17 セイはマナ廃棄物の障りをうける
アレンに手伝ってもらったおかげで、僕は納得の仕事が出来た。掃除道具を片しているとアレンが少し首を傾げ、聞いてくる。
「……なあセイ、君の魔導は何でも入るの?」
「え? んー、僕がゴミだと思っていればだけど、大体のものは回収できるよ?」
「そのまんま、取り出せるのかい?」
「いや、バラバラに潰れちゃうね」
「そうか……潰れるのか?」
「そもそもゴミ専用だからさ、荷物とかはダメだよ」
「ふーむ……」
僕はアレンの言葉に先回りして答えた。冒険者は荷物との闘いである。持てる量には限界があるし、あまり持ちすぎても動きにくくなってしまう。
一応、物を確保する魔導はあるらしい。だけど上級魔導に属するらしく、使い勝手も悪いそうだ。
なぜなら、物を収納している間はマナを消耗するため、強い魔導を自制しがちとなる。さらに、確保した物は中で混ざってしまい、ものによっては大変なことになってしまう。
魔女子さんの受け売りだけど……馬車などを用意した方が良いのだろうな。
「たとえばさ、俺が君に袋荷物をゴミだと渡したら?」
「中身を確かめないと回収できない」
「融通きかないのか?」
「うん。僕がゴミだと思うものじゃないと、ダメだね」
恐らくだけど、この特徴は個人差が大きいと思う。
他のヒト、亡くなったモルガンの『回収』を見たことがある。彼は僕から渡されるゴミを、中身も見ずにホイホイ回収していた。
なんというかモルガンは、ほとんどの物をゴミだと思っていた節がある。なんでもかんでも回収するからちょっとうらやましかったのだ。
……僕の『回収』に一癖あるのは、面倒な性格が原因だろうな。
「あとは……いや、いいや」
「え? なに?」
「なんでもない」
ついでに出かかった言葉を引っ込めごまかす。死骸を回収しようとして無理だったことを思い出したのだ。あまり愉快な話題ではないし、興味を持たれても困る。
「ちょっと不便なところもあるんだな」
「まあね」
アレンは少し考えて言った。
「他には? その魔導に問題は無いの?」
「んー……そうだ。悪いマナが混じったゴミを回収したらきつい場合がある」
「きつい?」
「うん、『回収』は出来るし、めったに起こらないんだけど、後から身体に不調がでるんだ」
「……マナが、混じるから?」
悪いマナの混じったゴミはたまに出てくる。今でこそ慣れたのだが、はじめのうちはむかむかと動機がおこり、戸惑ったものだ。
それから、いわくつきのものはとても辛くなる。
回収先にちょっと頭がぶっとんだ錬金術師がいて、そのヒトが出した汚染マナを含む儀式ナイフはやばかった。
回収のしばらく後に、背骨の方から何かチクチクするようなものが這い、身体が熱っぽくなり、お腹の下のほうが、うぞうぞと気持ちの悪いものが蠢く感覚。
キチンと『排出』していたにもかかわらず、それは夜まで続き、その日はなかなか眠れなかった。
翌日には消えたんだけど、その日の仕事は寝不足でつらかったな……。
あとで知ったのだが、それって『マナ廃棄物』っていう特殊廃棄物に属すらしく、『処理方法も値段も違う!』とラドックに怒られたものだ。
その処理方法は、まだ教えてくれない。調べようとしても止められて、僕にはまだ早いのだと言う。むむぅ……。
「たまにだけどね、悪いマナがとりついたゴミが混じるのさ」
「ふむ……あれ? じゃあ今のゴミは? マナが混じってたみたいだけど?」
「んー、あの程度なら慣れたし、問題ないと思う……」
しばらくの間、気持ち悪さが来るくらいだ。
「そうなのか?」
「ま、ね。臭いの方が問題だったよ」
「まあ、あの臭いはなぁ……」
「……てか、誰かが宿で解体したんでしょ?」
「ああ……。素材屋の手数料でごねたらしい」
「素材屋は便利なのにな……」
素材屋は冒険者の持ち込んだ部位で有用な物をちゃんとした素材にしてくれる業者だ。生け捕りの魔物や、死骸となった魔物の解体作業も請け負う。
基本的に冒険者は倒した魔物をその場で解体し、素材や討伐証明部位として持ち帰ることが多い。しかし、魔物によっては解体が難しい場合も多く、素材によっては特殊な解体法が必要な場合もある。
それに解体ってどうしても時間がかかってしまうので、危険な場所では難しい。できたとしても大まかに持って帰ることとなるだろう。
そういった雑に持ち帰ったものであっても、素材屋に預けるとしっかりと解体し、お金になりそうな素材にして戻してくれる。もちろん手数料を取られるが、駆け出し冒険者より慣れているぶん、希少な発見などが多い。
「そういや、アレンは素材屋にまかせるのかい?」
「そのあたりは仲間に任せてる」
「へえ? 自分はやんないの?」
「手伝おうとして止められたのさ……」
ふむ……キミって、実は不器用なのか?
