14 セイは冒険者街の回収へ向かう
魔女子さんと別れ、僕はゴミ処理場の事務所へとむかう。そこの受付をしているすっごい白眉毛のおじさんに言った。
「排出量の証明をください」
「あいよー、こいつに手を当ててくれるかい?」
僕は部屋の隅に置かれた魔道具の枝に、鞄から王樹の葉を取り出して添え、魔道具起動の言葉を唱える。
「『魔の証を我に与えよ』」
するととなりの紙に数字が浮かんで来た。これは『回収』の維持に使われたマナ量がわかる魔導具である。この数字から、その日の『排出』までに回収したゴミの総量がわかるのだ。
「……うん、問題ないな」
そう言って日付と印を押してもらうため、紙を預ける。
こいつをギルドに出すことが、仕事をした証明だ。あの枝の魔道具、仕組みは良く解らないけど、排出場所と僕固有のマナをなんやかやして計測するらしい。
「しかし、君はあの魔導師嬢ちゃんと仲がいいんだね」
「ええ、まあ趣味が合うみたいです」
「そうかね……燃やす時ちょっと怖いって伝えてくれんか?」
「えーと、それ言ったら僕が燃されますよ」
「あーそうか……そうかぁ……」
てか、魔女子さんはどれくらいの実力だろね?
あの焼却魔導は一回でも疲れるらしい。彼女の実力では連発はできないって悔しがっていた。まあ、連発されたら大変だけどね……。
でも、疲れるっていうのに嬉々として燃やそうとする彼女はヘンなヒトだ。
ちなみに、僕の『回収の手』は消耗が少ない魔導だと思う。僕が巡る全ての回収場所は300件程度あり、それらすべてを問題なく回収できるのだ。
まあ、魔導はマナを動かす大きさによって疲労が倍加していくからね。
「はーい、これ。印押したよ」
「ありがとうございます!」
日付を記入され、証明印をされた紙片をうけとる。これが僕の給金の種である。もっとも、僕たちの給金は件数の方が重要だし、不正防止といった意味で、担当開始直後の回収先は一週間かけて数値の変化を測り、平均をギルドの方で計算して把握されている。
こうして、『排出』を終えた僕は事務所を後にした。
魔獣厩舎では、キラとカラが少しだけ不機嫌そうにしている。
「おや? どうした?」
「グルルゥ」
「ウルルルル」
何故か2頭ともが頭をこすりつけてくる感じだ。
「待たせちゃったから怒ってるの?」
「グゥ!」
「ウルル!」
「ごめんごめん、魔女子さんが面白い話をしたくれたのさ」
僕はなだめすかして機嫌を取りつつ、ちらっと飼葉桶を覗く。ああよかった、しっかり全部、食べている。
彼女たちの機嫌が悪い時は食べが悪い場合がある。そうなると疲れやすく、別の所で小休止を取らなければならなくなるのだ。
ああ、ちなみに彼女たちの飼料だが、材料は群生の『紫油食い大ムカデ』という魔物虫のミンチだ。この魔物虫は食料の関係で体内にマナが変質した油を含み、火をつけるとさまざまな色の燃え方をするらしい。
毒がなく、火と冷気の魔導に弱いので、駆け出しの冒険者が捕って来て素材屋に持ち込み、魔工用の油を搾るらしい。
で、飼料を作る業者がその残り滓を安く買い叩く。ちょっとだけ独特の臭いがするから箱に詰めて持ち運ぶ必要があるが、そのぶん安く、しかも2頭は喜んで食べてくれる。
「そろそろ行きたいんだけど、良い?」
「グア?」
「ググゥ……」
僕は2頭の首を撫でると「しょうがないわね……」的な表情で答えてくれた。さあ、午後の回収先へと向かおう!
