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見せびらかせないとあんま楽しくない


 外からは内部が一切見えないが内部からも外がまるで見えない、それが暗黒のヴェアヴァーデン森である。


 異常な高さに聳え立つ木々は、なんと森を背にして建つ城の頂点を越している。そんな大木がわさわさ枝葉を伸ばしているものだから、空は塞がり足元は巨大な根っこがうねって歩きづらい。

 更に、辺りに漂う黒い靄は松明やランプなどの光源があればすぐさま覆ってしまうし、どんなに大きい声も森の外には漏らさない。耳や鼻の穴などから体内に潜り込み、じわじわと侵入者を弱らせて追い詰める。

 侵入者はやがて平衡感覚を失い、緊張感と恐怖に耐えきれず発狂死するか、凶悪な魔物に襲われて地に倒れ伏す。

 残された死体は魔物に食べられ、衣服や武器すら黒い靄に分解されて跡形も残らない。


 文字通り全てを呑み込み闇に帰すその仕組みは、まるで森そのものが人を捕食しているかのようだ。

 ヴェアヴァーデン森が、一度足を踏み入れたら二度と出てこられない帰らずの森と恐れられる所以である。

 

 もっとも、シャルロッテにそんなことは一切関係なかった。

 最初は光魔法のききが悪いなーと思ったが、より強く光らせれば黒靄を吹き飛ばしてしまったし、不安定な足場は一メートルほど宙に浮いて移動することで解決した。

 マッピングなどという高度なことはしていないので道はさっぱりわからないが、いざとなればまたメテオストライクで頭上に穴をあけて空から脱出すれば、家に帰ることはできる。


 尋常じゃない光量で暗黒の森を照らしながら迷いなく堂々と進むシャルロッテに、通常時なら即座に襲い掛かる魔物たちも戸惑い、近づきかねていた。


「魔物、いないですわねー。わたくしの探し方が悪いんですの? しかし気味が悪い場所ですわ……」


 ごつごつした木の洞の模様が意味ありげで気になったので、顔を寄せてのぞき込んでみる。その瞬間、洞の中でぎょろりと目が動き、足元の太い根がシャルロッテを突き刺さんと伸びあがった。


「ヒィッ!? な、な、なんですの!? ファイアーボール!!!」


 幸いレベルが上がっていたことで基礎能力が向上しており咄嗟に避けることができたが、生まれて初めて攻撃されたシャルロッテはパニックに陥り、うっかり馴染みのある魔法を使ってしまった。

 それも最大出力で。


『ギオオオオオオォ……』

『グギャアアアアァ!』

『キュエエエエエエエェ!!』

『ピーッ! ピッ! ビーーーー!』

『バキバキバキバキ! ズシ……ン パキッ グゴゴゴゴゴゴ!!!』


 あっという間にシャルロッテの眼前は火の海に包まれ、視界が赤一色に染まる。燃え盛る業火の中火だるまの魔物たちがもがき苦しみ、静かで暗いヴェアヴァーデン森とは思えぬ阿鼻叫喚が響き渡った。

 

「あ、あわわわわわ……ど、どうしましょう、まずいですわ」


 シャルロッテは冷や汗をかいて口元を抑えた。

 これはいけない。森が更地になってしまう。いくら地元民に恐れられる森だからといって、それはさすがに駄目な気がする。


「こ、こんなときは……水ですわーー! ウォーターハンマー!!」


 慌ててまた最大出力で水の塊を火の海にぶちまけた。

 大量の水で一気に冷やされ、空気から遮断された炎は、あっけなく鎮火した。

 ただし当然今度は、解き放たれた水が暴れまわり洪水のように森を蹂躙していく。


 シャルロッテは飛行高度を上げて難を逃れながら、半泣きでその様子を眺めた。


「ふぇ~……困りましたわ……これお城の方にいっちゃいますわ……水ってどうやって止めるのかしら。えっと、水は火に強くて、風は水に強くて、あ、乾燥させればいいんですの?」


 ゲームの法則を思い出し、なんとかそれらしい案を思いつく。


「ウィンドブロー!」


 水を蒸発させて消してくれ、と願いながら風魔法を発動させる。

 風魔法はほかの魔法に比べそこまで単体の力が強くなく、渦巻きを作ることによって攻撃する、というように形や速度次第なところがある。そのためここまで大規模な水を乾燥で消すのは本来かなり時間がかかるのだが、シャルロッテは火と水で魔物を大量に殺していたことでレベルが大幅に上がっていた。

 より力を増し洗練された魔力は見事、湖のような規模の水を消滅させ、シャルロッテは安堵のため息をつきながら地上に戻った。


「ふぅ~危ないとこでしたわね……。しばらく火魔法は封印いたしましょう」


 残念そうに言う。初めて魔法を使った時も火魔法で失敗したのだったが、それでもシャルロッテは火魔法が一番好きだった。もうこれは好みなので仕方ないのだ。

 

 あらゆるものが焼け焦げて水浸しになっている悲惨な状態の森は、もはやなんの威容も威厳もなく、シャルロッテの前にその内実を曝け出していた。


 バキバキに折れたトレント。溺死しているオーガ。水流で打ち上げられて木の枝にひっかかり串刺しになった大熊。原形を留めていない黒焦げのなんらかの魔物。

 ふよふよと漂う黒靄も、こころなしか色が灰色に薄まっている。


 ――これ、俺がやったんだよな。なんかめちゃくちゃ凄くない? 強い気はしてたけど、ここまでできるなんて強いどころじゃないよな? マジ最強じゃね? 既に最強になってる? いや、最強っていうか……これは……。


 やっと落ち着いてきた頭で辺りを見渡し、シャルロッテはなんとも言えない気持ちになった。

 凄いのだが、どう考えても大変凄いのだが、なんか思ってたのと違う。

 魔物と遭遇→魔法で華麗に攻撃→魔物が一撃で倒れ、「ふっ、俺の手にかかればこんなのイチコロさ」「キャーシャルロッテ様すごーい!」みたいなのがやりたかったのだ、シャルロッテは。

 天変地異を起こしたかったわけではない。


 あと、最後のはどっちにしろ仲間がいないので無理である。

 凄いことをしても誰にも褒めてもらえないとなんか虚しい、ということをシャルロッテはあらためて実感した。

 言葉を覚えたり文字を読めるようになったりするのは、マルゴットが都度褒めてくれたからとてもやりがいがあった。

 魔物をいくら倒したところで自分一人しかそのことを知らないのでは楽しくない。

 かといってこればかりはマルゴットに自慢するわけにもいかないし。いったいどうしたらいいのか。


 騎士さえ歯が立たないヴェアヴァーデン森の魔物を大量虐殺しておきながら、しっくりこない気持ちを持て余し、シャルロッテは荒れ果てた森の中で一人「早く盗賊に襲われた女の子を助ける展開とか逃げ出した奴隷を助ける展開とかが来ますように。もうこの際美少女じゃなくてもいいから」と祈った。 


 

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