16 セイはアレンと友人になる
僕は散らかっているゴミを集めて回収し、ベタベタのゴミ缶を3つ空にした辺りで、アレンが水桶2つをぶら下げ、走って戻ってきた。
いくらか溢しているのは良くないな。バランスが鍛え足りないのか?
いや、性格だろうな。『溢れても良いや……』とか雑に思ってんだろ。僕の師匠ならゆるさないけどなぁ……。でも、彼の身のこなしなら気をつければ出来ると思うが……。
アレンをこっそり分析しながら仕事を続ける。
「セイ! 汲んできたぞ!」
「ありがとう、助かるよ」
ここのゴミは量が多い。あと6缶ほど残っている。ゴミ缶にも飛び散ったらしき汚れが付いていて、イライラしていたところだ。
水桶一つを貰い、勢いよく掛けてその汚れを流す。
「ずいぶん汚れているんだね?」
「昨日、喧嘩でもあったんでしょ」
「あー、うん……わかるかい?」
「ん、これはマイルズさんかなぁ? あのびっくり髭のおじさん、悪さした人をゴミ捨てにぶん投げるからな……」
何がおかしいのか、アレンは吹き出しつつ聞き返してくる。
「見たのかい?」
「三日続いた時さ、文句いったんだよ?」
「なんて?」
「えっと、『せめて、週に二回までにして! じゃなきゃ回収したくない! てか、掃除して!!』って」
「うわ、マイルズさんなんて?」
「『悪さする奴がいるから難しい!』だって」
「あの人、無茶するからな……」
「僕もさ、『じゃ、回収やめようか?』 って言ったんだよ。そしたらさ、『そのかわり、そいつらに掃除させる』とかえしたのだよ……」
それでもこの散らかりようである。やっぱ、回収やめよっかな?
「だけど……散らかってるね」
「前はもっと酷かったんだ……これでもよくなってる」
あれ、なんで僕がマイルズさんを擁護するんだ?
「これでかよ……」
「てかさ、アレンからみて、マイルズさんはどう?」
「どう? といわれてもな……」
「きみは冒険者なんだろ? マイルズさんの……んー、強さはどうみる?」
「あー、魔身者だと思うよ、あの力と攻撃の読みにくさ……」
魔身者とは……生まれつき、マナ経路の発達が体の方に結びついたマナ特異者である。牛みたいに強力な腕力と強靭な体力の持ち主だ。しかも動きがマナと連動しているので、力を入れた様子がないのに強い力を出せる。
しかし、マナの操作が苦手で、魔導や聖祈などは使いにくくなってしまう。
「正解。マイルズさんの強さの秘密、直接聞いたから間違いない」
「あー、聞くって手があるのか……でも怒ってる時はなぁ……」
「世間話で聞きゃ良いじゃん」
「いやぁ……あの人を寄せ付けない雰囲気だしてるじゃん?」
「え? マイルズさんは話好きだよ? 怖いのは雰囲気だけだし」
「そうなのか……? まあ仲良くなってれば解るか」
なんか本気で考えだした。ちょっと水を向けただけなんだけどなぁ……。
「まあ、殴り合いはしたくないなぁ」
「おや、そうなんだ?」
「んー? セイは殴り合っても行けるか?」
おいおい、何で僕が殴り合うんだ?
「僕は殴んない。魔導があるからゴミで埋めるよ。この宿まるごとね」
「げ、その攻撃は嫌だな……」
「だろ? ゴミ屋はある意味最強なのだよ?」
「でも、奇襲されたら?」
「生き残れば勝ちかな? そのあたりは自身あるし……で、次の日から毎日ゴミで埋める。『ごめんなさい』するまで」
「はははっ! そりゃ闘いたくないな」
冗談のつもりだけど、いざってときはやるからな。君も覚悟しておくがいい。
僕は心の中で思いつつ会話を続けた。
「でもさセイ、この宿って汚い方なの?」
「いやー? 冒険者の宿はこんなもんじゃない? 君の方がしってるんじゃない?」
「……いや、ゴミ捨て場をじっくり見ることは無かった」
「あーそか」
「他と比べたらどうなんだ?」
「……泊ってる人たちが冒険者だからなぁ? 普通の宿に比べたら汚れてると思う」
「冒険者の宿の中では?」
なんだ? アレンは宿を変えたいのかな?
ここの評判は悪く無いって聞いてるけどな……。僕は一応マイルズさんの顔を立てる意味で、事実をちょっぴり盛って伝えた。
「他は……うーん……やっぱ冒険者の宿は似たり寄ったりだろうね? 大きな宿の中ではキレイな方かも?」
「綺麗には思えないな……」
アレンは腕を組み何か考えているようだ。
「冒険者の宿にはさ、これでもあちこちで文句言ってるんだよ? でもさ、殆どのところは答えが同じ。今度から加減するってさ」
「あははは、加減してこれな」
「掃除のチェックはマイルズさんにしてもらってるんだけど、あの人のキレイと僕たちのキレイは違うんだよね」
ぼやきながらも僕の手は動いている。水で流したゴミ缶の汚水まで回収し、最後の一つを見る。
「おや? なんでこれは避けてたの?」
「僕の勘でさ、大物だと思う」
それは蓋を閉じ、上に重しを載せられたゴミ缶だった。こういうのって、大体大物が捨てられている。
僕は恐る恐る重しをとって蓋を開けた!
