01 女神が見せる夢
僕は稀に明晰夢をみる。
始まりは一人の女性だ。今日は不機嫌そうな表情である。彼女だけは夢の中だけに置いていく記憶。なぜか起きたときに忘れてしまう。
ただ、それ以外は忘れない。良く解らない夢だ。
「あなたは、誰なんですか?」
問いかけにも答えない。だけど、微かに笑ったように見える。
その時揺れた彼女の髪色は、不思議だ……。僕と同じ黒が基本のようだが、瞬きするたびに別の色を帯びてきらめく。
その光は青を帯びた黒もあれば、紫がかった黒もあった。
彼女が握りしめていた手を開き、こちらへ向けた。光が零れて僕を取り巻く。
その光は誰かの記憶、僕は他人の人生を追体験するのだ。
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大きな生物の背に乗っている。
群青色で簡素な家と同じくらいの大きさ。
人と同じ大きさで形をした穴が空いた手で、あらゆるものを掴んで握りしめて砕く。すると砕けた物は何処かへと吸い込まれていくのだ。
どうもこの生物が喰らっている様に見えるのだが、違うらしい。喰らったものを体内に存在する器官で圧縮して混ぜ込み、小さくして体内へ納めているのだ。
僕はその生物に乗り込んで、世界を巡り、穢れの塊を巨大生物に投げてやる。生物はイヤイヤしつつも、受け取り、喰らい、体にしまい込む。
僕の担当地域をめぐり終えると、据えた臭いのする巨大な建造物へ戻る。そこで生物がため込んだものを出すように指示した。その生物が手をかざすとその手の空間が揺らぎ、多くの穢れが現れ落ちる。
排出させた先は『混沌の釜』だ。僕はこれを知っている。
『混沌の釜』にはまじりあった不気味な色と悪臭をもって、穢れが蠢いている。その混沌を長く見つめていると、強力な頭痛に襲われ、浮遊感があらわれてしまう。
どうやらこの僕は、世界の穢れを回収しているらしい。
この『混沌の釜』だが、これから浄化と再生が行われる。もう少し後に強大な炎を召喚し、集められた穢れを焼き尽くすはずだ。周りにいる多くのローブ姿の者たちが何やら呟いている。内容はよくわからない。
浄化といえるのだろうか?
処理というのだろうか?
どちらでも良い。僕たちは回収人を務めるだけである。
いつまで? 穢れ全てを無くすまで? 違う。
空を見上げた。
巨大な赤い星が近づいている。
あれが、ここへ落ちてくるまでだ。
その日は近い。
おそらくは、今日。
その場所は……。
ぼんやりとしていた僕は、赤い光と衝撃に包まれた!
そしてそのまま焼けていく身体。
ふっと、世界が汚れたままだと思ってしまう。
「綺麗にしたかった……」
自分が消えていく、その一瞬前に呟いた。
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場面が切り替わった。僕は別人となっている。
なにやら白い衣を着ていた。書庫へと急ぐ。たしか、不審なことがあったはずだ。
気になったことを明確にするのは僕の楽しみである。この大量の書物に囲まれる時間が大好きだった。だけど、この不審に対しては暗い予感しかない。
この夢の中で僕は、何かの研究にも携わっていた。
今、僕は組織で必要なことを突き止めなくてはならない。
使命感が先走るのだが、その使命は思い出せないでいる。
「―――さん」
振り向く。僕に向けられた好意の笑顔である。
「なぜ、そんなに頑張っていのですか?」
その笑顔をくれる女性に、僕は小さく微笑んだ。
「知ることは、僕の喜びだからね」
暗い事例をしらべているから、僕は冗談めかして明るい表情を作る。
「……見ていて、不安になります」
「大丈夫さ」
「一息ついて下さい。これ、―――さんからの差し入れですよ」
彼女が親友の名前と共に渡してくるモノ。現実の僕は見た事のないものだが、飲み物だと解っている。
それを受け取り、一口いただく。
その瞬間に、体内へ衝撃が走った!
僕は倒れる。息ができない!?
何かを吐き出した、鉄臭が濃い。これ、僕の血か?
渡してくれたヒトが悲鳴をあげた!
何が起きた?
残された僕には疑問だけがぐるぐるまわる。
理由が思いつかない。僕を殺害する価値があるのだろうか!?
僕の立場はぼやけている。
しかし、命を奪われるほどの価値を、自分では認めていない。
飲み物を渡したヒトはとても信頼していた。彼女ではないと思う。
利用された? だれに? 親友? いや、そんな筈は!?
