罠とか無効とかズルくねぇ?
紫の魔法陣は、隙間を埋め尽くすように増殖していき、二人の周囲を繭のように覆ってしまう。息苦しさなどはなかったが、ヴォンヴォンヴォンヴォンという何重もの音が間近でひっきりなしに鳴っているのが酷くうるさかった。
――転移罠って、俺がなんか踏んで起動さしちゃったってこと? でもユリウスも一回歩いたとこだぞ? 『魔法使いが通った時』とかの条件があったんかな。くそ~、罠ならもうちょいそれっぽい見た目しとけよ。そこだけでっぱってるとか赤いマークがついてるとかさぁ。
シャルロッテは頭の中でぼやくが、普通罠は目立たないものである。
魔法陣の繭は小さく振動し、ズム、という体が沈むような感覚が生じた。ユリウスは警戒するようにシャルロッテを抱きしめる力を強めたが、直後繭は崩壊し、魔法陣の紋様がパラパラと解けていく。
完全に魔法陣がなくなったとき、立っていたのは狭く湿った地下道ではなく、見渡す限り岩山の広く荒涼とした土地だった。
「……ここ、何階層ですの?」
「さぁな。俺は見覚えがない。転移罠というものがあることは小耳にはさんでいたが、詳しい情報は知らないんだ。なんせ転移罠に巻き込まれた者はほとんど帰ってこれないそうだから」
「なるほど……」
情報をもたらしようがないわけである。それはつまり、転移先は過酷な環境だったり、自分の実力より格上の魔物がいたりするということだろう。
ユリウスはシャルロッテから手を放し、剣を抜いて周囲をうかがいながら、早口で謝った。
「すまない。咄嗟のこととはいえ不躾に触れてしまった」
「え? あぁ、構いませんわよ、非常事態でしたし」
シャルロッテはあっけらかんと返す。
シャルロッテの意識では男同士だし、あの状況でうっかり違う場所に飛ばされたら大変なのはわかるので、ユリウスの行動は合理的だと思っている。なんの気まずさも感じていなかった。
しかしユリウスは、あれでいて一応シャルロッテのことを異性だと意識しているのだろうか。それはちょっとおもしろい。からかってやろうかなと口を開きかけたとき、スズン、という地響きと共に大地が揺れた。
「っなんですの!? 地震!?」
「いや、違う! あれだ!」
ユリウスが指さす方向を見ると、巨大な魔物が二体、岩山の間から顔を出していた。片方は体長七メートルほど。ゴツゴツした灰緑の鱗を纏ったトカゲのような――というか、あそこまで大きいとほとんど恐竜である。ぎょろりとした爬虫類特有の目と、上下にずらりと並んだギザギザの牙が怖い。
もう一体は空を飛んでいて、体長は五メートルほど。狒々の体に蝙蝠のような筋張った赤い羽根がついていた。
地響きは、恐竜じみた魔物が歩くたび発生しているようだ。
――うげっ! どう見てもヤバいやつ!
シャルロッテは近くの岩の突起に摑まり、揺れに耐えながら『神の啓示』を使った。
神獣ハビヤルテイトス ツルゲフ迷宮の魔物
階位 3
レベル 170
生命力 1890
魔力量 2428
スキル 浮遊 10
風蝕 8
氷結 10
裁きの雷槌 10
万滅陣 9
生命力倍増
魔法力倍増
物理攻撃無効
地竜エデルシュネガル ツルゲフ迷宮の魔物
階位 3
レベル 170
生命力 2330
魔力量 1552
スキル 咆哮 9
尾叩き 10
地走り 8
地震 10
岩鎧 9
岩棘砲 8
頑健
魔法攻撃無効
――キッツ! 最悪じゃん!
シャルロッテは青ざめた。神獣ハビヤルテイトスはまだいい。シャルロッテがなんとかできる。だが地竜エデルシュネガルは魔法攻撃無効スキルを持っているため、ユリウスが対処するしかない。いくら才能があるとはいえ、約十倍の生命力を持つ敵を相手にするのは無謀過ぎる。
それでも、ここにいる限り戦わなくてはならない。情報を共有すべく、シャルロッテは隣で足を踏ん張っているユリウスに話しかけた。
「ユリウス……残念なお知らせが」
「なんだ?」
「わたくし、あの魔物を知ってますの。飛んでるほうのやつはわたくしが倒せますわ。ただ地震を起こしてるほうは魔法攻撃無効なのですわ」
「なんだと!?」
ユリウスは血相を変えた。
「あの大きさは……いや、わかった。俺がやる。お前は飛行魔物を始末したら、なるべく遠く離れて隠れていろ」
「大丈夫ですの?」
「自信はないがやるしかない。二体と戦わなくていいだけましだ」
鋭い目つきで剣を構え、まだこちらに気づいていないらしい魔物の様子を窺う。危険な役割を押しつけちゃって申し訳ないな、と思いつつシャルロッテは神獣ハビヤルテイトスに魔法を放った。
「ファイアースピアーハイパーストロングショット!」
魔物が持っていない魔法属性ということで火を選び、ファイアーボールより鋭利な槍型の魔法に魔力を沢山込める。
雄壮な神々しさを感じさせる火槍は神獣ハビヤルテイトスを脳天から刺し貫き、見事巨大な魔石の塊に変えた。
「あとはお願いいたしますわね、ユリウス! あの魔物は咆哮で怯ませたり尾を振り回して叩きつけたり、あとは体を岩に変化させて棘を飛ばしてきたりしますわ!」
「わかった。魔法攻撃はないのか?」
「ありませんわ!」
「それならやりようはある。……行くぞ」
ユリウスは覚悟を決めた顔で前に踏み出し、仲間を倒されて怒り狂っている地竜エデルシュネガルを見据えた。
一見冷静さを保っているが、剣を持つ手は小刻みに震えている。シャルロッテがハッとして呼び止めようとしたときには、もうユリウスは駆け出していて、見る間に背中が遠ざかっていく。
「……っ無理はしないでくださいませ!」
言っても仕方のない言葉が口をついて出た。
聞こえたかどうかはわからない。シャルロッテは拳を握りしめ、やっぱり剣も使えたらよかったのに、と今までで一番強く思った。