13 放火魔女の焼却魔導
「よし、魔女子さんちょっと待っててね」
僕は排出場所まで進んだ。
それは広い穴に突出した橋のような場所で、まれに風が吹いているため、体が揺らぐ。魔導ゴミ屋の魔導が無ければここから落とす形になるのだが、それだと事故が起きやすい。
「そういや、モルガンには脅されたなぁ」
排出場所に立った僕はモルガンのことを思い出す。彼は僕に、ここでは年に1人は落っこちると脅されていた。
もっとも、それは冗談じみた脅しである。僕がこの仕事を始めてから、そんな事件が起きた話は聞かない。昔はあったみたいだが、今は柵や網などで落下防止策が取られているのだ。
まあ魔導ゴミ屋の『排出』なら問題はないんだよね。僕たちの『排出』は、魔導使用者からかなり離れた位置、しかも空中に排出孔をつくりだせるのだ!
この排出孔は魔導の練度によって距離がちがってくるが、概ね排出場所の大穴中央あたりに作る。
「さてっと!」
僕は目標となるあたりを目で確認し、マナを動かす。
夢で見た生物の手をイメージ。それから、僕の内にあるゴミの格納場所の底にある蓋を取り除く感覚を踏まえてマナを編む。
マナが巡り、活性化する。僕は両手をかざし活性化したマナを集め、魔導を発動した。
「『排出の手』よ!」
その瞬間、僕の手の延長上。狙い通りの空間に揺らぎが現れ、同時にそこから『回収の手』とおなじくらいの赤紫の両手が生えた!
僕が召喚した排出の手は、上に向けた掌を返し、空いた穴から一気にゴミを排出していく。朝も回収してきた様々なゴミが下のゴミ群に向けて落ちていった。やはり今日はちょっと多めだな。
「ふむ……相変わらず、不思議な魔導だね」
「!?」
何故か魔女子さんが隣にいた。自分に意識を向けてないヒトの気配って読みにくい。彼女は興味を持ったもの、『排出の手』を注視しながら近づいてくるからだろうけど……ぎょっとするのでやめてほしいと思うな。
僕は少し唇を尖らせ、聞いてみる。
「もう見慣れたんじゃない?」
「いや、見ただけじゃ解明できない魔導だもん。てかさ! あの手、すごく面白そう!」
「そりゃどうも」
「でもなぁ……むむぅ……詠唱もないのがなぁ……」
「僕は、魔女子さんの炎の方がかっこいいと思うけどな」
「えー、うふふ」
魔女子さんはちょっと頬を赤らめて、はにかみ笑いを見せた。この魔女は、炎を褒めると喜ぶ変人だ。
「じゃ、しっかり見ておきなさいな!」
そして、魔女子さんは王樹の葉を数枚手に持ち、口の中で何か唱える。すると、左手に赤い光が現れ、その光は赤い皮表紙の分厚い魔導書となった!
魔女子さんはその魔導書を開き、王樹の葉をそのページに置く。それから立てかけていたじゃらじゃらと石が付いた長い杖を右手に持つ。
そして、マナを動かし、詠唱を始める。
「慈しむべき広範なる水の帷は、数多の火種となる大樹を育て賜うことを願い、現出すべしマナの火種よ!」
王樹の葉が二枚輝き、同時に水のマナ球と木のマナ球が彼女の周りに漂う。水のマナは、木のマナを大きく育てる餌になると魔女子さんは言っていた。
そして『その大きくなった木のマナを炎のマナに喰わせることで、素敵炎は完成するの!』 それはとても嬉しそうな表情で教えてくれたのだ……。
木のマナ球が水のマナ球を取り込み、木のマナ球は大樹を象る! 彼女は詠唱を続ける。
「大いなる焔は、火種を食らい立ち登る炎柱、渦巻き、捻じれし炎塊よ燃やせ! わがマナを糧に下賜を願う。火の神よ、契約を元にその力を現せ!」
魔女子さんの下腹からマナ中枢のマナが膨れ上がり、全身を……それこそ燃えるように走り、美しく彼女を取り巻いたのち、その烈火のマナは杖へと集約した!
