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15 セイは冒険者アレンと出会う

 冒険者は夢のある仕事である。

 彼らは一獲千金を求め、各地を回り迷宮に挑戦し大きな利益を得られる。


 結果があまり振るわなくても、命や身体さえ無事であれば、冒険で獲得してきたものさえ残れば、数日は暮らせるだろう。

 ただし、危険と隣り合わせであり、あっさりと命を失う話だってある。昨日挨拶(あいさつ)したヒトが、今日は土になった……なんてことはザラだ。

 

 僕も、この仕事であった冒険者の何名かは、すでに鬼籍に入ったと聞いている。

 

 だからだろうか……彼らはちょっと意識が違い、今だけしか考えない。


「でもさ……散らかすのくらいは何とかしてほしいよね」


 そう。冒険者の宿のゴミ集積場は散らかっているし臭うのだ。


 彼らは血気盛んな人が多く、何が気にいらないのだろうか、ゴミ缶を蹴ったり投げたりする連中が多い!

 それも中に入ってようが気にせずに、だ!!

 当然、中身は飛び散るし、臭いが集積所へと染みつく。ああいった場所に長く居ると据えた臭いが身体についてしまう気がするのに!

 片付けに時間を取られる散らかり具合なのだ!!


 僕の使命はゴミ回収だけと割り切れば良いかもしれない。

 だけど! 魂の奥底にある、僕だけがもっている使命感は、汚いものをより綺麗にすることなのだ!!


 回収作業となると散らかったモノを集める必要がはっきり手間だ!

 ゴミ缶がなんかベタベタしてて、皮手袋でも触るのも抵抗がでる!

 僕は持って入った掃除道具を使い、井戸から水を汲んできて流し、回収作業に務めるんだけど、労力が他よりも倍かかる……。


 本当、冒険者街の殆どがこれなので、やってられない!!


 僕も冒険者の資格はあるし、依頼を達成したら嬉しい。そんなヒトたちの喜びはわかるよ?

 彼らが夢を追い、活気があるってのもわかる。だけど雑だ!

 ……てか、そういう雑な人って、大成してない気がするぞ!!


 ま、まあ……散らかっているだけなら良い。ゴミは汚いものだし、ちらかっているもので、慣れている。

 ただ、閉口するのは悪臭の方だよ……これがもう、独特のなのだ。


 それは何故か?

 おそらくだが、冒険者の血と汗が関係しているのだろう。

 迷宮にはさまざまな魔物が多く存在し、本能のままに襲ってくるから闘わなければならない。

 魔物はマナを喰らって暴力性を得た存在で、人が体内に抱えるマナはごちそうにみえるらしい。


 つまり、人が駆除のために迷宮に入るのに対し、魔物は餌として襲ってくる。戦いは避けられない。

 冒険者は無力じゃない。武装し、鍛えてきた武技がある。


 身体能力に優れた者は、身体を鍛えて武器を操る術を練る。

 知性やマナの扱いに優れた者は魔導を深め、戦い方の工夫に務める。

 信仰の厚い神官は、聖祈を使って仲間を助ける。

 支縁職の者たちは、魔物に致命的な隙を作り、仕留める一助となる。


 そう、魔物との戦いが冒険者の仕事だ。そして闘いには血と死の臭いが染みつく。


 ……で、後始末は僕たちゴミ屋がやるってわけだ。

 魔物との戦闘を終え、疲労の後に出したゴミは、無造作に捨てざるをえないのだろう。油汚れや血や体液がまとわり付いたものを、ね!

 そしてそれらは日が照って、腐らせる。悪臭はきつくなるのだ!


 一番きっついのは血が腐ったものだ。こいつは非常に厳しい臭気となる。

 魔物のそれは特に酷い!

 だけど、魔物は解体すると素材や食材となるのだ。解体屋に預ける人も多いのだが、お金のない彼らは自らで解体する。そして、お金にならなかった部分を宿のゴミ捨て場へと捨てるのだ。


 また、冒険者は商売道具である武具は大切にする。

 だけど敵を斬り、体液や衝撃で武器や防具、肌着などは汚れる。

 返り血や体液、もしくは傷から着いた自らの血で汚れた防具を丁寧に整備するだろう。


 それらを洗い拭った布や、もう使えなくなった武具や肌着がどうなるかな?

 もちろん宿でぽいっと捨てる。


 さらに言えば、戦えば怪我をするだろう。そういった怪我の手当て後の廃棄物も、適当にゴミとして出しているっぼい!!


