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助ける理由は俺が決める


 初めてユリウスと言葉を交わし、散々に罵倒されたとき、怒りと共に思ったものだった。どうやったらこんな言葉思いつくんだ?と。

 その答えは簡単だ。親から学んでいたのだ。彼の親がずっと彼に言い続けていた。忌まわしく刺々しい悪罵の数々を。だからユリウスは会話とはそういうものだと思い込んだ。人の欠点を片端から貶し、見下したような態度で接することが普通だと。

 

 ――まだ、子どもなんだ。

 

 シャルロッテは唐突に気づいた。

 

 ――十歳ぐらいだもんな。親の言うことが絶対で、親に認められたくて親に愛されたくて一生懸命な、ただの子どもだ。どんなに大人びていても、頭が良くても、こいつは……。


 シャルロッテより、世間を知らない。

 違う世界とはいえ、シャルロッテには十六年分の蓄積があった。その間沢山の経験をし、様々な人と出会い、異なる価値観や思想に触れた。

 

 だが、ユリウスはおそらく、ろくな交友関係がない。

 貴族は基本的に学校などには通わず、家庭教師をつける。その上家の恥だと奥に隠されていれば、同じ年頃の子どもと交流することもなく、話し相手は使用人と家族しかいなくなる。

 狭い世界で近しい者たちから否定され続けた少年は、異常なまでの素直さと前向きさでもって、心根は優しいまま触れるもの皆傷つける暴言野郎に育ったのだった。


 黙り込んでしまったシャルロッテが納得したと思ったのか、ユリウスは念を入れるように言う。


「理解したか? 俺はお前が庇うほどの価値はない人間だ。命の危険がないならともかく、軽率に動くべきでは――」


 言葉の途中、シャルロッテはすっくと立ち上がると、ユリウスの胸ぐらを乱暴に掴み上げた。顔を引き寄せ、額が触れそうなほどの至近距離で、噛みつくように怒鳴りつける。


「どうしてわたくしがあなたの家の特殊ルールに従わなくてはなりませんの!?」


「え」


「人のことを馬鹿だ馬鹿だと言ってるくせに、あなたのほうがよっぽど馬鹿ですわ!」


「なんだと……!?」


「魔法を使えるほうが価値のある人生なんてわたくしは思ったことありませんわよ! わたくしはいつだって庇いたい人を庇い、助けたい人を助けますわ! わたくしが何に命をかけるかはわたくしの勝手です!」


 苦しい。悔しい。悲しい。辛い。どうして。なんでなんでなんで!!!

 怒涛のように押し寄せてくる感情は、シャルロッテの中で渦を巻いて荒れ狂った。何故こんなにいい奴が最悪な仕打ちをされているのだろう。それを当たり前のように受け入れているのだろう。努力した過去を切り捨て自分に価値がないと言い切れるのだろう。わからない。何もかもがわからない。


 ユリウスはシャルロッテの剣幕に驚いて頭を後ろに反らし、制止するように顔の前に手を差し込んだ。


「落ち着け。一時の情に流されて愚かしい判断をするのは――」


「魔法を使えないからってそれがなんだというんですの!」


 シャルロッテは渾身の力を込めて叫んだ。涙がぼろぼろと溢れ出る。ユリウスの言葉が真剣であればあるほど、それはシャルロッテの心にちくちくと針のように突き刺さった。


「あなたの価値はそんなものでは決まりませんわ! あなたはおそろしく口が悪くて偉そうで、そのせいで人に嫌われて、友達もいなくて、でも努力家で、自己評価が低くて、超がつくほどのお人好しで……」


 涙のせいで徐々に息苦しくなっていくのが煩わしかった。鼻にかかったような声が出る。それでも、伝えたかった。ユリウスを正面から見つめ、溢れ出る言葉をぶつける。


「そういうあなたの、良いところも悪いところも含めて、わたくしは、仲良くなりたいと、なれていると、思っていたのですわ。あなたのっ、ご家族のことなんて、関係ありませんよ! あなたを……助けることが愚かと言うなら、わたくしはっ……、愚かで構いませんわ……」


