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油断してるときが一番危ない


 食べ終わると、ユリウスは気まずそうな顔でシャルロッテに向き直った。


「ありがとう。その、どう返せばいい? 生憎今は金銭的余裕がなくて」


「え? なんのお話ですの?」


「もらった菓子のことだ」


「……お菓子のお返し!? 本当に気にしないでくださいませ、というかわたくしもポーションを使っていただきましたし、こういうのってお互い様ですわ。そんな厳密に貸し借りを考えなくてもよろしいんですのよ」


 むしろお菓子一個なんかよりポーション代の方が高い。ユリウスがそこまで気にすると思っておらず、シャルロッテは戸惑った。最初は傲慢で傍若無人なイメージだったのに、知れば知るほど不器用な性格だなと思う。 


「まぁ、どうしても気になるのでしたら、今度は交換いたしましょうね。黒パンがどれだけ硬いのか、一度確かめてみたいですわ。あ、そうだ、魔物を倒した際に得られた成果はどう分配いたしますか? わたくしはギルドに売って報酬を半分がわかりやすいと思うのですが、何か優先的に欲しいものとかございますの?」


 魔石箱を開けて、中身を見せる。手に入れる端から放り込んでいるので、上の方は五階層で取得した沢山の魔石と、『愁いの骨杖』『屍人の笛』『グールの牙』『骨月剣』が重なっている。ドロップ品はほかにも種類があったが、『屍人の肝』などは見た目が気持ち悪すぎたので拾っていない。

 シャルロッテは手を突っ込んで、四階層の階層主を倒した時のドロップ品を引っ張り出した。

 

「これ、魔将イフリートが落としたものですわね。『邪焔の指輪』、役に立ちそうですわ。あなたが倒したんですし、お使いになったら?」


「いや、それはおそらく魔力がないと使いこなせないだろう。それよりずっと気になってたんだが、その赤黒い箱はなんなんだ? 見たことがない魔道具だ」


「これですの? うふふ、これはですね……」


 よくぞ聞いてくれた、とばかりにシャルロッテは胸を張った。


「わたくしが魔石で作った箱ですわ! どんな衝撃や攻撃を受けようとびくともしない優れもの! しかも中身が増えて入らなくなったら、魔石を足して拡張できるんですのよ! 迷宮では土魔法が使いにくくなるのですが、魔石なら鉱物として変形可能なのではないかと気づいたわたくしの慧眼っぷり、我ながらおそろしいですわ! 存分に褒め称えてくださってよろしいんですのよーッ!」


 おーっほっほ、と誇らしげに高笑いするシャルロッテとは対照的に、ユリウスは青い顔で魔石箱を凝視する。


「魔石で……作った……!?」


「えぇ。……どうなさいましたの? 何か問題が?」


 あまりの深刻な表情に不安になってシャルロッテが尋ねると、ユリウスはくわっと目を見開いた。


「問題、どころの騒ぎじゃないぞ……! 天地開闢以来、魔石を変形させたなんて話は一度もない! 魔石は何よりも固く頑丈で、金剛石の剣ですら傷一つつけられないし不死鳥の炎でも溶けないんだ! それを変形させるってお前……一体どんな力を使ったんだ……」


 魔石箱の側面をゆっくり撫で、天を仰ぐ。

 

「本当に魔石の色や感触とそっくりだな。なんで今まで気づかなかったんだ。いや、そんなことあるはずないから最初から考えに入れてなかったのか。異常すぎて自分が狂ったのかと思えてくる。こんなのは神話の一節じゃないか」


「えぇ……?」


 思っていたより劇的な反応をされ、シャルロッテは少し腰が引けてしまった。凄いと褒められるのは嬉しいが、そこまで一大事みたいに言われると怖い。

 それに、褒めて欲しかったのは魔石の変形を思いついた発想のほうで、実際に変形すること自体は全く苦労しなかったため、そちらに注目されると『コレジャナイ』感もある。

 

 そもそも、シャルロッテにとって魔石はそこまで重要なものではなかった。基本的に魔石は、魔力量が足りない時の補完や魔道具を動かすためのエネルギーとして使用されるものなので、常に魔力を余らせているシャルロッテが使う機会は滅多にないのだ。

 一般人と隔絶した膨大な魔力を有しているがゆえの温度差が生じていた。 

 

「そ、そんな大変じゃなかったですわよ? できそうな気がしたのでやってみたらできたというだけですわ。ほら、こんな感じで」


 魔石の一つを手に取り、みにょーんと伸ばして見せる。飴細工のように容易く伸び縮みする魔石に、ユリウスは絶句した。

 

「…………このことは、誰にも言うなよ」


 しばらく沈黙したのちに、ユリウス絞り出すような声で言った。


「魔石の形を自由自在に変えられて、小さな魔石もくっつけて大きくできると知られたら、とんでもない騒動になる。信頼できる後ろ盾を得るまでは隠し通せ。紫天の三賢者、いやいっそ魔法に関わりないところのほうがいいか? 神殿なら間違いなく目の色変えて保護してくるだろうがその代わり自由はなくなるし……王族もまずい、物好きと評判のコルヴィッツ公爵ならあるいは」


