番外編:才無き者、汝の価値を答えよ4
新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
大晦日にあげられなくてすみませんでした><
去年のうちに終わらせるつもりだったんですが思ったより伸びています。おそらく次回で終わりです。
レイオスは、ユリウスに跪かれて驚いたようだったが、自分の職業に興味を持たれたことに気を良くして、冒険者のなり方、毎日の鍛錬の仕方、剣の構えと振り方などを簡単に教えてくれた。
「最初は太めの棒を振るんでもいいんだ。まず基本の動きを体に覚え込ませないとな。重くて硬い棒を振り回してりゃあ、剣じゃなくたって痛手を負わせることはできる。まぁでも坊主ぐらいの歳だと、デカいの持つったって限度があるか。はしっこく動いて少しずつ攻撃していくほうが合ってるかもな。その辺は気質やスキルも影響してくるから、合わねぇ得物を無理に使うなよ」
ユリウスに長めの木の棒を持たせ、背後から姿勢を矯正し剣を振らせる。ぎゅっと棒を両手で握り締めたユリウスは、最初は不慣れと緊張で余計な力が入っていたが、何度か振るとコツが掴めて滑らかに動けるようになった。
「お、筋がいいな。次の型もやってみるか?」
レイオスはにこにこしながら褒めてくれる。お世辞かもしれないが、実際にユリウスは手ごたえを感じていた。
教えられた通りに棒を振り下ろすと、す、と周囲の空気が澄むような、急激に頭が冴えわたるような感覚があった。体中の細胞が活性化し、そよ風の僅かな揺らぎや土の柔らかさ、陽光の当たり方の違いさえも明確に捉えることができる。
ただの棒は意外なほど手に馴染み、自分の体の一部のように思えた。
棒を振る。地面を蹴り、空中へ飛び立つ。落ちながら仮想の敵の頭部を突く。異様なまでに体が軽い。次にどう動けばいいのか本能的にわかる。
夢中になって教わってもいない剣舞をしだしたユリウスを見て、レイオスは、ヒュウ、と口笛を吹いた。
「こりゃあ掘り出しもんだな。まだ体がついていってないが、鍛えりゃえらいことになるぜ。よし、坊主、気に入った。今度細剣を持ってきてやる。それまではその棒っこで鍛錬しろよ。いくらいいスキルがあったって努力しなきゃ強くなれねぇからな」
「――スキル?」
動きを止め、息を切らしながらユリウスは尋ねる。
「スキルって、なんですか? 俺がスキルを持っていると?」
「あぁ。お前は多分、剣術のスキル持ちだ」
その言葉は、ユリウスに大きな衝撃をもたらした。
今まで魔法以外のスキルのことなど考えたこともなかった。ユリウスにとって、スキルといえば魔法だった。だから、魔法スキルを得られない自分は、才能のかけらもない能無しだと思っていた。
だが、本来この世には無数のスキルが存在するのだ。当然剣術のスキルもある。そして、レイオスはユリウスが剣術のスキルを持っていそうだ、と指摘した。
それはつまり、剣術ならユリウスが力を発揮できる可能性があるのかもしれない、ということだ。
確かに、先ほど棒を振った時のユリウスは、特別な感覚を味わっていた。万能感にも似た高揚に満たされ、一気に視界が開けたような開放的な気分で宙を跳ねた。何をするべきか、何がしたいのか、そのためにどう動けばいいのかを完全に把握できていた。
魔法の修練では、こんなことは一度も起こらなかった。暗闇の中を彷徨い歩くようなおぼつかなさと、行けども行けども何にも触れられぬ不安。少しでも見えるものがあればそれに全力で食らいつくのに、魔力の片鱗すら掴めない。。
剣術の才を見出されたことは嬉しいが、そのせいで余計に魔法における才能のなさが浮き彫りになってしまった。
