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眠気に勝てる奴はいない


 話の決着はついていなかったが、これ以上ここで言い争うのも不毛ということで、ひとまず二人は青色の魔法陣に乗ることにした。

 シャルロッテはぐったりとした面持ちで言う。

 

「あ~どうかまた強敵と戦うことになりませんように……わたくしもう力が出ませんわ」


「俺も今は御免蒙りたいな」


 生きるか死ぬかの戦いを繰り広げた直後、生きるか死ぬかの問答が始まるという、精神に優しくない展開だった。体力は回復しているものの、気力が持たない。

 シャルロッテは魔石盾を溶かして新たな魔石箱を作った。そのハンドルを右手で掴み、左手はユリウスと繋いで魔法陣に近づく。

 

「行きますわよ。せー、の!」


 二人同時に足を踏み入れ、魔法陣の青白い光に包まれる。

 次の瞬間立っていたのは、がらんとした部屋の中だった。やけに天井が高い。部屋の真ん中には二メートル幅ぐらいの降りる階段があり、周りを囲むように青い魔法陣が描かれている。

 

「あら? ここ、見覚えがありますわ」


 シャルロッテが辺りを見回していると、ユリウスが呆然と言った。


「……迷宮入口だ。帰ってきたんだ。そういえばあの魔法陣は、ここにあるやつと似ていたな」


「まぁ。まぁまぁまぁ! では今日はもう戦わなくていいんですのね~」


 シャルロッテは脱力して、床の上にくてんと座り込んだ。

 

「良かったですわ~! わたくし今すぐ眠りにつきたい気分でしてよ」


「気持ちはわかるがここで寝るな。夜明けが近い。早く出るぞ」


 ユリウスに引っ張り上げられ、裏口から外に出る。

 ちょうど空が白みゆくところだった。日が登り始め、憂鬱な静けさを湛えていた群青はぼんやりと光る(あけぼの)を迎える。

 

「帰れたんだな……」


 しみじみと言うユリウスに、シャルロッテも同調した。一晩しか経っていないというのに、長い旅をしてきた気分だ。光魔法では出せない朝陽の壮大で澄んだ光を浴びて、地上に出られた喜びを噛みしめる。


「きっと冒険者の醍醐味って、この薄暗い迷宮から出てきたときに明るく素晴らしい地上の暮らしを実感することですのね……」


「いや、俺たち以外はみんな昼に入ってるから迷宮内も普通に明るいぞ」


「そうでしたわ……」


 冒険者証がないばかりに、普通の冒険者の二倍かそれ以上の苦労をして探検してきたのだ。

 もう二度と夜には来たくない、と二人の心は一つになった。暗いと遠くが見えづらくて余計に気を張らなければならないし、エデルシュネガルだって半分の能力ならもっと楽に倒せたはずだ。

 それなのにドロップ品の中身は変わらない。夜は門番が立たないのも道理である。


「わたくし、宿屋に戻りますわ。あなたはどうなさいますの?」


「ギルドで換金だな。迷宮準備に資金を全部つぎ込んだから宿賃がない」


「えっ、そんな余裕がない状態ですの? 換金は構いませんが、わたくし疲れすぎてちゃんとギルド職員と交渉できる自信がありませんわ。というか、あなたもそうでしょう。足元がふらついてますわよ」


 シャルロッテは小さくあくびをしながら言った。迷宮を出られたという安心感で、今まで溜めてきた疲れと眠気が一気に襲ってきているのだ。

 ままならない足に舌打ちするユリウスに、シャルロッテは提案する。


「一回寝た方がいいですわ。わたくしがいる宿屋にいらっしゃって」


「だから、宿賃がないと言ってるだろう」


「そんなのは一緒に寝ればよろしいんですのよ」


「そうか」


 なんでもないことのように言われたので、頭が働かない状態のユリウスは素直に返事し、言われるがままシャルロッテについていってしまった。

 手を繋いだ状態のまま、女神の星屑亭に到着する。

 

