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19 セイは師匠に捕まった

 会議中のちょび髭シリルを無視してやり過ごした僕は、会議終了と同時にさっさとギルドを出る。シリルに絡まれても鬱陶(うっとう)しい。ときどきあの髭をむしってやりたいと思うことはあるのだけど、それは思うだけにしておこう。

 彼はなにか言いたそうにしていたけれど、素早さは僕の持ち味だ。聞こえなければ反応することもない。


 それに僕は行きたい場所がある。身体の汚れを洗い流すため、王と聖女が民へ恩賜(おんし)した温泉『聖王温泉』へ!

 だって僕はゴミ屋をやってるけど……いやゴミ屋だからこそ、綺麗好きである。

 仕事柄汚れも臭いも付いてしまうし、特に今日は神殿でゴミをひっかぶってしまった。レアが『浄化』で綺麗にしてくれたのだけど、やはり気持ち悪さが残っている。

 だから、今日も『聖王温泉』へ向かう。


 『聖王温泉』……王都の中央広場近くにある、格安の温浴施設だ。

 この温泉には逸話がある。

 それは建国王アルスとその妻である聖女ツェラの話で、聖女が起こした奇跡の1つだ。


 ある日神託を得た聖女ツェラは、剣王アルスに相談する。

 半信半疑の王は仲間と民たちの力を借り、王都のど真ん中に温泉を掘り当てた。

 その温泉は勢いよく吹き出し、水量も尋常でないほどである。

 泉質を調べると清いマナを含み、疲労回復効果と精神安定効果にくわえ、魔力(マナ)回復効果まであると解った。

 民たちは歓喜し、聖女と王に感謝を表す。

 現代になっても湧き出る水量は変わらず、王都の住民を癒すものとなった。


 逸話には続きがある。

 聖女ツェラは慈悲深いヒトで、彼女はその温泉を王都で暮らしているすべての民が使えるよう、できる限り低価格で開放したいと訴える。

 彼女にベタ惚れだったアルス王は、二つ返事で答えた。

 そして整備させ、入浴料金自体を無料とする。


 だけど水量の関係と聖女の希望のために、大規模な施設を整えなくてはならず、維持にも費用が掛かる。

 結局は施設使用料として徴収することになった。

 それでも出来る限り格安になり、現代でもその意志はつづいているようで、王都の皆は一日の汚れを落としつつ、疲れとマナをも癒す場となる。


 ちなみに……この温泉の名前だが、はじめは聖女から取ろうとしたらしい。しかし、本人がものすごく嫌がったため、結局は『聖女と王から恩賜の温泉』これを縮めて『聖王温泉』となる。


 現在、ここは幅広い人たちが利用する賑やかな入浴施設だ。

 僕の仕事は始まりが早い分、他の商店より早く終わる。つまり、急げば人の少ない時間に入浴できるのだ。


「会議あったけどまだ鐘は鳴ってないし、()いてるよね!」


 僕は駆け足で聖王温泉へと向かった。



――――――――――――――――――――――――――――――

 聖王温泉は空いていた。僕はしっかり体を洗い、湯船に入ろうとしたところで声がかかる。


「おお、セイじゃないか! 良いところに来たな!」


 声をかけてきたのは、一人の男性であった。


「せ、先生!?」


 僕に声を掛けて笑っているのは、銀髪で体格の良い男性だった。

 ……歳がわからないこの人は、僕の武技の師匠だ。

 破天荒な人で、何を考えているか解らない。


 だけど、技量は異常なほど優れている。これでも付き合いは長いのだが、現在の僕はまるで歯が立たない。戦士は幾人か見てきた僕だが、その人たちすらまるで相手にならない気がする。

 僕も少しずつ上達し、近づいているとは思うのだけど、自分が強くなればなるほど手の届かない位置にいるような感覚がある。そして、その(わざ)はさらに進んでいる気もするな……。