左手の魔導書から赤い光、挟んでいた王樹の葉が青と黒のマナ球を生んだ! それは何やら意味の解らない光環を描く。
そして、杖の先から小さい赤光が一瞬伸び、彼女の目標としている場所へ到達すると、彼女の杖から3つの赤い塊が作られる!
「『神魔の炎柱よ渦巻け!』」
現れた炎塊は、辺りに漂う木のマナを取り込み、燃え、赤光が到達したゴミ溜まりへと飛ぶ! 着弾する!
着弾と同時に! 炎塊は巨大な三本の火柱となって捻れ、渦を起こして立ち昇る!
そして、その捻じれ狂う炎の柱は、ゴミの山をどんどん燃やし、灰にして行った。
魔炎が消えた後も炎は燃え続け残り、熱を撒き、さらに広がっていく。あれだけあったゴミが、きれいな灰になっていく。
「相変わらず、すごいなぁ」
「ふぅ……ふぅ……で、でしょ!」
大きな魔導なのだろう。額に汗を滲ませた魔女子さんが前髪を垂らして笑った。
「で、でもさ……あたしからすれば、セイの魔導は不可解よ?」
「そうかな?」
「だってさ、どの神との契約したのか、わからないんだもん」
魔導……特殊な魔導は神さまとの契約とやらがいるらしい。だけど僕にはその覚えが無い。
「僕、契約なんかしてないよ」
「それは覚えて無いんじゃない?」
「そうかな?」
「たまにいるみたいよ? 小さい時や夢なんかで神さまに出会ってさ、そのまま契約しちゃうとか、ね」
「ふむ?」
僕は、今朝見た夢を思い出す。あの泣いていた幼馴染の女性が神様?
いや、違う気がする。あれは、もっと変な感じで、色々な感情を含んだ……いや、いいか。
ちょっと聞いてみたい気がするのだけど、それ以上に、あの夢は人に伝えてはならないという、思いの方が強く浮かぶ。
「……やっぱり覚えてないな。というか僕、『灯火』みたいな基本魔導は使えるよ?」
「それは王樹の葉を使うんでしょ?」
「うん」
「王樹は全ての神と契約してるようなもんだからね。マナの扱いに慣れた人なら使えるさね」
「へえ?」
なんだろ、ちょっと興味深いな。僕は突っ込んで聞いてみた。
「えっと、じゃあさ、契約したらさ、王樹の葉とか要らなくなるの?」
「うーん……まあ、ある部分ではね? だけどさ、どうだろ? 併用した方が楽よ? あ。あと、不便もあるかな?」
「不便……どんな?」
「あたし、学校のマナ増幅陣で訓練があるんだけどさ、マナ酔いしやすくなるの」
「どういくことさ?」
「えーっとね……」
そこから、魔女子さんは説明してくれたのだが、ちょっと感覚的なもので、わかりにくい。
要約すると、神さまと契約しているとマナに敏感となるらしく、マナが濃い場所、特に大きな儀式をするときの場ではそのマナを吸収? などしてしまい、体調が悪くなる。慣れるとどうということもなく、より調子良くなるのだが、その不快感はなかなからしい。
「セイにはそういうこと無い?」
「んー……そういえばあるけど、でもちょっと違うかもしれないよ?」
「え、なになに!? いってごらんよ?」
「んー冒険者のゴミに多いんだけどさ、マナが含まれたものを回収してると気持ち悪くなる」
「ふむ? マナ酔いとはちょっと違いそうね? どんな感じになるの?」
「動悸が激しくなって、手とか痺れる感じ。しばらく休んでたら動けるようになる」
「あ、それマナ酔いっぽい症状じゃん!」
「ああ、そうなんだ?」
「そういう時はね、マナ中枢に意識を集中して、ゆるやかにマナを活性化して落ち着かせるといいわ!」
「どうやって?」
「教えたげる!」
言葉とともに、彼女は自分の下腹に手を当てる。
「この体制で、自分の一番楽な動かし方をするの。呼吸と同じ速さくらいの、ゆっくりしたマナ運航ね!」
そしてマナを動かす。どうやら、魔女子さんはマナを分かりやすく高めて見せてくれているようだ。てか、静かなマナ運行をっぽいな。
マナの活性化……ゆっくりとマナを巡らす感じかな?
