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番外編:才無き者、汝の価値を答えよ3


 

 ユリウスの部屋は、使われなくなっていた庭師用の小屋に移された。本邸との間には広大な庭が横たわったおり、これからはもう、気軽に母に会いに行くことはできない。父や兄と顔を合わせることも減るだろう。だが、きっと孤独の中で得られるものがあるのだとユリウスは信じた。

 

 小屋は、粗雑な造りで時折隙間風が吹き込んでくる。剥き出しの木肌は年月を経て白く古ぼけ埃っぽくなっていたが、一応ご当主様の息子が住むということで、事前に使用人たちが清掃をしてくれた。

  

 ユリウスは、日々修練に励んだ。しかし、叱咤激励してくれる者がいなくなったことで、もしかしたらこれはまったくの無駄なのではないか、自分は救いようがなく無能なのではないか、という疑念が頭に取りついて離れなくなった。

 

 実際、魔法というのは才能がものをいうスキルで、多くの者は五歳には会得し、十歳を過ぎて発現しなければもう望みはないと言われている。そもそもスキルはどれもそうなのだが、魔法は特に幼少期に才能の有無が確定してしまい、努力がほとんど意味をなさないのだ。

 才能がない者の五十年間の修行より、才能持ちの一分の試行が勝る。

 そのことはいくつもの魔法書に記されており、魔法スキルがないなら無謀な挑戦はしないこと、という忠告もされていた。

 それでもユリウスは、自分に才能があるはずだと思い込んで修練をしてきたが、いよいよ十歳の誕生日が近づいてくると、このままでいいのだろうか、いつになったら堂々と家族に会いに行けるのか、もしかすると一生魔法が使えないのではないか、という恐怖に悩まされるようになった。

 

 魔法が使えない。それはユリウスにとって、生きる価値がないということに等しい。

 使用人らはいい。彼らは彼らの職務をこなしている。求められることを成し遂げている。しかしユリウスは、アルムガルドの血を継ぐ者は、けして魔無しなどであってはならない。

 全力で頑張って、それでも魔法が使えないならば自害しよう、とユリウスは決意した。タイムリミットは十歳の誕生日。その時まで、やれることはなんでもやる。駄目なら仕方がない。これ以上家族に迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 死んでしまったら、期待外れと怒られるだろうか。そこまでしなくてもと悲しんでくれるだろうか。案外、悩みの種がなくなったとほっとされるかもしれない。家族が恋しい。母の微笑みが。父の鋭い罵倒が。兄の煩わしそうな目つきが。だが、今の自分にそんなことを思う資格はない。

 

 魔法さえ使えれば、とユリウスはもう何度目か知れぬほどに願った。魔法使いにしてくれるなら、神ではなく悪魔に魂を売り渡してもいいとすら思った。

 ユリウスが冒険者に出会ったのは、そんな追い詰められて暗い面持ちで死への階段を上っていた、九歳の初夏のことであった。

 


 

 

 

「お、坊主、道を教えてくれないか? 広くて迷っちまったよ」


 そびえるような大男は、朗らかに笑いながらユリウスに向かって手を振った。

 ユリウスは、びっくりして硬直してしまい、咄嗟に何も言えなかった。

 外部の人間だ。しかも、今まで見たことがないほど大きい。

 

 ユリウスにとって一番大きく威厳のある存在は、父であった。父は痩せぎすだったが背が高く肩幅が広かったため、大魔法使いだけに許される赤紫のマントを羽織ると体格が増し、周囲を威圧するような存在感を発していた。

 

 しかしいま目の前にいる男からは、それとは明らかに違う圧力を感じる。笑顔なのに、隙がなく力強い。素の体だけで勝負できそうな生命力が溢れているのだ。

 実用的な筋肉に覆われた逞しい体に武骨な革鎧を纏い、腰には剣を二振り下げている。腕はユリウスの頭ほどに太く、ちょっと振り回しただけで周囲のものを吹っ飛ばしてしまいそうだ。

 

「ん? どうした、坊主。あ、俺の格好が珍しいのか? そうだよなぁ、貴族のお屋敷にいるような子だもんなぁ。こんな小汚いおっさんは怖いか」


 男は照れ臭そうに言って、頭を掻いた。

 

「俺は一級冒険者のレイオス。ここの侯爵様に用があって来たんだ。悪い奴じゃないから安心してくれ。なんなら大人を呼んでもいいぜ」


「一級冒険者……?」

 

 ユリウスは呟いた。聞いたことがない言葉だ。ユリウスの周囲にいるのは魔法使いと使用人のみで、知識として知っているのも、王侯貴族、騎士、町人、農民ぐらいのものであった。

 

「なんだそれは。職業なのか? 見たところ戦う者のようだが」


「あぁ、そうだ。基本的には魔物退治をしている。迷宮に潜ったり、たまに生活圏に湧いて出るのを駆除したり、あとは偉いさんの護衛とかな。興味あるかい? 冒険者はいいぞぉ、女にモテるし金も名誉も手に入る! 俺みたいな農民の生まれでも、お前みたいな庭師の子でもな。ひたすら魔物を倒してりゃお貴族様とおんなじぐらいの立場になれるんだ。ここの侯爵様だって、俺に敬称をつけなきゃならん。夢があると思わないか?」


「……そんな、嘘だ」


 ユリウスは混乱して口走った。

 

「侯爵が農民に敬称をつけるって、だって、じゃあお前、魔法が使えるのか?」


「魔法? 俺が? あっはっは! そんなわけないだろ、見ての通りの筋肉馬鹿さ!」


 レイオスは大笑いして、ユリウスの肩をばしばし叩いた。ユリウスが痛みに顔をしかめたのを見て、すまんすまんと軽く謝る。

 

「魔法はそりゃ便利だし凄いけどな、魔物には魔法無効の奴だっているし、筋肉馬鹿でもそれなりに活躍できるんだぜ。魔法使いは体力ないから迷宮に籠るのは向いてないしなぁ。一回偉い魔法使いを案内したけど、四階層でへばっちまって結局俺が背負って戻ったわ。まぁ適材適所ってやつさ」


「適材、適所……」


「ん? もしかして坊主は魔法使いなのか? そんなら悪かったな、別に魔法を貶すつもりじゃなくて――」


 俯いたユリウスを見て、レイオスは慌てて手ぶりと共にフォローしようとする。

 ユリウスは呆然とその弁明を聞いていたが、やにわにレイオスの手を掴むと、ゆっくりと顔を上げた。

 

「――いや」


 レイオスの目を射抜くように見る。ユリウスの黒い瞳には、決死の覚悟と強い気迫が満ちている。思わず息を呑んだレイオスに、血を吐くような声音で告げた。


「俺は魔法が使えない」


 す、と腰を落とし、首を垂れて跪く。


「どうか、一級冒険者のことを教えていただきたい」

 

 うららかな日差しが降り注ぐ満開の花畑のもと、少年は生まれて初めて、自らの手で新たな人生の選択肢に手を伸ばす。

 運命が、変わろうとしていた。


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