 ぶつぶつと呟きながらシャルロッテの後ろ盾候補を列挙するユリウスに、シャルロッテは、ぱちりと目を瞬かせる。

 

「詳しいんですのね」


「一般常識程度のことしか知らないぞ。俺は大人とまともな話ができる年齢じゃないし、社交の場に出たこともないからな」


「そうですの」


 ――社交の場って、庶民は言わないよなぁ。もしかしてこいつ貴族なのか? だから態度が偉そうなんかな。それにしては着てる服も簡素だし食うのも黒パンで金持ってなさそうだけど……まぁ、中には没落した貧乏貴族もいるか。


 ステータスを見れば一発で身分がわかるのだが、なんとなく覗き見するようで罪悪感が湧く。これまでは人のステータスを見るのは能力値を調べるためで、素性を知るためではなかったからだろう。

 ただ、もちろんユリウスの立場への好奇心とは別に、能力を知っておいた方がいいというのも確かだ。

 ステータスを調べられないこの世界では、本人でも自分の可能性を把握できていないことが多い。アクティブ系のスキルは閃きが降りてくるからまだわかるとして、パッシブ系のスキルは誰にも知られないまま埋もれていたりするのだ。

 

 ――ごめんユリウスっ、なんかいいスキルとか持ってたらそれとなく教えるから許して!

 

 シャルロッテは、ユリウスのステータスを見た。

 


 ユリウス・アルムガルド アルムガルド侯爵家次男

階位  2

レベル 29

生命力 246

魔力量 0


スキル 剣技 9

    跳躍 10

    地天同歩 8

    飛天蜂針 10

    快明眼 10

    武人芯体

    成長率精霊級

    

祝福 エウドリア神の加護

   (戦いに関するスキルを得やすくなる。物理攻撃の効果が二倍になる)



 ――うわー! やっぱ貴族か! つーか侯爵って俺より爵位上じゃん。……あれ? アルムガルドなんて家あったか? 覚えさせられた貴族名鑑には載ってなかったぞ。男爵まで覚えてる俺が侯爵家を忘れるはずが……まぁいいや、そのへんはどうでも。

 スキルすっげーな! 物理攻撃特化で戦いの神様の加護まである。しかも成長率精霊級! 俺の成長率神霊級と似てるけどどっちがすげーんだろ? レベルそんな高くないから俺のやつの下位互換? いやでも伯爵家当主のとーちゃんがレベル18だったから、十かそこらの歳でレベル29って相当だよな。

 魔力量ゼロは……レアだなぁ。魔法使えない奴でも2とか3ぐらいはあるのに。でもこんだけ剣士向けスキルばっかなら魔力あっても使い道ないか。


 人間のステータスとしては過去最高の内容に感心しながら、初見のスキルの詳細を見ていく。

 『地天同歩』は足が軽くなってトリッキーな動きができるようになり、『飛天蜂針』は弱点を貫いたときの攻撃力とクリティカル率が上がる。『快明眼』は視野が広くなり、弱点を見抜きやすくなる。『武人芯体』は、戦いに特化した体に最適化していく能力だった。

 技名はかっこいいし、能力も実践的で使いやすそうだ。いーなー、と羨ましく思いながらユリウスのステータスを眺めていると、ユリウスが不審そうに片眉を上げた。

 

「どうした? 俺の顔に何かついているか?」


「あっ、いえ、なんでもありませんわよっ」


 おほほほ、と笑って誤魔化す。

 

「そうか? さっきも言ったが、お前は頭が軽――いや、衝動的なところがあるから、うっかり口を滑らせないように気をつけろよ。じゃあそろそろ休憩を終わらせるか」


「そうですわね、早く六階層に行きたいです、わっ!?」


 ユリウスに続いて歩を進めた途端、がくん、と膝が折れた。周囲の床に紫色に光る魔法陣のような模様が浮かび上がり、ヴォンヴォンと不吉な音を立ててシャルロッテを取り囲んでいく。風魔法で浮かび上がろうとしたが、何故か魔法が発動しない。

 

「飛べませんわ! どうして――」

 

「シャルロッテ!!」

 

 ユリウスが叫んで、手を伸ばした。シャルロッテの腕を掴み魔法陣から取り戻そうとする。しかし魔法陣はユリウスをも内包し、いっそう激しい速度でぐるぐる回り出した。

 

「くそっ! 転移罠だ!」


「転移罠!?」


「離れるなよ! どこかに飛ばされる!」


 ぎゅっ、と抱え込むようにユリウスはシャルロッテの背中に腕を回す。

 何がどうなっているのかさっぱりわからない不安の中で、互いの体温だけが心強さを感じさせてくれた。

 

 

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