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そんなのってあんまりだ


 ――自分に価値がないとか、いきなり何言い出してんだ? あんなに人のことを馬鹿にしといて今さら……いや、待てよ。

 

 シャルロッテは記憶を辿り、はたと気づいた。

 

 ――そういえばこいつ、やたら馬鹿にしてくるけど、俺の方が凄いとか俺を見習えみたいなことは一回も言ったことないな?

 

 つまり、人のことを馬鹿にしつつ自分のことも劣った存在だと思っていたのか? そんなことがありえるのだろうか。

 だが、ユリウスの自己評価が実は低かったのだとすれば、今までの不可解な態度にも説明がつく。自分は当たり前のようにシャルロッテにポーションを使ったのに、菓子一つ貰うのも所在無げにしていた。あれは単に人付き合いが下手というだけではなかったのかもしれない。自分()()()が何かをしてもらうのは変だと思っていたのだ。

 

 ――まさか、んなわけねーじゃん、だってあんなにいつだって偉そうで……今だって表面上は俺に言い聞かせてるみたいな感じなのに。庇うなってなんで? こいつの頭ん中どうなってんの?

 

 シャルロッテは混乱しきってユリウスをみつめた。戦闘で手こずったことで自己嫌悪に陥っているとか、突如情緒不安定になったとか、そんな風には見えなかった。むしろ落ち着いている。落ち着き過ぎている。長年をかけて培ってきた価値観のように彼は言う。「俺は助けてもらうべき人間じゃない」。


「あなたは……価値がありますわよ?」


 シャルロッテはおずおずと言った。

 

「わたくしは何度もあなたに助けていただきましたし、仲間になりましたし、一緒にいたのは短い間ですけど仲良くなれたと思ってますわ。そういう相手を助けたいと思うのは自然ではありませんの」


「……理解できないな」


 眉をひそめるユリウスに、シャルロッテは堪らなくなって尋ねた。

 

「どうしてそんなにご自分を卑下なさるんですの」


「魔法が使えないからだ」


 ユリウスは当然のことのように言った。人に毒を吐くときと同じ口調で、まるでこの世の真理を語るがごとき確信をもって。

 

「言うつもりはなかったが、お前を納得させるためには仕方がないか。俺の名はユリウス・アルムガルド。アルムガルド家は代々王宮魔法使いを輩出し、家長は三賢者の一人となる魔法学の名門だ。

アルムガルド家の者として生まれておきながら、魔法を使えない。これは家門に泥を塗る大罪なんだ。魔力量が少ないとか、一属性しか使えない者は今までもいたらしい。それでも皆魔法自体は使えた。家門に貢献することはできた。俺は何もできない。正統な血筋から生まれた直系のアルムガルドであるにも関わらず、一かけらの魔力すら感知できない出来損ないの欠陥品だ。今まで生きてこれたのは、情け深い父上と母上の恩情を賜っていたからに過ぎない」


 淡々と紡がれる言葉は酷く平静で、シャルロッテはそれが急に恐ろしくなった。聞いてはいけないことを聞いている。見てはいけないものを見ようとしている。そんな予感がした。

 今までの認識がひっくり返されていく。ユリウスはただの『変わった少年』ではないのかもしれない。暗く(おぞ)ましい何かの片鱗が見え隠れする。自分はこれまで無神経過ぎたのではないか、とシャルロッテは思った。

 鈍感で人の繊細な機微を察せなくて。こんなだからアホと言われるのだ。

 

「だから俺は自らの価値を証明しなければならない。迷宮に潜り、一級冒険者として名を上げることによって。アルムガルドは武人を認めないが、それでもただの無能の穀潰しよりはましだ。それに危機的状況になれば、もしかしたら魔法が使えるようになるかもしれない。……望みは薄いが」


 最後は小さい声で付け足し、ふ、とユリウスは自嘲した。


「お前は稀代の魔法使いだ。自分でもそう言ってただろう? 初めてその力を見た時は腰を抜かしそうになったよ。アルムガルド最強の父上すら遥かに上回っている。間違いなく歴史に名を残す偉人となるだろう。俺ごときを庇って命を危険に晒すな。お前の難点は考えなしで直情的なところだな。いいか、お前は天才なんだ。自分の価値を自覚しろ」


 シャルロッテをじっとみつめ、傲慢さすら感じさせる声音で言う。


「もう二度と俺を庇わないと約束してくれ。いくら才能があっても愚かな選択で全てが台無しになる。なぁ、わかるだろう。俺とお前じゃ人生の価値が違うんだよ」


「違いませんわよ!」


 シャルロッテは反射的に否定した。まだユリウスが言うことに理解が追い付いていないが、こればかりは断言できた。


「あ、あなた、おかしいですわ。どうしてそんなこと平然と言えるんですの? 価値がないなんて、ご自分で言うべきじゃないですわ」


「おかしくはない。これはアルムガルド家全員の総意だ」


 ユリウスは静かに言った。


「父上は俺のせいで恥ずかしい思いをされ、母上の病状は悪化した。幸い後継ぎとして優秀な兄がいるから決定的な問題にはなっていないが、俺の存在が家門の傷となっていることに変わりはない」


「そんなこと誰が言いましたの? あなたのご家族が? 出来損ないとか欠陥品とかいうのも?」


「そうだ。父上は俺のためを思って言ってくださっている。俺が思い上がって外で無様な振る舞いをしないように。我が身の至らなさを知り、研鑽を積めるように。だからずっと努力し続けてきた。起きている時間の全てを魔法習得に費やした。家にある魔導書を読み込んで、魔力量が上がるという儀式を毎晩行って、断食をして、神に祈って、茨の中で眠った。それでも魔力は得られず、魔法は使えなかった。残念ながら、俺はどうしようもなく魔法の才能がない」

 

 ユリウスは目を伏せる。その表情から読み取れるのは恨みや憎しみではなく、悲しみの滲む諦念だった。

 シャルロッテは唖然として口元を押さえた。

 家中から虐待されていたことを打ち明けた少年は、不思議なほど凪いだ瞳をしていた。彼は不幸ではなかった。不幸ではないと、思い込んでいた。受けた仕打ちを愛だと信じ、自らの価値を否定した。それが彼が愛する者たちの言葉だったから。


「……あなたが、人を貶してばかりいたのは、もしかして」


 シャルロッテは、喘ぐように問いかけた。

 

「あなたが貶されていたからですの? だから貶すことが、相手のためになると思って?」


「そうだ」


 ユリウスは頷く。

 

「厳しい言葉は成長を促す。父上が俺を高めてくださるように」


 ――それは聞いたけど、まさかそんな意味だとは思わねーよ!


 シャルロッテは言葉を失った。

 神経がひりつくような痛ましさを覚える。ポーションで体は全快したはずなのに、酷く胸が(きし)んだ。

 シャルロッテは、ユリウスのことを矛盾した変な性格だと思っていた。人を遠ざけ傷つけるような罵倒をし続ける。それなのに、見ず知らずの自分を助けてくれる。なんでこんなわけわかんないことしてるんだろ、ツンデレの一種なんかな、と。

 だが違った。彼はずっと優しかった。本当は最初からずっと、優しくあろうとしていたのだ。


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