「おはようございます、これから寝ますわ。起こさないでくださいませ」


「かしこまりました」


 宿屋の受付にシャルロッテが言うのも違和感なく聞き流し、部屋に入る段になってやっと、はっと我に返った。

 『シャルロッテと同じ部屋に泊まる』というのがどういうことなのか、思い至ったのだ。

 ユリウスはドアを開けようとするシャルロッテを直前で制止した。


「なぁ、ベッドは二つあるんだよな?」


「え? 一つですわよ」


「え?」


「わたくしたちまだ子どもで体が小さいから、一つでもなんとか寝られますわ」


「待て、それはまずいんじゃないか」


「どうしてまずいんですの?」


「いや……俺もよく知らないが、男女七歳にして席を同じゅうせずという文言を読んだことがある。嫁入り前の令嬢が一人で男の部屋に入るべきではない、とかなんとか。そうするとベッドどころか同じ部屋なのも駄目なんじゃないか?」


「ユリウスが入ってくる側なんですから問題ないですわ」


「……そうなのか?」


「そうですわよ。第一、わたくしたちの間に何か起こるとお思いになって? あなた、わたくしのこと好きですの?」


「す、き……? さぁ、嫌いではない、が」


 ユリウスが狼狽えると、シャルロッテはうんうんと頷いた。


「そうでございましょう。わたくしもなんとも思ってませんわ。わたくしたちは単なるお友達で、隣で眠ることになんの支障もございませんのよ」


「いや、しかし」


「仕方ありませんわね。わたくしの秘密をお教えいたしましょう」


 シャルロッテはおもむろに言い、部屋に入ってユリウスを招いた。ユリウスは躊躇ったが、秘密を廊下で話せとも言えず、おそるおそる中に入る。

 シャルロッテは早速ベッドの上に腰掛け、「はぁ~、柔らかいお布団最高ですわ……」とひとしきり堪能したのち、ユリウスに向き直った。


「わたくし、実は男ですの」


「……?」


「呪いをかけられて女になってしまったのですわ。ですから気にせず、男と思って接してくださいませ」


「いや…………は?」


 ユリウスは眉間にしわを寄せ、シャルロッテを凝視した。


「何を言ってるんだお前は」


「そのままの意味ですわよ」


「そのままの意味なわけがないだろう。誰がそんな話を信じるんだ」


「あ~もう、めんどくさいですわね! わたくしは眠いんですのよ。そしてあなたも眠い。それだけのことですわ。あなたがそんなにこだわるならもう一つ部屋を取ってあげたいところですけど、わたくしも転移の際にお金を落としてしまいましたから現金がありませんの。この宿は事前に払っていたから泊まれるのですわ。わたくしの先見の明に感謝してくださいませ。ではわたくしは寝ますので、あなたも贅沢言わないで早くお眠りになって!」


 シャルロッテはばしばしと自分の左側を叩き、そこに来るよう促すと、布団をかぶってさっさと寝てしまった。

 ユリウスはしばしその場に立ち尽くしていたが、強烈な睡魔に負け、結局シャルロッテの隣に潜り込んだ。シャルロッテの恥じらいや気おくれの微塵も感じられぬ物言いに、自分だけ気にしているのが馬鹿馬鹿しくなったというのもある。

 

 久しぶりに横たわったまともな布団は、迷宮で消耗した体を優しく包み込んでくれた。あっという間に重い瞼が閉じていく。

 ユリウスは微睡みの中、真横に感じる温かいものを無意識に抱きしめ、いつになく深い眠りの世界へと旅立っていった。胸元で安らかな寝息が聞こえる心地よさは、何にも代えがたい幸福だった。


第二章:新天地冒険編、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

このあと番外編としてユリウス視点の話を書いたら、第三章に移ります。いよいよ女の子のレギュラーメンバーの登場です(シャルロッテも見た目だけは女の子なんですが……)。

第三章開始まで一週間ほどお休みをいたします。再開までお待ちいただければ幸いです。


いつもお読みくださる方、ブクマ・評価・感想・いいねなどをくださる方、本当にありがとうございます。とても励みになっています。

これからも皆様に楽しんでいただけるお話を書いていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

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