そして! 酷い臭気が辺りを漂う!
更に漂う異様な雰囲気、なにやら怪しいマナを含んでいるようにも思える。
あー、やっぱりかー……変わった形の骨とか、残骸、魔物の血だ。
「うっわ、これはきついかな? アレン、離れときなよ」
「お、おう……」
僕はドン引きなアレンを気遣う。
……もちろん、彼のためである。この臭気と表現に困る見た目の内容物は、耐性が無ければ吐いてしまうヒトも居る。たしかちょっと良い所のお嬢さまが、この手の光景を見てぶっ倒れた事があるって聞いた。
「いや、大丈夫。きついけど、大丈夫だ」
彼は平静を装っている。内心はどうなんだろうね? 大丈夫を繰り返すあたり、ダメかもしれない。僕は速やかに中のものを回収しようと少し考える。
回収の手に移す時に臭気が上ってくるし、濁ったマナが漂う感覚から、僕もきつい。息を止めて臭気に備えた。
おそらく、このゴミは解体した魔物の残骸だろうな……。血液を主とした体液が含まれ、変質したのだろう。しかもこれ、日が経っている……。ずぼらな冒険者が、ゴミを出すの忘れてたのか?
うーむ。この臭気は服につくかもな……せっかく『浄化』してもらったのに、今日は後を引くかもしれない。
「僕もこの臭いはきついんだ。吐いちゃうかもだから、離れてほしい」
「!? 君がかい?」
「……」
誰が、とは言ってないんだよなぁ。
こんなんで僕が吐いていたら仕事にならない。だけど、アレンは長時間、ゴミの大群と向きあったことはないと思うのだ。
僕は意を決してそのゴミ缶を持ち上げ、『回収の手』からこぼれないよう慎重に回収していく。
「うっわ、中身はよりきっついな! コレ!」
正直者の言葉に答えない。
僕は臭気が早く減るように急いで回収し、桶の水を半分程、この缶1つにつかうほど何度も濯ぎ、その汚水も回収する。
アレンはなぜか近くで僕の作業をみているようだ。
「アレン、臭うでしょ? 離れればいいのに……」
「いや、でも友人が頑張ってるんだ。俺は、見届けるよ」
少し首を捻る。いつ友人になったんだろう?
「えっと、アレン? 友人? 僕と?」
「あ、え? 俺が勝手に決めたんだけど……」
僕は持っていたゴミ缶の処理を急ぎながら、目を丸くして言った。
「初対面だよ?」
「そうだけどさ? ダメかい?」
回収作業とすすぎを終え、ようやく綺麗になったゴミ缶を片手でぶん回して水を切る。
「僕はただのゴミ屋だよ?」
「すごい仕事じゃないか!」
そんなことはないと思うぞ?
僕たちって結構ひどい感じに見られるよ? てか、時々『あっちいけ!』 とか『はやくなんとかしろ』とか言われたりするよ?
「あー、えーと、僕……黒髪だよ? 気持ち悪く無いの?」
僕は帽子を取って見せた。見せながら、ぎょっとするような視線を想像し……小さく俯き、彼の表情を探る。
しかし、アレンは怪訝な顔をしていた。
「黒い髪はめずらしいな? けど、なんで気持ち悪いんだ?」
黒髪に忌避感なし?
ま、まあそういう人もいないわけではないが……でも、この王都では嫌がられるのだ。少なくとも、ぎょっとされることが多い。
「アレンは、他にこの髪色を見たことあるの?」
「んー俺さ、最近この国に来たんだ。まあ、ここではあまり見ないけどさ、東部の国堺で仲良くなった奴らが……たしか、そんな髪色だったな」
「そうなの?」
「冒険者やってたら、結構あるんじゃないかな?」
そうか……アレンは離れた土地からきたのか。
「そか……」
これでも僕は友人を自称するヒトたちから、何度か痛い目に会ったり、やり返したりしている。
だから、友人だろ! って申し出には穿った見方をしてしまうのだ。
暫く考える。そして、僕は聞いた。
「……なんで、僕と友人なの?」
「君は俺の目標を笑わなかっただろ?」
「……」
冒険者は……失礼な人が結構いる。
相手を傷つけるような言葉を選んで投げるヒトが多い。それは彼らが競争意識を強く持ち、他を蹴落としてでも良い『依頼』を得ようとしているからだろ。
だから、アレンのようなちょっと甘そうな性格が相手の場合、口先で攻撃し、凹ましておくのだろう。
僕は少し考えた。
友人……まあ、良いか。彼みたいなのは珍しい。ちょっと危うさを感じるけど、悪人ではなさそうだ。
ただ、抵抗感はある。……僕の性格上、こんなことあらたまって言うのは恥ずかしい。……まあ、でも、こういうのも縁なのかもしれないな。
「うん。じゃ友人? ……でいいよ。うん。その、よろしく」
「よかった! よろしくな! セイ!」
言われて、差し出された手に、僕は手袋を外して答える。
「……ああ、よろしく。アレン」
こうして僕たちは握手し、友人となった。
ただ、場所的にはゴミ集積場である。しかも臭うゴミ回収をしたばかり。つまり、僕とアレンは臭い仲という奴になりそうだなぁ……。
まるで嬉しくないや。