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「冒険者道順かぁ……」
少し気怠げに呟き、繁華街を抜けた。
昼の繁華街は、人通りも少なく物悲しい雰囲気がある。
閑散としているというのか、街が眠っているというのか? 不気味な静けさだ。この辺りは夕暮れごろから灯りが点き、活気と賑わいを見せる。
王都の繁華街は店舗が多く、高級食堂、娼館、酒場、賭場なども点在するが、夜からが稼ぎ時だ。連れ込み用の宿なんかもこの辺りに多い。
安くて宿泊用の宿を探すなら、もう少し北になるかな? 北区まで出れば宿屋区画となり、旅人や冒険者の受け入れなども行っているはずだ。彼らはそう言った寝床へ荷物を預け、ここらへ遊びに来る。
そう。これから向かう宿屋区画、通称『冒険者街』は北区にあった。
北区には、王都の冒険者ギルドがあり、ギルドを中心に冒険者関連の商売施設が多くなる。
「冒険者道順なぁ……」
もう一度、ゴミの記憶もあって僕は零してしまう。
冒険者……彼らは世界を旅し、戦闘付きの日雇い仕事を受ける人たちの総称だ。
この双月大陸には多くの国がある。僕たちの知らない場所、行けない場所は数多く、未知の世界が広がっている。そういった未知に挑戦する者、それが冒険者だった。
だが、彼ら冒険者の立場を大きくしたものは迷宮の創造主と呼ばれる存在に寄るだろう。
迷宮の創造主……その構成は『日輪の民』『蒼月の民』『紅月の民』という3つの特殊な種族の集団である。
彼らは三本足の鴉の道案内で旅を続け、各土地のマナ溜まりを迷宮へと変えてしまう。
基本的に魔物はマナ溜まりを拠点にするのだが、そこに働きかけて迷宮を創造し、魔物を導き、罠を仕掛け、外へ出にくくすることで各地に蔓延る魔物を減らし、人間の村や町を住みやすくした。
そして人の活動範囲は増えて国の繁栄に貢献したらしい。
迷宮の環境は魔物の住処としても、魔物たちを閉じ込める檻としても適していた。迷宮は土地に合った環境が作られるし、食物連鎖も魔物たちが自然と作り上げる。
暫くは、うまくいっていたらしい。……だけど、例外は常に存在するのだ。
ある1つの迷宮にそれは現れる。魔物たちを統率し、迷宮内の罠を根絶させ、繁殖力と攻撃性を激増させた強力な魔物の群れ。
彼らの育成には10年以上の歳月が必要だったが、その脅威度は異常であり、非常に強力な個体の群れは迷宮内のマナ食いつくして飢え、外へと飛び出した!
迷宮から飛び出た強力な魔物は、街や街道で人を襲う。ヒトという大量のマナを含む生物たちを餌に見たらしい。
ここまで聞いて僕は本末転倒だと思ったが、話には続きがある。
その強力な魔物の群れは複数国家の軍事力で殲滅した。しかし、その被害は甚大で、幾つかの国が滅亡している。
そして、世のため人のために頑張ったはずの迷宮の創造主は、責められ困ってしまった。
ただ、それまでにあった平和も評価され、迷宮の創造主たちは国々の重鎮や賢者たちと会談する。
会談の結果……『定期的な管理と魔物の駆除がいるんじゃないか?』との結論に至った。
そして、駆除の仕事を最前線で共に闘い、意気投合していた旅人たちへ頼む。
旅人たちはどうやら情の深いヒト達だったようで、頼られてすぐさま行動した。
彼らは仲間を集めて王樹の元に存在する『樹王府』……王樹の恵みを管理する、国家超越機関へと願い出た。
『国家をまたいで活動できるよう、『樹王府の承認』を頂きたい』
『樹王府』はヒトを始め、生命たちの強い願いをうけたときに機能する。その願いは『自治の徹底』を条件に、承認された。
承認の結果、彼らは大陸全土で活動できる組織にまで育つ。彼らは自らを『冒険者』と名乗り、有力な人たちは国々と交流し、世界各地へ冒険者ギルドを作った。
