やっぱモチベは大事っしょ
音を立てないようそっとベッドから抜け出し、ドアを開けたらもうそこからは自由な冒険の時間である。
シャルロッテは小さな胸を期待で膨らませながら、静かな夜の空を天高く駆け上がっていく。
星空のもと、夜風を切って空を飛ぶのは気持ちいい。
今まではマルゴットにバレないように低空でしか飛ばなかったが、こうして鳥と同じ目線までくると、言いようもない開放感がある。
自分が住んでいるこじんまりした家と、その近くに建っている立派な城を見下ろす。
なんとなく勘づいてはいたが、やはりマルゴットとシャルロッテが暮らしているのは城の内部ではなかった。
門の内側なので敷地内ではあるのだが、明らかに本邸とは分離されている。どうして伯爵家令嬢がこのような扱いなのか甚だ謎である。
――もしかして愛人の子どもとかで嫌われてたりする? やだなー、めんどくせー。でも俺を女にしやがったぐらいだし、あの変なガキそーゆーことしそう。
むむむ、とシャルロッテは顔をしかめた。
天使に「男にしてくれ」と頼まなかったせいで女にされたということは、「本妻の子どもにしてくれ」と頼まなかったから愛人の子どもにされたということも十分あり得る。
そうすると立場が弱いのかもしない。
だが、それならそれで構わなかった。
シャルロッテは、貴族としての権力が欲しくて貴族転生を望んだわけではない。
単に、庶民だと貧しかったり働かなくてはならなかったりして大変そうなので、楽ができそうな初期位置に生まれたかっただけなのである。
つまり、ちゃんと面倒を見てくれる乳母がいる今の環境は、申し分ない。
できれば何人か美少女が近くにいてくれるとなおいいのだが。
ひとしきり空の散歩を堪能したのち、シャルロッテは悠々とした動きで、ヴェアヴァーデン森の中央上空まで移動した。
城より広大な土地を有する暗黒の森は、全てが闇に染まる夜においても、更に深い漆黒の靄に覆われている。
が、シャルロッテは特に気にせずその靄を光魔法で照らして打ち消し、密集している木々の上からメテオストライク(極小)を落として自分が降りたつスペースを作った。
メテオストライクは、その名の通り大岩を隕石のごとく降らせる破壊力の高い大技である。
かねてより使ってみたかったのだが、技の性質上マルゴットにバレそうなので試すわけにもいかず、ぶっつけ本番で魔法創成して発動させたのだ。
念のため魔法量を極力抑えておいたが、それでも、樹齢の高い木々が約三十本一気になぎ倒された。
凄まじい轟音と飛び散る土塊、しばらく収まらない地面の揺れ、木々が密集する黒々とした森に一か所ぽつんと開いた大穴。
自分がやったことが引き起こした結果にちょっと怖くなりつつも、シャルロッテは無理やり笑みを作り、腕を組んで『こうなることぐらいわかってた』感を出そうとした。
「い、いい感じですわ~! さすがわたくし。でも土埃が凄いですわね。今度はウォーターカッターにするべきかしら?」
シャルロッテのフェアフォーテン語は、マルゴットの真似をしていたので元々丁寧なものだったが、「お嬢様のような高貴な方は違う話し方をなさるんですよ」と教えられたのを素直に受け止めたため、本人の意図とはかけ離れた優雅な響きを帯びるようになっていた。
つまりシャルロッテはいつのまにか、「おっ、このクッキーうまいじゃん!」と言っているつもりなのに、「まぁ、この焼き菓子、おいしゅうございますわ!」と出力される体にされてしまったのだ。
この弊害は後々現れることになるのだが、今のところ本人は何も気づいていない。
「えーっと、魔物魔物……いませんわね。魔物がうじゃうじゃひしめいてる森じゃありませんでしたの?」
不満げに頬を膨らませながら、「ブラックハンド」と唱えて、闇魔法で巨大な手を出現させる。
ブラックハンドは、触れた闇を全て支配下に置き自在に操れるようになるという中二心擽る技だ。支配下の闇が及ぶところの情報も手に入れることができる。もちろんシャルロッテのオリジナル魔法だ。
いたるところ闇に覆われているこの地では最強の魔法、であるかに思われたが、
「いだだだだっ! やめ、やめー!」
シャルロッテは頭を押さえて蹲った。闇魔法で支配下に収めた領域が広大過ぎて、処理能力が追い付かなかったのだ。
「いだっ、なんでこんな痛いんですのこれ、不良魔法ですわ! 前はこんなことなかったのに……」
原因がよくわかっていないシャルロッテはぶつぶつ文句を言いながらマジックハンドを引っ込め、今度は土魔法でゴーレムを造り出した。
「クリエイト・ゴーレム! 邪魔なものを片付けて道を作ってくださいまし!」
優に四メートルはある巨大なゴーレムは、その土と石でできた武骨でたくましい体でもって、軽々と倒れた木々をどかしていく。
すると、その下から潰れた魔物が現れた。
血まみれで変形しているが、濃い緑の肌で尖った耳と鷲鼻を持つ人型の魔物が数匹と、幅だけで五十センチ、全長はぱっと見で計測できないほど長い巨大な蛇の魔物だ。
「ゴブリンと、蛇ですわね。蛇……蛇ってなんていうんでしたかしら…………スネーク! そう、スネークですわぁ! ジャイアントスネークと名づけましょう!」
別にいちいち英語に直す必要はないのだが、こうするとシャルロッテの気分が盛り上がるのである。といっても、もし思い出せなければあっさり「でっかい蛇」と呼んでいただろうが。
「あら? もしかしてこれ、わたくしが倒したことになるのかしら? じゃ、じゃあ、レベルが上がっていたりするのかしらっ!?」
はっと思いいたり、慌ててステータスを確認する。
シャルロッテ・ヒルデスハイマー 伯爵家長女
レベル 21
生命力 205
魔力量 100000000000
スキル 水魔法適性 10
火魔法適性 10
土魔法適性 10
風魔法適性 10
光魔法適性 10
闇魔法適性 10
魔力自動回復 10
成長率神霊級
魔法創成
水魔法 32
火魔法 46
土魔法 50
(レベル50に達したため土魔法の効果が増幅する)
風魔法 35
光魔法 26
闇魔法 24
魔法の真髄 15
祝福 ナディヤの加護
「わぁ~! 結構上がりましたわね~!」
喜びの声を上げる。
いくら魔法のレベルを上げても自分自身のレベルが上がらなかったので、魔物を倒す必要があるのだろうと思っていたが、予想通り一発で大幅にレベルアップした。
それと共に、図らずも攻撃手段として機能してしまった土魔法のレベルも上がり、ファイアーボールの練習を山ほどしたため断トツレベルが高かった火魔法を抜いて魔法レベル一位となっている。
50レベルになると効果が上がるのは知らなかった。もしかして、100、150と節目ごとに更に追加効果が出るのだろうか。
今まではカンストさせたいとは思いつつも、どこがゴールなのかわからずモヤモヤしていたが、50レベルずつの追加効果があるならとりあえずの目標ができてモチベーションが上がる。
「わたくしが~最強魔法使いになるんですわ~♪」
シャルロッテは積み重なった倒木を飛び越え、足取り軽く森の奥へと進んでいった。