるらしい。僕の理解となるが、その人が元々持っている適性を、神さまの力を借りて教えてもらうというものだ。
そして僕の才質『魔導ゴミ屋』、正式名称『魔導廃棄物回収師』は様々なゴミを魔導を使って回収する才質である。
才質なら頑張ろうと、僕は自分の力の実践と実験をした。孤児院の妹や弟が率先して手伝ってくれたのも大きい。その甲斐もあり、僕は『魔導ゴミ屋』が、限定的な分野においてかなり強力な魔導系の才質だと結論付けた。
もちろんそれ以外の魔導も使えるんだけど、僕が神様からもらった特別な力は、世界を奇麗にすることらしい。欠点としては、有利な分野となる『ゴミ回収業』というお仕事が、大変だってことだろう。
まあ、仕事が辛いのは普通のことだからと、僕は『廃棄物回収ギルド』通称『ゴミ屋ギルド』に所属し、王都のゴミを回収している。
そう、僕は王都の『魔導ゴミ屋』セイだ。
食事はすぐに終わり、僕は一息ついた。まだ暗いけど、そろそろ出るかな? 何度も言うが魔導ゴミ屋の仕事は朝が早い。僕の仕事量だとこの時間に出なくては間に合わないのだ。
僕が出た少し後に、孤児院のみんなが起きてきて、掃除や洗濯をしてくれるだろう。皆の手間を減らすため、朝食は僕が用意すると決めている。一緒の朝は過ごせないが、この孤児院でみんなが生きていくために、僕は働かなければならない。
「ちょいと早いけど、やっぱ出ようかな?」
少し伸びをして呟き、すぐ行動に移す。
朝食を終えて食器を片した僕は、麦粥を入れた鍋に蓋をし、竈そばの薪入れに新しい薪を補充しておく。
ついでに井戸から水を汲んできて、水瓶も満たした。ゆで卵は笊に入れておき、朝の準備は良いだろう。僕は仕事着に着替え、樹脂製の手袋とさらに分厚い皮手袋、深めの帽子、肩掛け鞄を身に着けた。
「じゃあ、いってきます」
小さく声を掛けて、僕は現在務めている『ゴミ屋ギルド』へと向かった。