何故だ?
ふと、僕の研究を思い出す。そこまで重要では無いはずで、僕より重要な人の方が多い。
今の後ろ暗い調べものだって、それほど大きな意味は……。
「そうか……」
たくさんの可能性を否定し、徐々に浮かんだ決定的な記憶をもって結論が出る。
僕は自嘲の笑みが浮かぶ。
意識が急速に暗がりへと沈んでいく。
彼女には悪いことをしたな……。
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世界が再び切り替わった。
それは僕の葬儀である。棺の前に女性の姿がある。
この女性を僕は知っていた。
幼馴染である。気心の知れた中で、お互いに皮肉を言いあう仲であった。
僕と彼女は約束を交わしている。
恋人ってわけじゃない。関係を先に進められずにいた。一番近くて親しくて、愛しい大切な友人である。この距離感が心地よかった。
友人のままで最期を迎えるだろうと思っていた。
そして、その通りになってしまったようだ。
僕たちは約束がある
『お互いが最期を迎えた時、残った方は笑って送り出そうぜ』
そうだ。苦しいときも、皮肉のやりあいをする関係だった。どれだけ辛くても、悲しくても、笑いと毒舌で切り抜けてきている。
でも、僕は先に行く間抜けになってしまった。
最後に君の、笑顔が見たい。皮肉な微笑、自嘲の笑み、毒を含んでいたけれど、その裏には親愛があった。
頼むよ。
棺の前に、あいつが進み出る。なぜかとても美しく見えた。こんなに綺麗なら……。その先を考えないよう我慢する。
そして、僕は信じられないものを見た。
あいつがぼろぼろと涙をこぼしているではないか!!
泣くということに、抵抗のある女性だった。
彼女の一番苦しい時、涙では解決しなかったから。
追い詰められている時に、涙は邪魔にしかならなかったから。
僕と彼女は、同じような出来事を経験していたから。
僕たちは我慢するって決めたじゃないか!
約束と違うよ。
あいつと僕は!
……まだ、消えたくない!!
僕は強く思った。
『あいつの涙を止めなくてはならない』
思いと同時に、自分の中から黒く深く、泥のような何かが、どろどろと溶けた塊のようなものが、自分の下腹の辺りに生まれる。
『あいつの涙を止める!!』
心の声のままに、手を伸ばそうとした。その手が、ちらっと眼に映る。
その手は黒く濁り、穢れを纏い、とても悍ましいことに気が付いた。
すぐに躊躇したのだが、止まらない手を、僕は一所懸命に否定する。
駄目だ! これであいつに触れては!!
打ち消そうとする手、伸ばし掴もうとする手の葛藤! どす黒いうねりがおきる。
「違う! 大切なんだよ!!」
叫んだとき、僕の汚れた手が戻っていく。
「よし……」
何かが蠢く感覚はまだある。
しかし、時間がきたようだ。
僕は自分が薄れて行くのを感じる。
意識が消える最後の瞬間に、ぼんやりと思った。
「また、会いたいな……」
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黒髪、いや色々な色が混じった髪色の女性が、なぜか頬を膨らませてこちらを見ている。
僕は言葉は出せない。なんでそんな顔をしているんだ?
『――――』
彼女が口を動かし、何か言った気がする。
だけど聞こえない。彼女は言葉を持っていないのか?
僕は何か言わなきゃならないと思った。
だけど思い浮かばない。
ふと思い浮かんだ言葉を言おうと口を開いた。
しかし言葉は出てこない。
それが、夢の終わりである。
彼女の姿が消えていく。
同時に別れだ。
彼女を覚えていたいと思った。
女神が科した宿業:
狂信者の仕事師:
彼は狂信者に飼われている。 従者気質
彼は命令のままに汚れ仕事全般を受け持ってきた。 汚染耐性
彼は嫌な命令でも受け入れ施行している。 ストレス耐性
思い悩みつづけ、最後の瞬間を受け入れた。 ????
魔の研究者:
彼は真理の探究者。 研究気質
彼は多くのことを分析して考える癖がある。 解析者
彼は事実と分析から心理を得るため周りを気にしない。 事実評価性
彼は成果を恐れられ消された。 ????
愛に気づけなった狂戦士:
彼は火が付いたように戦う。 戦士適正
彼は戦いの中で背中を預けたあいつがいた。 信頼と絆の体験
彼は後悔を没後に気が付く。 悔恨と執着
彼はあいつの涙を許せない……。 ????
女神が与えた祝福:
宿業たちの記憶と経験
『回収』・『排出』の魔導
微笑み