 ここでのゴミが更に汚く、臭う原因だ。

 僕はこれから向かう宿での惨状を想像し、火蜥蜴の相棒たちに声を掛けた。


「さあ……キラ、カラ、行こうか」


 僕の心なしかげんなりの呼びかけに、2頭(ふたり)は優しい目で了解の鳴き声を返してくれた。



――――――――――――――――――――――――――――――

 冒険者の利用する宿で高級なものは少ない。

 部屋割りは個室もあるし、パーティー人数の部屋もある。他にも格安な料金の大部屋があり、結構な人数が雑魚寝という所もある。ほとんどの宿は部屋に装備保管庫を設けているので、少し広めとなっている。


 あと宿には酒場が併設されていることが多く、くつろぎと出会いの場となっていた。

 この地域で大きな宿は3つあり、『紅の戦斧亭』『輝ける銀月亭』『王樹と日月の恵み亭』である。


 冒険者の宿は宿泊費や食事が安いってのはもちろんだが、ちょっとした必需品の買い物も出来る。夜になると近所の酒場が活気付く。

 また、少し奥へ進めば武具の修繕も請け負う工業施設があり、高名なパーティーの幾つかが運営に関わっているらしい。


 今は昼過ぎでこの時間、冒険者たちは稼ぎに出ているのが普通だ。ゴミの回収は変なトラブルを起こさぬよう、人口の少ない時間帯を狙うのが基本である。


 そして、今日は『紅の戦斧亭』の回収となる。


「キラ、カラ、ちょっと待っててね」


 僕はキラとカラを来客用の魔獣厩舎へ止め、表口からカウンターへ進む。


「こんにちはー、回収に来ました!」

「おー、セイか? ごくろうさん!」


 出迎えてくれたのは、びっくり髭のマイルズさんだ。

 この宿の主人だが、宿の看板に下げた戦斧をふるう姿が似合うごついおじさんである。

 彼はとっても厳つい顔で、初めて見た人は圧倒され、子供の大半は泣いてしまう。

 だけど見た目の割には気さくで、あまり知られていないが子供好きだ。そして、このおじさんは何故か僕と相性が良い。


「今日は遅いじゃねえか!」

「ごめんマイルズさん! こっちも事情があってさ」

「そうか! 大変だったな!」


 怒鳴るような言い方は、若い頃に炭鉱で働いていたせいで、すこし耳が聞こえにくいと笑っていた。だから、声も大きくなるのだろう。

 そう言えば、この声が苦手なのだと女性冒険者がうわさしてたなぁ……。職業病だから仕方ないのにね……。

 ちなみに、マイルズさんはとても美人な奥さんと大人しい感じのかわいい奥さんを貰っていて、二人とも別の宿を任せている。顔のわりにやり手で収入が良いのだ。

 そうそう、大人しい感じの奥さんの宿はかなり繁盛していて、二人目の旦那を迎えるとか言っていたなぁ……。


 そんなことを考えていると、マイルズさんが鍵を渡してくれる。


「セイ! 鍵だ! よろしくな!」


 『紅の戦斧亭』は必ず鍵を借りる必要がある。ゴミ収集場が裏の中庭に設置され、防犯の意味で鍵をかけているからだ。

 マイルズさんは、「盗人が間違って入って若い奴らに八つ裂きにされたくない!」と笑っていたけどね……。

 でもイの一番に八つ裂きにするのはマイルズさんだと思う。丸太みたいな腕してるもんな……。



――――――――――――――――――――――――――――――

 僕は鍵を使い、掃除道具を持って裏口の扉を開き、ゴミ集積場で頭を抱えた。

 中庭にはゴミ捨て場があり、ちゃんとゴミ缶があるというのに、その周りへ生ゴミが散乱している。

 喧嘩でも起きたんだろうか……。


「またか……」


 僕はゴミ缶を起こし、散らばったゴミを箒で集めた。


「……?」


 ふと、何か見られている気配がする。誰かな?

 自然と振り返った。と、そこには抜けるような金髪の、絵に描いたような美少年がこちらを見ている。

 身長も高く、服装はどちらかと言えば汚れても良い恰好だが、きまって見える。歳も……僕より一つか二つは上かな?


「なに?」


 僕は声を掛けた。すると、その少年は少し驚いたような素振りで言った。


「君は、誰だい?」

「? ……僕はゴミの回収に来たんだよ」

「え、そんな仕事、あるんだ」


 んー?

 ゴミは片付けなきゃ無くならないんだぞ?

 てかこの少年、良い所の出かな?

