10 聖女はセイの心に触れる
レアはおずおずと僕の手を取った。
「やっぱり、抵抗あるかな?」
「私、嫌がられることが多かったから……」
「ああ、そうか……」
『神の祝福』は大きな素質である。
だけどその能力に関わる『制約』があり、その強制力は僕たちを強く縛るのだ。このあたりを把握しておかないと、困ることが多い。
『さとり』はかなり強力だが、彼女が言う【自分が嘘を言えない】や【本人以外に話せない】は絶対だ。
『神が与えた力の反動』と考えるべきかもしれない。
僕も『神の祝福』で『制約』があるからわかる。
そう。『回収』と『排出』にも制約があるのだ。
僕が試み、見出した制約は3つある。彼女との対比として挙げてみよう。
―― 1つ目は【回収はゴミ以外できない】
これは今朝考えていたものだ。『僕がゴミと思ったモノ』でなければ回収の手は働かないし、弾く。
これでも色々と試している。家具なんかも、綺麗すぎたら回収できない場合があって、壊せば回収できた。
死骸がダメってのは、僕が死骸をゴミだと思っていないからだろう。
―― 2つ目【回収の手を扱えるのは自分のみ】
人手を使って回収できたら楽だと思い、孤児院の妹たちと試した。
しかし、『回収の手』は他人が触れると同じ力で弾いてしまう。
飛びついて弾かれてしまった妹のメアリは、涙目になった。
更に僕が回収の手に触れた状態なら、他の人は回収できるか? まで試している。しかし『僕自身がゴミを入れる行動』をとらないと、回収できない。
どうやらこの能力、楽はできないようだ。
―― 3つ目【回収しておける時間は有限である】
『回収』とはマナを使って自分の魔導領域へ収納場所を作る力っぽい。
これの維持にもマナは使われており、なるべく早くに『排出』をしないとその間マナが消耗する。
そして、この消耗が続き過ぎると命にかかわるらしい。そこまではさすがに試していないが、排出が長引くと不調があらわれてしまう。
つまり……僕の能力でも、これくらいの制約があるのだ。
『さとり』という彼女の能力に対する制約は、もっと大きいだろう。
小さく息を吐き、僕は伝えた。
「『神の祝福』の制約を知らないと、信じることは難しいんじゃないかな?」
「そうね」
「どんな記憶を見たいの?」
「……ふふ、ちょっとだけだから大丈夫」
「何が?」
小さく笑い、目を閉じて、僕の心? 記憶? を読みだす聖女ちゃん。
本当、何が大丈夫なんだ?
一応、僕にも秘密や知られたくないことはたくさんある。
だけど、聖女ちゃんだけが知ってくれるなら……彼女であれば、知られても良いかな? と思う。
誰にも漏らさず、僕のことを知ってくれている、自分が好ましいと思うヒトが居るって、悪くないように思える。
一応、僕は最近の仕事やら考えごと、後は師について武技をならっていることなど、ぼんやり浮かべてみた。
「セイさん、辛かったね……そして、頑張った」
聖女ちゃんは僕の何を見たのだろ?
彼女は手を放さずに、こちらを見てくる。
「辛くないよ。慣れたもんさ」
「……でも」
「解ってくれる人はいるし……」
聖女ちゃんは唇を尖らせた。
「聖女ちゃんもさ、『さとり』って理解してもらえないんじゃない?」
「うん。見た内容、その人以外言えないのに……」
「……たぶん、わからないかも? てか、心が読めるって広まったら危ないんじゃない?」
聖女ちゃんはこくりと頷く。
「危なかったことはある」
「え?」
「神殿のヒトは、私の力を知ってる……」
「うん」
「で、ある方に詰め寄られて、酷い目に遭いかけた」
「っ!?」
何故か異様に腹が立つ。僕は少し声を荒げた。
「大丈夫だったの!?」
「司教さまが助けてくれた。で、詰め寄ったヒトは、遠くへ行ったわ」
「そう……か、良かった……どこに?」
「……王都にはいない」
それ逆恨みされてないかな?
それとも司教さんとやらが、始末した?
あ、もしかして聞いたらまずいか?
神殿にとって聖女ちゃんがどの程度の存在か、僕はわからない。だから不安である。
「それは……あ、えと……あー……その……」
あー、何か口ごもる感じ?
これ、言えない?
誰かの心を読んだ情報ってことかな?
嘘は言えないから、こんな詰まっている?
「私は大丈夫」
うーん、彼女が大丈夫だっていうのは……嘘が言えないし、間違いないだろうが……。
聖女ちゃんは賢いところがありそうだけど、素だと抜けてるしなぁ……。
「抜けてるは余計……」
「うあ、読まれた」
唇を尖らせる。可愛い……。
っと、ん?
彼女はちょっと手を放し、じとっと睨んできた。
「その……困る」
「え?」
「……」
ああ、可愛いって思うのもダメ?
彼女だと、そういうの慣れてそうだったけどな。
「……むぅ」
少しいじけた様子を見せると、聖女ちゃんは再び僕の手に触れた。
あれ? ……いまさらだけど気が付いた。
僕も男だから、彼女のような可愛い女性と触れあえば、異性としてのドキドキがあるはずだ。
特に初対面の時に現れた彼女自身を求めるような、どろどろしたものがあったのに、そういったモノが湧き上がらない。何故だ?
「あ、それは……」
視線を向けた僕の言葉に、レアはもどかしそうに言おうとして、言えない感じに見える。
んー?