その後冒険者活動の支援者も増え、彼らは大陸中で活躍している。
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現在の『冒険者』は魔物駆除や迷宮探索を主とした、戦闘中心の仕事をこなす何でも屋といえるだろう。
魔物駆除はわかるけど迷宮探索? となるだろうがこちらの方が大きな利益になりやすい。
迷宮には多くの魔物が住んでいて、危険が大きい。しかし、その最奥のマナ溜まりでは、マナによる物質の変化が起きるのだ。
物質変化したマナの石、金属、植物など、迷宮の特性に寄るのだが、どれも強力な武具の素材や希少な魔導書の材料となり、高額で取引される。
さらには最奥に住む魔物の亡骸だって素材として希少なのだ。
そう、迷宮の奥にはお宝が眠っている。
お宝のなかで、稀有な例として……半永久的に紙を作る魔導具の素材を見つけた人がいる。冒険者サイリンといったかな? 彼の活躍があったから、僕たちは本や紙が安価で手に入るのだと教わった。
「しっかし……夢があるのは良いんだけど、現実は散らかしてる人が多いんだよなぁ」
そう。ゴミ屋の僕としては、こっちの方が問題である。基本的に戦闘が絡むであろう危険なもので、問題が解決すれば仕事は終わる日雇い仕事だ。
毎日仕事があるとは限らないし、武具は消耗品で必要経費も大きくなる。だから依頼料は高額な場合が多い。
そのせいだろうか? 彼らは刹那的な考えのヒトが多く喧嘩っぱやい。
いや……話してみれば、素直でおもしろい人格が多いんだけど……後始末をするこちらの身にもなってほしい。
そう、ぼくが憂うつなのは、彼らのゴミは散らかっているからだ。
「グア?」
「グゥ?」
独り言が多くなるからか、キラとカラが合いの手を入れてくれた。
「あー、ごめんよ。これからの回収を憂いているのさ」
「グゥァ!」
「なぐさめ、ありがとう。カラ……」
現在、王都を始め、都市には危険な仕事が結構多い。つまり冒険者には需要があるのだ。冒険者になるためにはギルドに申請し、資格を取りさえすれば良い。
その資格は『適性』と『武力』をみるのだが、さほど難しくはないと思う。
『適正』は、指名手配されておらず武力や特技など、迷宮探索に必要な能力があり、コミュニケーションが取れることだ。
『武力』は、王都では証明のため、『試練迷宮』へ挑戦して証を取ってくる必要がある。
僕も資格がいるため挑戦したのだけど、さほど難しくなかった。
……なぜ冒険者資格がいるのかって? 日雇いのちょっとした報酬は、休日の副業として魅力的だからだ。
僕は孤児院の皆を食べさせなくてはならないし、レアにも見られた目的の1つ『解呪』にお金が必要である。
また、それだけじゃない。魔導ゴミ屋としても取っておいた方が有利なのだ。
実は魔導ゴミ屋の仕事には、『迷宮清掃』と言うものがある。
『迷宮清掃』は突発的に発生する依頼であり、時期が読めない。何年かに1度が普通だが、幾度も発生する年もあるらしい。
仕事の発注は樹王府に本部のある国家超越機関・迷宮の創造主経由であり、依頼内容としては『迷宮の管理補助』となる。
そしてこの仕事は公共事業となり、ゴミ屋ギルドをはじめ、さまざまな機関へと回されるのだ。当然報酬も良い。それに、冒険者の登録があれば優先して受けることができる。
もちろん危ないし普段よりも疲れる仕事だけれど、僕にとってはやりがいのある仕事だ。
これでも僕には武力がある。仕事が終わると師匠のやってる道場で修練したり、衛兵の手伝いをしたりで武技を磨いている。
武力は、僕の目的である孤児院長エリナが受けた『呪詛』を『解呪』するために必要なのだ。