 僕は憮然ぶぜんとした表情を隠さずに答えた。


「まあね」

「えと、その……汚くないのかい?」

「……?」


 何だろう、喧嘩けんか売ってるのかな?

 ゴミ屋怒らすと怖いんだぞ?

 この前、あんまりな冒険者が絡んできたからゴミで埋めてやったんだぞ?

 あいつが泣いたの初めて見たって、仲間に言わせたんだぞ?

 キミもそうなりたい?


 そんな思考をちびっとしてしまう。彼を埋めるのは冗談にして、少し不機嫌な色で言った。


「……見ての通りだよ」

「そっかあ……好きでやってるの?」


 いちいち引っかかるよな?

 でも、毒気がまるで無いからこっちも調子がくるってしまう。


「僕、『神の祝福』持ちなのさ」


 そう言って僕はマナを動かし、『回収の手』を使った。金髪の少年は目を丸くして驚きを表す。


「うわっ、グロい手だ!?」


 いちいち本当、なんだろね!

 この正直者め!

 君は長生きできないぞ?


 僕は憮然ぶぜんとしつつも会話を打ち切ろうとする。


「じゃあ、僕は仕事があるんで」

「魔導? なんだい、その手は!? 見たことない」

「そう? ゴミ屋はけっこういるんだよ? 今まで気にしてなかったからじゃない?」


 彼に言葉を返しながらも僕の手は動いている。チリトリの中にあるゴミを、『回収の手』へ入れる。

 それから、中身半分くらいの軽いゴミ缶を持ち上げ、『回収の手』へぶち撒けた。『回収の手』はそのゴミを握りしめてその中に納めていく。


「おわ!? すごいなその手! 中はどうなってるの?」

「中?」


 僕は目を丸くする。あまり考えなかった発想だ。


 そう、『回収の手』は凄い量のゴミを貯め込むことができる魔導であり、この手が現れることから、魔導に関して専門家の魔女子さんも不思議がる類のものである。


 魔導的領域に格納ってのはわかってたけど、その中でゴミがどうなってるかは、考えても説明が出来ない。

 この魔導の謎を……考える前に、僕は解っていることだけを、一言で説明する。


「ゴミを排出するとき、細かくなってるから、握って潰して、さらに中で圧し潰してしまう……と思うよ。正確にはわからないな」

「そっか……」

「じゃ、僕は仕事があるから……」

「あ、俺も手伝うよ」


 ゴミ缶へ手を伸ばす少年の顔には、善意と好奇心がある。僕は戸惑い、少し考えながら言った。


「いいの? でもさ、この魔導の回収は僕しかできないんだ」

「おや、そうかい? でも何かできること無いかな?」


 ……なんだろう? 変な奴だ。


「じゃあ申し訳無いけど、水汲みを頼んでも良いかい?」


 僕はこのゴミ集積場の惨状さんじょうが気に食わない。

 だから回収を終えた後、余裕がある場合に限り、水で流すことをオマケでやるのだ。

 そして、ここの井戸は少し離れた所にある。


 今日は遅れ気味のお詫びとして、王樹の葉を使って『成水』をためて流そうと思っていたところだった。ありがたいな!


「もちろん!」


 彼は笑う。二つ返事かとはなぁ……。しかし、世間知らずっぽいけど、存在感のある奴だなぁ……。


「待った!」


 金髪くんが走りだそうとするところを、僕は呼び止めた。


「その、僕はセイ。魔導ゴミ屋のセイと言うんだ。君の名前を教えてくれない?」


 少年は顔だけこちらを見返して、ニコっと笑う。


「俺はアレン! 冒険者の『戦士』だ。『大陸随一』の称号を得ることを目指しているんだ!」


 その言葉には力がある。僕は暫く彼の目を見つめた……。瞳の輝きから、この言葉が彼の本心だと感じる。


 実はこっそり測っていたのだが、彼の身のこなしは洗練(せんれん)されている。

 こっちの見る目はちょっと自信がある。僕の師匠のいいつけで、「冒険者は遊びで攻撃してくるから、観察は怠るな」と言われている。

 しかし……彼の動きの無駄のなさは珍しい。


 つまり、彼は本気でそれを目指し、努力もしているのだろう。

 アレンの言葉に、僕は何故か胸へじりじりとする物を感じつつ、一言で返した。


「本気だね」

「ああ!」


 そして僕は仕事をこなす。

 最大まで入ったゴミ缶を、一気に担ぎ上げ回収を行った。アレンは空の水桶を持って駆け出した。


「アレン……かぁ」


 僕は回収を続けつつ、呟いた。


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