誰かの心を読んで知った、ナニカが関係してるってこと?
ってことは、制約的な何かがある?
言えないようなこと?
んー……あれ?
そうか! 触れた相手は、そういった情欲を抱けないとか?
『聖女』ならありそうな気がする……。
「言えない……。ごめん」
「いや、うん。良いよ」
しかし……それだと、この『さとり』の力は彼女にとってどんなものだろう?
枷になってないのかな?
でも、心を見るのは喜びだと言ってたし……うーん?
ただ、見られる側だと……特に、他人に言えない考えや、後ろ暗い思いを読まれるって、立場のある人間は恐れるものだ。
僕は立場的にはアレだけど、暴かれたらマズイ記憶もある。
それを暴露された場合……僕は捕まり、孤児院の皆も巻き込まれてしまうかもしれないって怖さはある。
「私、そんなことしない」
「うん。わかってる」
僕にとっては問題ないだろう。彼女を信頼しているからだ。
それは僕の初対面の印象という、あいまいな部分が強い。
だけど、自分の『神の祝福』を調べ、研究した身として、この制約を体感しているから、より確信をもって彼女を信じることが出来る。
「セイさん、見せてくれてありがと」
不意に聖女ちゃんは手を離した。
手が離れた瞬間、僕は彼女の危うさに気が付く。
「聖女ちゃん、えっと……」
「うん?」
僕は聖女ちゃんが気になっている。何とか力になりたい。
それは出会った瞬間に起きた想いが強い。
だけど……彼女は神殿の『聖女』である。僕はどうすれば彼女の助けになるだろう?
そういえば僕は、彼女のことをほとんど知らないのだ。
だから……出しかけた無責任な言葉を飲み込んで、言った。
「僕、これから仕事があるからさ、行かなきゃ」
「ああ、そうね」
ちがう、じゃない。『さとり』で見てもらえば早いのだけど、これは言葉にしたい。
「神殿はほぼ毎日の道順だから明日も来るよ」
「そう、よかった」
「こんどは、その……聖女ちゃんのことも教えてほしい。また、会えるかな……?」
……結局は飲み込んだままである。だけど、僕の言葉に聖女ちゃんは目を細めた。
「大丈夫。また明日も会える。あと、私はレア。呼び捨てで良い」
そう言って表情にはちょっとしか出てないけど、照れたように見える。
「レア、解ったよ。なら僕も呼び捨てにしてほしい」
「……うん。セイ、よろしくね」
「よろしく!」
そして、僕が行こうとすると、レアが呼び止める。
「あ、待ってセイ。1つ良い?」
「え、なに?」
「……その」
レアはすごく言いにくそうに、こちらを見ている。
「どうしたの?」
そして、思い切ったように言った。
「エリナさんの『解呪』、聖祈では無理」
「っ!?」
それは、僕の誓いの一つだ。
僕の恩人である孤児院長エリナは、呪詛を受けてしまい、今はまともな状態ではない。
そして『解呪』といった力があると知り、神殿に頼んだこともある。
だけど、拒否されていた。
寄付の金額かと思い、仕事に打ち込んでいた面もある。
急に言われた僕は、どんな表情をしていたのだろう?
おそらく、妹たちにも見せていない顔をしているはずだ。
だけどレアは物怖じせず、僕をみつめている。
僕は、小さく、低く聞いた。
「……なんでムリなの? 寄付は関係ない?」
彼女は頷く。
「ええ」
「……」
「『解呪』は、私も使える」
「……うん」
「けど、それは呪詛を攻撃する力。広まらないよう、食い止めるもの」
「へ?」
「穢れたマナ、『瘴気』を攻撃する『聖祈』。それが『解呪』」
「……?」
「……ヒトの体では、耐えられないほど、強い力なの」
……僕は、自分の考えていた目的の1つが、崩れていくような気がした。
「神殿のひみつ」
「……そう、だったのか」
「セイ……本当はね、呪詛は知らないでいた方が良い」
レアの言葉に、僕は首を横に振った。
「僕はエリナを……戻さなきゃいけないんだ」
「ええ……でも、方法は……。その……うぅ……」
なにやら言えない感じだ。誰かの記憶を読んで得た情報か……。
「別の方法、あるんだね?」
レアは頷……けないでいるが、なんらかの答えを示そうとしてくれたようだ。そうか、なら調べよう。何とかなる。いや、何とかしなきゃ。
「レア……ありがとう。僕、もっとがんばってみるよ」
「……うん」
その時、鐘が鳴った!
「あ、こんな時間か!?」
急いで行かなきゃだ。
手を上げる僕に、レアは悪戯っぽく言った。
「セイ。いってらっしゃい。こんどは、他のことも見せて」
「え?」
「今日見えたのは貴方の強い感情、誓い、触れてる間の考え」
「……そか」
「私、貴方の助けになる。そのためには知らなきゃなの」
「それ……喜びだっけ?」
「うん。そして、出来る限り力になりたいの」
彼女の瞳には力がある。その瞳に僕は惹かれるままに答えた。
「解った。だけどさ、僕もだよ。君のことを教えてほしい」
「え?」
「僕、貴女の力になりたいんだ。できる限り、ね」
僕はさっき飲み込んだ言葉をすっと出せた。レアは小さく微笑む。
「ええ」
こうして、僕たちは別れ、それぞれの仕事へと向かう。
聖女レアとの出会いは、僕にとって大きな衝撃だった。
僕は出来る限りこの縁を大切にしようと思う。