「先生、今日はどうしたんですか?」

「これから衛兵の手伝いがあるんだよ」

「あー、衛兵……自治活動の手伝いですか」


 衛兵は王都の治安維持に勤める組織だ。王都には治安維持のために騎士団と衛兵団があり、それぞれの働きが違う。


 『騎士団』は国家の有事のためにあり、貴族の犯罪、国内外の大規模な脅威、災害、魔物の暴走などに当たる。基本的に貴族のために働く。


 『衛兵団』は王都市街の治安維持にあたり、個人の犯罪やもめごと、事故、放火、その他の犯罪などを取り締まっている。基本的に平民のために働く。


 この衛兵団は忙しい。なのに正規兵が少なく、いつも人手が足りていない。

 最近は犯罪が多い傾向にあり、仕方なく冒険者を雇ったり縁故で腕っぷしの強い住民を頼ったりして、夕方過ぎに治安維持の見回りをする。


 つまり師匠も僕も、その手伝いをする縁故があるのだ。


「セイ、今日の調子はどうだ?」

「えーと、僕は見てのとおりです」

「疲れてるか?」


 師匠の眼力に、僕は内心舌を巻く。今日はマナ廃棄物の関係で万全とは言えないだろう。だけどこの人の前では見栄を張りたい。


「ちょいと……忙しかったくらいです」


 少し躊躇(ためらい)いがちに答える。


 師匠との出会いは偶然だ。

 孤児院近くの道端で、(うずくま)っていた師匠を見つけ、僕は急いで孤児院へと運ぶ。

 蹲っていた理由は『とてもお腹が空いていたから』……である。僕と孤児院長のエリナは暫し目を見合わせ、ご飯を振る舞う。

 だけど、エリナは怪我していると見抜いた。暫く休めと言うエリナに、師匠は固辞する。だけどエリナは許さない。結局は一晩だけ泊り、翌朝には深々と礼を言い、「近いうちに恩返しに伺う」と言って去って行った。


 後日、師匠はなにやら値打ち物の剣をもって現れる。それを押し付け、一宿一飯のお礼と言う。その剣はどう考えても高価すぎるしエリナは剣を好まない。だからエリナは固辞しつつ事情を聞いた。

 

 どうやら師匠は狭くて1人しかいない武技道場に住み、その日暮らしをしているらしい。あまりお金がなく、自慢できるものは武力と剣で、お礼にできるものは剣しかないと言い張る。

 そこで、エリナを守りたいと思っていた幼い僕は「自分を鍛えてほしい」と言った。


 ……師匠は暫く僕を見つめ、真剣な顔で承諾(しょうだく)する。

 その縁が10年を超える付き合いになった。


 長い付き合いでわかったのだが、師匠の武力はたしかに凄い。だけど、生活力の無い人だ。

 お金の価値も良く解ってない(ふし)があり、稽古料を納めてもなぜかいつもなくしてしまう。そしてお腹が空くとふらっと迷宮へ赴き、魔物を捕ってきて食べる。だけど料理はできないから、時々食中毒を起こす。


 だから、僕は稽古代の代わりに食料の差し入れをするようになった。

 そのおつりということもあり、彼は孤児院を気にかけ、妹たちの護衛や孤児院の修理などお金以外で手を貸してくれる。

 ……実は僕、師匠に命を救われたこともあるのだ。


 僕が何か言おうと言葉を探す間に、師匠が言った。


「なあ、動けるならお前さんも来てくれよ!」

「衛兵ですか……? 先生がいれば充分では?」

「あのな、これも巡り合わせだ。セイ、お前さん強くなりたいんだろ?」

「……はい」


 いつからか、師匠はその武技をもって衛兵団の手伝いを始めた。その縁で僕もたまに参加することになる。


 そういえば、僕たちと縁のあった若い衛兵長、猫背のせいで頼りなく見えるマティスさんがぼやいていた。

 最近は妙な事件が多いらしい。裏組織の小競り合いもみられ、王都では禁止される類の魔導を使ったものが増えているようだ。


「なあ、たのむよ」


 師匠はカラっと笑って言った。


「……お前さんがいると事件が起きるだろ? 稽古にもなるからさ、来てくれんか?」

「え?」


 ……なんか、失敬だな?

 それって僕が事件を起こしてるように聞こえるぞ?

 事件が起きるのは、悪いヒトがいるからだよ?

 確かに僕と師匠が一緒に参加すると、結構な頻度で事件に巻き込まれてしまうけど……。

 あくまでそれはたまたまであって、僕がいるからってわけじゃない!