「しかし、宿で解体って……!?」
それは急に来た。
僕のマナ中枢に強い違和感が生まれた! 不快感が上がってきて、手足が冷たくなるような違和感。
さっき回収したあれは、たしかにマナの濁ったゴミだった。
だが……あの程度では、ここまでの影響はないはずだ……。
それに、死骸からのマナだったら、こんな早く出るもんでもない……。
じわじわと侵食されて行くような気色悪さがあるはずだ。
なんだ? おかしいな……。息苦しさが現れた後、熱っぽさが現れた。
「うぐ……今日のゴミ、変な物が混じってた、みたいだな……」
体に起きた違和感が強い。
心臓が脈打ち、冷や汗が流れる。
僕はたまらず、ふらつき、アレンが支えてくれた。
これ、おかしい。普通のマナ混じりにしては影響が強いぞ!?
「ご、ごめん……」
「ちょ、セイ!? 真っ青だぞ!?」
「なに捨てたんだ? こんなこと、めったに無いのに」
「お、おい、大丈夫か!? ちょっと休め」
「ああ……大丈夫だよ。少し休めば、治る」
強がりを言ったものの、戸惑いはある。ここまでのマナ障りはめったにない。
実際にはもうちょっとゆるい不調がしばらく続くはずだ。
「大丈夫か?」
声をかけてくるアレンに礼を言う。
「あ、ああ……ありがと」
アレンへ言葉以上に感謝しつつ、僕はこの場を離れて座り、暫く休ませてもらう。
「なあ、どうしたんだ? さっきのゴミか? 解体した魔物……?」
「いや、別の何かだと思うけど……」
「そうだセイ! ゴミを取り出したら治るんじゃないか?」
「取りだす……『排出』か? いや、だめだよ。このあたり一帯がすごく汚れてしまう。僕の魔導は何かを決めて取り出せる力じゃない」
「だが、今の君は普通じゃないぜ? 汚れるとか言ってる場合か?」
「言ってる場合だよ。僕の仕事はゴミを回収して、キレイにすることだ。せっかくきれいにした場所を即汚すヒトは好きじゃないんだ」
「……しかし」
「休めば何とかなる」
アレンが何か言いたそうにしている。
じりじりと痛みが出てきた。雑談していた方が気がまぎれるかな? 僕はなるべく変わりないよう見栄を張った。
「ね、ねえ、アレンは……変な物捨てたヒトに心当たりある?」
「……え!? んー……たしか……一昨日だったか? 迷宮でナニカ見つけたってパーティーが打ち上げしてた……かな?」
「へえ?」
「しかし、そのパーティーは今日、お通夜モードだった」
「そうか、売れなくてここで捨てたのかな? ……アレン、何を捨ててたかわかる?」
「すまない。あいつらとは、関わりが薄くてな。ただ、小さい物だと思う」
「そか……まあ、僕も気づかなかったし、小さいよね。でも迷惑だな。普通、そういうゴミは分けて出すはずなのに……」
「……申し訳ない」
なぜか、アレンが小さく言った。
「いや、君があやまる問題じゃないよ。魔導ゴミ屋のつらいところって話さ」
「水でも飲むか?」
「あーうん。桶で飲むのは嫌だけどね」
「あたりまえだ! コップを貰って汲んできてやる」
「ありがと」
僕の答えに、アレンは駆けだす。
彼の後姿を見送って……ふと、魔女子さんが思い浮かぶ。そういえば、マナ酔いのこと言ってたな……。
「やってみるか」
僕は呼吸を整えつつ、教わったマナ酔いの対応法を試してみる。