 好きなだけ馬鹿扱いするといい。馬鹿には馬鹿なりの矜持というものがあるのだ。

 こいつは能力が低いから見捨ててもいいなんて思うような邪悪さに比べたら、愚かであることのほうがよっぽどましだ。 

 例え世界中の人びとがユリウスよりシャルロッテの方が価値があると言っても、ユリウスを助けるなと命じたとしても、シャルロッテは従わないだろう。そんなのは他人に指図されることではない。

 

「何があろうとっ、あなたが危機に、陥ったら、わたくしが助けに参りますわ! あなたはわたくしの、仲間なんですもの……」


 ぐすぐすと泣きながら鼻を啜るシャルロッテを困ったように見上げ、ユリウスは右手の親指でそっと目の端の涙を拭った。


「……お前は間違っている、シャルロッテ」


 長年に渡って植え付けられた思考は簡単には揺らがず、彼は頑なだった。しかし、いつも固い意志を示すがごとく引き結ばれた口元は、僅かな綻びを見せていた。

 

「でも、なんだか俺は……妙な気分だ。お前の言葉が、嬉しいのかもしれない」


「……ユリウス?」


「初めてだ、こんな感覚は」


 ユリウスは答えを探るように、シャルロッテの瞳をみつめた。澄んだ空色が涙で潤み、きらきらと光が乱反射している。白磁のように整った肌は紅潮し、目のふちと鼻の頭もほんのりと赤みを帯びていた。

 誰かが自分のためにこれほど感情を乱してくれるという経験を、ユリウスはしたことがなかった。申し訳ないような、じんわりとみぞおちが温まるような、未知の感覚に支配される。

 

「お前は間違っている、が……確かに、お前の命はお前のものだ。強制はできない。また同じようなことがあれば指摘するつもりだが――」


「はぁ? またこんなこと言い出したら、今度はぶん殴ってやりますわよ」


 右手をさっと振り上げたシャルロッテを見て、ユリウスは、全く痛くなさそうだな、と思った。

 この小さく華奢な手が、骨が砕けるまで盾を掲げ、自分を守ってくれたのだ。

 それは途方もなく尊いことのように思えた。

 

 この尊さを、失いたくない。

 これからもずっとシャルロッテと共に冒険者として活動し、助け合いながら高みを目指したい。

 ――死にたくない。


「お前など羽虫ほどの価値もない」

 父の声が蘇る。

「お父様にお辛い思いをさせてはなりませんよ」

 母の声が蘇る。

「お前みたいな奴が弟だと知れたらいい笑い者だ」

 兄の声が蘇る。


 脳内の全ての声が「お前は無価値だ」と告げる。

「はい」と、ユリウスは答えた。

「承知しております、父上、母上、兄上。申し訳ございません。ユリウスは価値のない人間です。魔法が使えない無能です。――それでも、俺は……」


 先ほど目の前の少女から放たれた言葉の、夢のような響きが忘れられない。それは乾いた砂漠に水が染み込むようにじわじわとユリウスの中に侵食していき、あっという間に体の一部になってしまった。


「何があろうとっ、あなたが危機に、陥ったら、わたくしが助けに参りますわ! あなたはわたくしの、仲間なんですもの……」


 本当は、これが欲しかったのかもしれない。これを求めて冒険者になったのかもしれない。

 そんなことを一瞬でも考えてしまうほど、シャルロッテの言葉は力強かった。


 やっと泣き止んできたシャルロッテの頬には涙の痕が残り、鼻水も少し垂れかけている。人間離れした美しさは跡形もなく、年相応に癇癪を起こして泣き喚いた子どもそのものだ。

 だがユリウスは、しかめつらでこちらを睨むように見るシャルロッテの、義憤に燃える瞳を、ほつれた前髪を、噛みしめる唇を、世界で一番美しいと思ったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルもシャルロッテのセリフも凄く格好いいのに見た目美少女なせいでとてもロマンチックなシーンになってますね素晴らしかったです
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