 僕は憮然(ぶぜん)としつつも、参加することを伝える。


「はい。行きますよ……日当出るし」

 

 答えつつ広い浴槽から上がり、もう1度体を洗う。このあたり手は抜かない。これから、ちょっと汚れるかもしれないけど、それでも綺麗にしておきたいのだ。

 しっかり洗ってから湯船に浸かる。


「……?」


 視線に気づいて振り向くと、師匠が僕の胸についた傷跡を見ていた。これだけで済んだのは師匠のおかげなのだが、しかし、どうも傷を負った責任を感じているらしい。


「もう痛くないですよ」

「……あの日、遅れて済まなかった」

「僕は無事でしたから」

「……」


 あまり気にされても困る。僕は話題を変えた。


「でも……せっかく綺麗にしたのに、見回りですか?」

「わるいな。しかし、孤児院にも風呂があるんだろ?」

「ええ。エリナと小さいルネはここにこれませんからね。でも、僕、綺麗にして帰りたいんですよ」

「……お前さんたちは綺麗好きだよな」

「まあ、はい」

「孤児院育ちにしてはありえんと思うぞ」

「エリナの孤児院だからです」

「そうかぁ……エリナさんはどうだ?」


 僕は言葉に詰まる。どう、と聞かれても、なんと答えれば良いだろう?

 師匠も僕を(おもんばか)っての言葉だと解るから、答えも曖昧あいまいになった。


「えと、相変わらずです」

「うまくいけばいいな」

「はい」

「ルネちゃん、ちゃんと見てやるんだぞ」

「はい」

「そういや、メアリちゃんやレジス君は相変わらずか?」

「メアリもレジスも元気ですよ」


 師匠は最近、孤児院に寄ってない。稽古の際には僕が通っているし、その時はあまりそういった話になりにくいのだ。


 だから、僕は近況を話す。

 メアリは『魔導師』として、魔導学校へ通っていること。

 レジスには『神の祝福』の『画家』が現れ、『日月の学び舎』を卒業後にとある画家先生のもとへ弟子入りすること。

 ルネはまだ幼く、彼女は成長が遅いのが心配であることなどである。

 エリナは……変わらない。


 それを師匠は目を細めて聞いてくれた。

 みんなが自分で稼げるようになるまで、僕は頑張らなければならないよな。


 僕は湯船につかり、夕焼け空を見上げる。薄い2つの月が、小さく空に浮かんでいる。もうすぐ双新月の日かな?


 暫らく湯に浸かると、僕たちは立ち上がった。

 僕たちの表情はもう変わっている。



――――――――――――――――――――――――――――――

 聖王温泉を出た僕と師匠は衛兵長のマティスさんの前にいる。


「先生、今日もお願い致します」

「ああ」


 師匠はかなり貢献こうけんしているからだろう。衛兵たち、特にマティスさんからの信頼は厚い。


「セイ、今日はお前さんも手伝ってくれるのか!」

「うん。成り行きだけど、よろしくお願いします」

「何も起こらなきゃいいがな……」


 やっぱり僕が参加すると、何かが起きると思われているのか……。

 たしかに僕と師匠が見回りへ参加する場合、事件と出くわす確率が高い。それぞれが単体だとあまり起きない。

 それらの事件は僕たち主導で解決しているから、感謝はされるのだ。

 だけど……あまりにも高い事件遭遇率のせいで、僕と師匠がそろった時は、疫病神みたいに見られている。

 あまり参加したくないと思ってしまう原因だ。


「あー、なら僕、抜けようか?」

「いや、人手が足りんのだよ!? 是非参加してくれ!」

「むぅ……」

「日当はずむからさ、頼むよ。な!」


 衛兵長になったばかりのマティスさんは、腰が低い。僕みたいな年下にも気を遣ってくれる。


「はい、頑張ります」


 僕は苦笑した。

 そして、マティスさんから臨時の衛兵腕章を渡され、僕たちもそれぞれの得物を持った。

 師匠は気合を入れる。


「よし、セイ! 行くぞ!」

「はい!」


 こうして、僕と師匠の見回り仕事が始まった。


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