かっこいいのが正義
人から習うタイプの魔法スキルは使えないが、シャルロッテが自力で使えるようになった魔法は日々改良を遂げ、便利さも殺傷力もかなりのものになっていた。
それもこれも古代アテルニア語が便利すぎるおかげである。
もっともらしく「焔よ、我が命に従い召喚に応じよ――」などと言わなくても、古代アテルニア語で「あの木の左側燃えて欲しいな、あ、葉っぱだけ燃やしたら消えてね」と言えばその通りの現象が起こってくれる。
検証の結果、長い文章になればなるだけ消費魔力量が増えているということがわかったが、シャルロッテの魔力量は元々到底使い切れないほど膨大な上、使ってもすぐに魔力自動回復で補充されてしまうため、特に問題はなかった。
土魔法で分厚い防壁を作ったり、風魔法で空を飛んだりするのもお手の物である。
ただ、毎回「でっかい火の玉飛んでけ!」とか「厚めの壁ここに!」とか叫ぶのは格好がつかない気がする。古代アテルニア語なので一般人からは意味ありげでかっこよさそうに見えるかもしれないが、シャルロッテ自身が微妙な気持ちになってしまう。どうにもしまらない。
そこで、シャルロッテはなんとか呪文を古代アテルニア語以外にできないかと試行錯誤しだした。
初級火魔法が古代アテルニア語ではない(あるいは元はそうだったが変質している)ことを考えると、不可能ではない気がしたのだ。
ちなみに無詠唱は一切試みなかった。技名を言わないと、「俺がやってやったぜ!」感が出ないので。
かっこいい呪文で発動させたいなら、古代アテルニア語で凝った文章を作ればいいだけの話なのだが、シャルロッテは語彙力がなかった。
古代アテルニア語ができるようになったことと、それを適切に使いこなせるかは別の話なのである。
日本語で書かれた漫画も「焔……ほむらって何? ほのおじゃダメなん? 『汚泥の屈辱を、畏怖なる深淵を、輩の叫喚に憂懼せよ、一切灰燼、神雷顕現!』、かっけぇけど何言ってんのかわっかんねえぇ!」と、面倒な詠唱を飛ばし読みしていたシャルロッテだ。
自分で凝った呪文を作り、いざというときにそれを正しく思い出すことなどできるはずもなかった。
ではどんな呪文なら、危機的状況でも慌てずスマートに唱えられるのか。
それはやっぱり、「ファイアーボール!」である。
あと「ウィンドカッター!」とか「ウォーターランス!」とかもなんとかいける。
これだって英語圏の人からしたら直接的過ぎてダサいかもしれないが、シャルロッテは英語ができないので「なんとなくかっこいい」と思っていられる。重要なのはそこなのだ。
「ファイアーボール! む、ダメですか……。ファイアーボール! うぅん……」
普通の魔法士が見たら青くなるような魔力の無駄遣いをしながら不発を繰り返し、それでもシャルロッテは諦めなかった。
かっこいい詠唱は魔法の醍醐味。これができなければ異世界転生の楽しさの半分が失われてしまう! その一心で、マルゴットの目を盗みつつ練習しつづけたシャルロッテは、二年越しについに『自在に飛んでいく火の玉=ファイアーボール』の紐づけに成功する。
結果的に、これは聞こえのかっこよさ以上に、便利な代物だった。
例えば的が動いて火の玉がはずれそうな場合、古代アテルニア語だと、いちいち「ちょっと右にいって」「的を追尾して」と指示しないといけないが、ファイアーボールは自動で追ってくれる。
というか、シャルロッテの思うとおりに動いてくれる。
なぜならシャルロッテが『ファイアーボールとはそういうもの』だと思い込んでいるからである。
基本的にゲームの中では、魔法は術者が状態異常をかけられない限りはずれない。
そのため、シャルロッテにはファイアーボールがはずれるという認識がない。
この世界で『ファイアーボール』を使用したのはシャルロッテが初めてであり、よってそれはシャルロッテの認識に沿ったものになる。
つまり、これは『新魔法の発明』なのである。
古代アテルニア語すら滅びかけているこの世界で革命的な快挙を成し遂げたわけだが、本人はまったくそのことをわかっていなかった。
一度できたことでコツを掴んだのか、それからはほかの呪文も難なく変換できるようになり、シャルロッテの満足いくような魔法レパートリーが完成した。
これでいつ魔物襲来イベントが起きても大丈夫である。
ところが、しばらく待っても魔物はちっともやってこなかった。
伯爵家令嬢がそんな危険な場所に置かれることは普通ないので、当然と言えば当然である。
だが、せっかく力を手に入れたなら実戦で使ってみたいのが人情というもの。
四歳の誕生日、シャルロッテは決意した。
こないならこっちから行ってやる、と。
魔物が近くに生息していることはわかっていた。
ルドルフ・アッヘンバッハの騎士物語には、様々な魔物が登場する。それにかこつけて、マルゴットに魔物について尋ねてみたことがあるのだ。
「マルゴット、魔物はこのあたりにもいるのですか?」
「お嬢様が心配なさるような魔物はいませんよ。せいぜい小鬼とか土精でしょう。悪さをするようならうちの領の騎士様が打ち払ってくださいます。あぁでも、裏手の森に入ってはいけませんよ。あそこは禁足地で、人が入れないものだからたくさんの魔物が住み着いているのです。お嬢様みたいな小さい子どもは、あっというまに食べられてしまいますからね」
最後は少し脅かすように目を吊り上げて言う。
実際、禁足地とされるヴェアヴァーデン森は、一度入ったら二度と出てこられないと言われる危険な場所だった。
「ヴェアヴァーデン森に放り込んで魔物に食べさせちまうよ!」は、庶民の間では定番の躾け文句だ。
せっかく森があるのになんの資源にもならないし、陰気で不気味な評判の悪い場所ではあるが、何故か中から魔物が出てくることは滅多にないため、周辺を見回りする程度で放置されていた。
城の裏手に位置しているため、万が一周辺領地から攻められても裏手は安心という、天然の防壁のような役割も果たしている。
なるほどねー、とシャルロッテは思った。
――そこで特訓すりゃいいってわけね!
マルゴットの脅しは、まったく効いていなかった。
かくしてシャルロッテは、お嬢様がそんなぶっとんだ発想の持ち主だとは夢にも思わぬマルゴットがぐっすり眠っている深夜、部屋を抜け出し裏手の森目指して夜空を駆けぬけるのだった。