マナを活性化させて、下腹にあるマナ中枢へ意識を向け、ゆっくりした呼吸とマナの運行で巡らせる。いつもとは違うマナの動かし方だ。
「お、おお?」
徐々に僕のマナ経路が活性していく。
……それだけで今までの不快感は和らいでいく。
違和感は残っているし、ちょっと痛みも残っているが、仕事は出来そうだ。
「……ん、これ、効果、ありそう。いい感じだ! 魔女子さんありがとう!」
「おまたせ! 水だよ」
「おお! ありがとう。いただくよ」
アレンが木製カップを渡してくれる。水を汲んできてくれたんだ。僕はアレンの心遣いに感謝しつつ、その水を一口飲んでから立ち上がった。
「セイ、大丈夫なのか? てか、顔色戻ってるな。なにしたんだ?」
「魔女から聞いた『マナ不調の解消法』を試してみたのさ」
「へえ? そんなのがあるのか!? てか心配して損したな。そんなんあるなら早くやれよ」
「今日教わったばかりなんだよ、で試してびっくりってかんじ」
アレンは息を吐く。
「しかし、セイの仕事って大変なんだな」
「まあねー」
僕はマナの運行を試しつつ、少し動いてみる。何とかなりそうだな。これ、処理場で落とせば痛みは消えるだろうか?
「ふぅ……」
もう一口、水をいただいき、一息つく。そして気が付いた。あー、長居してしまったな。そろそろ行かなきゃ。
そうだ鍵を返す時、マイルズさんに変な物を捨てたヒトがいるって注意する必要があるな。僕にここまで障ったのは、マナ廃棄物だと思う。
その場合は、分けて捨ててもらわなきゃ困る。
「うごけそうだ。じゃあアレン、僕、次行くよ。またね」
「大丈夫なのかい?」
「大丈夫さ」
アレンはやれやれと言った風に息を吐く。
「あー、そうだセイ、ここにはいつも来るのかい?」
「えと、日によって違うから……ここは明後日くるよ。てか、アレンは王都に来たのって、最近だよね?」
「ああ」
僕は少し考え、言った。
「もしわからないことがあれば聞いてよ。もし休みが合うなら案内してあげるよ」
「良いのかい?」
「うん。僕も冒険者には世話になるし、依頼を受けることもあるからね」
「ああ、たしかに強そうだもんね」
え、何だそのお世辞?
僕は武技を習っているし、鍛えている。だけど体格は小柄だし、ぜんぜん強く見られない。
「初めて言われたよ」
「君の身のこなし、ゴミの運び方とか片付け方がさ、無駄がなかった。訓練受けたように見えるな」
そうか、僕が彼を見定めていたように、彼も僕を見ていたらしい。
「……僕はさ、小さい頃に武人の師匠と出会いがあったのさ。それ以降武技を習ってる」
「なるほど!」
「魔導ゴミ屋はさ、迷宮の清掃って仕事もあるのさ! 君たちほど危なくないけど、迷宮で会うかもね!」
「へえ! それ、面白そうだな!」
アレンは何故か目を輝かす。
「セイ、もし俺に用があるなら、マイルズさんへ言付けてくれよ」
「解った。僕はゴミ屋ギルド……えっとつるつるのギルド長、ラドックに言えば伝わる」
「なんだい? つるつるって!?」
「見ればわかるさ。厳ついギルド長だよ」
「そうか、もしなんかあったら訪ねてみる」
「じゃ、またね」
「ああ、また!」
こうして僕は友人となったアレンと別れ、次の仕事へ向かうのだった。