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番外編:才無き者、汝の価値を答えよ1

予定より間が開いてしまって大変申し訳ありませんでした……!

思っていたより年末が忙しかったのと題材が繊細で手こずりまして><

本日より再開いたします。

今回は二ページ更新なのでお見逃しなく。


 ユリウスの幼少期の記憶のほとんどは、険しい顔で見下ろしてくる父の冷ややかな目で占められている。ほんのかすかに覚えている温かい家族団欒の光景は、今となっては夢のように朧げだ。

 貴族家庭にしては子どもを可愛がっていた両親が一変したのは、五歳になってユリウスの魔力が測られたことがきっかけだった。

 

「これは、駄目だ」


 ユリウスの持つ魔力計を見て、父は冷然と告げた。

 

「どうにもならん。この年で一かけらの魔力すら発現していないとは、期待外れも甚だしい。アルムガルドの偉大な血はどこにいったのだ? 本当に私の子なのか?」


 その言葉で場は凍り付き、母はわっと泣き出した。ユリウスは何が起こったのか把握できず、魔力計を握り締めておろおろと周囲を見回した。

 父は怒り、母は泣き、優しい執事頭のエレクは青ざめている。

 きっと自分は何か、取り返しのつかない酷い間違いを犯してしまったのだ。それが何かはわからないが、自分のせいでみんなが困っている。


 ユリウスは素直で思い切りのいい子どもであった。今まで見たことがないほど不機嫌そうな父に怯えはしたが、部屋を出て行こうとする父の前に果敢にも飛び出し、頭を下げた。

 

「あ、あの……申し訳ありません父上、俺は何をしてしまったのですか?」


「何か?」


 ふん、と父は忌々しげに吐き捨てた。

 

「何もしていない。言うなれば、存在そのものが間違いだ」

 

 そのときからユリウスはずっと、『間違った存在』として生きている。

 

 



 

 アルムガルド侯爵家は、三百年前に天才魔法使いギュンター・アルムガルドが国王の危機を救い爵位を授かって以来、代々有能な魔法使いを輩出し国の防衛と発展に貢献し続けてきた名門貴族である。

 一般に魔法能力は遺伝するため、偉大な魔法使いから興った一家は結婚相手にも有能な魔法使いを選び、魔法使いの血筋を絶やさないよう努める。

 魔法という能力の有用性と血統主義から、魔法使い家系は貴族の中でも特に選民思想が強く、魔法が使えない貴族を半端貴族と見下す者もいるほどであった。

 アルムガルド家はその典型であり、『紫天の三賢者』という国内の魔法使いを統括する立場に家長が毎回選ばれることは、彼らの誇りであった。

  

 魔法使い家系が強い魔法や魔力量を異常に重要視するのは、劣等感の裏返しという側面もある。

 高い魔力と魔法の才がある者は戦争の情勢を一変させることができ、上級魔法が使える大魔法使いの数は多ければ多いほど他国に向けた抑止力や圧力として効果を発揮する。

 しかし、魔法使いの体は騎士と比べると脆弱にして虚弱。鍛えた騎士なら素肌に受けても傷一つつかないような一太刀であっても、容易に死に至る。

 そのため、騎士は「魔法使いなど我らが守ってやらねば何もできない軟弱者」と恩に着せ、魔法使いは「騎士などちまちました小競り合いでいい気になっている愚か者」と蔑む、というのが騎士と魔法使いの間によくある軋轢であった。

 

 騎士を見下してはいるものの、魔法使い側も自身の体が貧弱で戦闘向きではないことは自覚していた。ゆえに、魔法使い最大の利点である高火力を殊更に誇示する傾向がある。

 魔力量は多ければ多いほど良く、魔法火力は高ければ高いほど偉く、三属性以上の上級魔法を行使できる大魔法使いは無条件に尊敬される。

 引き換え、魔法が使えても火力が出せなかったり、魔力量が少なくてすぐ魔力切れになってしまうような弱小魔法使いは、騎士にも劣る魔法使いの面汚しとして嫌われていた。

 当然、魔法使い家系で魔法が使えない子どもが生まれなどしたら、一家そろってその汚点を隠蔽し、なかったことにしようとする。

 

 つまり、ユリウス・アルムガルドは、殺されなかっただけましであった。


 五歳の誕生日に魔力量を測定して以来、ユリウスの立場は年々悪くなっていった。

 人より成長が遅いだけで、もしかしたらそのうち魔法能力が発現するかもしれない、という可能性が次第に薄れていったからだ。

 魔法の勉強に最適な環境と本人の懸命な努力にも関わらず、八歳になってもユリウスは火種を起こす初級魔法すら使うことができなかった。

 父と兄はユリウスの無能さを罵り、偉大なる先祖に申し訳ないと思わないのか、と詰った。

 その度、ユリウスは深く頭を下げ、惨めな気持ちで謝った。威厳に溢れた父と優秀な兄の言うことは正しい。自分のせいで、家族が迷惑している。

 誇りと喜びに満ちていた家中の空気は荒んでひりついたものへと変わり、ユリウスが視界に入るなり父の眉間には渓谷のごとき深いしわが刻まれる。母は心労のあまり床に伏せるようになり、兄は唯一の後継者としての重圧で笑わなくなった。

 

 ユリウスのような者が身内にいると知られれば、兄の結婚にも差し支えるし、アルムガルド家の格式そのものに傷がつく。

 もはやこの家にユリウスの正当な居場所はなかった。ユリウスが生きていられるのは、それでもいずれは魔法が使えるようになるかもしれないという僅かな希望があることと、この国が子殺しを最大の禁忌としているからだ。

 

 ――俺が魔法を使えないのが悪いんだ。魔法さえ使えるようになれば。


 ユリウスは、生活のほとんど全てを魔法習得に費やした。家にあるだけの魔法書を読み込み、魔力発現のきっかけになりそうなことは片端から試す。瞑想、歌、運動、野宿、自傷、断食、酩酊。一心不乱に神に祈り続け倒れたこともあったし、死にかけて覚醒しようと池に飛び込んだこともあった。朝起きてから夜寝るまで、始終魔法のことばかり考えていた。

 それでも、魔法神タルハリエスの輝かしき御手は、ユリウスをその深遠なる世界に招き入れることはなかった。


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