こんな自分でもなにがしか認められることがあるのだ、という喜びと、それはそうと魔法の才は絶望的にないのだ、という悲しみが同時に沸き起こる。
ユリウスが複雑な気持ちで黙り込んでいると、レイオスは、あっ!と大声を上げた。
「忘れてた! 侯爵に会いに来たんだったわ! ごめんな坊主、ホントはもっとつきあってやりたいんだが、時間がないんだ。道教えてくれ!」
当初の用事を思い出して慌てだす。ユリウスが本邸の入り口までの道を教えると、明るく礼を言って、足取り軽く本邸に駆けていった。
「ありがとな! 俺ここんちの人らに好かれてないからあんま来れないけど、細剣だけは渡しにくっから楽しみにしとけよ!」
その言葉通り、一週間もしないうちにレイオスは再び現れ、華美ではないがよく磨き抜かれた細剣をプレゼントしてくれた。
「先行投資ってやつさ。強くなったらうちの旅団を訪ねてこい。『星熊と青鷲』っていうんだ。結構有名なんだぜ?」
恐縮するユリウスに茶目っ気たっぷりに言い、剣を持たせて取り回しの指導をしたあと、レイオスはまた慌ただしく去っていく。
呑気そうな外見とは裏腹に、一級冒険者は多忙なのだ。それから一度も、レイオスがアルムガルド家の庭に現れることはなかった。だが短時間でも稽古をつけてもらったことは、ユリウスにとって大きな財産となった。
ユリウスは初めて手にした鋼の剣のずしりとした重みに静かに興奮し、その感動のまま花畑の中を舞った。
銀色の切っ先が空を切り裂くたび新たな世界の扉が開く。刀身は細く、しかし決して脆くはない。洗練された直線は木の棒とは比べ物にならない力を宿しており、ユリウスが望むがままに飛ぶ蜂を突き刺した。
もはやユリウスを認めざるを得なかった。
剣は楽しい。使えば使うだけできることが増え、振るえば振るうだけ剣筋は鋭くなる。
剣を極めたい。剣技を磨きたい。それは魔法に向けている情熱より遥かに強い、身の内から沸き上がる欲求だった。
魔法を諦めるわけにはいかない。だが、本当にどうにも、どうしようもなかった時のために、並行して剣術も鍛錬すべきなのではないか。
「あなたの価値を示して。少しでも誇れるところを見せてちょうだい」
お守りのように繰り返し脳内で再生し続けた母の言葉が、ユリウスの指針となっている。
アルムガルド家は魔法以外に価値を認めない。剣術で多少強くなれたところで、認めてもらえることはないだろう。しかし、一級冒険者がレイオスの言うように名誉ある立場なのだとしたら、魔法が使えないだけの恥さらしよりはましなのではないか。家族の末端を名乗っても許されるぐらいの存在にはなれるのではないか。
父は騎士を疎んでいるが、騎士団長が家に来た時は敬意を払っていた。レイオスにも敬称を使うという。騎士や一級冒険者は無能ではないからだ。彼らは人の役に立っている。
先の見えぬ閉塞的な生活の中、『一級冒険者』という新たな目標が一筋の希望の光のようにユリウスの人生に差し込んできた。
それからのユリウスは、魔法修練と共に、体作りと剣の練習をするようになった。
食事を運びに来る使用人以外誰も訪れない庭の隅で黙々と走り、木を駆け上り、鳥に剣を突き刺す。
野蛮で下品で見苦しい。優雅かつ華やかな上級魔法の美しさとは比べるべくもない。
それでもこれが、ユリウスが唯一手にできた可能性なのだ。
筋肉痛に苦しんでも、より強靭な肉体になる前兆と思えば嫌ではなかった。あと一歩で獲物が仕留められなくても、明日は手が届くと思えた。
自分の成長を実感できれば、より一層鍛錬に身が入る。
そうしてひたすらに奮闘するうち、気づいた時には、十歳の誕生日を迎えていた。