魔導を発動する時は早く動かすし、うん。これってあまりやらないな。
……だけど、魔女子さんのマナは、流れが綺麗だね。
僕がその姿を眺めていると、魔女子さんはじとりとこちらを見つめて言った。
「ほら、セイもやるのよ!」
「え、ああ。やってみる」
僕は魔女子さんに促されたままに、真似をし、納得してもらうまで、活性化を試みた。
魔導学校って、ノウハウが多そうだ。けど、なんか面白そうだと思うよなぁ……。
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「そうだ、あたしさ、マナを見る魔導を習得したいんだけど……」
僕がマナの活性化を試している最中、魔女子さんは呟いた。
「んー?」
彼女は時々自分の考えを纏めるために、僕へ話しかけることがある。こういう時は聞くだけで良いみたいだ。
マナを見る? 小さな疑問は言葉に出さず、僕は聞き役に回る。
「マナを見る? ……感じるんじゃなくて?」
「うん。違うの……『魔を識る瞳よ開け』って課題でさ、中々うまくいかないの」
「ほう?」
あまり人には言えないが、僕はそれに似た技能を習得しているのだ。しかし、これを教えてくれた師から『人に対してみだりに使うな、そしてバレるまで教えるな』と釘を刺されている。
「それって……」
「うーん、コツがつかみにくくってさ……とっかかりが欲しんだどなぁ」
それ、僕はも悩んだ部分である。魔女子さんにはお世話になってるし、恩返ししたいと思う。だから僕は具体的には伝えず、この技法を会得する際に気にした部分を答えてみる。
「えっと……マナの何を見るの?」
魔女子さんは目を丸くした。
「何? ってどう言うこと?」
「えっとさ、見るって色とか、動きとか、見るべき物に目が行くんじゃない? 何を見ようとするのかなーってさ?」
「む……なるほど? 何を見よう? 色? ねえ……ふむ?」
魔女子さんは僕の言葉から、何か考察を始める。
「もしかして、こだわる部分が違う? マナによる身体への……」
魔女子さんはぶつぶつ言いながら考えだす。
……彼女との雑談は楽しい。もう少し話していたいが……軽く事務所の方を見た。職員さんが動きはじめているかな? そろそろお昼時らしい。
「魔女子さん、もうお昼みたいだよ?」
「あや? もう?」
「ほらほら、職員さんも動いてるじゃん」
「そか……ねえねえ、セイはこれから……」
「僕、今日はちょっと時間測らないとだ。お昼抜きコースだよ」
もともと僕は昼を抜くことが多い。
金銭的に節約したいってのもあるのだが、一度食べ過ぎた後の仕事で、腹痛と臭気で吐きかけたことがあるからだ。
それに魔女子さんはものすごく食べる。こっちが引くほどの量を注文し、すべて平らげる。しかも上品な食べ方で味わって、幸せそうに時間をかけて……だ。
「えー、残念。ここの食堂、美味しいのよ?」
そう。僕が彼女に付き合うと午後の仕事が大変になってしまう。話は面白いんだけど、余裕がある日以外は付き合えない。
「ごめんね、魔女子さん。今日は僕、行くよ」
「ねえ、セイさ、明日はまた遅くなる?」
「うーん、おそらく明日も同じか、もう少し遅くなるかも? てか、ゴミ処理場には何度か来るけど、魔女子さんは一日一回だよね?」
「うん。あたし、学校あるもん」
「そっか。まあ『魔を識る瞳を開く』……だっけ? がんばってね」
「うん! まかせといて! てか、セイもたまにはここの食堂、利用したげて! 料理長のニコラおじさん、いいキャラしてるわよ」
「んー、まあ、のんびりな時があればねー」
「そっか、じゃあまた明日!」
「うん、また明日ね!」
そして僕たちは挨拶を交わして別れた。また明日、ここで炎と魔導の雑談しよう。